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	<title>IGA“快楽主義”宣言 &#187; ■恍惚の音楽</title>
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	<description>週末更新お気楽夫婦のエピキュリアン的生活</description>
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		<title>歌のお兄さんといっしょ♬「星児と歌おう！ステージ101」</title>
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		<pubDate>Fri, 16 Sep 2011 23:15:46 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■幸せの酒]]></category>
		<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[1969年アポロ11号が月面に着陸。翌1970年、大阪万博が開催。よど号ハイジャック事件が起き、ビートルズは解散した。その頃、田舎の素朴な少年だった私は、人類の明るい未来をまだ信じていた。その年のヒット曲は皆川おさむ『黒ネコのタンゴ』や藤圭子（宇多田ヒカルのお母さん）の『圭子の夢は夜ひらく』。山口百恵や郷ひろみもデビューする直前、アイドル時代の黎明期。そんな頃、私が毎週欠かさず視ていたTV番組があった。当時アジア最大（というのが既に表現として相当古い）を誇るNHK放送センター101スタジオで収録されていた『ステージ101』という音楽番組。番組のためにオーディションが行われ、ヤング101というグループが結成された。アメリカンポップス、番組オリジナル曲を中心に、当時の日本としては画期的なシングアウト（大勢で歌い上げる）スタイルで歌い、踊った。実に新鮮だった。
番組から生まれたヒット曲に、シングアウトの名曲『怪獣のバラード』、初期の番組テーマ曲『涙をこえて』『恋人中心世界』『若い旅』などがあるけれど、知らない人は全く知らない。塩見大治郎、若子内悦郎、泉朱子、小林啓子などの初期のメンバーを私はフルネームで言えるけれど、番組を視ていない人にとっては聞いたこともない名前。そんなメジャーなようでマイナーな番組。マイナーと言えば、番組のメンバーにはその後『木綿のハンカチーフ』でヒットした太田裕美や、『おはようございますの帽子屋さん』の谷山浩子が参加していたなどという知識はカルトQに近い。番組出身の最大の有名人は、1976年の大ヒット『ビューティフル・サンデー』で知られる田中星児。彼はNHKの『おかあさんといっしょ』の初代うたのおにいさんとして活躍しているから、速水けんたろうの大先輩にも当たるということになる。そんな星児さんと、プライベートなカラオケで一緒に歌うことになった。
星児さんは、お気楽夫婦が通っているスポーツクラブで良くお見かけしていた。けれど、今でもTV番組でお見かけする時には“ビューティフル・サンデー”オーラが溢れているのに、スポーツクラブでは芸能人オーラを一切消している（のだと思う）。決して目立たない。一般人の佇まい。そんな星児さんと何度かスカッシュをご一緒し、その後食事をする機会があった。芸能界ネタを振らずに終始する周囲の仲間たちをよそに、怖いものなしの私。話題がステージ101に及び、無謀にも星児さんの前でオリジナル曲をふと口ずさんだ。すると、星児さんが私の声に重ねてくれた。私の口から次々に当時の曲が溢れ出す。我ながらこんな曲まで覚えていたんだ！と驚く。記憶の発掘。「良く覚えてますねぇ」と星児さん。ではみんなでスカッシュやった後にカラオケご一緒しましょう！と調子に乗る私。「良いですねぇ」え”？意外にも星児さんの反応も良し。ではいつにしましょうか？と畳掛ける私。無事に日程も決まった。その後ロッカールームでお会いすると「00日ですよね」と声を掛けていただき、楽しみにしている様子。いい人♬
そして当日。「田中さん、体調悪くってスカッシュ来れないんですって」ん〜残念。アマゾンでステージ101のCDも購入し、準備は万全だったのに。「でも、カラオケは来ますって♬」一同安心、大爆笑♡…そしてフロントでぽつんと待っていてくれた星児さんと一緒にカラオケBOXへGO！遠慮がちな他のメンバーを余所に最初から歌い飛ばす私。つられて周囲も付いて来る。そして星児さんの出番だ。軽やかで良く通る声。ワンフレーズですっとその場にいた全員が惹き付けられるのが分かる。凄い。プロの声だ。プロの歌だ。そして図々しい私のリクエスト、ステージ101オリジナル曲（3曲もあった！）をその場でハモってくれる星児さん。嬉しい！自分が上手くなったような錯覚に陥る。40年を遡り、ヤング101の仲間になった気分。気持良い！楽しい！メンバー全員が歌う星児さんを写メで撮りまくる。その後も生『ビューティフル・サンデー』はもちろん、『おかあさんといっしょ』時代の曲やシャンソンなどを楽しそうに歌う星児さん♫まるで“うたのおにいさん”（ホンモノですから）。周囲もノリノリ。気が付いたら5時間が経っていた（笑）
「楽しかったねぇ♬」「また行きましょう！」全員が口を揃える。星児さんも満足そうに微笑む。いつもの良い人オーラを纏い、さっきまでの芸能人オーラはいつの間にか消えている。ひとたび極めた芸を表に出せばプロになり、抜いた刀を収めれば周囲に溶け込む武芸の達人の様相。
「今度は私も行きたい！」当日参加できなかった仲間からメールが入る。話を聞いて妻も行きたいと呟く。名付けて“星児と歌おう！2011”…次回開催は？
