父帰る「The Power of LOVE ♡」

Gassanく輝く月山が霞む春のある日、入院していた父が帰宅した。1泊2日だけの、これが最後かもしれないと覚悟の帰宅。サクラが咲き始めた暖かで穏やかな日だった。病院のベッドから介護タクシーのストレッチャーに移る。「行ってらっしゃぁい」と看護師さんたちに見送られ、横たわったままで自宅を目指す父。サクラの名所である城跡の公園を通る。桜が咲き始めたよと伝えると曖昧に頷く。日本海を望む道沿いで、海が見えるよと促しても目をつむったまま。自宅に戻る前に遠回りをして、母の眠る墓地近くにある父の生家前に停車。車の中の父を見舞ってくれる親戚、幼なじみたち。妻と共に母の墓前で手を合わせる。まだ父を招いてくれるなとお願いする。

Yasouが自宅で療養していた部屋に父を運び入れる。外から入口までスロープが付いており、介護ベッドや簡易トイレがある。この環境があったからこその一時帰宅。部屋を整理し、酸素吸入器を手配し、父が撮り貯めた野草の写真パネルをこの日のために飾り付けた。それらは全て父母と同居していた弟の手配。父が自宅に戻ったと聞きつけた友人が訪ねてくれる。義姉、実妹たちがやってきて、賑やかに想い出話を枕元で語る。父が微笑む。はっきりとした口調で妹たちの記憶違いを正す。そうだった!と笑う。彼女たちの素朴で実直な明るさがありがたい。アンコ餅やコゴミの味噌汁が食べたいと言う父に、妹たちが交代で食べさせる。「俺は幸せものだなぁ」と呟く父。

PowerofLoveしてサプライズ。父のガールフレンドが訪ねて来てくれた。これも弟の演出。父の顔がぱっと輝く。彼女と一緒に語り合う野草の話、出始めた山菜の話。表情が活き活きとして、ことばが、記憶が溢れ出す。食事の前にベッドの父を囲んで記念撮影。父に挨拶をひと言と促すと、こちらがガールフレンドのミッちゃん(仮名)だよ!と皆に紹介する。そこかいっ!皆知ってるし!と突っ込まれる父。皆で大笑い。焼いたカレイが食べたい、カニが食べたいという父のリクエストで揃えられた夕餉。いつもは病院の食事に「味が薄いし、美味しくはない」と不満たらたらの父の食欲は驚くほど。家族や友人に囲まれ、ミッちゃんに食べさせてもらえる食事はなおさららしい。

Moyai味しいなぁ」父が呟く。「また家に帰って来たいなぁ」と続けたことばを妹たちが拾う。「食べて元気になったらまた帰って来られるよ」そうだそうだと頷き合う。ミッちゃんが静かにそんな兄妹たちのやり取りを見守る。いつか親父の書斎も案内するよ。彼女にそう伝えると、「あぁ、ぜひ見てみたいです」と即答。父が主宰し地域の有志で俳句の会を結成していたこと、季刊で発行していた「舫(もや)い」という句集は39集まであり、中には母のことばを父が聞き取り、再構成した合作の句があることなどを話すと、父は照れたように微笑み、ミッちゃんは遠くを眺めるような目になる。「いい娘だよぉ、ほんとに」以前そう自慢していた父のことばを思い出す。

Photo朝、前日のコースを逆に辿り病院に向う。前夜は睡眠薬も飲まずにぐっすりと眠れたらしい。顔色も良い。「ゴルフをやってみようかと思ってね」父がストレッチャーの隣に座る私に声を掛ける。ん?思わず聞き返す。「庭で素振りだけで良いんだ」言い訳のように説明をする。良いね。退院できたらクラブを買ってあげるよ。そう伝えると「ありがとう」と目を閉じる。まずは車椅子に座れるようにリハビリをしなきゃな。目を閉じたまま深く頷く父。一時は人工透析はもう止めようかと口にした父が、治療の継続を宣言し、退院後の生活を口にしてくれた。ゴルフクラブぐらい何本でも買ってあげるよ。「いや、1本で良いんだ」慎ましく生きてきた父らしい返事。

The Power of LOVE」…ヒューイ・ルイス&ニュースにそんなヒット曲があった。映画『バック・トゥー・ザ・フューチャー』の主題曲。「It might just save your life」中に、そんな歌詞があった。父に付き添った2日間、“それ”が最も有効な治療法のひとつであることを実感した。

2つのコメントがあります。

  1. 菅原 充


    楽しく拝読させていただいてます。
    色々お気遣いありがとうございますm(__)m
    お父さんご夫婦で北海道旅行に行かれたときのアルバム見せて頂きました。
    その中にあれこれコメント書いてありましたが、あー…親子だな…なんてちょっと思ったりして…
    お父さん、ビックリするぐらい元気になりましたよ(^o^)v
    これからも楽しく読ませていただきます(^o^)

  2. Bar LAPITA


    懐かしい写真まで紹介ありがとう。

    故郷の桜はいよいよ終盤、桜の写真を撮りまくり病室に持っていったら仲良く二人で画面に見入ってました。
    なるほどオヤジにすれば、自らは息子ばかり三人だったわけで、得られなかった娘との会話なのかな…などと。

    本当にありがとう、兄に、弟に、ミッちゃん(仮名)に 多謝!

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