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	<title>IGA“快楽主義”宣言 &#187; ■感激の演劇</title>
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	<description>週末更新お気楽夫婦のエピキュリアン的生活</description>
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		<title>バリアだらけの世界で『ベッジ・パードン』</title>
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		<pubDate>Sun, 03 Jul 2011 03:26:49 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[◆微笑みの風景]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[生誕50周年スペシャル企画★三谷幸喜大感謝祭！と銘打って、50歳になる節目の年である2011年に、映画、演劇、TVドラマ、小説の新作を計7本発表すると宣言した三谷幸喜。『ろくでなし啄木』『国民の映画』と立て続けに2本の舞台を終え、3本目の舞台『ベッジ・パードン』は6月開幕。幸い、お気楽夫婦はいずれの公演もなんとかチケットを手に入れ、観ることができた。ただし、『ベッジ・パードン』のチケットを入手したのは妻がアキレス腱を切る前のこと。手術後わずか3週間余りで、松葉杖をつきながら劇場に行くことになろうとは思ってもみなかった。手術の翌日から週に3〜4日は妻の出社に付き添いサポートする日々。松葉杖での歩行は、わずかな段差や床面の凹凸さえもバリア（障害物）になる。このタイミングで観劇は無理ではないかというアドバイスは妻には全く効果なく、観に行かないという選択肢は最初から彼女にはないらしい。
芝居の会場は三軒茶屋にある世田谷パブリックシアター。何度か芝居を観ている馴染みの劇場ではあるが、怪我人の視点で会場の設備を確認したことはあるはずもない。購入したチケットは2階席。エレベータはあるのか、車椅子用の席はあるのか、怪我人でも使えるトイレはあるのか。会場に確認の電話をする。「エレベータで2階席までご案内できます」との回答。ただし、車椅子用の席は別途購入の必要があるとのこと。そこまでする必要はないが、劇場はなんとかなりそうだと踏み、次に会場までのアクセスと観終わった後の行動パターンを検討。開演は19時。夕方に打ち合わせが入っており、さすがに妻の会社まで迎えには行けない。三軒茶屋までタクシーに乗り、会場近くで待ち合わせをすることにする。公演時間は2幕約3時間。事前に何か食べておきたい。約束の時間の少し前に会場周辺のロケハン。松葉杖でさっと食べられそうな店はない。駅前のサブウェーでサンドウィッチを購入し、会場に向う。
入口で松葉杖姿の妻を見ると、スタッフが声を掛けてくれる。「後ほどお席をご案内しますので、お声をおかけ下さい」ロビーはすでに観客で溢れており、食事をする椅子に空きはない。2階にも椅子はあるのか尋ねると「ございます。ご案内します」とスタッフ。するとエレベータは一般客が利用できない場所にある。なるほど。何度かこの会場に来ていても記憶にない訳だ。2階（建物としては5階）に上がると椅子がちょうど2脚空いているばかりか、スタッフがテーブル代わりの椅子を運んできてくれた。BLTサンドを食べ、客席の視察。う〜む、最後方の席で段差はないが、自分たちより奥の席の客が来る前には席に座れそうもない。難題。混む前にとトイレに向う妻。重そうな扉を他の客が開けてくれる。感謝。さすがにそこまでは私がサポートできない。開演直前、通路横の席に座っていた方へお願いし、席を交換していただく。またまた感謝。松葉杖を後ろの壁に立て掛けると開演。ふぅ〜っ。
芝居は、若き夏目金之助（漱石）のロンドン留学のエピソード。英語が上手く話せない留学生（野村萬斎）と、下宿の女中アニー（深津絵里）を巡るちょっとせつない恋物語。アニーはロンドンの下町生まれ。コックニー訛がひどく、「I beg your pardon」と繰り返し、ベッジ・パードンと聞こえた金之助に、あだ名でそう呼ばれた。20世紀初頭のロンドン、英語を話せない東洋人、ホックニー訛の女中。そこにはバリアがたっぷりある。生活習慣や文化の違いから生じるバリアだけではなく、ことばが通じないバリア。そして、登場人物それぞれが抱える苦悩、葛藤、コンプレックス。いつも通りに笑いもたっぷり詰まっている三谷幸喜芝居であるものの、ややビターなテイストが勝っている。明治時代の留学生にぴったりの野村萬斎も、やんちゃで健気な深津絵里も、どの芝居も地ではないかと思ってしまう自然な（？）演技の大泉洋も、美味しい役満載の浅野和之も、ずるく弱く強く歯がゆい浦井健治も、役者が良い。けれど、妻の様子が気になり芝居に集中できない。
「くぅ〜っ、足が重いぃ〜」終演後、席を替わっていただいた方にお礼を言いつつエレベータに乗る。タクシーで自宅まで直行するしか選択肢はなさそうだ。後部座席で包帯を外す妻。「ふぇ〜っ、足がむくんでぱんぱんだぁ」元気な身体でも3時間の芝居はきつい。ぐったりとした2人、深夜のタクシーから降りる頃にはへとへと。「でも、なんとか観られて良かったぁ♬」と妻。彼女にとって精一杯のお礼のことばらしい。まぁ、良しとしよう。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/07/Bedge-Pardon.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-6326" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/07/Bedge-Pardon-100x133.jpg" alt="Bedge Pardon" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">生</span></strong></span>誕50周年スペシャル企画★三谷幸喜大感謝祭！と銘打って、50歳になる節目の年である2011年に、映画、演劇、TVドラマ、小説の新作を計7本発表すると宣言した三谷幸喜。『<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2011/02/06/5250/" target="_blank">ろくでなし啄木</a>』『<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2011/04/09/5696/" target="_blank">国民の映画</a>』と立て続けに2本の舞台を終え、3本目の舞台『ベッジ・パードン』は6月開幕。幸い、お気楽夫婦はいずれの公演もなんとかチケットを手に入れ、観ることができた。ただし、『ベッジ・パードン』のチケットを入手したのは妻がアキレス腱を切る前のこと。手術後わずか3週間余りで、松葉杖をつきながら劇場に行くことになろうとは思ってもみなかった。手術の翌日から週に3〜4日は妻の出社に付き添いサポートする日々。松葉杖での歩行は、わずかな段差や床面の凹凸さえもバリア（障害物）になる。このタイミングで観劇は無理ではないかというアドバイスは妻には全く効果なく、観に行かないという選択肢は最初から彼女にはないらしい。</p>
<p><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #003300">芝</span></strong></span>居の会場は三軒茶屋にある世田谷パブリックシアター。何度か芝居を観ている馴染みの劇場ではあるが、怪我人の視点で会場の設備を確認したことはあるはずもない。購入したチケットは2階席。エレベータはあるのか、車椅子用の席はあるのか、怪我人でも使えるトイレはあるのか。会場に確認の電話をする。「エレベータで2階席までご案内できます」との回答。ただし、車椅子用の席は別途購入の必要があるとのこと。そこまでする必要はないが、劇場はなんとかなりそうだと踏み、次に会場までのアクセスと観終わった後の行動パターンを検討。開演は19時。夕方に打ち合わせが入っており、さすがに妻の会社まで迎えには行けない。三軒茶屋までタクシーに乗り、会場近くで待ち合わせをすることにする。公演時間は2幕約3時間。事前に何か食べておきたい。約束の時間の少し前に会場周辺のロケハン。松葉杖でさっと食べられそうな店はない。駅前のサブウェーでサンドウィッチを購入し、会場に向う。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/07/Mitani-Koki.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-6327" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/07/Mitani-Koki-100x133.jpg" alt="Mitani Koki" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #993300">入</span></strong></span>口で松葉杖姿の妻を見ると、スタッフが声を掛けてくれる。「後ほどお席をご案内しますので、お声をおかけ下さい」ロビーはすでに観客で溢れており、食事をする椅子に空きはない。2階にも椅子はあるのか尋ねると「ございます。ご案内します」とスタッフ。するとエレベータは一般客が利用できない場所にある。なるほど。何度かこの会場に来ていても記憶にない訳だ。2階（建物としては5階）に上がると椅子がちょうど2脚空いているばかりか、スタッフがテーブル代わりの椅子を運んできてくれた。BLTサンドを食べ、客席の視察。う〜む、最後方の席で段差はないが、自分たちより奥の席の客が来る前には席に座れそうもない。難題。混む前にとトイレに向う妻。重そうな扉を他の客が開けてくれる。感謝。さすがにそこまでは私がサポートできない。開演直前、通路横の席に座っていた方へお願いし、席を交換していただく。またまた感謝。松葉杖を後ろの壁に立て掛けると開演。ふぅ〜っ。</p>
<p><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #800080">芝</span></strong></span>居は、若き夏目金之助（漱石）のロンドン留学のエピソード。英語が上手く話せない留学生（野村萬斎）と、下宿の女中アニー（深津絵里）を巡るちょっとせつない恋物語。アニーはロンドンの下町生まれ。コックニー訛がひどく、「I beg your pardon」と繰り返し、ベッジ・パードンと聞こえた金之助に、あだ名でそう呼ばれた。20世紀初頭のロンドン、英語を話せない東洋人、ホックニー訛の女中。そこにはバリアがたっぷりある。生活習慣や文化の違いから生じるバリアだけではなく、ことばが通じないバリア。そして、登場人物それぞれが抱える苦悩、葛藤、コンプレックス。いつも通りに笑いもたっぷり詰まっている三谷幸喜芝居であるものの、ややビターなテイストが勝っている。明治時代の留学生にぴったりの野村萬斎も、やんちゃで健気な深津絵里も、どの芝居も地ではないかと思ってしまう自然な（？）演技の大泉洋も、美味しい役満載の浅野和之も、ずるく弱く強く歯がゆい浦井健治も、役者が良い。けれど、妻の様子が気になり芝居に集中できない。</p>
<p>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000">く</span></strong></span>ぅ〜っ、足が重いぃ〜」終演後、席を替わっていただいた方にお礼を言いつつエレベータに乗る。タクシーで自宅まで直行するしか選択肢はなさそうだ。後部座席で包帯を外す妻。「ふぇ〜っ、足がむくんでぱんぱんだぁ」元気な身体でも3時間の芝居はきつい。ぐったりとした2人、深夜のタクシーから降りる頃にはへとへと。「でも、なんとか観られて良かったぁ♬」と妻。彼女にとって精一杯のお礼のことばらしい。まぁ、良しとしよう。</p>
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		<title>ちくわが飛ぶ夜、らもさん復活「桃天紅」</title>
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		<pubDate>Sat, 23 Apr 2011 05:15:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[笑殺軍団リリパットアーミーという劇団があった。1986年に旗揚げしたその劇団は、小説家で、劇作家で、ミュージシャン、そして「明るい悩み相談」でも知られた中島らもが主宰していた。当初集まったのは、中島らもの周囲にいた芝居に何の関係もない（例えば、キッチュ：現在は松尾貴史、漫画家のひさうちみちお）人々。そして劇団名通り、ナンセンスなギャグがてんこ盛りの“中身のない”芝居をやっていた。劇中でストーリーに何の関係もなくマイクを持った出演者が、他の出演者にムード歌謡などを拷問のように強制的に聞かせる“ミュージック・ハラスメント”が行われ、終演後の舞台挨拶では（かつて中島らもが「ぴあ」でも連載した「微笑み家族」のスポンサーでもある）カネテツデリカフーズが提供した“ちくわ”が客席に向って大量に投げられた。
劇団の主宰がわかぎゑふに代わり、中島らもは名誉座長、そして平座員になった。劇団の名前もリリパットアーミーⅡに変わり、きちんとした物語がある脚本で本格的な芝居をやる劇団となった。お気楽夫婦は1997年に初めて彼らの公演を観て、ある種のカルチャーショックを覚えた。関西のエネルギーを怖いぐらいに感じた。そして、なぜかそのはちゃめちゃな舞台に惹かれ、芝居の方向性が変わっていっても観続けた。けれど、次第に舞台から中島らもの姿は消えてしまった。そして、中島らもは2004年7月26日に52歳の若さで逝去。その後、リリパットアーミーⅡの舞台から、ミュージックハラスメントも、ちくわ投げも消えてしまった。
「ねぇ、この芝居どうかな。山内圭哉が中島らもの脚本を演るんだけど…、コングさんも出るよ」いつもよりテンションが高い妻。良いね、行こうか。妻の提案に賛同。そしてある週末、お気楽夫婦はシモキタに向った。らもさんの芝居と言えばスズナリが定番。けれどその日はスズナリより座席数が多い本多劇場。ちょっと心配。そして危惧通りに劇場の後方には空席が目立つ。けれど、「そんなこと気にせんでえぇねん」とでも言うように、開演前のステージのスクリーン上で、らもさんが迎えてくれた。そして、開幕。しばらく忘れてしまっていた“ど〜でも良いこと”で笑うことができた。前のめりになりながら声を出して笑った。自分の大きな笑い声に驚いた。ことっと音がして、震災後にできた小さな突っかえ棒が外れた気がした。
「面白かったねぇ♬」終演後、いつものようにAサインバーに向う途中で、妻が呟いた。カーテンコール後の舞台挨拶で、演出＆主演の山内圭哉が「そんな舞台と違いますから」とテレて、それでも嬉しそうに答え、「でも、久しぶりのもんを用意してあります！」とカネテツデリカフーズのハモ竹輪を客席に投げまくった。最前列で観ていたお気楽夫婦は真っ先にちくわをゲットしたばかりか、コング桑田が我々の客席の前まで持って来てくれたちくわも手に入れた。「毎度おおきに！」と挨拶してくれたコングさんも、山内圭哉も、キッチュという名前を変えて久しい松尾貴史も、出演者が実に楽しそうだった。ミュージック・ハラスメントも往年の迫力はなかったけれど、きっちり演ってくれた。危ないセリフを吐く役者に、慌てて突っ込み、否定する演出家兼主演の山内。そんな演出に中島らもの姿がぽわぁ〜ん、と現れた。
「らもさん復活！って感じ。らもさんが舞台にいたら何の役だったかなぁ」妻が楽しそうに観て来たばかりの舞台を回想する。らもさんは舞台にいたよ。山内桂哉が、コング桑田が、松尾貴史が、そしてお気楽妻が、もちろん私も大好きだった中島らも。皆に愛された“らもさん”は、その夜確かにシモキタの舞台の上にいた。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Toh-Ten-Koh.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5806" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Toh-Ten-Koh-100x133.jpg" alt="Toh Ten Koh" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Nakajima-Ramo.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5807" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Nakajima-Ramo-100x133.jpg" alt="Nakajima Ramo" width="100" height="133" /></a><span style="color: #ff6600"><span style="font-size: large"><strong>笑</strong></span></span>殺軍団リリパットアーミーという劇団があった。1986年に旗揚げしたその劇団は、小説家で、劇作家で、ミュージシャン、そして「明るい悩み相談」でも知られた中島らもが主宰していた。当初集まったのは、中島らもの周囲にいた芝居に何の関係もない（例えば、キッチュ：現在は松尾貴史、漫画家のひさうちみちお）人々。そして劇団名通り、ナンセンスなギャグがてんこ盛りの“中身のない”芝居をやっていた。劇中でストーリーに何の関係もなくマイクを持った出演者が、他の出演者にムード歌謡などを拷問のように強制的に聞かせる“ミュージック・ハラスメント”が行われ、終演後の舞台挨拶では（かつて中島らもが「ぴあ」でも連載した「微笑み家族」のスポンサーでもある）カネテツデリカフーズが提供した“ちくわ”が客席に向って大量に投げられた。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Ramo-san.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5808" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Ramo-san-100x133.jpg" alt="Ramo san" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Yamauchi.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5809" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Yamauchi-100x133.jpg" alt="Yamauchi" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #993300">劇</span></strong></span>団の主宰がわかぎゑふに代わり、中島らもは名誉座長、そして平座員になった。劇団の名前も<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2010/06/19/3584/" target="_blank">リリパットアーミーⅡ</a>に変わり、きちんとした物語がある脚本で本格的な芝居をやる劇団となった。お気楽夫婦は1997年に初めて彼らの公演を観て、ある種のカルチャーショックを覚えた。関西のエネルギーを怖いぐらいに感じた。そして、なぜかそのはちゃめちゃな舞台に惹かれ、芝居の方向性が変わっていっても観続けた。けれど、次第に舞台から中島らもの姿は消えてしまった。そして、中島らもは2004年7月26日に52歳の若さで逝去。その後、リリパットアーミーⅡの舞台から、ミュージックハラスメントも、ちくわ投げも消えてしまった。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Hamochiku.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5813" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Hamochiku-100x133.jpg" alt="Hamochiku" width="100" height="133" /></a>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">ね</span></strong></span>ぇ、この芝居どうかな。山内圭哉が中島らもの脚本を演るんだけど…、<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/07/02/87/" target="_blank">コングさん</a>も出るよ」いつもよりテンションが高い妻。良いね、行こうか。妻の提案に賛同。そしてある週末、お気楽夫婦はシモキタに向った。らもさんの芝居と言えば<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2011/03/06/5440/" target="_blank">スズナリ</a>が定番。けれどその日はスズナリより座席数が多い本多劇場。ちょっと心配。そして危惧通りに劇場の後方には空席が目立つ。けれど、「そんなこと気にせんでえぇねん」とでも言うように、開演前のステージのスクリーン上で、らもさんが迎えてくれた。そして、開幕。しばらく忘れてしまっていた“ど〜でも良いこと”で笑うことができた。前のめりになりながら声を出して笑った。自分の大きな笑い声に驚いた。ことっと音がして、震災後にできた小さな突っかえ棒が外れた気がした。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/A-sighn-Bar.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5812" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/A-sighn-Bar-100x133.jpg" alt="A sighn Bar" width="100" height="133" /></a>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000">面</span></strong></span>白かったねぇ♬」終演後、いつものようにAサインバーに向う途中で、妻が呟いた。カーテンコール後の舞台挨拶で、演出＆主演の山内圭哉が「そんな舞台と違いますから」とテレて、それでも嬉しそうに答え、「でも、久しぶりのもんを用意してあります！」とカネテツデリカフーズのハモ竹輪を客席に投げまくった。最前列で観ていたお気楽夫婦は真っ先にちくわをゲットしたばかりか、コング桑田が我々の客席の前まで持って来てくれたちくわも手に入れた。「毎度おおきに！」と挨拶してくれたコングさんも、山内圭哉も、キッチュという名前を変えて久しい松尾貴史も、出演者が実に楽しそうだった。ミュージック・ハラスメントも往年の迫力はなかったけれど、きっちり演ってくれた。危ないセリフを吐く役者に、慌てて突っ込み、否定する演出家兼主演の山内。そんな演出に中島らもの姿がぽわぁ〜ん、と現れた。</p>
<p>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #800080">ら</span></strong></span>もさん復活！って感じ。らもさんが舞台にいたら何の役だったかなぁ」妻が楽しそうに観て来たばかりの舞台を回想する。らもさんは舞台にいたよ。山内桂哉が、コング桑田が、松尾貴史が、そしてお気楽妻が、もちろん私も大好きだった中島らも。<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/12/10/142/" target="_blank">皆に愛された“らもさん”</a>は、その夜確かにシモキタの舞台の上にいた。</p>
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		<title>エンタメ × 外メシ ＝ お気楽の日々『国民の映画』『フェルメール“地理学者”』</title>
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		<pubDate>Fri, 08 Apr 2011 23:04:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■幸福の食卓]]></category>
		<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[日本を元気にするには自粛ではなく、応援消費。計画停電ではなく節電。ただ縮むだけではなく、経済が回るように生活しようという動きがようやくでてきた。お気楽夫婦も外食の頻度を一段と増やし、スポーツクラブや整体ボクササイズに通い続け、芝居や美術展やお花見に行き、家では節電に努める日々。そんなある日、自らの生誕50周年を祝って大感謝祭を開催中の三谷幸喜の芝居を観た。パルコ・プロデュースによる書き下ろし新作公演の第1弾『国民の映画』だ。主人公はナチスの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルス。プロパガンダの天才と言われたゲッベルスは映画作品を国民の啓蒙のためにランク付けを行い、その最高評価となるものを「国民の映画」と格付けした。そんな国民の映画を製作しようとするゲッベルスと映画人たちが丁寧に描かれる。
写真で見る限りゲッベルスにそっくりの小日向文世が、例の甲高い声でナチの宣伝相を熱演。夢の遊眠社出身の段田安則、遊◎機械/全自動シアター主宰だった白井晃、風間杜夫など芸達者の俳優たちが脇を固める。なかでもゲッベルスの従僕を演じた小林隆の抑制の利いた演技が素晴らしい。「やっぱり三谷幸喜はやるときはやるよねぇ♬」観終えた妻も絶賛。「彼の欠点は出たがりのことと、チケットがなかなか取れないことだよねぇ」と続ける妻の言い分もごもっとも。いつものように公演のチラシにはヒッチコック監督のように隠れ三谷幸喜が登場。生誕50周年第1作の『ろくでなし啄木』はなんとか観ることはできたが、それ以前の三谷作品のチケットは連戦連敗だった。「次の公演は取れるかなぁ」早くも次の作品の心配をする妻を伴い、ペンギン通りを井の頭通り方面に向う。
「ここって、SOMETIMEがあったとこだよね」妻がそう言ったのは国際ビルの地下にあるスペインバル「カサ・デル・ブエノ」の看板。言われてみればこのレンガ造りの入口と地下に下りる階段は遠い記憶にある。お腹が空いていることもあり、他の選択肢を検討する余地もなく迷わず階段を下りる。ここは吉祥寺を中心とした麦グループを率いて、Sometime、Funky、レモンドロップ、MARU、金の猿、などの人気店を展開した故野口伊織氏の店だった…はず。すぐに妻のiPhoneで調べてみると今は鳥良で有名なサムカワフードプランニングのお店。やはり吉祥寺からスタートした飲食店グループ。不思議な縁。カウンタに座り、トルティージャ、マッシュルームのアヒージョ、パエリアのコロッケなどの定番メニューをオーダー。なかなかのお味。スペイン語でやり取りをするスタッフもきびきびとして心地良い。
