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	<title>IGA“快楽主義”宣言 &#187; ◆学びの悦楽</title>
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	<description>週末更新お気楽夫婦のエピキュリアン的生活</description>
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		<title>再読のススメ『赤頭巾ちゃん気をつけて』庄司薫</title>
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		<pubDate>Sat, 24 Mar 2012 08:40:42 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■読書の愉しみ]]></category>
		<category><![CDATA[◆学びの悦楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[買った本が捨てられない。正確には、自分で買った本を処分できない。もっと正確に言えば、手に入れて気に入って読んだ本を手放すことができない。「本棚に入らないから捨てようよ！」といつもブツブツ言う妻に明確に答えられない、その捨てられない理由は何だろう。再度読み返そうと思った時にすぐに手に取れるということもある。読んだ時のことを背表紙を眺めながら思い出すのが好きということもある。老後にゆったりと読み返したいと思っているから、というのは言い訳に違いない。今も新刊が増え、全部を読み返すにはずいぶんと長生きをしなければならないだろうし。けれども稀なケースとして、実際に読み直してまた楽しむことがある。そして読み返してもなお色褪せないどころか、今でも輝き続けている、あるいは新たな輝きを持つ物語がある。私にとっては『赤頭巾ちゃん気をつけて』が、まさしくそんな作品だ。
作者は庄司薫。主人公の名前も同じ「庄司薫」という18歳の高校3年生。『赤頭巾ちゃん〜』に続く『さよなら怪傑黒頭巾』『白鳥の歌なんか聞こえない』『ぼくの大好きな青髯』を合わせた4連作の第1作め。それぞれの作品に冠された4色は、古代中国の五行思想における赤(朱雀)、黒(玄武)、白(白虎)、青(青龍)。それぞれ南北西東、人生の夏冬秋春を意味する物語。作者によれば「みんなを幸福にするためにはどうすればいいか」という問いを抱えて、世界の四方に出かけて、何かを予感して封印する輪廻転生の物語。高校時代に初めて読んだこの4冊は私にとって憧れの世界だった。友人たちとの会話、主人公の語り口、軽やかでオシャレでちょっとキザなレトリック。柔らかでしなやかな知性に溢れ、それでいて若さのまっただ中でもがく、ナイーブな高校生。男の子、いかに生きるべきかなどと呟きながら。本棚の隅に妻の追求から逃れるように『赤頭巾ちゃん〜』たちが収まっている。その奥付によると初版は昭和44年8月10日、私の持っているのが昭和48年11月10日の、なんと47版！そう、当時の表現で言えば、猛烈に(笑)売れていた小説なのだ。
そして、2012年。4部作が改めて文庫化される。3月から毎月1冊づつ、「新潮文庫」から出版されるという。福田彰二という本名で受賞した『喪失』が中央公論新人賞を受賞したことから、今までは文庫も含めた全ての庄司薫の著作のほとんどは中央公論社が版元だった。どんな経緯があったかは知らないけれど、3月に出たばかりの『赤頭巾ちゃん気をつけて』新潮文庫版を手に取った。巻末には「あわや半世紀のあとがき」というわずか2Pだけの文章。どうやら庄司薫本人が書いた(当然だけれど)ようだ。そのあとがきを読むために迷わず購入。何しろ、4つの物語を書き終えた後、本人が言うところの「総退却」してしまった作者はほとんど表舞台に出てこない。新たな文章にお目にかかれない。ちなみに、奥さまでピアニストの中村紘子さんの収入で暮している訳ではなく、不動産等の資産運用で悠々自適の、まさしく憧れの生活をなさっているようだ。
そして再読。舞台は1969年の東京。春。主人公の薫は、学校群制度が導入される直前の、東大に毎年200名近く入学していた日比谷高校の3年生。東大入試が中止となり、大学に行くことを止めることを幼なじみの由美ちゃんに伝えようとした朝から、ふんだりけったりの展開の後、銀座の旭屋書店の前でカナリア色のコートを着た小さな女の子に爪を剥がしたての足を思いっきり踏まれ、そして彼女が買おうと慌てていた『赤ずきんちゃん』を一緒に選んであげる。そして、それまでの自分の抱えたトゲトゲを全て許せる気持になって、その日の夜に由美ちゃんと仲直り、というそれだけの、たった半日の物語。けれど、半世紀近く経った今でも、その文章は変わらず瑞々しく、物語は古びることなく、若くはなくなった私に柔らかく響いて来る。書出しの文章をほぼ覚えていることに驚く。それどころか、読み返して、当時は理解できなかった小さなエピソードに気付く。物語の輪郭や陰影がはっきりとする。当時は未知の街だった舞台、東京を辿ることができる。新たな楽しみ方を発見する。40年以上前に読んだ時と変わったのは自分だけなんだと気付く。
「そうまで言うなら、読んでみるかぁ」と、庄司薫作品は未読の妻。未読の方にもおススメしたい。まして村上春樹がお好きなら。なぜなら、村上春樹が80年代に新たな日本の小説の地平を拓いたように、70年代は庄司薫だったんだ。…と庄司薫風におススメしてみようと思った訳だ。再読の方も、ぜひ。

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.amazon.co.jp/%E8%B5%A4%E9%A0%AD%E5%B7%BE%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E6%B0%97%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%91%E3%81%A6-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%BA%84%E5%8F%B8-%E8%96%AB/dp/4101385319%3FSubscriptionId%3DAKIAJBI5WB4AZ6TN5G6Q%26tag%3Digaiga0d-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4101385319"><img src="http://www.amazon.co.jp/gp/registry/wishlist/add-item.html%3Fasin.0%3D4101385319%26SubscriptionId%3DAKIAJBI5WB4AZ6TN5G6Q%26tag%3Digaiga0d-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D5143%26creativeASIN%3D4101385319" alt="" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #800080"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2012/03/akazukin3.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-7806" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2012/03/akazukin3-100x133.jpg" alt="akazukin" width="100" height="133" /></a>買</span></strong></span>った本が捨てられない。正確には、自分で買った本を処分できない。もっと正確に言えば、手に入れて気に入って読んだ本を手放すことができない。「本棚に入らないから捨てようよ！」といつもブツブツ言う妻に明確に答えられない、その捨てられない理由は何だろう。再度読み返そうと思った時にすぐに手に取れるということもある。読んだ時のことを背表紙を眺めながら思い出すのが好きということもある。老後にゆったりと読み返したいと思っているから、というのは言い訳に違いない。今も新刊が増え、全部を読み返すにはずいぶんと長生きをしなければならないだろうし。けれども稀なケースとして、実際に読み直してまた楽しむことがある。そして読み返してもなお色褪せないどころか、今でも輝き続けている、あるいは新たな輝きを持つ物語がある。私にとっては『赤頭巾ちゃん気をつけて』が、まさしくそんな作品だ。</p>
