『一瞬の風になれ』佐藤多佳子

一瞬の風になれ佐藤多佳子の作品を読んでいると、明るい日射しを感じることがある。月刊MOE童話大賞を受賞した『サマータイム』にしても、決して幸福なだけの人生を描いているわけではない物語『神様がくれた指』にしても、子供たちの元気な声が聞こえてくる『ごきげんな裏階段』にしても。作風からも、登場人物からも、良い意味で児童文学の香りがすることもある。けれど、児童文学“出身”というカテゴリのままのゾーンには属していない。根底に善なるものを持つ人という存在、その人と人との関わり、そこに物語が生まれ、人が変化していく、そんな過程を描くことが多い。そして、佐藤多佳子の描く登場人物たちの年代は幅広い。けれど、何と言っても秀逸なのは高校生である。

『一瞬の風になれ』の主人公たちは、陸上競技、それも4継(100m×4リレー)に情熱を傾ける男子高校生たちの物語。彼らの会話が実にリアルなのだ。実際、長期にわたって取材をしたということは知っていた。けれど並の筆致では、これ程に魅力的なキャラは簡単には立たない。物語の中で会話をする高校生たちが、読んでいるすぐ傍に3Dで立ち現れるのには驚いてしまう。思わず感情移入してしまい、電車の中で瞼を熱くしてしまった自分も好きだ。う〜む、何を狼狽しているのか。

【快楽主義宣言より】

■「バトンパス!」2009年9月19日  『一瞬の風になれ」

■「読書の秋 秋休みの推薦図書」2007年9月23日 『黄色い目の魚』

■「映像と文字の世界」2007年7月1日  『しゃべれどもしゃべれども』