ある週末、Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の『フェルメール“地理学者”とオランダ・フランドル絵画展』に向った。入館前にカフェ・ドゥ・マゴで腹ごしらえ。テラス席でハムサンドをつまみにビールをぐびり。毎週通い続けているスカッシュのレッスンでたっぷり汗を流した後、乾いた喉にビールがしみ入る。こんな時にはシンプルなバゲット・サンドウィッチも悪くない。ひと心地付いて入館。寡作で知られるフェルメールの作品は1点だけ。それでも左上から光が射す室内の人物画である「地理学者」は、典型的なフェルメールの柔らかな光で包まれる満足の作品。パリのルーヴル美術館にある「天文学者」と対をなす作品だ。閉館間際の慌ただしい時間ながら久しぶりの美術鑑賞。穏やかな気持で渋谷の街に出る。
「ふだん通り、ってことが良いね」妻が呟く。街の灯りは仄暗いけれど、これぐらいの照度が却って心地良い。エアコンの入らない電車の中は肌寒いけれど、コートを羽織れば問題ない。野田秀樹は『AERA』の連載を辞め『南へ』の公演をいち早く再開した。歓送迎会やお花見は中止が相次いでいるけれど、個人や家族単位での客足は戻ってきているらしい。良質のエンタメも、料理も人を豊かにする。元気にする。ふだん通りに、お気楽に。けれど、決して忘れずに。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Film-der-Nation.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5697" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Film-der-Nation-100x133.jpg" alt="Film der Nation" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/KOKUMIN-NO-EIGA.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5698" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/KOKUMIN-NO-EIGA-100x133.jpg" alt="KOKUMIN NO EIGA" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000">日</span></strong></span>本を元気にするには自粛ではなく、応援消費。計画停電ではなく節電。ただ縮むだけではなく、経済が回るように生活しようという動きがようやくでてきた。お気楽夫婦も外食の頻度を一段と増やし、スポーツクラブや<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2008/05/31/415/" target="_blank">整体ボクササイズ</a>に通い続け、芝居や美術展やお花見に行き、家では節電に努める日々。そんなある日、自らの生誕50周年を祝って大感謝祭を開催中の三谷幸喜の芝居を観た。パルコ・プロデュースによる書き下ろし新作公演の第1弾『国民の映画』だ。主人公はナチスの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルス。プロパガンダの天才と言われたゲッベルスは映画作品を国民の啓蒙のためにランク付けを行い、その最高評価となるものを「国民の映画」と格付けした。そんな国民の映画を製作しようとするゲッベルスと映画人たちが丁寧に描かれる。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Beerserver.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5699" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Beerserver-100x133.jpg" alt="Beerserver" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Tortilla.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5700" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Tortilla-100x133.jpg" alt="Tortilla" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">写</span></strong></span>真で見る限りゲッベルスにそっくりの小日向文世が、例の甲高い声でナチの宣伝相を熱演。夢の遊眠社出身の段田安則、遊◎機械/全自動シアター主宰だった白井晃、風間杜夫など芸達者の俳優たちが脇を固める。なかでもゲッベルスの従僕を演じた小林隆の抑制の利いた演技が素晴らしい。「やっぱり三谷幸喜はやるときはやるよねぇ♬」観終えた妻も絶賛。「彼の欠点は出たがりのことと、チケットがなかなか取れないことだよねぇ」と続ける妻の言い分もごもっとも。いつものように公演のチラシにはヒッチコック監督のように隠れ三谷幸喜が登場。生誕50周年第1作の<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2011/02/06/5250/" target="_blank">『ろくでなし啄木』</a>はなんとか観ることはできたが、それ以前の三谷作品のチケットは連戦連敗だった。「次の公演は取れるかなぁ」早くも次の作品の心配をする妻を伴い、ペンギン通りを井の頭通り方面に向う。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Ajillo.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5702" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Ajillo-100x133.jpg" alt="Ajillo" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Fried-Paella.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5703" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Fried-Paella-100x133.jpg" alt="Fried Paella" width="100" height="133" /></a>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #993300">こ</span></strong></span>こって、SOMETIMEがあったとこだよね」妻がそう言ったのは国際ビルの地下にあるスペインバル「カサ・デル・ブエノ」の看板。言われてみればこのレンガ造りの入口と地下に下りる階段は遠い記憶にある。お腹が空いていることもあり、他の選択肢を検討する余地もなく迷わず階段を下りる。ここは吉祥寺を中心とした麦グループを率いて、Sometime、Funky、レモンドロップ、MARU、金の猿、などの人気店を展開した<a href="http://www.iori-n.com/index.html" target="_blank">故野口伊織氏</a>の店だった…はず。すぐに妻のiPhoneで調べてみると今は<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/05/30/65/" target="_blank">鳥良</a>で有名な<a href="http://www.samukawa.co.jp/index.html" target="_blank">サムカワフードプランニング</a>のお店。やはり吉祥寺からスタートした飲食店グループ。不思議な縁。カウンタに座り、トルティージャ、マッシュルームのアヒージョ、パエリアのコロッケなどの定番メニューをオーダー。なかなかのお味。スペイン語でやり取りをするスタッフもきびきびとして心地良い。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Fermer.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5706" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/Fermer-100x133.jpg" alt="Fermer" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/LES-DEUX-MAGOTS.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5707" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/04/LES-DEUX-MAGOTS-100x133.jpg" alt="LES DEUX MAGOTS" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">あ</span></strong></span>る週末、Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の『フェルメール“地理学者”とオランダ・フランドル絵画展』に向った。入館前に<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2006/07/16/217/" target="_blank">カフェ・ドゥ・マゴ</a>で腹ごしらえ。テラス席でハムサンドをつまみにビールをぐびり。毎週通い続けているスカッシュのレッスンでたっぷり汗を流した後、乾いた喉にビールがしみ入る。こんな時にはシンプルなバゲット・サンドウィッチも悪くない。ひと心地付いて入館。寡作で知られるフェルメールの作品は1点だけ。それでも左上から光が射す室内の人物画である「地理学者」は、典型的なフェルメールの柔らかな光で包まれる満足の作品。パリのルーヴル美術館にある「天文学者」と対をなす作品だ。閉館間際の慌ただしい時間ながら久しぶりの美術鑑賞。穏やかな気持で渋谷の街に出る。</p>
<p>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">ふ</span></strong></span>だん通り、ってことが良いね」妻が呟く。街の灯りは仄暗いけれど、これぐらいの照度が却って心地良い。エアコンの入らない電車の中は肌寒いけれど、コートを羽織れば問題ない。野田秀樹は『AERA』の連載を辞め<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2011/03/05/5419/" target="_blank">『南へ』</a>の公演をいち早く再開した。歓送迎会やお花見は中止が相次いでいるけれど、個人や家族単位での客足は戻ってきているらしい。良質のエンタメも、料理も人を豊かにする。元気にする。ふだん通りに、お気楽に。けれど、決して忘れずに。</p>
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		<title>劇場へ！『音楽の時間』リリパットアーミーⅡ</title>
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		<pubDate>Sun, 06 Mar 2011 02:40:43 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[中島らも。作家で、役者で、ミュージシャン。そして、ジャンキー。2004年没、享年52歳。中島が観に行った芝居が余りにつまらなくて立ち上げた劇団が、笑殺軍団リリパットアーミー。現在は、座長であり脚本家、役者のわかぎゑふがリリパットアーミーⅡを率いる。お気楽夫婦が初めてその舞台を観たのは1997年。劇団の中心は中島らもからわかぎに移っており、中島らもは平劇団員として客演の役者のように舞台に上がっているだけだった。はじめは大阪の笑いにとまどいながらも、夫婦揃ってすっかり嵌り、わかぎが主宰するもうひとつの劇団ラックシステムも含め、毎回欠かさず観に行っている。リリパ設立から25年、関西を中心とした人気劇団ではあるけれど、公演はいずれも小さな劇場。必ずしも商業的に成功しているとは言えない。
昨夜（ある週末と普段なら書くところ、今回は敢えて昨夜という）いつものようにご近所の友人夫妻を誘い、下北沢のザ・スズナリで初日を迎えた『音楽の時間』を観た。相変わらず良い舞台だった。大阪という街に拘り、丁寧に構成された脚本。2時間という公演時間内に、それぞれの登場人物を巧みに描き、観る者に感情移入させ、芝居の合間にきちんと笑いを織り込んで行く。わかぎの脚本には“こ難しさ”はない。むしろエンタテインメント。関西弁の微妙なニュアンスを大切にしながらも、ことばで遊び、ことばを紡ぐ巧みさは心地良い。そして重くなりがちなテーマを扱う時も、ある場面では大阪の笑いで物語の流れを緩め、ある時は大阪弁でテンポ良く畳掛ける。2時間という時間を全く飽きさせず、笑いに巻き込み、涙を誘い、楽しませる。まさしく（もちろん関東にも通用する）関西小劇場界のエンタテインメント。
贔屓の引き倒しということばがある。素人の書くこんな記事に何の影響力もないのだけれど、（気に入りの芝居は特に）公演中には記事を書かないことにしている。けれど、舞台初日である昨夜、拍手が鳴り止まない舞台の上で、座長の挨拶に続く平日の公演はまだ“売る程チケットがある”というコメントが淋しかった。こんなに小さな小屋なのに、こんなに良い芝居の席が、平日とは言え埋まっていないのが悔しかった。そこで、どんなに小さな影響でも良い、ネタバレしないように注意しながら、公演中に記事を書くことにした。明治のはじめ、日本人が西洋音楽を聴き始めた頃の大阪。海外留学から帰って来た音楽家の卵。偶然知り合った置屋の女たちの大阪弁の会話が音階を持つことに気付く。そして五・七・五の和歌のリズムがメロディに重なり、日本で初めて西洋音楽が生まれる。そんなシーンに鳥肌が立った。
「おもしろかったねぇ♬」公演中、隣の席で笑い転げるご近所の友人夫妻の横で、薄〜いリアクションで芝居を観ていた妻が呟く。舞台を観ている様子だけからは決して伺えないけれど、彼女はわかぎの脚本が大好きで、コング桑田や野田晋市（今回は出演せず）などの役者が大のお気に入り。この劇団の芝居だけは必ずパンフレットを購入し、恒例の終演後のサイン会の列に並ぶ。その上、昨夜は舞台での物販案内でコング桑田が言うところの早割ではなく遅割、早い話が売れ残った2011年カレンダーまで購入。手作り感覚満載のカレンダーの3月、コング桑田を眺めてご満悦。劇団員が客演で出演する舞台のチェックも欠かさない妻は、劇団の公式サイト「玉造小劇店」を頻繁に訪問。もちろん劇団のファンクラブ会員にもなり、公演の度に友人夫妻を誘うことも忘れない。
「やっぱり芝居は楽しくなくっちゃねぇ」と妻。表現は平坦でシンプルだけれど、長年の付き合いで妻の発言の行間を読めば、これは席が埋まっていないという平日にまた観に行こうか！という勢い。ということで、皆さま、どうか劇場へ！
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			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/Lilipa.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5441" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/Lilipa-100x133.jpg" alt="Lilipa" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">中</span></strong></span>島らも。<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/12/10/142/" target="_blank">作家</a>で、役者で、ミュージシャン。そして、ジャンキー。<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2006/01/22/160/" target="_blank">2004年没</a>、享年52歳。中島が観に行った芝居が余りにつまらなくて立ち上げた劇団が、笑殺軍団リリパットアーミー。現在は、座長であり脚本家、役者のわかぎゑふがリリパットアーミーⅡを率いる。お気楽夫婦が初めてその舞台を観たのは1997年。劇団の中心は中島らもからわかぎに移っており、中島らもは平劇団員として客演の役者のように舞台に上がっているだけだった。はじめは大阪の笑いにとまどいながらも、夫婦揃ってすっかり嵌り、わかぎが主宰するもうひとつの劇団<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/05/09/47/" target="_blank">ラックシステム</a>も含め、毎回欠かさず観に行っている。<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2010/06/19/3584/" target="_blank">リリパ設立から25年</a>、関西を中心とした人気劇団ではあるけれど、公演はいずれも小さな劇場。必ずしも商業的に成功しているとは言えない。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/Ongaku-no-jikan.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5442" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/Ongaku-no-jikan-100x133.jpg" alt="Ongaku no jikan" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #800080">昨</span></strong></span>夜（ある週末と普段なら書くところ、今回は敢えて昨夜という）いつものようにご近所の友人夫妻を誘い、下北沢のザ・スズナリで初日を迎えた『音楽の時間』を観た。相変わらず良い舞台だった。大阪という街に拘り、丁寧に構成された脚本。2時間という公演時間内に、それぞれの登場人物を巧みに描き、観る者に感情移入させ、芝居の合間にきちんと笑いを織り込んで行く。わかぎの脚本には“こ難しさ”はない。むしろエンタテインメント。関西弁の微妙なニュアンスを大切にしながらも、ことばで遊び、ことばを紡ぐ巧みさは心地良い。そして重くなりがちなテーマを扱う時も、ある場面では大阪の笑いで物語の流れを緩め、ある時は大阪弁でテンポ良く畳掛ける。2時間という時間を全く飽きさせず、笑いに巻き込み、涙を誘い、楽しませる。まさしく（もちろん関東にも通用する）関西小劇場界のエンタテインメント。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/wakagi-F.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5443" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/wakagi-F-100x133.jpg" alt="wakagi F" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">贔</span></strong></span>屓の引き倒しということばがある。素人の書くこんな記事に何の影響力もないのだけれど、（気に入りの芝居は特に）公演中には記事を書かないことにしている。けれど、舞台初日である昨夜、拍手が鳴り止まない舞台の上で、座長の挨拶に続く平日の公演はまだ“売る程チケットがある”というコメントが淋しかった。こんなに小さな小屋なのに、こんなに良い芝居の席が、平日とは言え埋まっていないのが悔しかった。そこで、どんなに小さな影響でも良い、ネタバレしないように注意しながら、公演中に記事を書くことにした。明治のはじめ、日本人が西洋音楽を聴き始めた頃の大阪。海外留学から帰って来た音楽家の卵。偶然知り合った置屋の女たちの大阪弁の会話が音階を持つことに気付く。そして五・七・五の和歌のリズムがメロディに重なり、日本で初めて西洋音楽が生まれる。そんなシーンに鳥肌が立った。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/Kong-calender.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5444" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/Kong-calender-100x133.jpg" alt="Kong calender" width="100" height="133" /></a>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff6600">お</span></strong></span>もしろかったねぇ♬」公演中、隣の席で笑い転げるご近所の友人夫妻の横で、薄〜いリアクションで芝居を観ていた妻が呟く。舞台を観ている様子だけからは決して伺えないけれど、彼女はわかぎの脚本が大好きで、<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/07/02/87/" target="_blank">コング桑田</a>や野田晋市（今回は出演せず）などの役者が大のお気に入り。この劇団の芝居だけは必ずパンフレットを購入し、恒例の終演後のサイン会の列に並ぶ。その上、昨夜は舞台での物販案内でコング桑田が言うところの早割ではなく遅割、早い話が売れ残った2011年カレンダーまで購入。手作り感覚満載のカレンダーの3月、コング桑田を眺めてご満悦。劇団員が客演で出演する舞台のチェックも欠かさない妻は、劇団の公式サイト「<a href="http://homepage3.nifty.com/tama-sho/index2.html" target="_blank">玉造小劇店</a>」を頻繁に訪問。もちろん劇団のファンクラブ会員にもなり、公演の度に友人夫妻を誘うことも忘れない。</p>
<p>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">や</span></strong></span>っぱり芝居は楽しくなくっちゃねぇ」と妻。表現は平坦でシンプルだけれど、長年の付き合いで妻の発言の行間を読めば、これは席が埋まっていないという平日にまた観に行こうか！という勢い。ということで、皆さま、どうか劇場へ！</p>
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		<title>南とは？『南へ』NODA MAP vol.16</title>
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		<pubDate>Sat, 05 Mar 2011 02:54:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[野田秀樹。役者で、演出家。学生時代に立ち上げた劇団夢の遊眠社を率いて、日本演劇界に新たな風を巻き起こした。初めて野田の芝居を観たのは1987年の『明るい冒険』。もう小劇団と呼べる公演規模ではなく、会場は青山劇場。自動車メーカーまで冠スポンサーに付く人気の劇団だった。上杉祥三、羽場裕一、円城寺あやなどの人気役者も生まれ、小劇場第三世代の…などという能書きは長く書くまい。ダイナミックな脚本、複雑な物語の構成、鳥肌が立ってしまうような演出、独特のセリフとことば遊び、そして何よりも野田の存在感に惹かれ、その舞台を観続けてきた。遊眠社解散後にロンドン留学、帰国後に結成したNODA MAPは、前よりは取り易くなったものの、今もなかなかチケットが買えない人気。お気楽夫婦も毎回トライしながら実際に観に行けたのは6割程度。それでも毎回観に行こうと思わせる魅力がある。
ある週末、NODA MAP 第16回公演『南へ』を観た。会場は野田が芸術監督に就任した東京芸術劇場。劇場前にはブロードウェーもかくやという出演者の巨大な顔写真がずらりと並ぶ。NODA MAPの基本はプロデュース公演。毎回、公演毎に役者を集め上演する。これまでの出演者は、堤真一、宮沢りえ、広末涼子、大竹しのぶ、松たか子などのビッグネームはもちろん、かつて遊眠社と人気を競った小劇団である第三舞台の看板役者だった筧利夫や勝村政信、自由劇場の主宰だった串田和美、解散したM.O.P.の人気女優キムラ緑子、大人計画の阿部サダヲなど、芝居好きにとっては毎回垂涎の豪華でありかつ通好みの多才で多彩なキャスティング。
今回も早々にNODA MAP初出演の蒼井優と、13回公演『キル』に続いて2度目の主演である妻夫木聡という魅力の組合せを発表。渡辺いっけい、銀粉蝶、チョウソンハなどが脇を固める。舞台は富士山を思わせる火山。現代の観測所、そして江戸らしき時代。蒼井優と妻夫木聡の演技も、セリフも悪くない。2人の存在感は際立ち、いわゆる役者オーラが溢れ、キャラクターとしても魅力がある。折りたたみのパイプ椅子だけを使って、時にはテレビに、時には輿に、時には地鳴りの小道具として使う演出も秀逸。まるで歌舞伎のような小気味の良い場面転換も素晴らしい。しかし、物語は相変わらず複雑に交錯し、たたみかけるようなことば遊びが鳴りを潜めた分、観客はストーリーや物語の意味を追い過ぎてしまうことになる。意味だけを追わなくても楽しむことができる野田の世界の輝きが褪せて見えた。
「う〜ん、面白かったけど、惜しい！って感じだねぇ」観終わった後、会場からの道すがらお気楽夫婦の芝居談義。妻の意見も私と大差なさそうだ。北から来たものとか、途切れた天皇家とか、物語やことばの深さも脚本の切れ味も今ひとつ中途半端だったと伝えると、「そうなんだよねぇ。私も最初寝ちゃいそうになった」おいおいっ！「この前観たカトケンの方が安心して観られたねぇ」ウェルメイドな芝居で定評のある加藤健一事務所の公演と比較するには芝居の方向性が全く違うけれど、どちらも2人が長く観続けてきた舞台。どちらも当りもハズレもあるのは仕方ない。けれど、北を寒さ、厳しさの象徴とするならば、南とはどこなのか。暖かく、優しく、穏やかなものの象徴だとするならば、かつて渡ったロンドンのように、野田秀樹には北へ向って欲しい。野田秀樹という天才が目指す場所は、天才にとっても簡単には到達できない場所であって欲しい。その過程を観客にいつまでも観させて欲しい。