<p><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">作</span></strong></span>者は庄司薫。主人公の名前も同じ「庄司薫」という18歳の高校3年生。『赤頭巾ちゃん〜』に続く『さよなら怪傑黒頭巾』『白鳥の歌なんか聞こえない』『ぼくの大好きな青髯』を合わせた4連作の第1作め。それぞれの作品に冠された4色は、古代中国の五行思想における赤(朱雀)、黒(玄武)、白(白虎)、青(青龍)。それぞれ南北西東、人生の夏冬秋春を意味する物語。作者によれば「みんなを幸福にするためにはどうすればいいか」という問いを抱えて、世界の四方に出かけて、何かを予感して封印する輪廻転生の物語。高校時代に初めて読んだこの4冊は私にとって憧れの世界だった。友人たちとの会話、主人公の語り口、軽やかでオシャレでちょっとキザなレトリック。柔らかでしなやかな知性に溢れ、それでいて若さのまっただ中でもがく、ナイーブな高校生。男の子、いかに生きるべきかなどと呟きながら。本棚の隅に妻の追求から逃れるように『赤頭巾ちゃん〜』たちが収まっている。その奥付によると初版は昭和44年8月10日、私の持っているのが昭和48年11月10日の、なんと47版！そう、当時の表現で言えば、猛烈に(笑)売れていた小説なのだ。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2012/03/kiwotukete.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-7767" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2012/03/kiwotukete-100x133.jpg" alt="kiwotukete" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000">そ</span></strong></span>して、2012年。4部作が改めて文庫化される。3月から毎月1冊づつ、「新潮文庫」から出版されるという。福田彰二という本名で受賞した『喪失』が中央公論新人賞を受賞したことから、今までは文庫も含めた全ての庄司薫の著作のほとんどは中央公論社が版元だった。どんな経緯があったかは知らないけれど、3月に出たばかりの『赤頭巾ちゃん気をつけて』新潮文庫版を手に取った。巻末には「あわや半世紀のあとがき」というわずか2Pだけの文章。どうやら庄司薫本人が書いた(当然だけれど)ようだ。そのあとがきを読むために迷わず購入。何しろ、4つの物語を書き終えた後、本人が言うところの「総退却」してしまった作者はほとんど表舞台に出てこない。新たな文章にお目にかかれない。ちなみに、奥さまでピアニストの中村紘子さんの収入で暮している訳ではなく、不動産等の資産運用で悠々自適の、まさしく憧れの生活をなさっているようだ。</p>
<p><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">そ</span></strong></span>して再読。舞台は1969年の東京。春。主人公の薫は、学校群制度が導入される直前の、東大に毎年200名近く入学していた日比谷高校の3年生。東大入試が中止となり、大学に行くことを止めることを幼なじみの由美ちゃんに伝えようとした朝から、ふんだりけったりの展開の後、銀座の旭屋書店の前でカナリア色のコートを着た小さな女の子に爪を剥がしたての足を思いっきり踏まれ、そして彼女が買おうと慌てていた『赤ずきんちゃん』を一緒に選んであげる。そして、それまでの自分の抱えたトゲトゲを全て許せる気持になって、その日の夜に由美ちゃんと仲直り、というそれだけの、たった半日の物語。けれど、半世紀近く経った今でも、その文章は変わらず瑞々しく、物語は古びることなく、若くはなくなった私に柔らかく響いて来る。書出しの文章をほぼ覚えていることに驚く。それどころか、読み返して、当時は理解できなかった小さなエピソードに気付く。物語の輪郭や陰影がはっきりとする。当時は未知の街だった舞台、東京を辿ることができる。新たな楽しみ方を発見する。40年以上前に読んだ時と変わったのは自分だけなんだと気付く。</p>
<p>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">そ</span></strong></span>うまで言うなら、読んでみるかぁ」と、庄司薫作品は未読の妻。未読の方にもおススメしたい。まして村上春樹がお好きなら。なぜなら、村上春樹が80年代に新たな日本の小説の地平を拓いたように、70年代は庄司薫だったんだ。…と庄司薫風におススメしてみようと思った訳だ。再読の方も、ぜひ。<a href="http://www.amazon.co.jp/%E8%B5%A4%E9%A0%AD%E5%B7%BE%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E6%B0%97%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%91%E3%81%A6-%E6%96%B0%E6%BD%AE%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%BA%84%E5%8F%B8-%E8%96%AB/dp/4101385319%3FSubscriptionId%3DAKIAJBI5WB4AZ6TN5G6Q%26tag%3Digaiga0d-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D165953%26creativeASIN%3D4101385319"><img src="http://www.amazon.co.jp/gp/registry/wishlist/add-item.html%3Fasin.0%3D4101385319%26SubscriptionId%3DAKIAJBI5WB4AZ6TN5G6Q%26tag%3Digaiga0d-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D5143%26creativeASIN%3D4101385319" alt="" /></a></p>
<p><img src="http://www.amazon.co.jp/gp/registry/wishlist/add-item.html%3Fasin.0%3D4101385319%26SubscriptionId%3DAKIAJBI5WB4AZ6TN5G6Q%26tag%3Digaiga0d-22%26linkCode%3Dxm2%26camp%3D2025%26creative%3D5143%26creativeASIN%3D4101385319" alt="" /></p>
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		<title>3人寄れば文殊の知恵、69億人寄ったら…「集合知」</title>
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		<pubDate>Wed, 16 Mar 2011 23:01:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[◆学びの悦楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[「もんじゅ」とは、福井県敦賀市にある高速増殖原型炉（原型炉とは商用化前の原子炉）の名前であり、文殊菩薩に由来する。3人寄れば文殊の知恵、と言うように文殊菩薩は智慧を司る。釈迦如来の脇侍として普賢菩薩と共に幅広く信仰されている。ちなみに、新型転換炉という方式で原子力発電を試み廃炉になった「ふげん」の名の由来は普賢菩薩。そして、普賢菩薩は慈悲の象徴で、象に乗った（象を制御した）姿で描かれることから、原子力という巨大なエネルギーを制御しようというのが命名の理由らしい。例え原子力というエネルギーは制御できても、地震という自然の摂理は制御できないという難しさに日本は今直面している。
ところで、文殊である。先日、入学試験中にケータイを使ってYahoo!知恵袋に投稿しカンニングしたとされる受験生が逮捕される事件が起きた。もちろん、不正であり許容されるものではない。手口がネット社会を反映したことで話題となり、大きな事件となった。けれど、この事件の本質は、古くは6世紀の中国科挙の時代からあったというカンニングという不正にあるだけではなく、教育、知識、学力とは何かを問うている。学力を問う入学試験は、読み、書き、計算、すなわち読解力、記憶力などの主にトレーニングによって得られる能力を計るものである。すると、検索力、ネットワーク力、コミュニケーション力は学力ではないのだろうか。今は少なくとも違う。けれど、辞書（先人の知恵の集合）使用可の試験があり、簿記の試験のように電卓持ち込みが前提の試験もある。
