“ふつ〜”を味わう『夜の来訪者』

Photo田安則という名前を聞いてぴんと来る人は多くはない…のか。段田男(だんだだん)というインパクトのある芸名の演歌歌手もいたなぁ。番場蛮(ばんばばん)というのは、確か少年ジャンプに連載されアニメ番組にもなったマンガ「侍ジャイアンツ」の主人公だった。そう言えば今年のWBCの日本チームの愛称は「侍ジャパン」だったけど…音感だけの連想はオヤヂの始まりであるけれど、最近のお笑いでもそんなネタを持ったコンビもいたような、いないような。という訳で、段田安則だ。小劇場第三世代の代表的劇団「夢の遊眠社」に所属していた。と言っても段々通じなくなってしまうけれど、野田秀樹が東大在学中に結成した人気劇団。段田の他に、上杉祥三、羽場裕一、松澤一之などがいた。同時代の人気劇団に向上尚史が率いる「第三舞台」があった。そうか、もう20年も前の話か。

の段田安則が初演出の「夜の来訪者」を観た。会場は紀伊国屋ホール。観終わるといつも「お尻が痛い!」と妻が愚痴る昔ながらの小劇場。小劇団の憧れの劇場でもある。う〜ん、なかなか本題に入れない。つまらなかった訳ではない。渡辺えり、高橋克実、八嶋智人、岡本健一、坂井真紀らの贅沢なキャスティング。脚本も有名なサスペンス。小さな「事件」とも言えない1人の女性の自殺の報が、平穏だった実業家宅を訪れた警官によって伝えられ、その一族のひとりひとりに次々に波紋を呼び…。作られ過ぎた感じのストーリーが現実感をなくしてしまったのかもしれない。翻訳劇を日本で上演することの難しさもあるかもしれない。“上流階級”“成金”の存在を揶揄する視点が現在とギャップがあったのかもしれない。しかし、上演前に70年代のニュース映像を流すことで時代背景を柔らかく伝えたはずだ。現在にも通じさせるネタも加えられていた。

ぁ、そうだったんだ。大正時代の話かと思った」開演に間に合わず、冒頭の映像を見られなかった妻の感想。そうか、あんな台詞まわしは日常的ではなくなったばかりか、パロディでしかあり得なくなったんだ。「お父様ったら…」「君には期待しているんだがねぇ」というような家族の会話。親と子、兄弟の距離が良くも悪くも縮まり、家族の間で丁寧語や敬語が使われることがなくなってしまった。姉妹のような母娘、父を尊敬できない息子。そんな親子間のコミュニケーションに敬語はない。「早い話が面白くなかったってこと?」いえいえ、楽しいことしか記事にしないというコンセプト。取り上げること自体で肯定的。でも、ちょっと歯切れが悪くないか?確かにそうかもしれない。ここ数年、観終わった芝居のコメントを書くことが極端に少なくなったのは、「楽しい」の基準が上がってしまったのではと思い、書き始めたのがこの舞台の記事だった。

味しいものも日常的になってしまえば、普通の味になってしまう。「美味しい」「楽しい」の水準を一度上げてしまったら、下げることはできない。下げる必要もないのだけれど、自らの評価の最高水準のものと比較して否定してはいけない。それぞれを味わい、楽しむ姿勢が大切。舌や目が驕ってしまっては日々の「美味しい」「楽しい」を楽しめない。「なぁんだ、早い話が面白くなかったってことなんじゃない。野田とかと比べちゃうからいけないんじゃないの?私は“ふつ〜”に面白かったよ♪」いや、だから違うんだってば。…ん、でもその表現良いね。「夜の来訪者」ふつ〜に面白く、楽しい芝居でした。

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