「なぁ〜んか難しいこと言ってるけど、おもしろいのがイチバンってことだと思うよ」妻はいつも分かり易い。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/NODA-MAP16.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5420" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/NODA-MAP16-100x133.jpg" alt="NODA MAP16" width="100" height="133" /></a><span style="color: #ff00ff"><span style="font-size: large"><strong>野</strong></span></span>田秀樹。役者で、演出家。学生時代に立ち上げた劇団夢の遊眠社を率いて、日本演劇界に新たな風を巻き起こした。初めて野田の芝居を観たのは1987年の『明るい冒険』。もう小劇団と呼べる公演規模ではなく、会場は青山劇場。自動車メーカーまで冠スポンサーに付く人気の劇団だった。上杉祥三、羽場裕一、円城寺あやなどの人気役者も生まれ、小劇場第三世代の…などという能書きは長く書くまい。ダイナミックな脚本、複雑な物語の構成、鳥肌が立ってしまうような演出、独特のセリフとことば遊び、そして何よりも野田の存在感に惹かれ、その舞台を観続けてきた。遊眠社解散後にロンドン留学、帰国後に結成したNODA MAPは、前よりは取り易くなったものの、今もなかなかチケットが買えない人気。お気楽夫婦も毎回トライしながら実際に観に行けたのは6割程度。それでも毎回観に行こうと思わせる魅力がある。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/IWGP.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5422" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/IWGP-100x133.jpg" alt="IWGP" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">あ</span></strong></span>る週末、NODA MAP 第16回公演『南へ』を観た。会場は野田が芸術監督に就任した東京芸術劇場。劇場前にはブロードウェーもかくやという出演者の巨大な顔写真がずらりと並ぶ。NODA MAPの基本はプロデュース公演。毎回、公演毎に役者を集め上演する。これまでの出演者は、堤真一、<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2009/01/31/474/" target="_blank">宮沢りえ</a>、広末涼子、大竹しのぶ、<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2006/02/04/163/" target="_blank">松たか子</a>などのビッグネームはもちろん、かつて遊眠社と人気を競った小劇団である第三舞台の看板役者だった筧利夫や勝村政信、自由劇場の主宰だった串田和美、解散したM.O.P.の人気女優キムラ緑子、大人計画の阿部サダヲなど、芝居好きにとっては毎回垂涎の豪華でありかつ通好みの多才で多彩なキャスティング。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/NODA-MAP-16-PRE.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5421" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/NODA-MAP-16-PRE-100x133.jpg" alt="NODA MAP 16 PRE" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000">今</span></strong></span>回も早々にNODA MAP初出演の蒼井優と、<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2007/12/24/370/" target="_blank">13回公演『キル』</a>に続いて2度目の主演である妻夫木聡という魅力の組合せを発表。渡辺いっけい、銀粉蝶、チョウソンハなどが脇を固める。舞台は富士山を思わせる火山。現代の観測所、そして江戸らしき時代。蒼井優と妻夫木聡の演技も、セリフも悪くない。2人の存在感は際立ち、いわゆる役者オーラが溢れ、キャラクターとしても魅力がある。折りたたみのパイプ椅子だけを使って、時にはテレビに、時には輿に、時には地鳴りの小道具として使う演出も秀逸。まるで歌舞伎のような小気味の良い場面転換も素晴らしい。しかし、物語は相変わらず複雑に交錯し、たたみかけるようなことば遊びが鳴りを潜めた分、観客はストーリーや物語の意味を追い過ぎてしまうことになる。意味だけを追わなくても楽しむことができる野田の世界の輝きが褪せて見えた。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/Kato-Kenichi-77.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5423" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/Kato-Kenichi-77-100x133.jpg" alt="Kato Kenichi 77" width="100" height="133" /></a>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">う</span></strong></span>〜ん、面白かったけど、惜しい！って感じだねぇ」観終わった後、会場からの道すがらお気楽夫婦の芝居談義。妻の意見も私と大差なさそうだ。北から来たものとか、途切れた天皇家とか、物語やことばの深さも脚本の切れ味も今ひとつ中途半端だったと伝えると、「そうなんだよねぇ。私も最初寝ちゃいそうになった」おいおいっ！「この前観たカトケンの方が安心して観られたねぇ」ウェルメイドな芝居で定評のある<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2010/06/12/3539/" target="_blank">加藤健一事務所</a>の公演と比較するには芝居の方向性が全く違うけれど、どちらも2人が長く観続けてきた舞台。どちらも当りもハズレもあるのは仕方ない。けれど、北を寒さ、厳しさの象徴とするならば、南とはどこなのか。暖かく、優しく、穏やかなものの象徴だとするならば、かつて渡ったロンドンのように、野田秀樹には北へ向って欲しい。野田秀樹という天才が目指す場所は、天才にとっても簡単には到達できない場所であって欲しい。その過程を観客にいつまでも観させて欲しい。</p>
<p>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff6600">な</span></strong></span>ぁ〜んか難しいこと言ってるけど、おもしろいのがイチバンってことだと思うよ」妻はいつも分かり易い。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>かえるの子はかえる『ろくでなし啄木』</title>
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		<pubDate>Sun, 06 Feb 2011 12:05:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[ある週末、お気楽夫婦は石田衣良の人気シリーズ『池袋ウェストゲートパーク』で知られる池袋西口に向った。IWGPの主人公、真島誠が店番をする実家の果物屋のモデルと言われている店は…などとこれ以上話の道草はせず、向ったのは東京芸術劇場中ホール。三谷幸喜が今年50歳になるのを機に、舞台、映画、小説などのジャンルを超えた新作7本を発表すると宣言。その舞台第1弾『ろくでなし啄木』の会場だ。出演は、藤原竜也、中村勘太郎、吹石一恵の3人芝居。主人公の石川啄木を演じる藤原竜也は、蜷川幸雄の舞台『身毒丸』でデビュー。お気楽夫婦は、その彼の初舞台をはじめ、NODA MAP『オイル』『ロープ』など何本かの作品を観ている。巧いし、華がある。お気楽夫婦お気に入りの良い役者だ。
共演の二代目中村勘太郎と言えば、十八代目中村勘三郎の長男。2012年に父親の名跡を注ぎ、六代目中村勘九郎を襲名する予定。『あっぱれさんま大先生』で人気子役だった前田愛と結婚し、今年父親になるらしい。歌舞伎の名門に生まれながら、いや生まれたからこそ革新の舞台を創って来た父、中村勘三郎。コクーン歌舞伎や平成中村座を立ち上げたり、野田秀樹や串田和美と組み歌舞伎の上演をしたり、現代劇やTVドラマの出演も多い。お気楽夫婦は、何度も勘三郎（勘九郎の時代が多かったけれど）の舞台を観てきた。唾を飛ばし、全身汗まみれになりながら、巧さより先に舞台への情熱を感じる芝居が多かった。そんな勘三郎もお気に入りの役者の1人。その息子、勘太郎は2004年に出演したMODA MAP『走れメルス』で観ているが、その演技の記憶は薄い。どおれ、お手並み拝見。
驚いた。藤原竜也が完全に食われていた。「はたらけど はたらけど猶 わが生活 楽にならざり ぢっと手を見る」などの歌で知られる夭逝の天才歌人、石川啄木。その啄木が実は女たらしで、借金を重ね、博打に女郎遊びにうつつを抜かし…などという“悪”の啄木を演じる藤原竜也の毒を、簡単に飲み干してしまう勘太郎。悪どい商売にも手を染めながら、現在は啄木のパトロンになっている香具師の役。巧さよりも分厚い存在感が舞台で輝く。藤原竜也とは異なる種類の華がある。その演技のあちこちにも父である勘三郎が透けて見える。実に良く似ている。鍛えられている。父親以上にセリフが安定していながら、弾けてもいる。歌舞伎の舞台を幼い頃から勤め、磨かれた演技、セリフ回し、滑舌、所作、身のこなし…。
かえるの子は買える？いや、決して買えはしない。血が、伝統が、経験が、舞台が、子を鍛える。襲名は名を継ぐだけではなく、そんな歴史をも継ぐのだ。かえるの子は還る。そう、舞台で祖父を見て、父を見て、祖父の芝居に還り、父の舞台に還り、父と自らの名を振り返る。そして、新たな芸を育て自分の名前にする。歌舞伎は伝統芸能と言われるけれど、歌舞伎者は傾奇者。継承していくだけではなく、新たなものを取り入れて、革新を続けて行くのが歌舞伎。かつての中村勘勘九郎と次代の勘九郎、中村勘太郎親子の芝居を観て、その血の流れを感じた舞台だった。
ところで、吹石一恵は近鉄バファローズにいた吹石の娘だって知ってた？彼女も初舞台とは思えないほど巧かったよね。「え？この前亡くなった親分？」と妻。それはもしかして、大沢啓二のことで、娘ではなく孫の大沢あかねと勘違い？「え？大沢あかねって誰？」劇団ひとりと結婚した…もう話の道草は止めよう。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/02/RokudenashiTAKUBOKU.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5251" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/02/RokudenashiTAKUBOKU-100x133.jpg" alt="RokudenashiTAKUBOKU" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">あ</span></strong></span>る週末、お気楽夫婦は石田衣良の人気シリーズ『池袋ウェストゲートパーク』で知られる池袋西口に向った。IWGPの主人公、真島誠が店番をする実家の果物屋のモデルと言われている店は…などとこれ以上話の道草はせず、向ったのは東京芸術劇場中ホール。三谷幸喜が今年50歳になるのを機に、舞台、映画、小説などのジャンルを超えた新作7本を発表すると宣言。その舞台第1弾『ろくでなし啄木』の会場だ。出演は、藤原竜也、中村勘太郎、吹石一恵の3人芝居。主人公の石川啄木を演じる藤原竜也は、蜷川幸雄の舞台『身毒丸』でデビュー。お気楽夫婦は、その彼の初舞台をはじめ、NODA MAP『オイル』『ロープ』など何本かの作品を観ている。巧いし、華がある。お気楽夫婦お気に入りの良い役者だ。</p>
<p><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">共</span></strong></span>演の二代目中村勘太郎と言えば、十八代目中村勘三郎の長男。2012年に父親の名跡を注ぎ、六代目中村勘九郎を襲名する予定。『あっぱれさんま大先生』で人気子役だった前田愛と結婚し、今年父親になるらしい。歌舞伎の名門に生まれながら、いや生まれたからこそ革新の舞台を創って来た父、中村勘三郎。コクーン歌舞伎や平成中村座を立ち上げたり、野田秀樹や串田和美と組み歌舞伎の上演をしたり、現代劇やTVドラマの出演も多い。お気楽夫婦は、何度も勘三郎（勘九郎の時代が多かったけれど）の舞台を観てきた。唾を飛ばし、全身汗まみれになりながら、巧さより先に舞台への情熱を感じる芝居が多かった。そんな勘三郎もお気に入りの役者の1人。その息子、勘太郎は2004年に出演したMODA MAP『走れメルス』で観ているが、その演技の記憶は薄い。どおれ、お手並み拝見。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/02/RokudenashiTAKUBOKU2.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5252" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/02/RokudenashiTAKUBOKU2-100x133.jpg" alt="RokudenashiTAKUBOKU2" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000">驚</span></strong></span>いた。藤原竜也が完全に食われていた。「はたらけど はたらけど猶 わが生活 楽にならざり ぢっと手を見る」などの歌で知られる夭逝の天才歌人、石川啄木。その啄木が実は女たらしで、借金を重ね、博打に女郎遊びにうつつを抜かし…などという“悪”の啄木を演じる藤原竜也の毒を、簡単に飲み干してしまう勘太郎。悪どい商売にも手を染めながら、現在は啄木のパトロンになっている香具師の役。巧さよりも分厚い存在感が舞台で輝く。藤原竜也とは異なる種類の華がある。その演技のあちこちにも父である勘三郎が透けて見える。実に良く似ている。鍛えられている。父親以上にセリフが安定していながら、弾けてもいる。歌舞伎の舞台を幼い頃から勤め、磨かれた演技、セリフ回し、滑舌、所作、身のこなし…。</p>
<p><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #808000">か</span></strong></span>えるの子は買える？いや、決して買えはしない。血が、伝統が、経験が、舞台が、子を鍛える。襲名は名を継ぐだけではなく、そんな歴史をも継ぐのだ。かえるの子は還る。そう、舞台で祖父を見て、父を見て、祖父の芝居に還り、父の舞台に還り、父と自らの名を振り返る。そして、新たな芸を育て自分の名前にする。歌舞伎は伝統芸能と言われるけれど、歌舞伎者は傾奇者。継承していくだけではなく、新たなものを取り入れて、革新を続けて行くのが歌舞伎。かつての中村勘勘九郎と次代の勘九郎、中村勘太郎親子の芝居を観て、その血の流れを感じた舞台だった。</p>
<p><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #800080">と</span></strong></span>ころで、吹石一恵は近鉄バファローズにいた吹石の娘だって知ってた？彼女も初舞台とは思えないほど巧かったよね。「え？この前亡くなった親分？」と妻。それはもしかして、大沢啓二のことで、娘ではなく孫の大沢あかねと勘違い？「え？大沢あかねって誰？」劇団ひとりと結婚した…もう話の道草は止めよう。</p>
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		<title>Hi！大王『スリー・ベルズ』さらば！M.O.P.『さらば八月のうた』</title>
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		<pubDate>Fri, 20 Aug 2010 23:00:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[後藤ひろひと。彼こそが「大王」と自ら名乗り、周囲にもそう呼ばれている作家・演出家。1998年、川下大洋と共に結成した「Piper」の公演は、お気楽夫婦は欠かさず観ている。G2プロデュース公演、パルコプロデュース公演、Agape Store『Big Biz』3部作などの作品を手がけた。また、彼の名前を『パコと魔法の絵本』の原作者として初めて知った方もいるかもしれない。彼の創る舞台は、楽しい。彼の芝居は、実に楽しそうだ。そう、役者としても独特のキャラクター（作家「後藤ひろひと」として出演することが多い）丸出し。毒はない、とは言えない。けれど、脂や灰汁はたっぷり。そんなところが、好みは分かれるかもしれない。ことば遊びも野田と違って、ストレート。分かりやすいし、面白い。そして、巧い。
後藤ひろひと×パルコ劇場の企画第4弾、『スリー・ベルズ』を観た。これまでの3作（『恐竜と隣人のポルカ』など）いずれも好きな作品だったけれど、これは傑作。3つの物語が並行して展開し、絡み合い、最後にはひとつに帰結する。CAST全員が巧いし、魅力的。これは数多く芝居を観ているお気楽夫婦としても珍しい。特に、ウーイェイよしたか（スマイル）が抜群に魅力的。バイクの事故で15年間眠っていた彼が目覚める現代は、彼にとって「未来」の世界。何もかもが新鮮に映る彼の瞳を通して見る「今」も悪いばかりではないなと思わせる熱演。たんたんとスーパーの店長を演じる石丸謙二郎が3つの物語の帰結点にいて、エンディングの文字通りベルを鳴らす。夏の季節に、それも酷暑の夏に、クリスマスの物語も悪くない。人気上昇中の大王の作品はこれからも楽しみだ。
『スリー・ベルズ』観劇の前日、劇団M.O.P.『さらば八月のうた』を観た。スカッシュのスクールが休みになると、妻は無茶なスケジュールを立てる。作・演出は、マキノ・ノゾミ。26年間続いた主宰劇団をこの夏に解散。これが最終公演。つくづく良い劇団だった。彼らに、もっと早く会いたかった。もっと彼らの芝居を観ておきたかった。お気楽夫婦が初めてマキノの芝居を観たのは、2000年。俳優座プロデュース公演『高き彼物』…がつんとやられた。それ以降、マキノ作品、舞台を数多く観てきた。けれど、マキノの原点であり、活動の芯は劇団M.O.P.。それがもう観られない。出演者全員がタキシード姿でのエンディングのブラス演奏。物語とは全く関係のない、けれどとても楽しそうな演奏も好きだった。
『さらば八月のうた』は、劇団M.O.P.最後の公演に相応しい味わい深い作品だった。ひとつの歌、一隻の船を通じて戦前、戦中、戦後の各年代の物語が複雑に絡み合い、綴られる。1人2役のキムラ緑子。この劇団は彼女の劇団だったんだなぁ。しみじみと、そんな風に思わせる存在感。地ではないかと思わせる三上市郎の放埒なキャラクターも、小市慢太郎の美声も、脇を固めるキャストも、それぞれの芝居を噛みしめた。そして、説明っぽい部分はあったものの、それも自然に観られる大団円。いつもの通り良い芝居を観終わった後の満足感と、今回だけはもうこのキャスティングでは観られないという淋しさが交じり合う。「野田くんがいるよ！」妻が声を弾ませる。え？野田秀樹？「リリパの野田くん！ラッキー！」野田晋市ファンの妻は大喜び。最後の公演ということで、演劇関係者の顔も多く見られた。現実的な妻はすっかり淋しさよりも嬉しさが勝ったらしい。
「ところで、これでチケットの手持ちがなくなったんだよね」ここ数年の間でめったになかった状況。自転車キンクリートの公演もなく、AGAPE storeが解散、三谷のチケットは取れない…。「どこか新しい劇団を探そうかなぁ」妻が芝居のチラシの束を眺めながら呟いた。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/08/スリーベルズ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-4044" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/08/スリーベルズ-100x133.jpg" alt="スリーベルズ" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000">後</span></strong></span>藤ひろひと。彼こそが「大王」と自ら名乗り、周囲にもそう呼ばれている作家・演出家。1998年、川下大洋と共に結成した「Piper」の公演は、お気楽夫婦は欠かさず観ている。G2プロデュース公演、パルコプロデュース公演、Agape Store『Big Biz』3部作などの作品を手がけた。また、彼の名前を『パコと魔法の絵本』の原作者として初めて知った方もいるかもしれない。彼の創る舞台は、楽しい。彼の芝居は、実に楽しそうだ。そう、役者としても独特のキャラクター（作家「後藤ひろひと」として出演することが多い）丸出し。毒はない、とは言えない。けれど、脂や灰汁はたっぷり。そんなところが、好みは分かれるかもしれない。ことば遊びも野田と違って、ストレート。分かりやすいし、面白い。そして、巧い。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/08/スリーベルズチラシjpg.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-4051" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/08/スリーベルズチラシjpg-100x133.jpg" alt="スリーベルズチラシjpg" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000">後</span></strong></span>藤ひろひと×パルコ劇場の企画第4弾、『スリー・ベルズ』を観た。これまでの3作（『恐竜と隣人のポルカ』など）いずれも好きな作品だったけれど、これは傑作。3つの物語が並行して展開し、絡み合い、最後にはひとつに帰結する。CAST全員が巧いし、魅力的。これは数多く芝居を観ているお気楽夫婦としても珍しい。特に、ウーイェイよしたか（スマイル）が抜群に魅力的。バイクの事故で15年間眠っていた彼が目覚める現代は、彼にとって「未来」の世界。何もかもが新鮮に映る彼の瞳を通して見る「今」も悪いばかりではないなと思わせる熱演。たんたんとスーパーの店長を演じる石丸謙二郎が3つの物語の帰結点にいて、エンディングの文字通りベルを鳴らす。夏の季節に、それも酷暑の夏に、クリスマスの物語も悪くない。人気上昇中の大王の作品はこれからも楽しみだ。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/08/さらば八月のうた.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-4046" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/08/さらば八月のうた-100x133.jpg" alt="さらば八月のうた" width="100" height="133" /></a>『<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">ス</span></strong></span>リー・ベルズ』観劇の前日、劇団M.O.P.『さらば八月のうた』を観た。スカッシュのスクールが休みになると、妻は無茶なスケジュールを立てる。作・演出は、マキノ・ノゾミ。26年間続いた主宰劇団をこの夏に解散。これが最終公演。つくづく良い劇団だった。彼らに、もっと早く会いたかった。もっと彼らの芝居を観ておきたかった。お気楽夫婦が初めてマキノの芝居を観たのは、2000年。俳優座プロデュース公演『高き彼物』…がつんとやられた。それ以降、マキノ作品、舞台を数多く観てきた。けれど、マキノの原点であり、活動の芯は劇団M.O.P.。それがもう観られない。出演者全員がタキシード姿でのエンディングのブラス演奏。物語とは全く関係のない、けれどとても楽しそうな演奏も好きだった。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/08/最後の挨拶.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-4047" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/08/最後の挨拶-100x133.jpg" alt="最後の挨拶" width="100" height="133" /></a>『<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">さ</span></strong></span>らば八月のうた』は、劇団M.O.P.最後の公演に相応しい味わい深い作品だった。ひとつの歌、一隻の船を通じて戦前、戦中、戦後の各年代の物語が複雑に絡み合い、綴られる。1人2役のキムラ緑子。この劇団は彼女の劇団だったんだなぁ。しみじみと、そんな風に思わせる存在感。地ではないかと思わせる三上市郎の放埒なキャラクターも、小市慢太郎の美声も、脇を固めるキャストも、それぞれの芝居を噛みしめた。そして、説明っぽい部分はあったものの、それも自然に観られる大団円。いつもの通り良い芝居を観終わった後の満足感と、今回だけはもうこのキャスティングでは観られないという淋しさが交じり合う。「野田くんがいるよ！」妻が声を弾ませる。え？野田秀樹？「リリパの野田くん！ラッキー！」<a href="http://homepage3.nifty.com/tama-sho/noda.html" target="_blank">野田晋市</a>ファンの妻は大喜び。最後の公演ということで、演劇関係者の顔も多く見られた。現実的な妻はすっかり淋しさよりも嬉しさが勝ったらしい。</p>
<p>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff6600">と</span></strong></span>ころで、これでチケットの手持ちがなくなったんだよね」ここ数年の間でめったになかった状況。自転車キンクリートの公演もなく、AGAPE storeが解散、三谷のチケットは取れない…。「どこか新しい劇団を探そうかなぁ」妻が芝居のチラシの束を眺めながら呟いた。</p>
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		<title>祝25周年「リリパットアーミーⅡ」</title>