集合知ということばがある。例えば、Wikipedia。インターネット上で世界中の人が“匿名”で記事を書き、百科事典（のようなもの）を作ろうというプロジェクト。恣意的な書き込みや、“荒らし”があったり、管理的な課題も多い。けれど、あらゆる領域に及ぶ記述は画期的であり、学術的な裏付けや正確性に欠けることを前提に利用している人も多いと思う。学術的な裏付けがなくとも、目の前に直面する課題に対し、世界中の人々の知識、知見、知恵などの「知能の集合」で解決できるものがある。すなわち、課題に直面する人が、それらの情報を取捨選択し、判断して答えを導くことができれば、集団の知が個人の知となる場合がある。もしかしたら、未来の学力とは、何を使って、どこを探し、どのように選択し、判断するかになるかもしれない。そんな時代なのだ。
「10年もしたら、試験会場に検索用にスマートフォン持ち込み可になってるよ」と、乱暴なことを言うお気楽妻。彼女は自分のiPhoneを“検索ちゃん”と呼んで肌身離さず持ち歩く。今やiPhoneは彼女の羅針盤。3月11日の夜、文字通り羅針盤となった iPhoneを使って、2時間半の道程を迷うことなく自宅まで帰って来た。「あなたの記事だって、いろんなことをネットで検索して書いてる訳だしね」む、そりゃそうだ。辞書だって間違っている場合がある。今は正しいけど、将来的にはことばの意味が変わり、間違っていたということもある。ましてや、私の記事を読んでそのまま受け取る人もいないだろう…と開き直る。
今日も余震が続いている。地球という生命体（？）の大きさから見れば、地震は皮膚の新陳代謝のようなものかもしれない。人類とは、地球にとっては寄生しているウィルスのように些少な生物なのかもしれない。しかし、宿主と寄生動物は共生できるはずだ。過去の何百億人の知の集積と、同時代の69億人の知で、宿主である地球と人類が共生できる関係でありたい。そして、日本の災害を知りアクションを起こしはじめている全世界の個人の、そして集団の、知や思いが結集し、東日本大震災の復興、福島原発の危機的状況からの回避が、早期に実現できますように。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/Pray-for-JAPAN.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5545" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/03/Pray-for-JAPAN-100x133.jpg" alt="Pray for JAPAN" width="100" height="133" /></a>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">も</span></strong></span>んじゅ」とは、福井県敦賀市にある高速増殖原型炉（原型炉とは商用化前の原子炉）の名前であり、文殊菩薩に由来する。3人寄れば文殊の知恵、と言うように文殊菩薩は智慧を司る。釈迦如来の脇侍として普賢菩薩と共に幅広く信仰されている。ちなみに、新型転換炉という方式で原子力発電を試み廃炉になった「ふげん」の名の由来は普賢菩薩。そして、普賢菩薩は慈悲の象徴で、象に乗った（象を制御した）姿で描かれることから、原子力という巨大なエネルギーを制御しようというのが命名の理由らしい。例え原子力というエネルギーは制御できても、地震という自然の摂理は制御できないという難しさに日本は今直面している。</p>
<p><strong><span style="font-size: large"><span style="color: #0000ff">と</span></span></strong>ころで、文殊である。先日、入学試験中にケータイを使ってYahoo!知恵袋に投稿しカンニングしたとされる受験生が逮捕される事件が起きた。もちろん、不正であり許容されるものではない。手口がネット社会を反映したことで話題となり、大きな事件となった。けれど、この事件の本質は、古くは6世紀の中国科挙の時代からあったというカンニングという不正にあるだけではなく、教育、知識、学力とは何かを問うている。学力を問う入学試験は、読み、書き、計算、すなわち読解力、記憶力などの主にトレーニングによって得られる能力を計るものである。すると、検索力、ネットワーク力、コミュニケーション力は学力ではないのだろうか。今は少なくとも違う。けれど、辞書（先人の知恵の集合）使用可の試験があり、簿記の試験のように電卓持ち込みが前提の試験もある。</p>
<p><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff6600">集</span></strong></span>合知ということばがある。例えば、Wikipedia。インターネット上で世界中の人が“匿名”で記事を書き、百科事典（のようなもの）を作ろうというプロジェクト。恣意的な書き込みや、“荒らし”があったり、管理的な課題も多い。けれど、あらゆる領域に及ぶ記述は画期的であり、学術的な裏付けや正確性に欠けることを前提に利用している人も多いと思う。学術的な裏付けがなくとも、目の前に直面する課題に対し、世界中の人々の知識、知見、知恵などの「知能の集合」で解決できるものがある。すなわち、課題に直面する人が、それらの情報を取捨選択し、判断して答えを導くことができれば、集団の知が個人の知となる場合がある。もしかしたら、未来の学力とは、何を使って、どこを探し、どのように選択し、判断するかになるかもしれない。そんな時代なのだ。</p>
<p>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #800080">10</span></strong></span>年もしたら、試験会場に検索用にスマートフォン持ち込み可になってるよ」と、乱暴なことを言うお気楽妻。彼女は自分のiPhoneを“検索ちゃん”と呼んで肌身離さず持ち歩く。今やiPhoneは彼女の羅針盤。3月11日の夜、文字通り羅針盤となった iPhoneを使って、2時間半の道程を迷うことなく自宅まで帰って来た。「あなたの記事だって、いろんなことをネットで検索して書いてる訳だしね」む、そりゃそうだ。辞書だって間違っている場合がある。今は正しいけど、将来的にはことばの意味が変わり、間違っていたということもある。ましてや、私の記事を読んでそのまま受け取る人もいないだろう…と開き直る。</p>
<p><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">今</span></strong></span>日も余震が続いている。地球という生命体（？）の大きさから見れば、地震は皮膚の新陳代謝のようなものかもしれない。人類とは、地球にとっては寄生しているウィルスのように些少な生物なのかもしれない。しかし、宿主と寄生動物は共生できるはずだ。過去の何百億人の知の集積と、同時代の69億人の知で、宿主である地球と人類が共生できる関係でありたい。そして、日本の災害を知りアクションを起こしはじめている全世界の個人の、そして集団の、知や思いが結集し、東日本大震災の復興、福島原発の危機的状況からの回避が、早期に実現できますように。</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>アンニュイで冷汗ものの夜「コットンクラブ」</title>
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		<pubDate>Sun, 05 Jul 2009 13:39:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[◆学びの悦楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[ある日、仕事でご一緒しているノルウェー人社長にメールで尋ねられた。「IGAさんはジャズ好きですか？ノルウェーのシンガーでインガー・マリエって知ってますか？コットンクラブ行きませんか？」ジャズはあまり、というかほとんど聴かないです。インガーさん、名前はちょっと「IGAさん」に似ていて親しみが持てますが、知りません。コットンクラブも、ブルーノートも行ったことはないです。でも行ってみたいです。というような稚拙な英語でやり取りをした後に、妻にノルウェー人社長とのやり取りを頼んだ。何度かメールが行き来し（私にはCCで届き）ある夜、コットンクラブにご一緒することになった。