＊田中星児さんご本人にお名前と画像掲載の了解をいただいています。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/09/STAGE101BEST.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-6666" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/09/STAGE101BEST-100x133.jpg" alt="STAGE101BEST" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff6600">19</span></strong></span>69年アポロ11号が月面に着陸。翌1970年、大阪万博が開催。よど号ハイジャック事件が起き、ビートルズは解散した。その頃、田舎の素朴な少年だった私は、人類の明るい未来をまだ信じていた。その年のヒット曲は皆川おさむ『黒ネコのタンゴ』や藤圭子（宇多田ヒカルのお母さん）の『圭子の夢は夜ひらく』。山口百恵や郷ひろみもデビューする直前、アイドル時代の黎明期。そんな頃、私が毎週欠かさず視ていたTV番組があった。当時アジア最大（というのが既に表現として相当古い）を誇るNHK放送センター101スタジオで収録されていた『ステージ101』という音楽番組。番組のためにオーディションが行われ、ヤング101というグループが結成された。アメリカンポップス、番組オリジナル曲を中心に、当時の日本としては画期的なシングアウト（大勢で歌い上げる）スタイルで歌い、踊った。実に新鮮だった。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/09/SetList.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-6667" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/09/SetList-100x133.jpg" alt="SetList" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">番</span></strong></span>組から生まれたヒット曲に、シングアウトの名曲『怪獣のバラード』、初期の番組テーマ曲『涙をこえて』『恋人中心世界』『若い旅』などがあるけれど、知らない人は全く知らない。塩見大治郎、若子内悦郎、泉朱子、小林啓子などの初期のメンバーを私はフルネームで言えるけれど、番組を視ていない人にとっては聞いたこともない名前。そんなメジャーなようでマイナーな番組。マイナーと言えば、番組のメンバーにはその後『木綿のハンカチーフ』でヒットした太田裕美や、『おはようございますの帽子屋さん』の谷山浩子が参加していたなどという知識はカルトQに近い。番組出身の最大の有名人は、1976年の大ヒット『ビューティフル・サンデー』で知られる田中星児。彼はNHKの『おかあさんといっしょ』の初代うたのおにいさんとして活躍しているから、速水けんたろうの大先輩にも当たるということになる。そんな星児さんと、プライベートなカラオケで一緒に歌うことになった。</p>
<p><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/09/Enjoy1.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-6697" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/09/Enjoy1-100x133.jpg" alt="Enjoy!" width="100" height="133" /></a>星</span></strong></span>児さんは、お気楽夫婦が通っているスポーツクラブで良くお見かけしていた。けれど、今でもTV番組でお見かけする時には“ビューティフル・サンデー”オーラが溢れているのに、スポーツクラブでは芸能人オーラを一切消している（のだと思う）。決して目立たない。一般人の佇まい。そんな星児さんと何度かスカッシュをご一緒し、その後食事をする機会があった。芸能界ネタを振らずに終始する周囲の仲間たちをよそに、怖いものなしの私。話題がステージ101に及び、無謀にも星児さんの前でオリジナル曲をふと口ずさんだ。すると、星児さんが私の声に重ねてくれた。私の口から次々に当時の曲が溢れ出す。我ながらこんな曲まで覚えていたんだ！と驚く。記憶の発掘。「良く覚えてますねぇ」と星児さん。ではみんなでスカッシュやった後にカラオケご一緒しましょう！と調子に乗る私。「良いですねぇ」え”？意外にも星児さんの反応も良し。ではいつにしましょうか？と畳掛ける私。無事に日程も決まった。その後ロッカールームでお会いすると「00日ですよね」と声を掛けていただき、楽しみにしている様子。いい人♬</p>
<p><span style="color: #0000ff"><span style="font-size: large"><strong><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/09/Singout.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-6699" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/09/Singout-100x133.jpg" alt="Singout" width="100" height="133" /></a>そ</strong></span></span>して当日。「田中さん、体調悪くってスカッシュ来れないんですって」ん〜残念。アマゾンでステージ101のCDも購入し、準備は万全だったのに。