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		<pubDate>Sat, 19 Jun 2010 07:48:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[◆微笑みの風景]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/?p=3584</guid>
		<description><![CDATA[リリパットアーミーⅡという劇団を観続けて10年余りが経った。1986年に中島らもと若木え芙（現在はわかぎゑふ）が設立した「笑殺軍団リリパットアーミー」から数えて25周年だという。思えば、この劇団とは（こちらから一方的に）関係が深い。彼らの第1回公演をはじめとした関西での拠点は、扇町ミュージアムスクウェアだった。同じビルの中に、あるエンタメ系企業の関西支社があった。リリパが設立された年、私はそのエンタメ系企業に入社した。1983年に当時コピーライターだった中島らもがカネテツデリカフーズをスポンサーにして、『微笑家族』というコママンガの広告をプレイガイドジャーナルに掲載。その後、私が長く勤めたエンタメ系企業の発行する情報誌に掲載先を変更して長く続いた。ちなみに、リリパットアーミーの舞台では、終演後にスポンサーが提供する名物“ちくわ投げ”が毎回行われた。
お気楽夫婦がリリパを初めて観たのは1997年。第32回公演『白いメリーさん』。中島らも原作の舞台だった。それまでも人気劇団としての噂は聞いていた。けれど、関西中心の公演が多く、東京公演は小屋が小さくチケットが取り難くかった。観てみようと思ったきっかけは、中島らもの『今夜、すべてのバーで』という小説だった。Bunkamuraに勤める飲み友だちの女性が、読みかけのその本をプレゼントしてくれた。アル中で入院した経験に基づき書かれた物語に惹かれただけではなく、その才気に当てられた。酔っぱらった。そして初めての舞台で、わかぎえふ（当時）の演出にも。以降、演劇への意欲を既に失い“名誉座長”から平座員となっていた中島らもの著作を読みまくり、わかぎゑふの作品を買い漁った。
そして転機が訪れた。快優「コング桑田」の登場だ。第34回公演『0007マダム・ルージュに愛をこめて』で、初めてコングさんを観た時の衝撃と笑劇。その存在に惚れてしまった。そしてわかぎゑふのもうひとつの演劇ユニット「ラックシステム」との出会い。関西弁で展開する笑いと涙の舞台。ハマった。これは、お気楽夫婦だけで楽しんではいけない！そう決意した2人。（当時はまだご近所ではなかった）ご近所の友人夫妻と、（当時はまだNYCに駐在さえしていなかった）NYC帰りの友人夫妻を誘い、毎回3組6人で出かける芝居になった。ハマった。全員が。リアクションの小さなお気楽妻と違い、公演中も爆笑する友人妻たち。そして友人夫たち。NYC帰りの友人夫妻がNYCに赴任し、しばらくは2組4人での観劇が続き、そして6人での芝居企画が復活した。
ある週末、リリパットアーミーⅡ25周年記念公演『罪と、罪なき罪』を観た。もちろん3組6人で。さらに、その日の目的はもうひとつあった。公演前の特別企画「罪なトークショー×コング桑田の罪なビンゴ大会」だ。6人は全員コングさんのファン。公演前の私服で現れる出演者、リラックスし切ったトーク、暴露話。天然の猛獣コングと、ケダモノを飼い馴らす座長わかぎの絶妙のやり取り。こりゃ楽しい♡心から笑える幸福感。仕事に厳しい金融機関に勤めるNYC帰りの友人夫さえ、あっという間の破顔。口数の少ないご近所の友人夫も大爆笑。そして見事にNYC帰りの友人夫妻は揃ってビンゴの景品をゲット。「もうこれで充分だね。公演観なくても良いぐらい面白かったぁ♫」トークショーの後にコングさんと記念写真を撮り、満足気に声を揃える妻たち。おいおい、そうはいかんでしょ。
「…あれ？公演のことには全く触れてないよ」妻の指摘もごもっとも。とは言え、祝25周年！そして、明日の記事に続く。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/06/リリパ25周年記念パンフ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-3585" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/06/リリパ25周年記念パンフ-100x133.jpg" alt="リリパ25周年記念パンフ" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">リ</span></strong></span>リパットアーミーⅡという劇団を観続けて10年余りが経った。1986年に中島らもと若木え芙（現在はわかぎゑふ）が設立した「笑殺軍団リリパットアーミー」から数えて25周年だという。思えば、この劇団とは（こちらから一方的に）関係が深い。彼らの第1回公演をはじめとした関西での拠点は、扇町ミュージアムスクウェアだった。同じビルの中に、あるエンタメ系企業の関西支社があった。リリパが設立された年、私はそのエンタメ系企業に入社した。1983年に当時コピーライターだった中島らもがカネテツデリカフーズをスポンサーにして、『微笑家族』というコママンガの広告をプレイガイドジャーナルに掲載。その後、私が長く勤めたエンタメ系企業の発行する情報誌に掲載先を変更して長く続いた。ちなみに、リリパットアーミーの舞台では、終演後にスポンサーが提供する名物“ちくわ投げ”が毎回行われた。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/06/リリパ1998ー2006.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-3586" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/06/リリパ1998ー2006-100x133.jpg" alt="リリパ1998ー2006" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">お</span></strong></span>気楽夫婦がリリパを初めて観たのは1997年。第32回公演『白いメリーさん』。中島らも原作の舞台だった。それまでも人気劇団としての噂は聞いていた。けれど、関西中心の公演が多く、東京公演は小屋が小さくチケットが取り難くかった。観てみようと思ったきっかけは、中島らもの『<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/12/10/142/" target="_blank">今夜、すべてのバーで</a>』という小説だった。Bunkamuraに勤める飲み友だちの女性が、読みかけのその本をプレゼントしてくれた。アル中で入院した経験に基づき書かれた物語に惹かれただけではなく、その才気に当てられた。酔っぱらった。そして初めての舞台で、わかぎえふ（当時）の演出にも。以降、演劇への意欲を既に失い“名誉座長”から平座員となっていた中島らもの著作を読みまくり、わかぎゑふの作品を買い漁った。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/06/コングさんを囲んで.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-3587" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/06/コングさんを囲んで-100x133.jpg" alt="コングさんを囲んで" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">そ</span></strong></span>して転機が訪れた。快優「<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/07/02/87/" target="_blank">コング桑田</a>」の登場だ。第34回公演『0007マダム・ルージュに愛をこめて』で、初めてコングさんを観た時の衝撃と笑劇。その存在に惚れてしまった。そしてわかぎゑふのもうひとつの演劇ユニット「<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/05/09/47/" target="_blank">ラックシステム</a>」との出会い。関西弁で展開する笑いと涙の舞台。ハマった。これは、お気楽夫婦だけで楽しんではいけない！そう決意した2人。（当時はまだご近所ではなかった）ご近所の友人夫妻と、（当時はまだNYCに駐在さえしていなかった）NYC帰りの友人夫妻を誘い、毎回3組6人で出かける芝居になった。ハマった。全員が。リアクションの小さなお気楽妻と違い、公演中も爆笑する友人妻たち。そして友人夫たち。NYC帰りの友人夫妻がNYCに赴任し、しばらくは2組4人での観劇が続き、そして6人での芝居企画が復活した。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/06/罪と、罪なき罪パンフ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-3588" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/06/罪と、罪なき罪パンフ-100x133.jpg" alt="罪と、罪なき罪パンフ" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000">あ</span></strong></span>る週末、リリパットアーミーⅡ25周年記念公演『罪と、罪なき罪』を観た。もちろん3組6人で。さらに、その日の目的はもうひとつあった。公演前の特別企画「罪なトークショー×コング桑田の罪なビンゴ大会」だ。6人は全員コングさんのファン。公演前の私服で現れる出演者、リラックスし切ったトーク、暴露話。天然の猛獣コングと、ケダモノを飼い馴らす座長わかぎの絶妙のやり取り。こりゃ楽しい♡心から笑える幸福感。仕事に厳しい金融機関に勤めるNYC帰りの友人夫さえ、あっという間の破顔。口数の少ないご近所の友人夫も大爆笑。そして見事にNYC帰りの友人夫妻は揃ってビンゴの景品をゲット。「もうこれで充分だね。公演観なくても良いぐらい面白かったぁ♫」トークショーの後にコングさんと記念写真を撮り、満足気に声を揃える妻たち。おいおい、そうはいかんでしょ。</p>
<p style="text-align: left">「…<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #800080">あ</span></strong></span>れ？公演のことには全く触れてないよ」妻の指摘もごもっとも。とは言え、祝25周年！そして、明日の記事に続く。</p>
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		<title>幸せな職業『モリー先生との火曜日』加藤健一事務所</title>
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		<pubDate>Sat, 12 Jun 2010 14:07:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[◆仕事の快感]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[どんな仕事にもしがらみがある。人間関係は煩わしく、ストレスは溜まる。人は何のために働くのだろうか。有名な「マズローの欲求」によれば、人間の欲求は低次から次段階を目指すという。第一段階の欲求は「生理的欲求」。生きるために衣食住を満たしたいと思う段階。次は「安全の欲求」。経済面、健康的などの安全・安定を望む段階。そして次は「親和の欲求」。集団に帰属する、他者に受け入れられたいという欲求。さらに次の段階は「自我の欲求」。自分が集団の中で認められ、尊重されたいという欲求。そして最終的には「自己実現の欲求」となり、自分の持つ能力を最大限に発揮し、具現化したいと望む欲求ということになる。
仕事に置き換えると、経済的な理由で働くという段階から、その安定を求め、集団に帰属しながら、その中で認められ（昇進、昇格）、最後はエキスパートとして、道を究めるということになるのだろうか。一方で職業とは何だろうか。会社員というカテゴリはなく、小分類では、デザイナー、編集者、SE、アナリスト、ディーラー、コンサルタントなどというものが職業に当たる。自己実現とは、その職業において、エキスパートになること、極めること。
俳優という職業がある。映画俳優、TVが主な活躍の場である者、そして舞台を中心に演じる者がいる。加藤健一という役者がいる。彼は舞台俳優と呼んでいいだろう。稀にTVに出演する（かつて『思い出づくり』『金曜日の妻たちへ』などに出演した）こともあるけれど、一人芝居『審判』をやるために自分だけが所属する加藤健一事務所を30年前に立ち上げ、以来ずっと舞台に立ち続けている。芝居が好きな役者を招き、ニール・サイモンや北村想などの内外の脚本を演じている。キャスティングから演出、音響、美術なども自らがプロデュースする。舞台で演じる役者であり、舞台を創るプロデューサー。そして、1986年に俳優教室を設立し、若手の育成も行っている。
加藤健一の舞台を初めて観たのは1988年。『ザ★シェルター』という作品。加藤健一事務所VOL.7公演。以来、ずっと彼の舞台を観続けてきた。…ある週末、30周年記念VOL.75公演『モリー先生との火曜日』を観た。ルー・ゲーリック病（ALS）に侵された教師モリーと、最後の講義を受けるために毎週先生を見舞った教え子ミッチのノンフィクションを基にした物語。「どう死ぬかを学べば、どう生きるかは自ずと分かってくる」そんな重い台詞のひとつひとつが、それでも軽やかに、明るく伝わってくる。相変わらず良い芝居だ。そして悲しいけれど幸せな物語だ。ホームグランドとも言える本多劇場の客席は、加藤健一と共に年齢を重ねたファンで埋まっている。自らの職業感に疑問を持ち、モリー先生を訪ねることになったミッチ役の高橋和也（元 男闘呼組）も良い演技だ。
30年間、芝居だけで“食える”幸せ。年間に何十本も脚本を読み、その中から自分の気に入った脚本を選び、一緒に演じたい俳優を招き、自分の舞台を創り、その客席が埋まる幸福。決してメジャーな役者ではなく、韓流的に美形な俳優ではなく、というよりは顔も大きく、歳も取った。けれど、加藤健一は幸福な職業を選び、自己実現を果たした。最後まで先生という職業を全うしたモリー先生と加藤健一がダブった。彼の選んだ脚本や演出や演技に、涙が溢れる前に頷き微笑んだ。彼は幸せだよねと妻に問うと、「そうだね、幸せな職業だね」と頷いた。「やっぱり私は早く仕事を辞めたいなぁ」彼女の憧れの職業は、芝居を観て、スカッシュをして、美味しいモノを食べるお気楽な妻。あれ？既に実現していないか？
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/06/モリー先生との火曜日.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-3540" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/06/モリー先生との火曜日-100x133.jpg" alt="モリー先生との火曜日" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #800080">ど</span></strong></span>んな仕事にもしがらみがある。人間関係は煩わしく、ストレスは溜まる。人は何のために働くのだろうか。有名な「マズローの欲求」によれば、人間の欲求は低次から次段階を目指すという。第一段階の欲求は「生理的欲求」。生きるために衣食住を満たしたいと思う段階。次は「安全の欲求」。経済面、健康的などの安全・安定を望む段階。そして次は「親和の欲求」。集団に帰属する、他者に受け入れられたいという欲求。さらに次の段階は「自我の欲求」。自分が集団の中で認められ、尊重されたいという欲求。そして最終的には「自己実現の欲求」となり、自分の持つ能力を最大限に発揮し、具現化したいと望む欲求ということになる。</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">仕</span></strong></span>事に置き換えると、経済的な理由で働くという段階から、その安定を求め、集団に帰属しながら、その中で認められ（昇進、昇格）、最後はエキスパートとして、道を究めるということになるのだろうか。一方で職業とは何だろうか。会社員というカテゴリはなく、小分類では、デザイナー、編集者、SE、アナリスト、ディーラー、コンサルタントなどというものが職業に当たる。自己実現とは、その職業において、エキスパートになること、極めること。</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">俳</span></strong></span>優という職業がある。映画俳優、TVが主な活躍の場である者、そして舞台を中心に演じる者がいる。加藤健一という役者がいる。彼は舞台俳優と呼んでいいだろう。稀にTVに出演する（かつて『思い出づくり』『金曜日の妻たちへ』などに出演した）こともあるけれど、一人芝居『審判』をやるために自分だけが所属する<a href="http://homepage2.nifty.com/katoken/" target="_blank">加藤健一事務所</a>を30年前に立ち上げ、以来ずっと舞台に立ち続けている。芝居が好きな役者を招き、ニール・サイモンや北村想などの内外の脚本を演じている。キャスティングから演出、音響、美術なども自らがプロデュースする。舞台で演じる役者であり、舞台を創るプロデューサー。そして、1986年に俳優教室を設立し、若手の育成も行っている。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/06/加藤健一事務所.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-3542" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/06/加藤健一事務所-100x133.jpg" alt="加藤健一事務所" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">加</span></strong></span>藤健一の舞台を初めて観たのは1988年。『ザ★シェルター』という作品。加藤健一事務所VOL.7公演。以来、ずっと彼の舞台を観続けてきた。…ある週末、30周年記念VOL.75公演『モリー先生との火曜日』を観た。ルー・ゲーリック病（ALS）に侵された教師モリーと、最後の講義を受けるために毎週先生を見舞った教え子ミッチのノンフィクションを基にした物語。「どう死ぬかを学べば、どう生きるかは自ずと分かってくる」そんな重い台詞のひとつひとつが、それでも軽やかに、明るく伝わってくる。相変わらず良い芝居だ。そして悲しいけれど幸せな物語だ。ホームグランドとも言える本多劇場の客席は、加藤健一と共に年齢を重ねたファンで埋まっている。自らの職業感に疑問を持ち、モリー先生を訪ねることになったミッチ役の高橋和也（元 男闘呼組）も良い演技だ。</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000">30</span></strong></span>年間、芝居だけで“食える”幸せ。年間に何十本も脚本を読み、その中から自分の気に入った脚本を選び、一緒に演じたい俳優を招き、自分の舞台を創り、その客席が埋まる幸福。決してメジャーな役者ではなく、韓流的に美形な俳優ではなく、というよりは顔も大きく、歳も取った。けれど、加藤健一は幸福な職業を選び、自己実現を果たした。最後まで先生という職業を全うしたモリー先生と加藤健一がダブった。彼の選んだ脚本や演出や演技に、涙が溢れる前に頷き微笑んだ。彼は幸せだよねと妻に問うと、「そうだね、幸せな職業だね」と頷いた。「やっぱり私は早く仕事を辞めたいなぁ」彼女の憧れの職業は、芝居を観て、スカッシュをして、美味しいモノを食べるお気楽な妻。あれ？既に実現していないか？</p>
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		<title>上海、パリ『上海バンスキング』そして「ヴィロン」</title>
		<link>http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2010/03/20/2596/</link>
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		<pubDate>Sat, 20 Mar 2010 04:17:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■幸福の食卓]]></category>
		<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[15年間封印されていた作品が復活した。オンシアター自由劇場の代表作『上海バンスキング』がシアターコクーンに帰ってきた。1966年に創立された自由劇場（劇団名）が、1975年にオンシアター自由劇場として再結成され、1979年に六本木の自由劇場（会場名）で初演、1980年に岸田國士戯曲賞を受賞した音楽劇だ。そして、1989年にオープンしたBunkamuraのフランチャイズ劇団として再演を重ねた。お気楽夫婦は意外にも初鑑賞。1988年の串田和美監督による映画は観たものの、1994年の9演まで（チケットが取れず）観劇のチャンスがなかった。そして、2010年。ようやくチケットを手に入れることができた。「う〜っ、楽しみだあぁ♫」オンシアター自由劇場ファンだった妻のテンションも地味に高い。
作：斉藤憐、演出：串田和美、そして主演はもちろん吉田日出子。1936年、パリに向かうはずだったダンスホールの社長令嬢まどか（吉田）と、バンドマンの四郎（串田）を巡る物語。寄港地の上海でジャズをやるために、まどかと結婚した四郎の思惑通り、上海での生活が始まる…というストーリーは映画で知ってはいたけれど、やはり舞台は素晴らしい。吉田がいくら台詞を咬もうが、出演者の年齢を考えたら無理な設定も、おおらかに笑えるのは出演者も舞台を楽しんでいるから。演奏を楽しんでいるから。そして何より、バクマツというトランペット吹きのバンマス役、笹野高史が素晴らしい。ただの爺ちゃんじゃなかったんだね。演奏も、身のこなしも、キレがある。味がある。実に良い役者だ。物語に、演奏に、最後までワクワクしたままに幕が下りる。舞台と役者と観客が一体化した良い舞台だ。
アンコールの演奏に拍手をしていると、楽器を手にしたままの役者たちが演奏しながら舞台から降りてくる。すると、満席の劇場にいた観客たちが彼らの後を追いかける。え！何？半ばパニックになりながら、追随するお気楽夫婦。たくさんの？？？を抱えながら出口に急ぐ2人。観客たちの向かった先で演奏が始まった。そうか、観客を見送るロビーでのライブだ。出遅れたお気楽夫婦は最後列で音だけを楽しむ。観客の手拍子がロビーに響く。自由と音楽を愛した舞台上のジャズマンたちが、上海から帰ってきた凱旋公演のようだ。「良いねぇ、良い演出だね♡」ご機嫌の妻。じゃあ、まどかと四郎が行けなかったパリに行こうか！「ん？ヴィロンだね。ますます良いね♫」ヴィロンのパン好きの妻の笑みが広がる。