英語は聞き取れるが、話すのは苦手な典型的な日本人の私。ノルウェー人社長の日本語が最近上手くなってきたとは言え、ちょっと困った。会話は妻に任せようか。「えぇ〜っ、日本語でも口数が少ないのに、英語じゃ話題が提供できんよ」と妻。う〜む。そんな夫婦の会話があったことを知ってか知らずか、ノルウェー人社長の友人のフランス人社長がライブに同行することになった。大学受験はフランス語、学生時代に1ヶ月余りのパリ短期留学経験のある私。それを知っているノルウェー人社長が気を遣ったらしい。うぅ〜む、もっと困った。フランス語での会話など、数年に一度のフランス旅行の際にしかチャンスはない。日本語では口数が多いのに、無口な日本人になってしまいそうだ。
ライブ当日。その日のセカンドステージを観に行くことになった。会場のコットンクラブで待ち合わせ。ウェイティングスペースでメンバーが顔を合わせた。「Bon soir!Je m&#8217;appele Francois」ボンソワァ、ジュマペルIGA。ウエスクヴザビテオウジャポン？「J&#8217;habite en AKASAKA・・・」無難な会話でスタート。妻と2人の社長の会話の場合は英語、フランス人社長と私の会話はフランス語という一見インターナショナルな4人。妻はにこにこと相槌を打っているが、緊張のためかやや汗をかいている。私はと言えば久しぶりのフランス語会話で冷や汗たらたら。開場が押し、ウェイティングスペースでの会話は続く。ふぇ〜ん（涙）もう私の現在持っている全ては吐き尽くした。フランス語での会話は限界だぁ、と思ったタイミングで開場。ステージすぐ前のテーブルに陣取る。コンパクトでゴージャスで、ワクワク感が満ちている良い会場だ。
「IGAさんはぁ何飲みますか、何食べますかぁ？」ノルウエー人社長、私には日本語で話しかけてくれる。メニューは本格的でボリュームたっぷりなモノが多い。小食のお気楽夫婦はサラダとメインの2皿づつをオーダー。時間が押していることもあり、食べている途中でノルウェーの女性ヴォーカル、インガー・マリエが登場。キチンと美味しい料理だったのに、慌てて平らげる。ちょっと甘くセクシィな声、アンニュイな歌声。ピアノ、ベース、ドラムのトリオも良い感じ。ゲストのギタリストもなかなか聴かせてくれる。なかなか良いステージだった。「彼女の声、素敵ですね。cozyなステージでしたね♪」妻がきちんと会話をしている。日本語の会話よりも頑張っている感じ。ちっ、羨ましいぜ。自分の気持を英語で伝えられないもどかしさ。「あぁ、それは良かったですね♪」ノルウェー人社長が私を気遣い日本語で返してくれる。
音楽は歌詞が分からなくても楽しめるが、会話はそうはいかない。成田決心ではなく、ライブ決心。英会話を習おうか。「フランス語、話してたじゃない」と妻。フランス語では会話の相手がめったにいない。それも旅行会話程度。引退したら英会話とフランス語を習い直して、春にパリ、夏にタヒチ、秋にニューヨーク、冬にニュージーランド・・・なんて生活ができたら良いね♪「それには宝くじそろそろ当ててくんないとねっ！」よしっ、待っとれサマージャンボ！
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			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e382b3e38383e38388e383b3e382afe383a9e38396.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1034" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e382b3e38383e38388e383b3e382afe383a9e38396-100x133.jpg" alt="コットンクラブ看板" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e382a4e383b3e382ace383bce3839ee383aae382a8.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1035" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e382a4e383b3e382ace383bce3839ee383aae382a8-100x133.jpg" alt="インガーマリエ" width="100" height="133" /></a><span style="color: #0000ff"><span style="font-size: large"><strong>あ</strong></span></span>る日、仕事でご一緒しているノルウェー人社長にメールで尋ねられた。「IGAさんはジャズ好きですか？ノルウェーのシンガーでインガー・マリエって知ってますか？コットンクラブ行きませんか？」ジャズはあまり、というかほとんど聴かないです。インガーさん、名前はちょっと「IGAさん」に似ていて親しみが持てますが、知りません。コットンクラブも、ブルーノートも行ったことはないです。でも行ってみたいです。というような稚拙な英語でやり取りをした後に、妻にノルウェー人社長とのやり取りを頼んだ。何度かメールが行き来し（私にはCCで届き）ある夜、コットンクラブにご一緒することになった。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e585a5e58fa3.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1036" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e585a5e58fa3-100x133.jpg" alt="コットンクラブへの通路" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e382a6e382a7e382a4e38386e382a3e383b3e382b0e382b9e3839ae383bce382b9.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1037" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e382a6e382a7e382a4e38386e382a3e383b3e382b0e382b9e3839ae383bce382b9-100x133.jpg" alt="ウェイティングスペース" width="100" height="133" /></a><span style="color: #cc99ff"><span style="font-size: large"><strong>英</strong></span></span>語は聞き取れるが、話すのは苦手な典型的な日本人の私。ノルウェー人社長の日本語が最近上手くなってきたとは言え、ちょっと困った。会話は妻に任せようか。「えぇ〜っ、日本語でも口数が少ないのに、英語じゃ話題が提供できんよ」と妻。う〜む。そんな夫婦の会話があったことを知ってか知らずか、ノルウェー人社長の友人のフランス人社長がライブに同行することになった。大学受験はフランス語、学生時代に1ヶ月余りのパリ短期留学経験のある私。それを知っているノルウェー人社長が気を遣ったらしい。うぅ〜む、もっと困った。フランス語での会話など、数年に一度のフランス旅行の際にしかチャンスはない。日本語では口数が多いのに、無口な日本人になってしまいそうだ。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e5aea2e5b8ade585a8e699af.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1038" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e5aea2e5b8ade585a8e699af-100x133.jpg" alt="会場全景" width="100" height="133" /></a><span style="color: #ff9900"><span style="font-size: large"><strong>ラ</strong></span></span>イブ当日。その日のセカンドステージを観に行くことになった。会場のコットンクラブで待ち合わせ。ウェイティングスペースでメンバーが顔を合わせた。「Bon soir!Je m&#8217;appele Francois」ボンソワァ、ジュマペルIGA。ウエスクヴザビテオウジャポン？「J&#8217;habite en AKASAKA・・・」無難な会話でスタート。妻と2人の社長の会話の場合は英語、フランス人社長と私の会話はフランス語という一見インターナショナルな4人。