画像クリックで拡大

ユーロスターでロンドンからパリへ何を食べても美味しくなかったロンドン、出国手続きを済ませ、ユーロスターに乗車した瞬間からパリだった。ワインを選び、美味しい食事にありつける到着したのは20時を過ぎたというのに青い空、オペラ座の夜ヴァンドーム広場の青空は、ただ眺めているだけで嬉しくなるほど。陰鬱な冬のパリのイメージは吹き飛んだ。工事中のカルティエ。工事現場でもお洒落な看板はお国柄。サクレ・クールは観光客でいっぱいお行儀良く記念撮影の観光客を待ち続ける子供たち生きてる?パフォーマーの前で佇む子供芸術家たちの溜り場だったシャンソニエ「ラパン・アジル」凱旋門を上り、サクレ・クールを望む屋上からの風景。登った甲斐がある瞬間だ。シャンゼリゼ大通りを臨む。パリの都市計画は実に素晴らしいと思わせる眺めだ。何度かパリを訪れても行く機会がないエッフェル塔。とは言え、一度はぜひ。同様に、バトームッシューも一度ぐらいは。ノートルダム大聖堂を臨む。ヨット遊びをする子供たち。何年も変わらない風景。30年前、初めてパリを訪れた際にも全く同じ風景に出会った。ラジコン式のヨットに変わっていないことが、実にフランスらしい。30年程前、この広場の近くに住んだ。毎日パンと惣菜を買ってホテルの部屋で食事を済ませ、パリの街をただひたすら歩いた。浅田次郎の『王妃の館』で有名になったヴォージュ広場まさしくここが王妃の館パリの街角は、こんな路上駐車の風景でさえ絵になってしまうイケメンのお兄さんに接客してもらい土産を買う妻の笑みショコラに囲まれて一生ここに住んでいたいと夢想している妻の笑みカフェ・ロトンドでパリは街に専門店がまだまだ残っている。総菜屋、八百屋、肉屋、パン屋、買物の楽しみも、店先をのぞく楽しみもたっぷりとある。パリ、最終日の夜。名残の夜

1978年、初めて訪れたパリの空は厚い雲に覆われていた。パリの2月は寒く、街に色彩が乏しく、モーリス・ユトリロの描く風景そのものだった。コートを着て、ポケットに入れた焼き栗を頬張りながらパリの街を歩く。ポケットに突っ込んだ手に焼き栗の温かさが嬉しかった。毎日、美術館を巡り、公園を歩き、街を彷徨った。そして歩き疲れるとカフェへ。そんなただ若さだけを持て余したようなパリの日々。その後、何度かパリを訪ねる機会があったが、いずれも年末。パリの空に青い印象は持てなかった。

そして2005年8月、ようやく待望のパリの青空を眺めることができた。夏のパリは今までの印象と全く違う街だった。コートを着ずに歩くパリ。爽快な気分で歩くチュイルリー庭園、リュクサンブール公園。若き日の憧れの街にもう一度惚れ直した旅だった。

【快楽主義宣言より】

「英仏の距離は・・・ユーロスター」 2005年9月10日

「ヴァンドーム広場の隠れ家ホテル」 2005年9月3日

「洗濯広場のワインバー」 2005年8月28日

「パリの冬、パリの夏 大人の卒業旅行」 2005年8月19日