ヴィロンの2階、夜はブラッスリー。小腹を空かせた夜遊びの大人たちが食事をする場所としてぴったり。松濤あたりのマダムに似合う店。けれど、軽い食事をと思ってもヴィロンの一皿は大きい。アントレ無しでサラダ中心のチョイス。そして、パンをたっぷりお代わりという作戦だ。「楽しかったねぇ。やっぱり芝居は良いなぁ。吉田日出子は咬んでも、歌詞を忘れても、存在感が凄いねぇ…」2人で観てきたばかりの物語に浸る。これも観劇の楽しみ。しかしそれもパンが出てくる前まで。外はかりかり中は穴空きの妻好みのバゲットが出てくると、妻の関心はパンに移る。上海からパリへの瞬間移動。「やっぱりヴィロンのパンに限るよねぇ♡」美味しいワインとフランスパン。それだけで気分はもう充分にパリ。上海とパリを堪能した夜だった。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/公演パンフ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2609" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/公演パンフ-100x133.jpg" alt="公演パンフ" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/笹野と串田.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2598" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/笹野と串田-100x133.jpg" alt="笹野と串田" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000">15</span></strong></span>年間封印されていた作品が復活した。オンシアター自由劇場の代表作『上海バンスキング』がシアターコクーンに帰ってきた。1966年に創立された自由劇場（劇団名）が、1975年にオンシアター自由劇場として再結成され、1979年に六本木の自由劇場（会場名）で初演、1980年に岸田國士戯曲賞を受賞した音楽劇だ。そして、1989年にオープンしたBunkamuraのフランチャイズ劇団として再演を重ねた。お気楽夫婦は意外にも初鑑賞。1988年の串田和美監督による映画は観たものの、1994年の9演まで（チケットが取れず）観劇のチャンスがなかった。そして、2010年。ようやくチケットを手に入れることができた。「う〜っ、楽しみだあぁ♫」オンシアター自由劇場ファンだった妻のテンションも地味に高い。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/舞台は笑う.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2599" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/舞台は笑う-100x133.jpg" alt="舞台は笑う" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/エントランスでのライブ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2600" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/エントランスでのライブ-100x133.jpg" alt="エントランスでのライブ" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">作</span></strong></span>：斉藤憐、演出：串田和美、そして主演はもちろん吉田日出子。1936年、パリに向かうはずだったダンスホールの社長令嬢まどか（吉田）と、バンドマンの四郎（串田）を巡る物語。寄港地の上海でジャズをやるために、まどかと結婚した四郎の思惑通り、上海での生活が始まる…というストーリーは映画で知ってはいたけれど、やはり舞台は素晴らしい。吉田がいくら台詞を咬もうが、出演者の年齢を考えたら無理な設定も、おおらかに笑えるのは出演者も舞台を楽しんでいるから。演奏を楽しんでいるから。そして何より、バクマツというトランペット吹きのバンマス役、笹野高史が素晴らしい。ただの爺ちゃんじゃなかったんだね。演奏も、身のこなしも、キレがある。味がある。実に良い役者だ。物語に、演奏に、最後までワクワクしたままに幕が下りる。舞台と役者と観客が一体化した良い舞台だ。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/野菜盛合わせ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2601" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/野菜盛合わせ-100x133.jpg" alt="野菜盛合わせ" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/vironのパン.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2610" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/vironのパン-100x133.jpg" alt="vironのパン" width="100" height="133" /></a>ア</span></strong></span>ンコールの演奏に拍手をしていると、楽器を手にしたままの役者たちが演奏しながら舞台から降りてくる。すると、満席の劇場にいた観客たちが彼らの後を追いかける。え！何？半ばパニックになりながら、追随するお気楽夫婦。たくさんの？？？を抱えながら出口に急ぐ2人。観客たちの向かった先で演奏が始まった。そうか、観客を見送るロビーでのライブだ。出遅れたお気楽夫婦は最後列で音だけを楽しむ。観客の手拍子がロビーに響く。自由と音楽を愛した舞台上のジャズマンたちが、上海から帰ってきた凱旋公演のようだ。「良いねぇ、良い演出だね♡」ご機嫌の妻。じゃあ、まどかと四郎が行けなかったパリに行こうか！「ん？ヴィロンだね。ますます良いね♫」ヴィロンのパン好きの妻の笑みが広がる。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/生ハムのサラダ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2603" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/生ハムのサラダ-100x133.jpg" alt="生ハムのサラダ" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/ムール貝.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2604" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/ムール貝-100x133.jpg" alt="ムール貝" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #800080">ヴ</span></strong></span>ィロンの2階、夜はブラッスリー。小腹を空かせた夜遊びの大人たちが食事をする場所としてぴったり。松濤あたりのマダムに似合う店。けれど、軽い食事をと思ってもヴィロンの一皿は大きい。アントレ無しでサラダ中心のチョイス。そして、パンをたっぷりお代わりという作戦だ。「楽しかったねぇ。やっぱり芝居は良いなぁ。吉田日出子は咬んでも、歌詞を忘れても、存在感が凄いねぇ…」2人で観てきたばかりの物語に浸る。これも観劇の楽しみ。しかしそれもパンが出てくる前まで。外はかりかり中は穴空きの妻好みのバゲットが出てくると、妻の関心はパンに移る。上海からパリへの瞬間移動。「やっぱりヴィロンのパンに限るよねぇ♡」美味しいワインとフランスパン。それだけで気分はもう充分にパリ。上海とパリを堪能した夜だった。</p>
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		<title>さすがマキノ、やるなぁ鈴木♡『富士見町アパートメント』</title>
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		<pubDate>Sat, 13 Mar 2010 01:50:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[自転車キンクリートという劇団があった。1982年、日本女子大学に在学中のメンバー（当然女子だけ）で結成され、1995年まで東京を中心に公演を重ねた。メンバーの飯島早苗が脚本を書き、鈴木裕美が演出、毎回客演を招き上演するというスタイル。久松信美、樋渡真司、徳井優、京晋佑など常連の客演男性俳優たちと交わす台詞に、同じ年代である飯島が描く脚本の世界に、鈴木裕美の演出にハマった。第8回公演以降、全作品を観る程のファンだった。そして、1992年から現在まで行っている「自転車キンクリートSTORE」というプロデュース公演の大半も観続けてきた。けれど脚本飯島、演出鈴木の組合せではなくなった最近の公演には不満もあった。敢えて見逃した公演もあった。ずっと寄り添ってきた「自転キン」とこれからは離れて行ってしまうのかと淋しく思っていた。
そこに救世主が現れた。マキノノゾミだ。2000年に初演の俳優座プロデュース公演『高き彼物』。その年の鶴屋南北戯曲賞を受賞したこの作品で、お気楽夫婦はマキノノゾミに出会った。そしてマキノノゾミ作、鈴木裕美演出という組合せにも同時に出会えた。1発で、ハマった。マキノが主宰する劇団M.O.Pを観始めた。ところが、当の劇団M.O.Pは2010年に活動中止を決めていた。残念。けれど、彼の作品を追いかけることは続けよう、と。そして、昨年OPENした「座・高円寺」という劇場で行われる素晴らしい企画で、マキノ＋鈴木に再会することができた。舞台は、富士見町という都内と思われる街にあるアパートの一室。そこで、4人の作家の書き下ろしによる、4つの物語の、4つの時間が流れる。それぞれ1時間前後の芝居が、2つづつ組み合わされて上演される。画期的な企画だ。
自転車キンクリートSTORE『富士見町アパートメント』。4つの物語は、全て鈴木裕美が演出。4人の作家は、蓬莱竜太、赤堀雅秋、鄭義信、そしてマキノノゾミ。お気楽夫婦のお目当ては、Bプログラムの鄭義信『リバウンド』とマキノノゾミ『ポン助先生』の組合せ。会場の座・高円寺でお気楽夫婦を待っていたのは、舞台の上の木造モルタルのアパート。2DKの間取り。アパートの壁をぶち抜いて、観客が物語を覗き見してるような感覚になる装置設定。開演前は緞帳代わりの木枠の窓がぶら下がっており、室内の様子を隙間から眺めることができる。これがなかなか面白い演出。違う公演を観る度に、今度はどんな登場人物なのかと、部屋の様子で伺い知ることができるという仕掛けだ。暗転し、幕ならぬ窓枠が上がり、お気楽夫婦にとって最初の物語『リバウンド』が始まった。
崔洋一監督『月はどっちに出ている』『血と骨』などの脚本で知られる鄭義信の『リバウンド』は、3人の太った女性コーラスグループの物語。巧い。面白い。そして絶妙の配役。若き日の希望の象徴であるオーディションに出かける3人と、現在の挫折の象徴となる倒れた父の介護のために帰郷するメンバーを巡る3人。その間の時間の流れを暗転を使って巧みに表す。前後半でそれぞれ歌われるシュークリームスのナンバーが素晴らしい。そして2つ目の物語、マキノの『ポン助先生』は、もう絶賛。ポン助先生のキャラクターはシリーズ化して欲しいほど魅力的。かつて売れっ子だったマンガ家のポン助先生は、我がままで、直情径行で、プライドが高く、それでも憎めない。そして若いマンガ家役の黄川田将也が素晴らしい。マンガ家を目指して上京したての頃、売れ始め、挫折する、表情とキャラクターの作りが絶妙。
そして何よりマキノの脚本だ。1時間余りの時間に、過不足無く登場人物の造型を行い、心配になってしまう程大きく物語の起伏を作り、破綻無く物語を完結させる。「これは良い芝居だね♫さすがマキノだね♡」妻の瞳が輝く。「鈴木裕美の演出も凄いね。2本ともホント面白かったね」興奮気味でかつご機嫌な妻は、封印したタクシーでの帰宅を選択。「もう2本、観に行っちゃう？」そうだねぇ、頑張って観に行っちゃおうか。タクシーの車内で公演情報を検索。帰宅後、さっそくチケットを予約。そして…。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/無料パンフ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2555" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/無料パンフ-100x133.jpg" alt="無料パンフ" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">自</span></strong></span>転車キンクリートという劇団があった。1982年、日本女子大学に在学中のメンバー（当然女子だけ）で結成され、1995年まで東京を中心に公演を重ねた。メンバーの飯島早苗が脚本を書き、鈴木裕美が演出、毎回客演を招き上演するというスタイル。久松信美、樋渡真司、徳井優、京晋佑など常連の客演男性俳優たちと交わす台詞に、同じ年代である飯島が描く脚本の世界に、鈴木裕美の演出にハマった。第8回公演以降、全作品を観る程のファンだった。そして、1992年から現在まで行っている「自転車キンクリートSTORE」というプロデュース公演の大半も観続けてきた。けれど脚本飯島、演出鈴木の組合せではなくなった<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/11/06/128/" target="_blank">最近の公演には不満</a>もあった。敢えて見逃した公演もあった。ずっと寄り添ってきた「自転キン」とこれからは離れて行ってしまうのかと淋しく思っていた。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/前チラシ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2556" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/前チラシ-100x133.jpg" alt="前チラシ" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">そ</span></strong></span>こに救世主が現れた。<a href="http://www.officemakino.com/index2.html" target="_blank">マキノノゾミ</a>だ。2000年に初演の俳優座プロデュース公演『<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2009/12/05/1902/" target="_blank">高き彼物</a>』。その年の鶴屋南北戯曲賞を受賞したこの作品で、お気楽夫婦はマキノノゾミに出会った。そしてマキノノゾミ作、鈴木裕美演出という組合せにも同時に出会えた。1発で、ハマった。マキノが主宰する劇団M.O.Pを観始めた。ところが、当の劇団M.O.Pは2010年に活動中止を決めていた。残念。けれど、彼の作品を追いかけることは続けよう、と。そして、昨年OPENした「座・高円寺」という劇場で行われる素晴らしい企画で、マキノ＋鈴木に再会することができた。舞台は、富士見町という都内と思われる街にあるアパートの一室。そこで、4人の作家の書き下ろしによる、4つの物語の、4つの時間が流れる。それぞれ1時間前後の芝居が、2つづつ組み合わされて上演される。画期的な企画だ。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/本チラシ外面.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2557" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/本チラシ外面-100x133.jpg" alt="本チラシ外面" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: small"><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">自</span></strong></span>転車キンクリートSTORE『富士見町アパートメント』。4つの物語は、全て鈴木裕美が演出。4人の作家は、蓬莱竜太、赤堀雅秋、鄭義信、そしてマキノノゾミ。お気楽夫婦のお目当ては、Bプログラムの鄭義信『リバウンド』とマキノノゾミ『ポン助先生』の組合せ。会場の座・高円寺でお気楽夫婦を待っていたのは、舞台の上の木造モルタルのアパート。2DKの間取り。アパートの壁をぶち抜いて、観客が物語を覗き見してるような感覚になる装置設定。開演前は緞帳代わりの木枠の窓がぶら下がっており、室内の様子を隙間から眺めることができる。これがなかなか面白い演出。違う公演を観る度に、今度はどんな登場人物なのかと、部屋の様子で伺い知ることができるという仕掛けだ。暗転し、幕ならぬ窓枠が上がり、お気楽夫婦にとって最初の物語『リバウンド』が始まった。</span></p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: small"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/本チラシ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2564" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/03/本チラシ-100x133.jpg" alt="本チラシ" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">崔</span></strong></span>洋一監督『月はどっちに出ている』『血と骨』などの脚本で知られる鄭義信の『リバウンド』は、3人の太った女性コーラスグループの物語。巧い。面白い。そして絶妙の配役。若き日の希望の象徴であるオーディションに出かける3人と、現在の挫折の象徴となる倒れた父の介護のために帰郷するメンバーを巡る3人。その間の時間の流れを暗転を使って巧みに表す。前後半でそれぞれ歌われるシュークリームスのナンバーが素晴らしい。そして2つ目の物語、マキノの『ポン助先生』は、もう絶賛。ポン助先生のキャラクターはシリーズ化して欲しいほど魅力的。かつて売れっ子だったマンガ家のポン助先生は、我がままで、直情径行で、プライドが高く、それでも憎めない。そして若いマンガ家役の黄川田将也が素晴らしい。マンガ家を目指して上京したての頃、売れ始め、挫折する、表情とキャラクターの作りが絶妙。</span></p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: small"><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000">そ</span></strong></span>して何よりマキノの脚本だ。1時間余りの時間に、過不足無く登場人物の造型を行い、</span><span style="font-size: small">心配になってしまう程大きく物語の起伏を作り、</span><span style="font-size: small">破綻無く物語を完結させる。「これは良い芝居だね♫さすがマキノだね♡」妻の瞳が輝く。「鈴木裕美の演出も凄いね。2本ともホント面白かったね」興奮気味でかつご機嫌な妻は、封印したタクシーでの帰宅を選択。「もう2本、観に行っちゃう？」そうだねぇ、頑張って観に行っちゃおうか。タクシーの車内で公演情報を検索。帰宅後、さっそくチケットを予約。そして…。</span></p>
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		<title>なんてったってアイドル『高き彼物』加藤健一事務所</title>
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		<pubDate>Sat, 05 Dec 2009 04:12:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[◆微笑みの風景]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[マキノ・ノゾミという劇作家、演出家がいる。劇団M.O.Pを率いて、初期の頃は『熱海殺人事件』『寝取られ宗介』などの、つかこうへい作品を上演。その後、オリジナルの脚本を多く上演し、読売文学賞を受賞した『東京原子核クラブ』などの名作を生んでいる。お気楽夫婦が初めて彼の作品に出会ったのは2003年。俳優座プロデュース公演『高き彼物』だった。自転車キンクリートのファンとして、演出の鈴木裕美、出演の歌川椎子に惹かれて観に行った俳優座劇場。そして、がつんと打ちのめされた。素晴らしい脚本に惚れてしまった。数多くの舞台を観ているが、その中でも間違いなくベスト3入り。私にとって記憶に残る作品となった。そしてその後、マキノ作品を追いかけるように観続けた。
加藤健一事務所の30周年記念vol.73の公演が『高き彼物』という情報。1987年のvol.7公演『ザ・シェルター』からずっと観続けている加藤健一とマキノの組合せ。その上、共演にあの、小泉今日子！KYON2！なんてったってアイドルである。世代的にはカラオケ三昧の日々の、同行女子たちのレパートリー。『キスを止めないで』『木枯らしに抱かれて』などなど。オチャメだった頃の記憶が蘇る（遠い目）。ということで、すかさずチケットをゲット。マキノ・ノゾミは妻と同郷、浜松出身。静岡県川根町という小さな田舎町を舞台にした物語は、実にいきいきとした遠州弁で演じられる。そんな名作の再演、そして生KYON2、それに遠州弁のKYON2。否が応でも期待は高まる。
そして、舞台は期待以上の出来映え。加藤健一もカトケンと呼ばれる、ある意味では中年のアイドル。いつも、どんな舞台よりも圧倒的に年齢層の高い客席。そのカトケンとKYON2の、そして脇を固める滝田裕介らのキャスティングがぴったり。舞台を観ているのに、昭和53年の静岡の田舎町で一緒に夏の1日を過ごしたような、自然に舞台の世界に入り込み、感情移入しまくった2時間余りを過ごした。やはり良い芝居だ。良い脚本だ。あざとく泣かせようとする物語ではなく、あるいは崇高な魂の物語に偏りそうになるところを遠州弁が柔らかく救ってくれる。17歳だった自分を思い出し、夏休みの1日を思い出す。そしてKYON2は、良い役者だ。ある意味でアイドルのまま、実に良い年齢の重ね方をしていた。
もう1軒行こうか。「少し街を歩かない？」お互いにどちらが先に言ったのか。芝居の後、いつものようにAサインバーで飲み、店を出たところでお気楽夫婦がどちらともなく言ったことば。そして向かったのはトロワシャンブル。フランス語で「3つの部屋」という意味の、同じ名前のカフェとバーが2軒並ぶ、老舗の風格漂う名店。（もう1軒はご近所にある）「この店は昔良く来たよね」そう言えば、このタバコの煙に燻されたような店に来るのは久しぶりだ。「この店は変わらないね」背表紙の剥げ掛った別冊太陽を手に取りながら、のんびりとコーヒーを啜る妻。変わらないもの、変わっていくもの、気付かず変わってしまったもの。良い芝居を観た後は、こんな店が相応しい。シモキタの街が相応しい。
なんてったってアイドル。書きかけの記事を妻が一瞥。「ここで、私にとって妻が…なんて書かないでね」ぎくっ。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/12/高き彼物.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1903" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/12/高き彼物-100x133.jpg" alt="高き彼物" width="100" height="133" /></a><a href="http://www.officemakino.com/profile/makino.html" target="_blank"><span style="color: #0000ff"><span style="font-size: large"><strong>マ</strong></span></span>キノ・ノゾミ</a>という劇作家、演出家がいる。劇団M.O.Pを率いて、初期の頃は『熱海殺人事件』『寝取られ宗介』などの、つかこうへい作品を上演。その後、オリジナルの脚本を多く上演し、読売文学賞を受賞した『東京原子核クラブ』などの名作を生んでいる。お気楽夫婦が初めて彼の作品に出会ったのは2003年。俳優座プロデュース公演『高き彼物』だった。<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/11/06/128/" target="_blank">自転車キンクリート</a>のファンとして、演出の鈴木裕美、出演の歌川椎子に惹かれて観に行った俳優座劇場。そして、がつんと打ちのめされた。素晴らしい脚本に惚れてしまった。数多くの舞台を観ているが、その中でも間違いなくベスト3入り。私にとって記憶に残る作品となった。そしてその後、マキノ作品を追いかけるように観続けた。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/12/カウンタ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1904" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/12/カウンタ-100x133.jpg" alt="カウンタ" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">加</span></strong></span>藤健一事務所の30周年記念vol.73の公演が『高き彼物』という情報。1987年のvol.7公演『ザ・シェルター』からずっと観続けている<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2006/03/11/174/" target="_blank">加藤健一</a>とマキノの組合せ。その上、共演にあの、小泉今日子！KYON2！なんてったってアイドルである。世代的にはカラオケ三昧の日々の、同行女子たちのレパートリー。『キスを止めないで』『木枯らしに抱かれて』などなど。オチャメだった頃の記憶が蘇る（遠い目）。ということで、すかさずチケットをゲット。マキノ・ノゾミは妻と同郷、浜松出身。静岡県川根町という小さな田舎町を舞台にした物語は、実にいきいきとした遠州弁で演じられる。そんな名作の再演、そして生KYON2、それに遠州弁のKYON2。否が応でも期待は高まる。</p>
<p style="text-align: left"><span style="color: #ff00ff"><span style="font-size: large"><strong><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/12/コーヒーカップ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1912" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/12/コーヒーカップ-100x133.jpg" alt="コーヒーカップ" width="100" height="133" /></a>そ</strong></span></span>して、舞台は期待以上の出来映え。加藤健一もカトケンと呼ばれる、ある意味では中年のアイドル。いつも、どんな舞台よりも圧倒的に年齢層の高い客席。そのカトケンとKYON2の、そして脇を固める滝田裕介らのキャスティングがぴったり。舞台を観ているのに、昭和53年の静岡の田舎町で一緒に夏の1日を過ごしたような、自然に舞台の世界に入り込み、感情移入しまくった2時間余りを過ごした。やはり良い芝居だ。良い脚本だ。あざとく泣かせようとする物語ではなく、あるいは崇高な魂の物語に偏りそうになるところを遠州弁が柔らかく救ってくれる。17歳だった自分を思い出し、夏休みの1日を思い出す。そしてKYON2は、良い役者だ。ある意味でアイドルのまま、実に良い年齢の重ね方をしていた。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/12/本棚.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1906" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/12/本棚-100x133.jpg" alt="本棚" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff6600">も</span></strong></span>う1軒行こうか。「少し街を歩かない？」お互いにどちらが先に言ったのか。芝居の後、いつものように<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2008/03/02/390/" target="_blank">Aサインバー</a>で飲み、店を出たところでお気楽夫婦がどちらともなく言ったことば。そして向かったのはトロワシャンブル。フランス語で「3つの部屋」という意味の、同じ名前のカフェとバーが2軒並ぶ、老舗の風格漂う名店。（もう1軒はご近所にある）「この店は昔良く来たよね」そう言えば、このタバコの煙に燻されたような店に来るのは久しぶりだ。「この店は変わらないね」背表紙の剥げ掛った別冊太陽を手に取りながら、のんびりとコーヒーを啜る妻。変わらないもの、変わっていくもの、気付かず変わってしまったもの。良い芝居を観た後は、こんな店が相応しい。シモキタの街が相応しい。</p>
<p style="text-align: left"><span style="color: #800080"><span style="font-size: large"><strong>な</strong></span></span>んてったってアイドル。書きかけの記事を妻が一瞥。「ここで、私にとって妻が…なんて書かないでね」ぎくっ。</p>