妻はにこにこと相槌を打っているが、緊張のためかやや汗をかいている。私はと言えば久しぶりのフランス語会話で冷や汗たらたら。開場が押し、ウェイティングスペースでの会話は続く。ふぇ〜ん（涙）もう私の現在持っている全ては吐き尽くした。フランス語での会話は限界だぁ、と思ったタイミングで開場。ステージすぐ前のテーブルに陣取る。コンパクトでゴージャスで、ワクワク感が満ちている良い会場だ。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e9b4a8e381aee382b3e383b3e38395e382a3.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1039" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e9b4a8e381aee382b3e383b3e38395e382a3-100x133.jpg" alt="鴨のコンフィ" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e383a9e383a0e382b9e38386e383bce382ad.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1040" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e383a9e383a0e382b9e38386e383bce382ad-100x133.jpg" alt="ラムステーキ" width="100" height="133" /></a>「<strong><span style="font-size: large"><span style="color: #339966">IGA</span></span></strong>さんはぁ何飲みますか、何食べますかぁ？」ノルウエー人社長、私には日本語で話しかけてくれる。メニューは本格的でボリュームたっぷりなモノが多い。小食のお気楽夫婦はサラダとメインの2皿づつをオーダー。時間が押していることもあり、食べている途中でノルウェーの女性ヴォーカル、インガー・マリエが登場。キチンと美味しい料理だったのに、慌てて平らげる。ちょっと甘くセクシィな声、アンニュイな歌声。ピアノ、ベース、ドラムのトリオも良い感じ。ゲストのギタリストもなかなか聴かせてくれる。なかなか良いステージだった。「彼女の声、素敵ですね。cozyなステージでしたね♪」妻がきちんと会話をしている。日本語の会話よりも頑張っている感じ。ちっ、羨ましいぜ。自分の気持を英語で伝えられないもどかしさ。「あぁ、それは良かったですね♪」ノルウェー人社長が私を気遣い日本語で返してくれる。</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #800080">音</span></strong></span>楽は歌詞が分からなくても楽しめるが、会話はそうはいかない。成田決心ではなく、ライブ決心。英会話を習おうか。「フランス語、話してたじゃない」と妻。フランス語では会話の相手がめったにいない。それも旅行会話程度。引退したら英会話とフランス語を習い直して、春にパリ、夏にタヒチ、秋にニューヨーク、冬にニュージーランド・・・なんて生活ができたら良いね♪「それには宝くじそろそろ当ててくんないとねっ！」よしっ、待っとれサマージャンボ！</p>
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		<title>さよならバニー『PLAYBOY』終刊</title>
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		<pubDate>Sun, 25 Jan 2009 01:40:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■読書の愉しみ]]></category>
		<category><![CDATA[◆学びの悦楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2009/01/25/%e3%81%95%e3%82%88%e3%81%aa%e3%82%89%e3%83%90%e3%83%8b%e3%83%bc%e3%80%8eplayboy%e3%80%8f%e7%b5%82%e5%88%8a/</guid>
		<description><![CDATA[雑誌文化が大きな転換期を迎えている。情報誌も、女性誌も、マンガ誌も、総合誌も、それぞれがたいへんな局面。老舗雑誌の休刊が相次いでいる昨今。主な休刊だけで、『読売ウィークリー』『月刊現代』『ロードショー』『主婦の友』『広告批評』『論座』『GRACE』『Lmagazine』などなど。その背景のひとつとして活字離れが叫ばれるけれど、ネットやケータイも広義の活字文化ではある。同様に日本語の乱れを指摘する声もあるけれど、ことばは時代と共に変わるもの。当然メディアの形態も変わって行く。けれど、この雑誌の終刊（一般的には“休刊”ということが多く、復刊することを示唆するのだけれど、彼らは終刊と明記している）は、大げさに言えばひとつの時代の終わりを感じてしまう。
アメリカ文化に対する“憧れ”の時代の終わり。ベトナム戦争が終結した年に創刊された日本版PLAYBOY。アメリカはまだまだ遠い国だった。政治、経済、文化、スポーツ、あらゆる面で圧倒的なリーダーだった。日本ではもちろんヘアー解禁など想像もできない時代、プレイメイト（PLAYBOYにグラビアが掲載される女性たちをそう呼ぶ）たちは、遠い異境の女性にしか見えなかった。アメリカは憧れの国だった。そのアメリカは、日本版創刊から33年経った今、身近な国になった。アメリカがくしゃみをすれば、日本が風邪をひくと揶揄されるように、（日本からすれば）深い結びつきになった。しかし、アメリカの世界における相対的地位は低下した。そしてオバマ新政権の下、世界のリーダーとしての役割を“もう一度”果たそうともがいている。
あるいは、大人の雑誌文化の終わり。PLAYBOYには、硬派と軟派と、性と生と、カルチャーとサブカルチャーと、文学とノンフィクションと、そんな単なる対立項ではない雑誌文化が矛盾なく、実に魅力的に誌面に溢れていた。グラビア、ジャーナリズム、紀行、ロングインタビュー、対談、そしてパーティジョーク。パソコンやインターネットなど想像もできなかった時代、雑誌の情報は隅々まで読み尽くすものだった。（ちょうど『ぴあ』の“はみだしYouとPia”が人気だったりしたように）斬新な誌面レイアウトとデザイン、クオリティの高い写真、タイポグラフィ。切り抜かれた誌面を開くと隠されたビジュアルが現れる、思わずにやっとさせられる仕掛けなど。それらは、動画や音声など雑誌が実現できなかった表現形態を伴にして、サイトの世界に引き継がれた。
「永久保存版」と記された白い表紙の終刊号。思わず手に取り迷わず購入。30周年記念号の企画以来、久々で最後の購入。そう言えば、日本版創刊からしばらくは、このバニーマークだけが表紙を飾った。白地、黒地、金、ブルーなどの表紙にバニーが誇らしく記されていた。PLAYBOYが休刊することを妻に零すと「あれ？でも、これ最終じゃないみたいよ。“終刊前号”って表紙に書いてあるよ」やられた！確かに、永久保存版の下にも小さく「前編」とある。最後までやられっぱなしだった。そして、もちろん騙された（訳でもないけれど）ことすら嬉しく思いつつ、翌月の「終刊号」も迷わず買った。2冊とも実に読み応えのある内容だった。時代を振り返るアルバムのような、33年間のPLAYBOY文化のダイジェスト版だった。さよなら！PLAYBOY！さよなら！バニー！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/01/25/playboy.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/01/25/playboy.jpg" border="0" alt="Playboy" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: 1.4em;color: #0066cc"><strong>雑</strong></span>誌文化が大きな転換期を迎えている。情報誌も、女性誌も、マンガ誌も、総合誌も、それぞれがたいへんな局面。老舗雑誌の休刊が相次いでいる昨今。主な休刊だけで、『読売ウィークリー』『月刊現代』『ロードショー』『主婦の友』『広告批評』『論座』『GRACE』『Lmagazine』などなど。その背景のひとつとして活字離れが叫ばれるけれど、ネットやケータイも広義の活字文化ではある。同様に日本語の乱れを指摘する声もあるけれど、ことばは時代と共に変わるもの。当然メディアの形態も変わって行く。けれど、この雑誌の終刊（一般的には“休刊”ということが多く、復刊することを示唆するのだけれど、彼らは終刊と明記している）は、大げさに言えばひとつの時代の終わりを感じてしまう。</p>