「でも、カラオケは来ますって♬」一同安心、大爆笑♡…そしてフロントでぽつんと待っていてくれた星児さんと一緒にカラオケBOXへGO！遠慮がちな他のメンバーを余所に最初から歌い飛ばす私。つられて周囲も付いて来る。そして星児さんの出番だ。軽やかで良く通る声。ワンフレーズですっとその場にいた全員が惹き付けられるのが分かる。凄い。プロの声だ。プロの歌だ。そして図々しい私のリクエスト、ステージ101オリジナル曲（3曲もあった！）をその場でハモってくれる星児さん。嬉しい！自分が上手くなったような錯覚に陥る。40年を遡り、ヤング101の仲間になった気分。気持良い！楽しい！メンバー全員が歌う星児さんを写メで撮りまくる。その後も生『ビューティフル・サンデー』はもちろん、『おかあさんといっしょ』時代の曲やシャンソンなどを楽しそうに歌う星児さん♫まるで“うたのおにいさん”（ホンモノですから）。周囲もノリノリ。気が付いたら5時間が経っていた（笑）</p>
<p>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">楽</span></strong></span>しかったねぇ♬」「また行きましょう！」全員が口を揃える。星児さんも満足そうに微笑む。いつもの良い人オーラを纏い、さっきまでの芸能人オーラはいつの間にか消えている。ひとたび極めた芸を表に出せばプロになり、抜いた刀を収めれば周囲に溶け込む武芸の達人の様相。</p>
<p>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">今</span></strong></span>度は私も行きたい！」当日参加できなかった仲間からメールが入る。話を聞いて妻も行きたいと呟く。名付けて“星児と歌おう！2011”…次回開催は？</p>
<p>＊田中星児さんご本人にお名前と画像掲載の了解をいただいています。</p>
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		<title>痛勤か、自宅勤務か「アキレス最後の戦い」</title>
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		<pubDate>Mon, 20 Jun 2011 06:57:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[◆仕事の快感]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[ギリシア神話におけるアキレウス(Achilleus)は、トロイア戦争で活躍した不死身の戦士。誕生の際に冥府の川に浸けられて、全身が不死となった。しかし、母ティティスがアキレウスの両足のかかとを持ち川に浸けたため、その部分だけが水に浸からず不死とならなかった。そして最期は弱点のかかとを弓で射られ命を落とす。そのエピソードから名が付いたのが、飛んだり走ったりする際に重要な機能を果たす人体で最大の腱である、アキレス腱。連日の深夜残業をものともせず、魔女か不死身かと思っていた妻もアキレス腱は弱点だった。その妻の会社は、東日本大震災で新年度の新体制のスタートが遅れていた。例年の6月なら休んでいたかもしれない。けれど、新年度スタートにあたる今年の6月は、全く出社しない訳にはいかないタイミングだった。
退院の翌日、妻は会社に行くと主張した。お気楽夫婦の自宅は駅から歩いて2分。とは言え慣れない松葉杖で歩くには永遠とも思える距離。駅にはエレベータもなく、階段を下り、改札を通り、階段を上ってようやくホーム。ましてや混雑する電車には乗れそうもない。選択肢はタクシーしかない。同乗して会社に向った。会社に到着すると上司や部下が揃ってお出迎え。事前のメールのやり取りで「レッドカーペット敷いて待ってます！」「分かった♬ドレスで会社に行くよ！」などというやり取りがあった。会社にはバリアはなさそうだ。一安心。夕刻、帰路もお迎え。妻の会社からエレベータなどが整備され乗換の必要がない途中駅までタクシーに乗る。そして最短距離でホームに向える場所で降り、空いている各駅停車の電車を待つ。
松葉杖は最強のアイコン。怪我してます！という主張が判りやすく、ギプスを巻いた脚も目立つから席を譲ってもらえる可能性は高い。けれど、混んでいる電車では他人の陰になってしまうことがある。そこで同伴の私が主張する。空いた席を見つけて「あぁ、ここに座らせてもらおう！」と不自然ではない程度に大きな声を出す。すると、その声に視線が集まり最強のアイコンが威力を発揮する。次は、シルバーシートに座った妻の脚を、前に立ちながら両足でガード。そうとは知らずに他の乗降客の足がぶつかったら再断裂のリスクがある。そして、降りる際には乗降口まで健常者の倍程度のスペースが必要。混んでいる車内では降りるにも神経を使う。そして階段。雨。6月の通勤はかなりハード。家に2人帰り着くと「ふぅ〜っ！」と安堵の溜息を付く。
もちろんわが家に帰った安心感もある。そしてそれ以上に安心する理由は、最強の便利ツールがあるから。キャスター付きのスツール。家の中でも松葉杖で移動していたため、腕と脇の下が痛いと泣いていた妻が通販で購入した優れモノ。これが、実にらくちん。床面がフラットな自宅内を座って移動することができる。座る際に座面に手を置いてもずれ動かないから危険性が少ない。フローリングの床材が傷だらけになるのは、この際目をつぶろう。日頃から家事は私の分担割合が多く、妻の分までほぼ全ての家事を担当することは問題ない。エコバックを手に買物することも気にならない。ビニール袋を被せ、水が入らないようにしながら浴びるシャワーをサポートすることも苦にならない。けれど、ちょっとした移動に困っていた妻を何とかしたかった。そして、アキレスは新たな脚を手に入れた。