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		<title>マイ・スィート・フレンズ『お弔い』甘党男子と甘い男</title>
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		<pubDate>Sat, 04 Apr 2009 02:10:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■幸福の食卓]]></category>
		<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2009/04/04/%e3%83%9e%e3%82%a4%e3%83%bb%e3%82%b9%e3%82%a3%e3%83%bc%e3%83%88%e3%83%bb%e3%83%95%e3%83%ac%e3%83%b3%e3%82%ba%e3%80%8c%e3%81%8a%e5%bc%94%e3%81%84%e3%80%8d%e7%94%98%e5%85%9a%e7%94%b7%e5%ad%90%e3%81%a8</guid>
		<description><![CDATA[ある週末、ご近所の友人夫妻、NYC帰りの友人夫妻、そしてお気楽夫婦の3組、6人が集まった。「お弔い」のために。とは言っても誰か親しい方が亡くなられたわけではなく、ラック・システムという劇団の芝居を一緒に観にいくために。この劇団の公演は、NYC帰りの友人夫妻が渡米前から6人揃って観に行くのが恒例だった。「お祝い」「お弁当」「お見合い」と全ての公演タイトルに「お」が付く。10周年記念公演「お願い」や12回公演「おたのしみ」は2組だけで観劇。そして、6年ぶり、待望の3組での観劇が15周年記念公演「お弔い」という訳だ。劇団を主宰するわかぎゑふ（大阪出身）の脚本は相変わらず丁寧で、優しく、破天荒。戦後間もない昭和30年前後の大阪のお話。毎回、大阪弁にこだわった、けれど大阪以外の人にもきっちり伝わる、観終わった後に明るく元気になれる芝居。しょ〜もない登場人物にも、「しゃ〜ないなぁ」と笑える設定。
何度も観ている劇団だから劇団員もすっかりお馴染み。特に、コング桑田という俳優（怪優？）は、6人揃って大のファン。コングさんは、わかぎゑふが主宰するもうひとつの劇団「リリパット・アーミーⅡ」所属。「レ・ミゼラブル」などにも出演する舞台俳優。妻とご近所の友人（妻）などは、お芝居だけではなく、ゴスペルが得意な彼のライブにも行ってしまうほど。ちなみに終演後のステージで「物販」のお知らせをするのも彼の役目。「パンフ買うて！」と彼が言うからか、「買い始めたら切りがないから」という理由で普段はパンフレットなど買う素振りも見せない妻なのに、彼の出演する芝居だけは毎回パンフレットを購入し、嬉々としてサインをもらう列に並ぶ。今では顔なじみとなり、短い会話を交わすこともある。東横線の車内で偶然会って挨拶した時にははにかんで応えてくれた。そんな豪快な見てくれと繊細さが同居するキャラクターが可愛い。
「久しぶりだったけど、やっぱり面白かったぁ♪」「あの場面で、あの登場の仕方は卑怯だよねぇ、もう、おかしくって。飛び道具だよなぁ」「○ちゃんの笑い声、大きかったよね、今回は一番ツボにハマってたね」終演後の劇評とも言えない感想を言い合いながら食事をするのがもうひとつの楽しみ。そして最後はお気楽夫婦のリビング、BAR808でお酒を飲んだり、デザートを食べたり。その日のスィーツはご近所の名店「ラ・ヴィエイユ・フランス本店」のマカロン。この店はお台場のグラン・パシフィック・メリディアンにアイスクリーム専門の店があり、それもお台場の店が先にOPENしたのに、こちらが本店。整体の先生にいただいたこの店のチョコが美味しかったため、地元の店を知らないのはいかんっ！と芝居の前日に出かけて買って来たばかり。友人たちの反応はどうだろう。
 「へぇ〜、オサレっ！美しいねぇ」「うん、美味しい♪」「ねぇ、お店ってどこにあるの」うむ、なかなか好評。お酒が飲めない上に甘いものが大好きなご近所の友人（夫）も、思わずニコニコ。彼は最近増殖しているという「甘党男子（あまとうだんし：ama-dan）」のハシリ。「美味しいっすね。今度買いに行ってこよぉ♪」彼はアパレル会社勤務という職業柄か、デパートに入っているスィーツショップにも詳しい。その日、NYC帰りの友人（夫）がバレンタインのお返しと持参して来たのは「ねんりん家」のバーム・クーヘン。その店の名前にも「あぁ、ここ美味しいっすよね♪」と素早い反応だった。さすが甘いもの好き。しかし、なのに、タバコを止めた反動肥満も解消し、すっかり以前の体重に戻った友人（夫）。甘いものが体重増加の原因とは限らない。
それに対し、バレンタイン前後から続くお気楽夫婦の甘い生活で、ジムに通い、節制もしているつもりながら、ややウェイト・オーバー気味の私。余分な脂肪とはオサラバしたい、弔いたい。けれど、友人たちが帰った後、「今日もポッキー食べちゃうもんねぇ♪」とのたまう妻。そして、つい釣られて酒を飲む私。いかん、いかん。甘い、甘い。甘党男子と自分に甘い男、どちらが身体に悪いのか・・・。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/04/05/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/04/05/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="144" /></a><span style="font-size: 1.4em;color: #330099"><strong>あ</strong></span>る週末、ご近所の友人夫妻、NYC帰りの友人夫妻、そしてお気楽夫婦の3組、6人が集まった。「お弔い」のために。とは言っても誰か親しい方が亡くなられたわけではなく、ラック・システムという劇団の芝居を一緒に観にいくために。この劇団の公演は、NYC帰りの友人夫妻が渡米前から<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2005/05/post_3682.html">6人揃って観に行くのが恒例</a>だった。「お祝い」「お弁当」「お見合い」と全ての公演タイトルに「お」が付く。10周年記念公演「お願い」や12回公演「おたのしみ」は2組だけで観劇。そして、6年ぶり、待望の3組での観劇が15周年記念公演「お弔い」という訳だ。劇団を主宰するわかぎゑふ（大阪出身）の脚本は相変わらず丁寧で、優しく、破天荒。戦後間もない昭和30年前後の大阪のお話。毎回、大阪弁にこだわった、けれど大阪以外の人にもきっちり伝わる、観終わった後に明るく元気になれる芝居。しょ〜もない登場人物にも、「しゃ〜ないなぁ」と笑える設定。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/04/05/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/04/05/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="140" /></a><span style="font-size: 1.4em;color: #333399"><strong>何</strong></span>度も観ている劇団だから劇団員もすっかりお馴染み。特に、コング桑田という俳優（怪優？）は、6人揃って大のファン。コングさんは、わかぎゑふが主宰するもうひとつの劇団「リリパット・アーミーⅡ」所属。「レ・ミゼラブル」などにも出演する舞台俳優。妻とご近所の友人（妻）などは、お芝居だけではなく、ゴスペルが得意な<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2005/07/post_c40e.html">彼のライブ</a>にも行ってしまうほど。ちなみに終演後のステージで「物販」のお知らせをするのも彼の役目。「パンフ買うて！」と彼が言うからか、「買い始めたら切りがないから」という理由で普段はパンフレットなど買う素振りも見せない妻なのに、彼の出演する芝居だけは毎回パンフレットを購入し、嬉々としてサインをもらう列に並ぶ。今では顔なじみとなり、短い会話を交わすこともある。東横線の車内で偶然会って挨拶した時にははにかんで応えてくれた。そんな豪快な見てくれと繊細さが同居するキャラクターが可愛い。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/04/05/photo_5.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/04/05/photo_5.jpg" border="0" alt="Photo_5" width="100" height="133" /></a><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/04/05/photo_6.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/04/05/photo_6.jpg" border="0" alt="Photo_6" width="100" height="133" /></a>「<span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #ff00ff">久</span></strong></span>しぶりだったけど、やっぱり面白かったぁ♪」「あの場面で、あの登場の仕方は卑怯だよねぇ、もう、おかしくって。飛び道具だよなぁ」「○ちゃんの笑い声、大きかったよね、今回は一番ツボにハマってたね」終演後の劇評とも言えない感想を言い合いながら食事をするのがもうひとつの楽しみ。そして最後はお気楽夫婦のリビング、BAR808でお酒を飲んだり、デザートを食べたり。その日のスィーツはご近所の名店「<a href="http://allabout.co.jp/gourmet/sweets/closeup/CU20071202A/">ラ・ヴィエイユ・フランス本店</a>」のマカロン。この店はお台場のグラン・パシフィック・メリディアンに<a href="http://www.grandpacific.jp/facilities/verre_et_cour/index.html#la_vieille_france">アイスクリーム専門</a>の店があり、それもお台場の店が先にOPENしたのに、こちらが本店。整体の先生にいただいたこの店のチョコが美味しかったため、地元の店を知らないのはいかんっ！と芝居の前日に出かけて買って来たばかり。友人たちの反応はどうだろう。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/04/05/photo_7.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/04/05/photo_7.jpg" border="0" alt="Photo_7" width="100" height="133" /></a><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/04/05/photo_8.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/04/05/photo_8.jpg" border="0" alt="Photo_8" width="100" height="133" /></a> 「<span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #cc6600">へ</span></strong></span>ぇ〜、オサレっ！美しいねぇ」「うん、美味しい♪」「ねぇ、お店ってどこにあるの」うむ、なかなか好評。お酒が飲めない上に甘いものが大好きなご近所の友人（夫）も、思わずニコニコ。彼は最近増殖しているという「<a href="http://www.ama-dan.com/">甘党男子（あまとうだんし：ama-dan）</a>」のハシリ。「美味しいっすね。今度買いに行ってこよぉ♪」彼はアパレル会社勤務という職業柄か、デパートに入っているスィーツショップにも詳しい。その日、NYC帰りの友人（夫）がバレンタインのお返しと持参して来たのは「ねんりん家」のバーム・クーヘン。その店の名前にも「あぁ、ここ美味しいっすよね♪」と素早い反応だった。さすが甘いもの好き。しかし、なのに、タバコを止めた反動肥満も解消し、すっかり以前の体重に戻った友人（夫）。甘いものが体重増加の原因とは限らない。</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #0066cc">そ</span></strong></span>れに対し、バレンタイン前後から続くお気楽夫婦の<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2009/03/post-9ddf.html">甘い生活</a>で、ジムに通い、節制もしているつもりながら、ややウェイト・オーバー気味の私。余分な脂肪とはオサラバしたい、弔いたい。けれど、友人たちが帰った後、「今日もポッキー食べちゃうもんねぇ♪」とのたまう妻。そして、つい釣られて酒を飲む私。いかん、いかん。甘い、甘い。甘党男子と自分に甘い男、どちらが身体に悪いのか・・・。</p>
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		<title>みんなで踊ろう！歌おう？『マンマ・ミーア！』</title>
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		<pubDate>Sat, 21 Mar 2009 10:01:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[■至福の映画]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[そのミュージカルは、合計5回観たことになる。汐留で3回、NYCで1回、そして六本木で1回。汐留は言わずもがなの劇団四季のステージ。電通四季劇場「海」のこけら落し公演。ミュージカルを観て、立ち上がって踊った初の体験。演出に文字通り踊らされたのかもしれないけれど、そこはABBA世代。ユーキャン ダァンス！ユーキャン ダァ〜ンス！と歌われればダァンスィング♪してしまう。仕方ない。2度目はご近所の友人夫妻を誘い、一緒に踊った。友人（夫）に「IGAさん、真っ先に踊ってましたねぇ」とか言われながら。そして、ロングラン公演も終わりだと聞いた頃、「マンマ・ミーア！」がすっかり気に入った彼らと一緒に再び汐留に向かった。名残惜しさを感じながら、3度目の公演でも立ち上がり、踊った。
4度目はNYCの友人夫妻と一緒に。当時、友人（夫）は人気のチケットを取るために、「日本からVIPが急に来ることになった。取れないと大変なことになる！」と無理やり（半ば脅して？）チケットをゲットしてくれた。さすがの英語力とネゴシエーション力。そして、シャイな日本人があれだけノリノリなんだから、ブロードウェーであれば、さぞや！と思って期待しながら劇場に向かった。さすがに4度目だし、ストーリーはばっちり。歌はもちろん問題なし。そして、エンディングだぁ。ダンスィング・クィーン！イェイ！…え！誰も立たない。踊らない。アラバマやらアイダホ（想像）から来ていた爺ちゃん、婆ちゃんたちは踊らなかった。踊れなかった。きっとABBAは知らなかったのだと思う。不完全燃焼。…それから5年。「マンマ・ミーア！」が映画化されたとのニュース。行かねば！
…と、思いながら映画館になかなか行けない日々が続いた。芝居と違って前もってチケットを予約する習慣がないため、行きそびれていた。そこに故郷に住む弟からメール。「娘が急遽東京に行くことになったんだけど、会場までエスコートしてもらえない？」ん？何？「皆で一緒にマンマ・ミーア！を観ながら映画館で歌おう！というイベントがあって…」何！楽しそうじゃないか！ところでなぜ娘（19歳）がABBAなの？マンマ・ミーア！なの？聞けば、中学の修学旅行で四季の「マンマ・ミーア！」を観て、家に帰り報告すると父親（弟）が手ぐすね引いて待っていた、という訳らしい。なるほど。彼らはカラオケ・スナック（ボックスではなく）でデュエットしたり、震災直後の神戸でボランティアに参加した場所を共に再訪したり、実に仲の良い親娘。今回も後から娘に合流するという。お気楽夫婦はイベント当日は会えず、翌日ランチを一緒に取ることに。
丸ビルで仲良し親娘と待合せ。ところで、イベントはどうだった？「みんなで歌おう！カラオケナイト！っていう英語歌詞字幕付きの上映があって、でも今回のイベントの主催者が行った時は誰も歌わなかったんだって。それで、これはいかん！ということでMixiのコミュで募集して賛同したメンバーが100人弱集まったという訳。娘が最年少参加者で、俺が最年長参加者だったんだ」なるほどねぇ。彼らと別れた翌日、さっそく六本木TOHOシネマズへ。そこは前々日に姪が歌った場所でもある。映画はステージと違って当然ロケが可能。ストーリーの広がりも、映像の広がりもステージとは段違い。もちろん出演者たちの顔もアップにもなる。だからこそ、ドナ役のメリル・ストリーブの皺が良い。その後のステージ衣装とのギャップが際立つ伏線になる。ステージでの“良い娘”過ぎる設定より、ソフィ役のアマンダ・セイフライドが良い。チャーミングなソフィの魅力が画面に溢れる。そして、何よりもABBAの楽曲が良い。思わず小さく口ずさむ。うん、確かに歌いたくなるね♪
ん、そう言えば「DVD出たら買うよ♪」と弟が言っていた。そしたらみんなで、歌おう！踊ろう♪ユーキャンダンス！YES！We Can！「え？私は良いよ」妻の答は予想通り。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/03/21/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/03/21/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="140" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #ff0099">そ</span></strong></span>のミュージカルは、合計5回観たことになる。汐留で3回、NYCで1回、そして六本木で1回。汐留は言わずもがなの劇団四季のステージ。<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2005/06/post_f3a1.html">電通四季劇場「海」のこけら落し公演</a>。ミュージカルを観て、立ち上がって踊った初の体験。演出に文字通り踊らされたのかもしれないけれど、そこはABBA世代。ユーキャン ダァンス！ユーキャン ダァ〜ンス！と歌われればダァンスィング♪してしまう。仕方ない。2度目はご近所の友人夫妻を誘い、一緒に踊った。友人（夫）に「IGAさん、真っ先に踊ってましたねぇ」とか言われながら。そして、ロングラン公演も終わりだと聞いた頃、「マンマ・ミーア！」がすっかり気に入った彼らと一緒に再び汐留に向かった。名残惜しさを感じながら、3度目の公演でも立ち上がり、踊った。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/03/21/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/03/21/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="155" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #0066cc">4度目</span></strong></span>はNYCの友人夫妻と一緒に。当時、友人（夫）は人気のチケットを取るために、「日本からVIPが急に来ることになった。取れないと大変なことになる！」と無理やり（半ば脅して？）チケットをゲットしてくれた。さすがの英語力とネゴシエーション力。そして、シャイな日本人があれだけノリノリなんだから、ブロードウェーであれば、さぞや！と思って期待しながら劇場に向かった。さすがに4度目だし、ストーリーはばっちり。歌はもちろん問題なし。そして、エンディングだぁ。ダンスィング・クィーン！イェイ！…え！誰も立たない。踊らない。アラバマやらアイダホ（想像）から来ていた爺ちゃん、婆ちゃんたちは踊らなかった。踊れなかった。きっとABBAは知らなかったのだと思う。不完全燃焼。…それから5年。「マンマ・ミーア！」が映画化されたとのニュース。行かねば！</p>
<p style="text-align: left">…<span style="font-size: 1.4em;color: #ff33ff"><strong>と、</strong></span>思いながら映画館になかなか行けない日々が続いた。芝居と違って前もってチケットを予約する習慣がないため、行きそびれていた。そこに故郷に住む弟からメール。「娘が急遽東京に行くことになったんだけど、会場までエスコートしてもらえない？」ん？何？「皆で一緒にマンマ・ミーア！を観ながら映画館で歌おう！というイベントがあって…」何！楽しそうじゃないか！ところでなぜ娘（19歳）がABBAなの？マンマ・ミーア！なの？聞けば、中学の修学旅行で四季の「マンマ・ミーア！」を観て、家に帰り報告すると父親（弟）が手ぐすね引いて待っていた、という訳らしい。なるほど。彼らはカラオケ・スナック（ボックスではなく）でデュエットしたり、震災直後の神戸でボランティアに参加した場所を共に再訪したり、実に仲の良い親娘。今回も後から娘に合流するという。お気楽夫婦はイベント当日は会えず、翌日ランチを一緒に取ることに。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/03/21/photo_3.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/03/21/photo_3.jpg" border="0" alt="Photo_3" width="100" height="52" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #00cc00">丸</span></strong></span>ビルで仲良し親娘と待合せ。ところで、イベントはどうだった？「みんなで歌おう！カラオケナイト！っていう英語歌詞字幕付きの上映があって、でも今回のイベントの主催者が行った時は誰も歌わなかったんだって。それで、これはいかん！ということでMixiのコミュで募集して賛同したメンバーが100人弱集まったという訳。娘が最年少参加者で、俺が最年長参加者だったんだ」なるほどねぇ。彼らと別れた翌日、さっそく六本木TOHOシネマズへ。そこは前々日に姪が歌った場所でもある。映画はステージと違って当然ロケが可能。ストーリーの広がりも、映像の広がりもステージとは段違い。もちろん出演者たちの顔もアップにもなる。だからこそ、ドナ役のメリル・ストリーブの皺が良い。その後のステージ衣装とのギャップが際立つ伏線になる。ステージでの“良い娘”過ぎる設定より、ソフィ役のアマンダ・セイフライドが良い。チャーミングなソフィの魅力が画面に溢れる。そして、何よりもABBAの楽曲が良い。思わず小さく口ずさむ。うん、確かに歌いたくなるね♪</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #cc6600">ん、</span></strong></span>そう言えば「DVD出たら買うよ♪」と弟が言っていた。そしたらみんなで、歌おう！踊ろう♪ユーキャンダンス！YES！We Can！「え？私は良いよ」妻の答は予想通り。</p>
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	</item>
		<item>
		<title>“ふつ〜”を味わう『夜の来訪者』</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Mar 2009 12:07:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■幸福の食卓]]></category>
		<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[段田安則という名前を聞いてぴんと来る人は多くはない…のか。段田男（だんだだん）というインパクトのある芸名の演歌歌手もいたなぁ。番場蛮（ばんばばん）というのは、確か少年ジャンプに連載されアニメ番組にもなったマンガ「侍ジャイアンツ」の主人公だった。そう言えば今年のWBCの日本チームの愛称は「侍ジャパン」だったけど…音感だけの連想はオヤヂの始まりであるけれど、最近のお笑いでもそんなネタを持ったコンビもいたような、いないような。という訳で、段田安則だ。小劇場第三世代の代表的劇団「夢の遊眠社」に所属していた。と言っても段々通じなくなってしまうけれど、野田秀樹が東大在学中に結成した人気劇団。段田の他に、上杉祥三、羽場裕一、松澤一之などがいた。同時代の人気劇団に向上尚史が率いる「第三舞台」があった。そうか、もう20年も前の話か。
その段田安則が初演出の「夜の来訪者」を観た。会場は紀伊国屋ホール。観終わるといつも「お尻が痛い！」と妻が愚痴る昔ながらの小劇場。小劇団の憧れの劇場でもある。う〜ん、なかなか本題に入れない。つまらなかった訳ではない。渡辺えり、高橋克実、八嶋智人、岡本健一、坂井真紀らの贅沢なキャスティング。脚本も有名なサスペンス。小さな「事件」とも言えない1人の女性の自殺の報が、平穏だった実業家宅を訪れた警官によって伝えられ、その一族のひとりひとりに次々に波紋を呼び…。作られ過ぎた感じのストーリーが現実感をなくしてしまったのかもしれない。翻訳劇を日本で上演することの難しさもあるかもしれない。“上流階級”“成金”の存在を揶揄する視点が現在とギャップがあったのかもしれない。しかし、上演前に70年代のニュース映像を流すことで時代背景を柔らかく伝えたはずだ。現在にも通じさせるネタも加えられていた。
「あぁ、そうだったんだ。大正時代の話かと思った」開演に間に合わず、冒頭の映像を見られなかった妻の感想。そうか、あんな台詞まわしは日常的ではなくなったばかりか、パロディでしかあり得なくなったんだ。「お父様ったら…」「君には期待しているんだがねぇ」というような家族の会話。親と子、兄弟の距離が良くも悪くも縮まり、家族の間で丁寧語や敬語が使われることがなくなってしまった。姉妹のような母娘、父を尊敬できない息子。そんな親子間のコミュニケーションに敬語はない。「早い話が面白くなかったってこと？」いえいえ、楽しいことしか記事にしないというコンセプト。取り上げること自体で肯定的。でも、ちょっと歯切れが悪くないか？確かにそうかもしれない。ここ数年、観終わった芝居のコメントを書くことが極端に少なくなったのは、「楽しい」の基準が上がってしまったのではと思い、書き始めたのがこの舞台の記事だった。