<p><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #ff3333">ア</span></strong></span>メリカ文化に対する“憧れ”の時代の終わり。ベトナム戦争が終結した年に創刊された日本版PLAYBOY。アメリカはまだまだ遠い国だった。政治、経済、文化、スポーツ、あらゆる面で圧倒的なリーダーだった。日本ではもちろんヘアー解禁など想像もできない時代、プレイメイト（PLAYBOYにグラビアが掲載される女性たちをそう呼ぶ）たちは、遠い異境の女性にしか見えなかった。アメリカは憧れの国だった。そのアメリカは、日本版創刊から33年経った今、身近な国になった。アメリカがくしゃみをすれば、日本が風邪をひくと揶揄されるように、（日本からすれば）深い結びつきになった。しかし、アメリカの世界における相対的地位は低下した。そしてオバマ新政権の下、世界のリーダーとしての役割を“もう一度”果たそうともがいている。</p>
<p><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/01/25/playboy_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/01/25/playboy_2.jpg" border="0" alt="Playboy_2" width="100" height="140" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #33ff00">あ</span></strong></span>るいは、大人の雑誌文化の終わり。PLAYBOYには、硬派と軟派と、性と生と、カルチャーとサブカルチャーと、文学とノンフィクションと、そんな単なる対立項ではない雑誌文化が矛盾なく、実に魅力的に誌面に溢れていた。グラビア、ジャーナリズム、紀行、ロングインタビュー、対談、そしてパーティジョーク。パソコンやインターネットなど想像もできなかった時代、雑誌の情報は隅々まで読み尽くすものだった。（ちょうど『ぴあ』の“はみだしYouとPia”が人気だったりしたように）斬新な誌面レイアウトとデザイン、クオリティの高い写真、タイポグラフィ。切り抜かれた誌面を開くと隠されたビジュアルが現れる、思わずにやっとさせられる仕掛けなど。それらは、動画や音声など雑誌が実現できなかった表現形態を伴にして、サイトの世界に引き継がれた。</p>
<p>「<span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #cc33cc">永</span></strong></span>久保存版」と記された白い表紙の終刊号。思わず手に取り迷わず購入。30周年記念号の企画以来、久々で最後の購入。そう言えば、<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/06/17/83/" target="_blank">日本版創刊</a>からしばらくは、このバニーマークだけが表紙を飾った。白地、黒地、金、ブルーなどの表紙にバニーが誇らしく記されていた。PLAYBOYが休刊することを妻に零すと「あれ？でも、これ最終じゃないみたいよ。“終刊前号”って表紙に書いてあるよ」やられた！確かに、永久保存版の下にも小さく「前編」とある。最後までやられっぱなしだった。そして、もちろん騙された（訳でもないけれど）ことすら嬉しく思いつつ、翌月の「終刊号」も迷わず買った。2冊とも実に読み応えのある内容だった。時代を振り返るアルバムのような、33年間のPLAYBOY文化のダイジェスト版だった。さよなら！PLAYBOY！さよなら！バニー！</p>
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		<title>学ぶということ、ことばを綴るということ『レトリック感覚』佐藤信夫</title>
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		<pubDate>Sun, 01 Jun 2008 12:44:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■読書の愉しみ]]></category>
		<category><![CDATA[◆学びの悦楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[佐藤信夫（さとう・のぶお）1993年没。私にとって憧れの“知性”だった。ソフトで知的好奇心をくすぐる語り口に一発で参った。大学入学まもなく、「言語論」という授業で初めてお目にかかった。毎週の授業が楽しみだった。“義務”として学ばなければならない小学生と違い、受験のために学ぶと言ってもいい中高校生とはなおさら違い、自ら学ぶことの楽しさを教えてもらった時間だった。研究者としても『レトリック感覚』という著書を出版されたばかりで、この手の書籍としてはかなり売れてもいたし、（私の持っているのは7刷！文庫化もされた）何よりも教える人としての魅力もたっぷりお持ちの先生だった。（ロラン・バルトなどの翻訳も手掛けられ、他にも『レトリック認識』『レトリックを少々』など、私の書棚にも何冊かの先生の著作がある）そして、何よりその文章は楽しげで、噛み締めるほど味わいが深くなった。今でも読み返すと、じんわりと先生の笑顔と共にその独特の語り口が浮かんでくる。そう、不思議なことに、パロールとエクリチュールが矛盾なく一致していたのだ。
「言語論」という哲学科の授業はお持ちだったものの、中級・上級フランス語も教えておられ（もちろん履修した）、大学での所属も哲学科研究室ではなく、外国語研究室だった。哲学科の私は佐藤先生に頼み込み、例外的に卒業論文の指導教員になっていただき、「Au commencement etait la fable（初めに神話ありき）」という拙論を書き上げた。この記事を書くために、久しぶりに書棚の奥から取り出して読んでみた。序章：はじめに神話はあったか～ロゴスとミュトスについて～、第1章：神話とは何か～神話の定義・分類・研究法～、第2章：神の名～系譜のノミナリズム～、第3章：政治的神話、第4章：大衆の神話、終章：はじめに神話ありき…面白い！自分で言うのもなんだけど、実にまともなことを書いている。きっと今の私よりしっかり物事を考えていたんだろうなぁ、という感想。
佐藤先生からも「なかなかいい論文である」という短いコメントと共に、「A」の評価をいただいた。記事を書きながら、四谷にあった先生のオフィス（書斎）を何度か訪ねたことを思い出した。こんな書斎が持てる、こんな書斎が似合う、そんな大人になりたいなぁと思った自分も一緒に。ん？計算してみたら、当時の佐藤先生は今の私ぐらいの年齢。果たして今、20歳ぐらいのワカモノに憧れの気持を持たれる知性ある大人になっているだろうかと自問する。勿論、否である。学ぶことの楽しさを教えていただき、文章を書くこと、表現することの面白さを学んだのに、お気楽なオヤジとなり、こうして駄文を綴っている私。でも反省したい訳ではなく、実は喜んでいるのだ。市井の人間が、こうして佐藤先生を自分のブログで紹介でき、少なからぬ数の人に読んでもらえるチャンスがある。これはかなり嬉しい。良い時代だ。