美味しいものも日常的になってしまえば、普通の味になってしまう。「美味しい」「楽しい」の水準を一度上げてしまったら、下げることはできない。下げる必要もないのだけれど、自らの評価の最高水準のものと比較して否定してはいけない。それぞれを味わい、楽しむ姿勢が大切。舌や目が驕ってしまっては日々の「美味しい」「楽しい」を楽しめない。「なぁんだ、早い話が面白くなかったってことなんじゃない。野田とかと比べちゃうからいけないんじゃないの？私は“ふつ〜”に面白かったよ♪」いや、だから違うんだってば。…ん、でもその表現良いね。「夜の来訪者」ふつ〜に面白く、楽しい芝居でした。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/03/08/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/03/08/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="139" /></a><span style="font-size: 1.4em;color: #cc00cc"><strong>段</strong></span>田安則という名前を聞いてぴんと来る人は多くはない…のか。段田男（だんだだん）というインパクトのある芸名の演歌歌手もいたなぁ。番場蛮（ばんばばん）というのは、確か少年ジャンプに連載されアニメ番組にもなったマンガ「侍ジャイアンツ」の主人公だった。そう言えば今年のWBCの日本チームの愛称は「侍ジャパン」だったけど…音感だけの連想はオヤヂの始まりであるけれど、最近のお笑いでもそんなネタを持ったコンビもいたような、いないような。という訳で、段田安則だ。小劇場第三世代の代表的劇団「夢の遊眠社」に所属していた。と言っても段々通じなくなってしまうけれど、野田秀樹が東大在学中に結成した人気劇団。段田の他に、上杉祥三、羽場裕一、松澤一之などがいた。同時代の人気劇団に向上尚史が率いる「第三舞台」があった。そうか、もう20年も前の話か。</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: 1.4em;color: #0066cc"><strong>そ</strong></span>の段田安則が初演出の「夜の来訪者」を観た。会場は紀伊国屋ホール。観終わるといつも「お尻が痛い！」と妻が愚痴る昔ながらの小劇場。小劇団の憧れの劇場でもある。う〜ん、なかなか本題に入れない。つまらなかった訳ではない。渡辺えり、高橋克実、八嶋智人、岡本健一、坂井真紀らの贅沢なキャスティング。脚本も有名なサスペンス。小さな「事件」とも言えない1人の女性の自殺の報が、平穏だった実業家宅を訪れた警官によって伝えられ、その一族のひとりひとりに次々に波紋を呼び…。作られ過ぎた感じのストーリーが現実感をなくしてしまったのかもしれない。翻訳劇を日本で上演することの難しさもあるかもしれない。“上流階級”“成金”の存在を揶揄する視点が現在とギャップがあったのかもしれない。しかし、上演前に70年代のニュース映像を流すことで時代背景を柔らかく伝えたはずだ。現在にも通じさせるネタも加えられていた。</p>
<p style="text-align: left">「<span style="font-size: 1.4em;color: #66cc33"><strong>あ</strong></span>ぁ、そうだったんだ。大正時代の話かと思った」開演に間に合わず、冒頭の映像を見られなかった妻の感想。そうか、あんな台詞まわしは日常的ではなくなったばかりか、パロディでしかあり得なくなったんだ。「お父様ったら…」「君には期待しているんだがねぇ」というような家族の会話。親と子、兄弟の距離が良くも悪くも縮まり、家族の間で丁寧語や敬語が使われることがなくなってしまった。姉妹のような母娘、父を尊敬できない息子。そんな親子間のコミュニケーションに敬語はない。「早い話が面白くなかったってこと？」いえいえ、楽しいことしか記事にしないというコンセプト。取り上げること自体で肯定的。でも、ちょっと歯切れが悪くないか？確かにそうかもしれない。ここ数年、観終わった芝居のコメントを書くことが極端に少なくなったのは、「楽しい」の基準が上がってしまったのではと思い、書き始めたのがこの舞台の記事だった。</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #ff00ff">美</span></strong></span>味しいものも日常的になってしまえば、普通の味になってしまう。「美味しい」「楽しい」の水準を一度上げてしまったら、下げることはできない。下げる必要もないのだけれど、自らの評価の最高水準のものと比較して否定してはいけない。それぞれを味わい、楽しむ姿勢が大切。舌や目が驕ってしまっては日々の「美味しい」「楽しい」を楽しめない。「なぁんだ、早い話が面白くなかったってことなんじゃない。野田とかと比べちゃうからいけないんじゃないの？私は“ふつ〜”に面白かったよ♪」いや、だから違うんだってば。…ん、でもその表現良いね。「夜の来訪者」ふつ〜に面白く、楽しい芝居でした。</p>
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		<title>ビバ！エスパーニャ！『アンダルシアの嵐』アントニオ・ガデス舞踊団</title>
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		<pubDate>Fri, 06 Mar 2009 21:48:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■幸せの酒]]></category>
		<category><![CDATA[■幸福の食卓]]></category>
		<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>

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		<description><![CDATA[NYC帰りの友人夫妻とスペインに出かけた。最初の訪問先はアンダルシア。地下鉄丸ノ内線/南北線の後楽園駅から徒歩2分。期間限定のスペイン。2004年に逝った天才ダンサー、振付師、そして演出家でもあったアントニオ・ガデスが率いた舞踊団が来日していた。会場は文京シビック大ホール。1,800席余りの大箱。「カルメン」「アンダルシアの嵐」「血の婚礼/フラメンコ組曲」3部作の日替り、全10公演。ガデスがいない「アントニオ・ガデス舞踊団」。入りが心配になるのは前職の頃からの習い。しかし、雪混じりの荒天なのに8割方埋まった客席。ほっとしたながら開演を待つ。幕が上がり、シンプルなステージの上に立つ群衆。フラメンコ独特の手拍子（パルマ）、タップの音が会場を包む。一糸乱れないダンサーたちのステップ。うぁ〜鳥肌。一瞬の内に“ガデス・マジック”の虜になる。
 その日の演目「アンダルシアの嵐」は、横暴で好色な地頭に対し、農民たちが鋤や鍬を手に立ち上がるストーリー・・・。スペイン語が分からず、フラメンコに造詣が深い訳でもない2組の夫婦には、チラシに書かれたそんな短い解説しかヒントがない。果たして2時間弱の舞台を楽しめるのだろうか。寝不足の妻は眠ってしまわないだろうか。・・・しかし、すぐにそれは杞憂だったと分かった。ダンサーたちの踊り、つま弾くスパニッシュギターの音色、そして何より舞台全体が醸し出す空気で、難なく登場人物たちに感情移入でき、日本語なしでスペインの田舎の物語が理解できるのだ。そして何よりも心震える群舞。質素なドレスの裾がエロティックに翻る。タップのリズムが会話になる。農民たちの嘆きが、怒りが、喜びがダンスということばになる。パルマのリズムが人々の声になる。囁きになる。
 次の訪問先はスペイン名物、バル。向かったのは、ビルの中にある小さな店。文京区のアンダルシアからタクシーで10分程の距離。「ふぅ〜っ！ただものじゃないね。凄い人たちだね」アンコールで幕が上がる度に、舞台の1シーンが再現される演出に驚いたという妻が溜息を付く。「いやぁ〜楽しかったぁ♪」「イギリスにいた頃、2週間ぐらいスペインを旅したんです。夏の暑い時期で、安ホテルのエアコンは壊れかかっていて・・・」NYC帰りの友人夫妻がスペインの思い出を語る。舞台の興奮が残る中、冷たいセルベッサ（ビール）で乾杯。トルティージャ（スペイン風オムレツ）、ハモンセラーノ、カジョス（牛モツの煮込み）、何種ものアヒージョなど小皿のタパスをたっぷりオーダー。「うん、どれも美味しいぃ♪」お気楽で、お手頃な料金で、きっちり美味しいスペイン居酒屋だ。
「バル エスパニョール ラ・ボデガ」というのがお店の名前。（注：撮影忘れのため、写真をぐるなびのサイトから無断借用。お詫びにリンクしておきます）スタッフの気配りも心地良く、なかなか良いお店。友人夫妻はサングリア、私はカヴァ。その後はワイン。お酒も進む。気分はすっかりスペイン。実は、今夏のヴァカンスは、スペイン行こうかと計画してみた。しかし、どう頑張っても実質5日ぐらいしか滞在できないことが分かった。ということであっという間に断念。そこで企画した文京区と千代田区の小さなスペインの旅。「お食事もうすぐラストオーダーですけど、パエリアはぜひ召し上がってみてください♪」う〜む、絶妙のタイミング。お薦め上手。ではシーフードのパエリアお願いします！・・・スペインではきっとこうは行かない。ん、TOKYOで楽しむスペイン。かなり楽しい。良い感じ。
「でも、スペインにはいつか行ってみたいなぁ♪」と妻。「あぁ、ぜひ行きましょうよ！」と友人（妻）。「良いとこですよ」と友人（夫）。うぅむ。彼らのおかげでお気楽度数が増しているかも。はい、いつかご一緒に。ビバ！エスパーニャ！
 
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/03/06/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/03/06/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="142" /></a><span style="font-size: 1.4em;color: #ff0066"><strong>NYC</strong></span>帰りの友人夫妻とスペインに出かけた。最初の訪問先はアンダルシア。地下鉄丸ノ内線/南北線の後楽園駅から徒歩2分。期間限定のスペイン。2004年に逝った天才ダンサー、振付師、そして演出家でもあったアントニオ・ガデスが率いた舞踊団が来日していた。会場は文京シビック大ホール。1,800席余りの大箱。「カルメン」「アンダルシアの嵐」「血の婚礼/フラメンコ組曲」3部作の日替り、全10公演。ガデスがいない「アントニオ・ガデス舞踊団」。入りが心配になるのは前職の頃からの習い。しかし、雪混じりの荒天なのに8割方埋まった客席。ほっとしたながら開演を待つ。幕が上がり、シンプルなステージの上に立つ群衆。フラメンコ独特の手拍子（パルマ）、タップの音が会場を包む。一糸乱れないダンサーたちのステップ。うぁ〜鳥肌。一瞬の内に“ガデス・マジック”の虜になる。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/03/06/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/03/06/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="144" /></a> <span style="font-size: 1.4em;color: #6600ff"><strong>そ</strong></span>の日の演目「アンダルシアの嵐」は、横暴で好色な地頭に対し、農民たちが鋤や鍬を手に立ち上がるストーリー・・・。スペイン語が分からず、フラメンコに造詣が深い訳でもない2組の夫婦には、チラシに書かれたそんな短い解説しかヒントがない。果たして2時間弱の舞台を楽しめるのだろうか。寝不足の妻は眠ってしまわないだろうか。・・・しかし、すぐにそれは杞憂だったと分かった。ダンサーたちの踊り、つま弾くスパニッシュギターの音色、そして何より舞台全体が醸し出す空気で、難なく登場人物たちに感情移入でき、日本語なしでスペインの田舎の物語が理解できるのだ。そして何よりも心震える群舞。質素なドレスの裾がエロティックに翻る。タップのリズムが会話になる。農民たちの嘆きが、怒りが、喜びがダンスということばになる。パルマのリズムが人々の声になる。囁きになる。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/03/06/b448002ps3.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/03/06/b448002ps3.jpg" border="0" alt="B448002ps3" width="100" height="66" /></a> <span style="font-size: 1.4em;color: #003399"><strong>次</strong></span>の訪問先はスペイン名物、バル。向かったのは、ビルの中にある小さな店。文京区のアンダルシアからタクシーで10分程の距離。「ふぅ〜っ！ただものじゃないね。凄い人たちだね」アンコールで幕が上がる度に、舞台の1シーンが再現される演出に驚いたという妻が溜息を付く。「いやぁ〜楽しかったぁ♪」「イギリスにいた頃、2週間ぐらいスペインを旅したんです。夏の暑い時期で、安ホテルのエアコンは壊れかかっていて・・・」NYC帰りの友人夫妻がスペインの思い出を語る。舞台の興奮が残る中、冷たいセルベッサ（ビール）で乾杯。トルティージャ（スペイン風オムレツ）、ハモンセラーノ、カジョス（牛モツの煮込み）、何種ものアヒージョなど小皿のタパスをたっぷりオーダー。「うん、どれも美味しいぃ♪」お気楽で、お手頃な料金で、きっちり美味しいスペイン居酒屋だ。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/03/06/b448002pm8_b.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/03/06/b448002pm8_b.jpg" border="0" alt="B448002pm8_b" width="100" height="66" /></a>「<span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #009933">バ</span></strong></span>ル エスパニョール ラ・ボデガ」というのがお店の名前。（注：撮影忘れのため、写真を<a href="http://r.gnavi.co.jp/b448002/">ぐるなびのサイト</a>から無断借用。お詫びにリンクしておきます）スタッフの気配りも心地良く、なかなか良いお店。友人夫妻はサングリア、私はカヴァ。その後はワイン。お酒も進む。気分はすっかりスペイン。実は、今夏のヴァカンスは、スペイン行こうかと計画してみた。しかし、どう頑張っても実質5日ぐらいしか滞在できないことが分かった。ということであっという間に断念。そこで企画した文京区と千代田区の小さなスペインの旅。「お食事もうすぐラストオーダーですけど、パエリアはぜひ召し上がってみてください♪」う〜む、絶妙のタイミング。お薦め上手。ではシーフードのパエリアお願いします！・・・スペインではきっとこうは行かない。ん、TOKYOで楽しむスペイン。かなり楽しい。良い感じ。</p>
<p style="text-align: left">「<span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #ff00cc">で</span></strong></span>も、スペインにはいつか行ってみたいなぁ♪」と妻。「あぁ、ぜひ行きましょうよ！」と友人（妻）。「良いとこですよ」と友人（夫）。うぅむ。彼らのおかげでお気楽度数が増しているかも。はい、いつかご一緒に。ビバ！エスパーニャ！</p>
<p style="text-align: left"> </p>
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		<title>芝居とドーナツ、妄想と現実『テーブルマナー』AGAPE store</title>
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		<pubDate>Sat, 21 Feb 2009 05:50:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■幸福の食卓]]></category>
		<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[世の中には一方的な知り合いがいる。それを普通は、知り“合い”とは言わないのだけれど、身近に感じてしまう余りに相手も自分を知っていると思ってしまう誤解、というか錯覚。例えば、芸能人を街角で見つけると「あら、さんまちゃぁ〜ん♪」とか言いながら肩を叩いてしまう症状。大阪方面のオバちゃんにその傾向が強い。テレビという視る側にとっては日常的存在に毎日のようにその人が現れ、結果、毎日のように（視ている本人にとっては）会っているが為に現れてしまう気持。感情移入してしまい、テレビに向かって相槌を打つという奇態が表出する。自覚もなしに。怖い。…ところが、身体の中に小さなオバちゃんが棲む私にも、そんな感情があった。松尾貴史が主宰するAGAPE store#13公演『テーブルマナー』を観ながら、そんな感情を抑えようとする自分がいた。
出演は、松尾貴史、最近はすっかり舞台女優の島田歌穂、「猫のホテル」の市川しんぺー、佐藤真弓、D-BOYSの柳浩太郎、そして大和田美帆。さて、私の中の小さなオバちゃんが疼いた出演者とは…。毎朝、薬丸くんと一緒に「…オープンですっ！」とポーズを取る母、野沢直子の迷曲「大和田獏」で有名な？父を持つ、美帆ちゃん。（もう既にちゃん付け！）毎朝見かける母、岡江久美子に親近感を持つが余り、すっかり親戚のオジさん気分。彼女はもう新人ではないし、安定した演技だし、巧いのだけれど、どきどき。ドタバタ不倫劇の役柄に、はらはら。自分の姪っ子が舞台に出ていて、トチるんじゃないかと思ったり、ダメだぁっ！そんなことをしちゃぁ〜っ！姉（島田歌穂）の夫（松尾貴史）になんか騙されるなっ…とか。身体の中のオバちゃんが叫びそうになる。
芝居を観終わり、そんな勝手な妄想の切れ端を抱えたまま、劇場を出る。そう、一種の妄想。しかし、そんな感情移入させる程の芝居だったという言い方もある。でも何かすっきりしない。「面白かったね♪」松尾貴史が主宰するAGAPE storeがお気に入りで、この舞台の演出を手がけるG2の大ファンである妻は満足そう。寒風の中、並んで歩くサザンテラス。季節外れにも思えるイルミネーションがまだ残っている。「あっ！並んでない！」妻が足を止める。確かに時間が遅いこともあり、いつも長蛇の列の「クリスピー・クリーム・ドーナツ」店頭に人影はない。ある年、香港に出かけた際に、日本進出前のクリスピー・クリーム・ドーナツを食べ損なったことを悔やむ妻が決断した。「食べるっ！」晩メシにドーナツ？ビール飲めないし…躊躇する私を余所に、すたすたと店に向かう妻。
クリスピーの箱を抱えている人を見かける度に「良いなぁ」と零していた妻。しかし、2人共並ぶのは嫌い。確かに今日はチャンスだ。でも、箱で買わなきゃいけないの？「そんなことはないでしょ」短い列であっという間に順番が来る。確かに1個づつ買える。勝手に思い込んでいた私。これも一種の都市伝説。または私の妄想。「ご試食どうぞぉ♪」揚げたてのオリジナル・グレーズドをいただく。これが噂のサービス。妻が支払う間を待ちきれずにひと口。うん、柔らかく、ほんのり温かくて美味しい♬2階のイートインで何種類かのドーナツを食す。甘〜い。2つめで降参。う〜む、これが並んでまで食べたい味か？箱買いは無理。「一度は食べたかったから、満足、満足♪」と妻。不味くはない。しかし、長い行列に見合う味を期待した私の（これも妄想）気持との落差は大きい。妄想と現実のギャップ。「これで香港まで行って食べなくても良くなったから、安上がりだね！」妻の人生は今日もお気楽だ。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/02/21/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/02/21/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="140" /></a><span style="font-size: 1.4em;color: #cc33cc"><strong>世</strong></span>の中には一方的な知り合いがいる。それを普通は、知り“合い”とは言わないのだけれど、身近に感じてしまう余りに相手も自分を知っていると思ってしまう誤解、というか錯覚。例えば、芸能人を街角で見つけると「あら、さんまちゃぁ〜ん♪」とか言いながら肩を叩いてしまう症状。大阪方面のオバちゃんにその傾向が強い。テレビという視る側にとっては日常的存在に毎日のようにその人が現れ、結果、毎日のように（視ている本人にとっては）会っているが為に現れてしまう気持。感情移入してしまい、テレビに向かって相槌を打つという奇態が表出する。自覚もなしに。怖い。…ところが、身体の中に小さなオバちゃんが棲む私にも、そんな感情があった。松尾貴史が主宰するAGAPE store#13公演『テーブルマナー』を観ながら、そんな感情を抑えようとする自分がいた。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/02/21/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/02/21/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="141" /></a><span style="font-size: 1.4em;color: #0066cc"><strong>出</strong></span>演は、松尾貴史、最近はすっかり舞台女優の島田歌穂、「猫のホテル」の市川しんぺー、佐藤真弓、D-BOYSの柳浩太郎、そして大和田美帆。さて、私の中の小さなオバちゃんが疼いた出演者とは…。毎朝、薬丸くんと一緒に「…オープンですっ！」とポーズを取る母、野沢直子の迷曲「大和田獏」で有名な？父を持つ、美帆ちゃん。（もう既にちゃん付け！）毎朝見かける母、岡江久美子に親近感を持つが余り、すっかり親戚のオジさん気分。彼女はもう新人ではないし、安定した演技だし、巧いのだけれど、どきどき。ドタバタ不倫劇の役柄に、はらはら。自分の姪っ子が舞台に出ていて、トチるんじゃないかと思ったり、ダメだぁっ！そんなことをしちゃぁ〜っ！姉（島田歌穂）の夫（松尾貴史）になんか騙されるなっ…とか。身体の中のオバちゃんが叫びそうになる。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/02/21/photo_3.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/02/21/photo_3.jpg" border="0" alt="Photo_3" width="100" height="133" /></a><strong><span style="font-size: 1.4em;color: #663333">芝</span></strong>居を観終わり、そんな勝手な妄想の切れ端を抱えたまま、劇場を出る。そう、一種の妄想。しかし、そんな感情移入させる程の芝居だったという言い方もある。でも何かすっきりしない。「面白かったね♪」松尾貴史が主宰するAGAPE storeがお気に入りで、この舞台の演出を手がけるG2の大ファンである妻は満足そう。寒風の中、並んで歩くサザンテラス。季節外れにも思えるイルミネーションがまだ残っている。「あっ！並んでない！」妻が足を止める。確かに時間が遅いこともあり、いつも長蛇の列の「クリスピー・クリーム・ドーナツ」店頭に人影はない。ある年、香港に出かけた際に、日本進出前のクリスピー・クリーム・ドーナツを食べ損なったことを悔やむ妻が決断した。「食べるっ！」晩メシにドーナツ？ビール飲めないし…躊躇する私を余所に、すたすたと店に向かう妻。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/02/21/photo_4.jpg"><img class="alignleft" style="border: 0pt none;margin: 0px 5px 5px 0px" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/02/21/photo_4.jpg" border="0" alt="Photo_4" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: 1.4em;color: #ff33ff"><strong>ク</strong></span>リスピーの箱を抱えている人を見かける度に「良いなぁ」と零していた妻。しかし、2人共並ぶのは嫌い。確かに今日はチャンスだ。でも、箱で買わなきゃいけないの？「そんなことはないでしょ」短い列であっという間に順番が来る。確かに1個づつ買える。勝手に思い込んでいた私。これも一種の都市伝説。または私の妄想。「ご試食どうぞぉ♪」揚げたてのオリジナル・グレーズドをいただく。これが噂のサービス。妻が支払う間を待ちきれずにひと口。うん、柔らかく、ほんのり温かくて美味しい♬2階のイートインで何種類かのドーナツを食す。甘〜い。2つめで降参。う〜む、これが並んでまで食べたい味か？箱買いは無理。「一度は食べたかったから、満足、満足♪」と妻。不味くはない。しかし、長い行列に見合う味を期待した私の（これも妄想）気持との落差は大きい。妄想と現実のギャップ。「これで香港まで行って食べなくても良くなったから、安上がりだね！」妻の人生は今日もお気楽だ。</p>
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		<title>Bunkamuraの20年『パイパー』野田地図</title>
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		<pubDate>Sat, 31 Jan 2009 12:11:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[◆仕事の快感]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2009/01/31/bunkamura%e3%81%ae20%e5%b9%b4%e3%80%8c%e3%83%91%e3%82%a4%e3%83%91%e3%83%bc%e3%80%8d%e9%87%8e%e7%94%b0%e5%9c%b0%e5%9b%b3/</guid>