今日の記事を書こうと思ったきっかけが、三省堂本店の言語論コーナーにあった。10年以上前にお亡くなりになった佐藤先生の新（共）著『レトリック辞典』（2006年刊）を発見したのだ。出版前に倒れ、長い闘病生活の後に亡くなられた先生の遺志を継ぎ、佐々木健一東大名誉教授、松尾大東京藝術大学教授によって纏められたレトリック研究の結晶。パラパラとページをめくると、佐藤先生の語り口、『レトリック感覚』を初めて読んだ時の新鮮な気持が蘇った。しかし、その場では購入しなかった。（6,825円と高かったからではなく）いつか、この辞典のページをじっくりとめくり、自分が読んできた本（ブンガク系）のレトリックの解説を楽しみながら、その“佐藤節”とも言える軽妙で含蓄のある文章自体を味わいたい。そして、願わくば佐藤信夫先生が生涯の研究対象とした“ことば”を綴り続けたい。「え～っ！今日はこれで終わり？ぜんぜん面白くないし、オチもないよ！」…仕方ないよ、たまにはそんな日もあるんだよ、市井のオヤジにも。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/06/01/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/06/01/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: 1.4em;color: #ff00cc"><strong>佐</strong></span>藤信夫（さとう・のぶお）1993年没。私にとって憧れの“知性”だった。ソフトで知的好奇心をくすぐる語り口に一発で参った。大学入学まもなく、「言語論」という授業で初めてお目にかかった。毎週の授業が楽しみだった。“義務”として学ばなければならない小学生と違い、受験のために学ぶと言ってもいい中高校生とはなおさら違い、自ら学ぶことの楽しさを教えてもらった時間だった。研究者としても『<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2007/05/post_55d8.html">レトリック感覚</a>』という著書を出版されたばかりで、この手の書籍としてはかなり売れてもいたし、（私の持っているのは7刷！文庫化もされた）何よりも教える人としての魅力もたっぷりお持ちの先生だった。（ロラン・バルトなどの翻訳も手掛けられ、他にも『レトリック認識』『レトリックを少々』など、私の書棚にも何冊かの先生の著作がある）そして、何よりその文章は楽しげで、噛み締めるほど味わいが深くなった。今でも読み返すと、じんわりと先生の笑顔と共にその独特の語り口が浮かんでくる。そう、不思議なことに、パロールとエクリチュールが矛盾なく一致していたのだ。</p>
<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/06/01/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/06/01/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="133" /></a>「<span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #00cc00">言</span></strong></span>語論」という哲学科の授業はお持ちだったものの、中級・上級フランス語も教えておられ（もちろん履修した）、大学での所属も哲学科研究室ではなく、外国語研究室だった。哲学科の私は佐藤先生に頼み込み、例外的に卒業論文の指導教員になっていただき、「Au commencement etait la fable（初めに神話ありき）」という拙論を書き上げた。この記事を書くために、久しぶりに書棚の奥から取り出して読んでみた。序章：はじめに神話はあったか～ロゴスとミュトスについて～、第1章：神話とは何か～神話の定義・分類・研究法～、第2章：神の名～系譜のノミナリズム～、第3章：政治的神話、第4章：大衆の神話、終章：はじめに神話ありき…面白い！自分で言うのもなんだけど、実にまともなことを書いている。きっと今の私よりしっかり物事を考えていたんだろうなぁ、という感想。</p>
<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/06/01/photo_3.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/06/01/photo_3.jpg" border="0" alt="Photo_3" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #0033cc">佐</span></strong></span>藤先生からも「なかなかいい論文である」という短いコメントと共に、「A」の評価をいただいた。記事を書きながら、四谷にあった先生のオフィス（書斎）を何度か訪ねたことを思い出した。こんな書斎が持てる、こんな書斎が似合う、そんな大人になりたいなぁと思った自分も一緒に。ん？計算してみたら、当時の佐藤先生は今の私ぐらいの年齢。果たして今、20歳ぐらいのワカモノに憧れの気持を持たれる知性ある大人になっているだろうかと自問する。勿論、否である。学ぶことの楽しさを教えていただき、文章を書くこと、表現することの面白さを学んだのに、お気楽なオヤジとなり、こうして駄文を綴っている私。でも反省したい訳ではなく、実は喜んでいるのだ。市井の人間が、こうして佐藤先生を自分のブログで紹介でき、少なからぬ数の人に読んでもらえるチャンスがある。これはかなり嬉しい。良い時代だ。</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #ff3333">今</span></strong></span>日の記事を書こうと思ったきっかけが、三省堂本店の言語論コーナーにあった。10年以上前にお亡くなりになった佐藤先生の新（共）著『<a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%83%AC%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BA%8B%E5%85%B8-%E4%BD%90%E8%97%A4-%E4%BF%A1%E5%A4%AB/dp/4469012785">レトリック辞典</a>』（2006年刊）を発見したのだ。出版前に倒れ、長い闘病生活の後に亡くなられた先生の遺志を継ぎ、佐々木健一東大名誉教授、松尾大東京藝術大学教授によって纏められたレトリック研究の結晶。パラパラとページをめくると、佐藤先生の語り口、『レトリック感覚』を初めて読んだ時の新鮮な気持が蘇った。しかし、その場では購入しなかった。（6,825円と高かったからではなく）いつか、この辞典のページをじっくりとめくり、自分が読んできた本（ブンガク系）のレトリックの解説を楽しみながら、その“佐藤節”とも言える軽妙で含蓄のある文章自体を味わいたい。そして、願わくば佐藤信夫先生が生涯の研究対象とした“ことば”を綴り続けたい。「え～っ！今日はこれで終わり？ぜんぜん面白くないし、オチもないよ！」…仕方ないよ、たまにはそんな日もあるんだよ、市井のオヤジにも。</p>
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		<title>二人は地図好き「御一新前後 江戸東京鳥瞰図」</title>
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		<pubDate>Sat, 04 Mar 2006 17:51:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[◆学びの悦楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[時刻表を見て何時間でも過ごせるという人がいる。動物図鑑を渡すと、目を輝かせながら一日中読み耽ってしまう子供がいる。ホリエモンは東京拘置所で百科事典を読んで過ごしているという。・・・そしてお気楽夫婦の場合は、“地図”。無人島に持っていく１冊というよくある問いには、「地図帳！」と答えるかもしれない。
二人の書棚にはかなりの種類の地図がある。車もないのに、『東京２３区道路地図』。過去と現在の比較のために、版が違う２冊。「お台場って何もなかったよなぁ・・・」というような、過去の記憶メモ。『なるほど日本知図帳』『なるほど世界知図帳』。“知図”という名の通り、&#60;世界の血液型分布&#62;などのテーマ毎に地図が掲載されている。知っててどうする？トリビア系のデータが多いのだけれど、実に楽しいのだ。他にも、『地図で知る平成の大合併』『東京・首都圏 未来地図』等々。グルメ系のマップ、旅行ガイド誌などを入れると、数十冊はある。改めて本棚を確かめて、自分でも驚いた。
その中に異彩を放つ２つの地図がある。ひとつは、『THE MAP OF 1936 OLD BEIJING FOLKLORE 老北京風俗地図』。1936年当時の北京の風俗をイラストで描いた鳥瞰図。北京に駐在中の元上司から、一時帰国のお土産にいただいた。駐在が決まった際に、浅田次郎の『蒼穹の昴』を薦めたところ、かなり気に入ったらしく、北京の街の風景に当時の面影を探して歩き回っているとのこと。羨ましい。1912年に中華民国が建国されてから24年後だから『蒼穹の昴』や続編の『珍妃の井戸』の頃よりも新しい時代だが、まだ辮髪の人物なども描かれていたり、清朝の時代の雰囲気が残っていて興味深い。
そして、もうひとつの地図は『御一新前後 江戸東京鳥瞰図』。やはり浅田次郎がらみ。『五郎次殿御始末』の文庫版に付録として付いていた。小さな地図だが、これがまた嵌ってしまう。江戸時代から明治時代に一気に何もかもが変わった訳ではなく、連続した時間の中で少しずつ変わって行ったものもある。明治に入っても、脇差に髷姿の侍たちが東京の街を歩いていたのだ。そんな時代の東京を鳥の目で眺める。・・・今の勤務先は大手濠や神田川の支流の日本橋川に囲まれた“宮城”の敷地内。それにしても、江戸は“水の都”だったんだなぁ。街の名前の由来も、なるほど“溜池”には溜池があったんだ・・・。あっという間に時間が過ぎていってしまう。
「読む本がなくなったぁ。本屋に行こう！」速読の妻が言う。「分かった。でも、とりあえず地図でも眺めてたら？」・・・すると妻は書棚から気に入りの地図を選び、無言で眉を寄せ（それでも楽しい表情なのだそうだ）飽きず地図を眺めるのだった。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/blog/images/p_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/p_2_thumb.jpg" border="0" alt="p" width="100" height="75" /></a>時刻表を見て何時間でも過ごせるという人がいる。動物図鑑を渡すと、目を輝かせながら一日中読み耽ってしまう子供がいる。ホリエモンは東京拘置所で百科事典を読んで過ごしているという。・・・そしてお気楽夫婦の場合は、“地図”。無人島に持っていく１冊というよくある問いには、「地図帳！」と答えるかもしれない。</p>
<p style="text-align: left">二人の書棚にはかなりの種類の地図がある。車もないのに、『東京２３区道路地図』。過去と現在の比較のために、版が違う２冊。「お台場って何もなかったよなぁ・・・」というような、過去の記憶メモ。『なるほど日本知図帳』『なるほど世界知図帳』。“知図”という名の通り、&lt;世界の血液型分布&gt;などのテーマ毎に地図が掲載されている。知っててどうする？トリビア系のデータが多いのだけれど、実に楽しいのだ。他にも、『地図で知る平成の大合併』『東京・首都圏 未来地図』等々。グルメ系のマップ、旅行ガイド誌などを入れると、数十冊はある。改めて本棚を確かめて、自分でも驚いた。</p>
<p style="text-align: left">その中に異彩を放つ２つの地図がある。ひとつは、『THE MAP OF 1936 OLD BEIJING FOLKLORE 老北京風俗地図』。1936年当時の北京の風俗をイラストで描いた鳥瞰図。北京に駐在中の元上司から、一時帰国のお土産にいただいた。駐在が決まった際に、浅田次郎の『蒼穹の昴』を薦めたところ、かなり気に入ったらしく、北京の街の風景に当時の面影を探して歩き回っているとのこと。羨ましい。1912年に中華民国が建国されてから24年後だから『蒼穹の昴』や続編の『珍妃の井戸』の頃よりも新しい時代だが、まだ辮髪の人物なども描かれていたり、清朝の時代の雰囲気が残っていて興味深い。</p>
<p style="text-align: left">そして、もうひとつの地図は『御一新前後 江戸東京鳥瞰図』。やはり浅田次郎がらみ。『五郎次殿御始末』の文庫版に付録として付いていた。小さな地図だが、これがまた嵌ってしまう。江戸時代から明治時代に一気に何もかもが変わった訳ではなく、連続した時間の中で少しずつ変わって行ったものもある。明治に入っても、脇差に髷姿の侍たちが東京の街を歩いていたのだ。そんな時代の東京を鳥の目で眺める。・・・今の勤務先は大手濠や神田川の支流の日本橋川に囲まれた“宮城”の敷地内。それにしても、江戸は“水の都”だったんだなぁ。街の名前の由来も、なるほど“溜池”には溜池があったんだ・・・。あっという間に時間が過ぎていってしまう。</p>
<p style="text-align: left">「読む本がなくなったぁ。本屋に行こう！」速読の妻が言う。「分かった。でも、とりあえず地図でも眺めてたら？」・・・すると妻は書棚から気に入りの地図を選び、無言で眉を寄せ（それでも楽しい表情なのだそうだ）飽きず地図を眺めるのだった。</p>
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		<title>絵で楽しむ「食材図典」「ワーズ・ワード」</title>
		<link>http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/05/15/52/</link>
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		<pubDate>Sun, 15 May 2005 14:36:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[◆学びの悦楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[トマトが１年中食べられるようになった今、この本のページをめくって、その食材の旬の時期を確認するのは楽しい。サクラマスは名前の通り、３月と４月。目的なく見てるだけでも、かなり楽しい。杏子と梅と桜桃が同じバラ科サクラ属だということを知る。だから何？という気もするが、楽しい。素材そのものが中心の「食材図典」に加え、加工食品中心の「食材図典Ⅱ」は、例えばチーズだけでも２２Ｐに渡り１２２種類を紹介している。
へぇ、こんなことばなんだ？ほぅ、こんな言い方するんだ・・・。日本では余りお目にかからない（例えば、電機揚げ鍋：DEEP FRYER）電化製品の名も分かる。下弦の月は「LAST QUARTER」。ふんふん。「ワーズ・ワード：Word&#8217;s Word」は、美しいイラストの図鑑でかつ英和辞典の機能つき。なぜかフランス人の言語学者が監修している。子供の頃から図鑑が好きだった。植物図鑑、魚介図鑑、動物図鑑、切手図鑑。背表紙がぼろぼろになり、何ページか綴じから外れそうになるまで何度も何度もページを開いた。きれいなイラストの図鑑を開き、まだ見ぬ動物や植物を想像して過ごした。お菓子を「大人買い」して食玩を集める方も多いと聞くが、この３冊で合計１６，３００円。大人の買物としては安いものだ。子供の頃の熱い思いが私にこれらを買わせた訳で、決して贅沢な買物ではない。引退後にぱらぱらと眺めるのが楽しみだ。
「ね、楽しいでしょう？こんな意味で買い！な訳だよ、この図鑑は。確かに今は、余り見る時間は・・・、ないよ。でも、このサヨリのイラスト、美味しそうだよねぇ、旬だよね、サヨリ。今度寿司でも食べに行こうか！もちろん廻らないやつ。」

]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/blog/images/picg_3.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/picg_3_thumb.jpg" border="0" alt="picg" width="100" height="75" /></a>トマトが１年中食べられるようになった今、この本のページをめくって、その食材の旬の時期を確認するのは楽しい。サクラマスは名前の通り、３月と４月。目的なく見てるだけでも、かなり楽しい。杏子と梅と桜桃が同じバラ科サクラ属だということを知る。だから何？という気もするが、楽しい。素材そのものが中心の「食材図典」に加え、加工食品中心の「食材図典Ⅱ」は、例えばチーズだけでも２２Ｐに渡り１２２種類を紹介している。</p>
<p style="text-align: left">へぇ、こんなことばなんだ？ほぅ、こんな言い方するんだ・・・。日本では余りお目にかからない（例えば、電機揚げ鍋：DEEP FRYER）電化製品の名も分かる。下弦の月は「LAST QUARTER」。ふんふん。「ワーズ・ワード：Word&#8217;s Word」は、美しいイラストの図鑑でかつ英和辞典の機能つき。なぜかフランス人の言語学者が監修している。子供の頃から図鑑が好きだった。植物図鑑、魚介図鑑、動物図鑑、切手図鑑。背表紙がぼろぼろになり、何ページか綴じから外れそうになるまで何度も何度もページを開いた。きれいなイラストの図鑑を開き、まだ見ぬ動物や植物を想像して過ごした。お菓子を「大人買い」して食玩を集める方も多いと聞くが、この３冊で合計１６，３００円。大人の買物としては安いものだ。子供の頃の熱い思いが私にこれらを買わせた訳で、決して贅沢な買物ではない。引退後にぱらぱらと眺めるのが楽しみだ。</p>
<p style="text-align: left">「ね、楽しいでしょう？こんな意味で買い！な訳だよ、この図鑑は。確かに今は、余り見る時間は・・・、ないよ。でも、このサヨリのイラスト、美味しそうだよねぇ、旬だよね、サヨリ。今度寿司でも食べに行こうか！もちろん廻らないやつ。」</p>
<p><br class="spacer_" /></p>
]]></content:encoded>
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