		<description><![CDATA[新卒で入社したのは、「不思議、大好き」とか、「おいしい生活」とか、「じぶん、新発見」などの糸井重里のキャッチコピーでお馴染みだった百貨店。今やコンビニの売上に負けてしまったけれど、当時の百貨店はまだまだ元気だった。男女雇用機会均等法が施行される前、女子大生の就職先として人気のその百貨店も実に元気だった。総合生活産業を標榜し、単なる流通グループではなく、文化を売る企業グループだと、今は作家生活を送っている当時のT会長は言っていた。グループ内に美術館、劇場、映画館、カルチャーセンターなどの文化施設を抱え、文化事業部というセクションもあった。とは言え、実態は流通。流通志望で入社した訳でははなかった私が在籍したのは数年程度だった。そしてそのグループは陽炎のように消えようとしている。
転職したのは情報誌を発行しているベンチャー企業。私がアテネフランセに通っていた頃、教室の窓から小さな看板が見えた。その会社がいつの間にか大きくなり、新たに始めたのが日本初のコンピュータ・チケッティング。私が在籍した百貨店と一緒に事業をスタートするはずだったのに、直前に裏切られ…という話を聞いたのは入社してからだった。数年後、その百貨店とライバル関係にあった東急百貨店が本拠地渋谷に大プロジェクトをスタートさせた。複数の劇場、映画館、美術館などの複合文化施設を本店の隣に創るというものだった。当時はまだ珍しかったオフィシャル・サプライヤーというサポート企業を集め、運営するというスタイル。地下からの吹き抜けを、アート系の書籍を多く集めるブックショップ、「カフェ・ドゥ・マゴ」、シアターコクーン、オーチャードホールなどが取り囲む実に良い空間が完成した。文化はビジネスにはなり難い。しかし、東急は明確なコンセプトの基、その“村”を20年運営して来た。決して経営は楽ではなかった（と勤務する友人にも聞いている）とは思うが、その功績に拍手を贈りたい。
東急文化村は、当初からフランチャイズ・システムを採り、オンシアター自由劇場（現在は任期満了）や東京フィルなどがフランチャイズ契約を結んだ。また、劇場ごとに専任プロデューサーを置き、独自の企画・運営を行って来た。そこから中島みゆき『夜会』『渋谷・コクーン歌舞伎』『東急ジルベスターコンサート』蜷川プロデュースの舞台などの名物公演が生まれた。お気楽夫婦が最も足を運んだ劇場でもある。そして、野田秀樹が主催する「NODA MAP」も第1回公演からずっとシアターコクーンを中心に芝居を行ってきた。人気であるが故に全公演のチケットはゲットできなかったのが残念だけれど、『キル』『ローリング・ストーン』『半神』『パンドラの鐘』『贋作 罪と罰』『カノン』『ロープ』など、多くの舞台を観て来た。ということで、野田地図（NODAMAP）第14回公演『パイパー』を観た。
舞台は1000年後の火星。これまでは過去の歴史を野田流に紡ぎ直すことが多かった野田芝居。今回も実際に起る未来の歴史を紡ぎ出すような独特の野田の世界は変わらない。パイパーと呼ばれる生命体と、火星に降り立った最初の移民たちの群舞が凄い。ぞくぞくモノ。振付のコンドルズ 近藤良平が凄い。鳥肌モノのパイパーダンス。そして、何よりも松たか子と宮沢りえが凄い。圧巻は、永遠に続くのではと思う程の2人の掛け合い台詞セッション。廃墟となった火星を彷徨う2人が目にしたものを、短く、鋭く、時に長台詞で語るシーン。2人の台詞で、そこにどろどろの海が現れ、傷ついた人が現れ、熱い風が現れ、赤土の大地が現れる。2人の才能の組合せはどんな芝居になるのだろうと思ったけれど、期待以上。舞台の上で世界が熱く燃え溶けるような化学反応が起きた。こんな贅沢な配役で、脚本が書けるのも野田秀樹なればこそ。こんな舞台が観られることに感謝。20年を経ても、まだまだ元気なBunkamura。これからも頑張って♪
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/01/31/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/01/31/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="145" /></a><strong><span style="font-size: 1.4em;color: #cc00cc">新</span></strong>卒で入社したのは、「不思議、大好き」とか、「おいしい生活」とか、「じぶん、新発見」などの糸井重里のキャッチコピーでお馴染みだった百貨店。今やコンビニの売上に負けてしまったけれど、当時の百貨店はまだまだ元気だった。男女雇用機会均等法が施行される前、女子大生の就職先として人気のその百貨店も実に元気だった。総合生活産業を標榜し、単なる流通グループではなく、文化を売る企業グループだと、今は作家生活を送っている当時のT会長は言っていた。グループ内に美術館、劇場、映画館、カルチャーセンターなどの文化施設を抱え、文化事業部というセクションもあった。とは言え、実態は流通。流通志望で入社した訳でははなかった私が在籍したのは数年程度だった。そしてそのグループは陽炎のように消えようとしている。</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: 1.4em;color: #33cc33"><strong>転</strong></span>職したのは情報誌を発行しているベンチャー企業。私がアテネフランセに通っていた頃、教室の窓から小さな看板が見えた。その会社がいつの間にか大きくなり、新たに始めたのが日本初のコンピュータ・チケッティング。私が在籍した百貨店と一緒に事業をスタートするはずだったのに、直前に裏切られ…という話を聞いたのは入社してからだった。数年後、その百貨店とライバル関係にあった東急百貨店が本拠地渋谷に大プロジェクトをスタートさせた。複数の劇場、映画館、美術館などの複合文化施設を本店の隣に創るというものだった。当時はまだ珍しかったオフィシャル・サプライヤーというサポート企業を集め、運営するというスタイル。地下からの吹き抜けを、アート系の書籍を多く集めるブックショップ、<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2006/07/__a3f4.html">「カフェ・ドゥ・マゴ」</a>、シアターコクーン、オーチャードホールなどが取り囲む実に良い空間が完成した。文化はビジネスにはなり難い。しかし、東急は<a href="http://www.bunkamura.co.jp/about/concept.html">明確なコンセプト</a>の基、その“村”を20年運営して来た。決して経営は楽ではなかった（と勤務する友人にも聞いている）とは思うが、その功績に拍手を贈りたい。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/01/31/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/01/31/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="141" /></a><a href="http://www.bunkamura.co.jp/index.html"><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #ff0066">東</span></strong></span>急文化村</a>は、当初からフランチャイズ・システムを採り、オンシアター自由劇場（現在は任期満了）や東京フィルなどがフランチャイズ契約を結んだ。また、劇場ごとに専任プロデューサーを置き、独自の企画・運営を行って来た。そこから中島みゆき『夜会』『渋谷・コクーン歌舞伎』『東急ジルベスターコンサート』<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2005/05/post_72d3.html">蜷川プロデュース</a>の舞台などの名物公演が生まれた。お気楽夫婦が最も足を運んだ劇場でもある。そして、野田秀樹が主催する「NODA MAP」も第1回公演からずっとシアターコクーンを中心に芝居を行ってきた。人気であるが故に全公演のチケットはゲットできなかったのが残念だけれど、『<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2007/12/noda_map_4954.html">キル』</a>『ローリング・ストーン』『半神』『パンドラの鐘』<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2006/02/_noda_map_d4aa.html">『贋作 罪と罰</a><a href="http://www.iga-iga.com/blog/2006/02/_noda_map_d4aa.html">』</a>『カノン』『ロープ』など、多くの舞台を観て来た。ということで、野田地図（NODAMAP）<a href="http://www.nodamap.com/site/play">第14回公演『パイパー</a><a href="http://www.nodamap.com/site/play">』</a>を観た。</p>
<p style="text-align: left"><span style="color: #cc6600"><strong><span style="font-size: 1.4em">舞</span></strong></span>台は1000年後の火星。これまでは過去の歴史を野田流に紡ぎ直すことが多かった野田芝居。今回も実際に起る未来の歴史を紡ぎ出すような独特の野田の世界は変わらない。パイパーと呼ばれる生命体と、火星に降り立った最初の移民たちの群舞が凄い。ぞくぞくモノ。振付のコンドルズ 近藤良平が凄い。鳥肌モノのパイパーダンス。そして、何よりも松たか子と宮沢りえが凄い。圧巻は、永遠に続くのではと思う程の2人の掛け合い台詞セッション。廃墟となった火星を彷徨う2人が目にしたものを、短く、鋭く、時に長台詞で語るシーン。2人の台詞で、そこにどろどろの海が現れ、傷ついた人が現れ、熱い風が現れ、赤土の大地が現れる。2人の才能の組合せはどんな芝居になるのだろうと思ったけれど、期待以上。舞台の上で世界が熱く燃え溶けるような化学反応が起きた。こんな贅沢な配役で、脚本が書けるのも野田秀樹なればこそ。こんな舞台が観られることに感謝。20年を経ても、まだまだ元気なBunkamura。これからも頑張って♪</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>3人の女形と3人の女『ウドンゲ』『更年期 SHOW GIRL』</title>
		<link>http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2008/07/26/432/</link>
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		<pubDate>Sat, 26 Jul 2008 01:06:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[3人の男性の演じる3人の中年女性の話、3人の女性が演じる3人の更年期の女性の話、そんな芝居を相次いで観た。「女」に拘る3人の男たちの名前は、篠井英介、深沢敦、大谷亮介。篠井と深沢は、加納幸和らと『花組芝居』でNEO歌舞伎の女形を演じていた、いわば女形のベテラン。特に篠井は、花組の看板女優（？）だった。大谷亮介は、小説家でも知られる（笑）原田宗典が座付作家だった東京壱組の俳優。（決して女装は似合わない）一癖ある3人のオヤジたちが女性を演じ続ける『3軒茶屋婦人会』というユニットで、第3回目公演を迎えた。どこかの芸人が喜びそうな3づくしの芝居のタイトルは『ウドンゲ』。
仮チラシには、女になる前の3人の写真。本チラシと比較すると、そのなりきり振りが良く分かる。いるのだ、こんなオバちゃんが。実在するのだ、確実に。特に深沢敦演じるオバちゃんは、誰の隣にも確実に、いる。断言しても良い。見た目が都子ちゃん（土曜朝の『旅サラダ』でお馴染み）に似ているとかいう問題ではなく、その性格、仕草、話し方から思考回路まで、疑いようもなく存在するオバちゃんそのもの。屈折した学生時代から現在の暮らしぶりまでが、くっきりと浮き出るオバちゃん。そのオバちゃんぶりに、笑わせてもらった。そして、イライラさせてもらった。加えて、篠井英介は、凄い。女だ。オバちゃんでもあるけれど、齢はとったけれど、「女」であり続ける。怖いぐらい女だった。良い芝居だった。
ところで芝居の会場はベニサン・ピット。公演毎に全く違う顔を魅せる良い小屋だ。（劇場の案内には、都営新宿線森下駅から徒歩3分とあるけれど、脚力に自信のある方ならその時間での到着は達成可能かもしれないが、一般人には到底無理。お気をつけください！）17年前、この会場で、当時人気だった岡本健一（元 男闘呼組）と村井国夫が演じる『蜘蛛女のキス』1公演を自社会員向けに買い切って、ヴーヴ・クリコに協賛してもらい、終演後にシャンパン片手に出演者によるトーク・ショー♪などという地味派手なイベントを（前職の会社で）担当した。私にとっては、そんな思い出の劇場。他にも2公演買い切って、その公演毎に（若き日の）私が入場者に向けてご挨拶したのだった。つくづくバブリーな時代だった…。
そして、3人の女性が更年期女性を演じた『更年期 SHOW GIRL』は、牧野エミ、楠見薫、中道裕子という小劇場ファンなら落涙する3人の女性ユニット「タニマチ金魚」の第1回公演。こなれていない初日だったため、苦笑する場面もあったものの、そこはご愛嬌。更年期にはちょっと早いように思える3人がドタバタを繰り返す、いかにも後藤ひろひと脚本、福田転球が演出した舞台だなぁ、という分かる人には分かる芝居。幕が降り、何度目かのカーテンコールで牧野エミが涙を流した。うんうん、応援してるから、その気持を忘れず今後も頑張れ！でも、見続けたいと思わせる芝居をやってくれなきゃ、すぐ見捨てるから、それも忘れないように。エラソーに言っているが、小劇場の空気は妻も私も大好き。芝居好きの役者たちが、観客たちが、作る独特の空気。時間とお金が許す限り、できるだけ多くの芝居を観に行くことが、役者たちへの応援だと思っている。「さぁて、次は何の公演に行こうか？」妻が劇場で配られたチラシを見定める。その目は、優しく厳しい。
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			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/07/27/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/07/27/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="141" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #cc00ff">3</span></strong></span>人の男性の演じる3人の中年女性の話、3人の女性が演じる3人の更年期の女性の話、そんな芝居を相次いで観た。「女」に拘る3人の男たちの名前は、<a href="http://www.duncan.co.jp/web/profile/sasai_eisuke.html">篠井英介</a>、<a href="http://home.att.ne.jp/sun/fukkunGUMI/schedule/index.html">深沢敦</a>、大谷亮介。篠井と深沢は、加納幸和らと『花組芝居』でNEO歌舞伎の女形を演じていた、いわば女形のベテラン。特に篠井は、花組の看板女優（？）だった。大谷亮介は、小説家でも知られる（笑）原田宗典が座付作家だった東京壱組の俳優。（決して女装は似合わない）一癖ある3人のオヤジたちが女性を演じ続ける『3軒茶屋婦人会』というユニットで、第3回目公演を迎えた。どこかの芸人が喜びそうな3づくしの芝居のタイトルは『ウドンゲ』。</p>
<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/07/27/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/07/27/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="142" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #ff0099">仮</span></strong></span>チラシには、女になる前の3人の写真。本チラシと比較すると、そのなりきり振りが良く分かる。いるのだ、こんなオバちゃんが。実在するのだ、確実に。特に深沢敦演じるオバちゃんは、誰の隣にも確実に、いる。断言しても良い。見た目が<a href="http://blog.miyako-land.com/archives/51239434.html">都子ちゃん</a>（土曜朝の『旅サラダ』でお馴染み）に似ているとかいう問題ではなく、その性格、仕草、話し方から思考回路まで、疑いようもなく存在するオバちゃんそのもの。屈折した学生時代から現在の暮らしぶりまでが、くっきりと浮き出るオバちゃん。そのオバちゃんぶりに、笑わせてもらった。そして、イライラさせてもらった。加えて、篠井英介は、凄い。女だ。オバちゃんでもあるけれど、齢はとったけれど、「女」であり続ける。怖いぐらい女だった。良い芝居だった。</p>
<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/07/27/photo_3.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/07/27/photo_3.jpg" border="0" alt="Photo_3" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #003399">と</span></strong></span>ころで芝居の会場はベニサン・ピット。公演毎に全く違う顔を魅せる良い小屋だ。（劇場の案内には、都営新宿線森下駅から徒歩3分とあるけれど、脚力に自信のある方ならその時間での到着は達成可能かもしれないが、一般人には到底無理。お気をつけください！）17年前、この会場で、当時人気だった<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B2%A1%E6%9C%AC%E5%81%A5%E4%B8%80">岡本健一</a>（元 男闘呼組）と村井国夫が演じる『<a href="http://www.geocities.jp/casablanca920/stage_list2.htm">蜘蛛女のキス</a>』1公演を自社会員向けに買い切って、ヴーヴ・クリコに協賛してもらい、終演後にシャンパン片手に出演者によるトーク・ショー♪などという地味派手なイベントを（前職の会社で）担当した。私にとっては、そんな思い出の劇場。他にも2公演買い切って、その公演毎に（若き日の）私が入場者に向けてご挨拶したのだった。つくづくバブリーな時代だった…。</p>
<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/07/27/show.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/07/27/show.jpg" border="0" alt="Show" width="100" height="141" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #66ff33">そ</span></strong></span>して、3人の女性が更年期女性を演じた『更年期 SHOW GIRL』は、牧野エミ、楠見薫、中道裕子という小劇場ファンなら落涙する3人の女性ユニット「タニマチ金魚」の第1回公演。こなれていない初日だったため、苦笑する場面もあったものの、そこはご愛嬌。更年期にはちょっと早いように思える3人がドタバタを繰り返す、いかにも後藤ひろひと脚本、福田転球が演出した舞台だなぁ、という分かる人には分かる芝居。幕が降り、何度目かのカーテンコールで牧野エミが涙を流した。うんうん、応援してるから、その気持を忘れず今後も頑張れ！でも、見続けたいと思わせる芝居をやってくれなきゃ、すぐ見捨てるから、それも忘れないように。エラソーに言っているが、小劇場の空気は妻も私も大好き。芝居好きの役者たちが、観客たちが、作る独特の空気。時間とお金が許す限り、できるだけ多くの芝居を観に行くことが、役者たちへの応援だと思っている。「さぁて、次は何の公演に行こうか？」妻が劇場で配られたチラシを見定める。その目は、優しく厳しい。</p>
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		<title>若鮎、茗荷、天茶、パルコォ！「天一」の天ぷら</title>
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		<pubDate>Sat, 07 Jun 2008 10:47:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■幸福の食卓]]></category>
		<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/06/07/p1000097.jpg"><img alt="P1000097" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/06/07/p1000097.jpg" width="100" height="133" border="0" style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" /></a>初夏の候、皆さまいかがお過ごしでしょうか。今年は雨が多いですよねぇ。・・・ところで、初夏、と言えば鮎の季節だ。盛夏に食べる<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2007/07/post_e88a.html">鮎の塩焼き</a>もたまらなく旨いが、天ぷらの若鮎も季節に一度は食べたいお気楽夫婦の大好物。そうそう、鮎が大きく育ってしまう前に、「天一」に食べに行かなければ！そんな２人を挑発するように、新聞に<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2008/03/post_0a00.html">天一の広告</a>が掲載された。「若鮎 茗荷 天一」相変わらず簡潔なコピー。２人は、この季節ごとの天一の広告にめっぽう弱い。これは「行き給え」という天啓に違いない。それではと、渋谷で芝居を観る日に東急本店の天一に向かう計画を立てる。開演は７時。天ぷらを食べるには、芝居を観終わってからでは遅い。かと言って芝居を観る前に食べるには時間がない。う～む。</p>
<p><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/06/07/photo_5.jpg"><img alt="Photo_5" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/06/07/photo_5.jpg" width="100" height="117" border="0" style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" /></a>「分かった。その日は仕事を速攻で終えて、すぐに会社を出るよ！」ずっと忙しかった妻の仕事もようやく一段落。久しぶりに余裕ができたらしい。私もその日は渋谷の近くで仕事が終わる。よしっ！芝居を観る前に天ぷらだぁ♪「嬉しいねぇ。何だか退廃的な感じ？ん？背徳的か？」当日、店に向かいながら妻が嬉しそうに囁く。ちょっと日本語の使い方が違うような気がするけれど、気持は分かる。けれど、まだ陽が傾く前に店に入ったのに、カウンタ席には既に大勢の客が！初老のカップルや奥さまたちが既に揚げたての天ぷらを楽しんでいる。恐るべし、団塊パワー。金も時間もたっぷりある。そんな皆さまの隙間に２人分だけ残っていたカウンタ席に座り、ビールをぐびり。うっすらと感じる罪の意識で、一段とビールが旨い。</p>
<p><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/06/07/photo_7.jpg"><img alt="Photo_7" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/06/07/photo_7.jpg" width="100" height="106" border="0" style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" /></a>「さすがに今日はお好みで揚げてもらう時間はないねぇ」う～んと、迷いつつコースをオーダー。「お食事の後、どちらかにお出かけですか」２人の会話を聞きつけたらしく、板さんが尋ねてくれる。「７時からお芝居なんです。それも文化村じゃなく、パルコ劇場で」「それでは１５分前ぐらいまでにお食事が終わるようにいたしましょう」はい、お任せします。ところで、鮎と茗荷を食べに来たんですけど、コースに入ってますか。「はい、若鮎と茗荷、それ以外にはキス、サイマキ海老など、最後に天茶かかき揚げ丼をお出しします」ふぅむ。なかなかお得な内容。初めに海老の脚。かりかり旨い。ビールお代わりください♪キスを頬張り、待望の若鮎と茗荷を齧る。旨いっ！初夏の味がふぅわりと口の中に拡がる。<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2006/04/post_1247.html">春の山菜</a>も美味しいけれど、夏も旨いねぇ。</p>
<p><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/06/07/photo_4.jpg"><img alt="Photo_4" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/06/07/photo_4.jpg" width="99" height="143" border="0" style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" /></a>「〆の天茶とかき揚げ丼はどちらになさいますか」あ、ひとつづつください。どちらも、さくさくのかき揚げが旨い。ごちそうさまでした。「ふぅ、お腹一杯。これから芝居を観るって感じじゃないねぇ」とは言え後藤ひろひと作・演出『恐竜と隣人のポルカ』も楽しみにしていた芝居。観終えても何も残さない、ただ笑ってもらえば良い、というのが後藤のコンセプト。満腹でも大丈夫。消化しやすい。キャストも寺脇康文、水野真紀、石野真子と“芸能人”を集めたお気楽芝居。さらっと軽く笑える。中でもアイドル時代を彷彿させる石野真子が良い。後藤自身が真子ちゃん好きで書いただけの脚本か？と思えるノリ。極めてＴＶ的な、お笑いのような脚本。え！お笑い？３の倍数でお腹一杯になった？１（若鮎）、２（茗荷）、３（天茶ぁ）、おもろぉ！じゃなくて、パルコォって感じ？「え？」妻、氷結。</p>
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