「つ〜〜っと♬」お気楽妻が楽しそうに室内を移動する。早朝から自宅で仕事をしていても、夜遅くまでパソコンに向っていても「快適だぁ〜っ♡」という環境らしい。リビングでBGMを聴きながらの仕事。「コーヒー飲みたいなぁ」と言えばコーヒーが淹れられ、「お腹空いたねぇ」と言えば食事が供される。それはそれは快適な自宅勤務でしょうとも。けれど、妻の気配を感じながら、LED ZEPPELINが流れる小さな書斎で、仕事をするのも悪くない。John Bonhamのドラムス、Robert Plant のヴォーカル。♪あぁ〜あぁ、あぁ〜あぁ♬あぁ〜あぁ、あぁ〜あぁ♬Achilles Last Stand ♫それが妻の介護のテーマ曲。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/06/Achilleus.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-6227" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/06/Achilleus-100x133.jpg" alt="Achilleus" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">ギ</span></strong></span>リシア神話におけるアキレウス(Achilleus)は、トロイア戦争で活躍した不死身の戦士。誕生の際に冥府の川に浸けられて、全身が不死となった。しかし、母ティティスがアキレウスの両足のかかとを持ち川に浸けたため、その部分だけが水に浸からず不死とならなかった。そして最期は弱点のかかとを弓で射られ命を落とす。そのエピソードから名が付いたのが、飛んだり走ったりする際に重要な機能を果たす人体で最大の腱である、アキレス腱。連日の深夜残業をものともせず、魔女か不死身かと思っていた妻もアキレス腱は弱点だった。その妻の会社は、東日本大震災で新年度の新体制のスタートが遅れていた。例年の6月なら休んでいたかもしれない。けれど、新年度スタートにあたる今年の6月は、全く出社しない訳にはいかないタイミングだった。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/06/Shower.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-6228" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/06/Shower-100x133.jpg" alt="Shower" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #800080">退</span></strong></span>院の翌日、妻は会社に行くと主張した。お気楽夫婦の自宅は駅から歩いて2分。とは言え慣れない松葉杖で歩くには永遠とも思える距離。駅にはエレベータもなく、階段を下り、改札を通り、階段を上ってようやくホーム。ましてや混雑する電車には乗れそうもない。選択肢はタクシーしかない。同乗して会社に向った。会社に到着すると上司や部下が揃ってお出迎え。事前のメールのやり取りで「レッドカーペット敷いて待ってます！」「分かった♬ドレスで会社に行くよ！」などというやり取りがあった。会社にはバリアはなさそうだ。一安心。夕刻、帰路もお迎え。妻の会社からエレベータなどが整備され乗換の必要がない途中駅までタクシーに乗る。そして最短距離でホームに向える場所で降り、空いている各駅停車の電車を待つ。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/06/chairski.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-6229" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/06/chairski-100x133.jpg" alt="chairski" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">松</span></strong></span>葉杖は最強のアイコン。怪我してます！という主張が判りやすく、ギプスを巻いた脚も目立つから席を譲ってもらえる可能性は高い。けれど、混んでいる電車では他人の陰になってしまうことがある。そこで同伴の私が主張する。空いた席を見つけて「あぁ、ここに座らせてもらおう！」と不自然ではない程度に大きな声を出す。すると、その声に視線が集まり最強のアイコンが威力を発揮する。次は、シルバーシートに座った妻の脚を、前に立ちながら両足でガード。そうとは知らずに他の乗降客の足がぶつかったら再断裂のリスクがある。そして、降りる際には乗降口まで健常者の倍程度のスペースが必要。混んでいる車内では降りるにも神経を使う。そして階段。雨。6月の通勤はかなりハード。家に2人帰り着くと「ふぅ〜っ！」と安堵の溜息を付く。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/06/Chairskating.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-6231" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/06/Chairskating-100x133.jpg" alt="Chairskating" width="100" height="133" /></a><span style="color: #ff6600"><span style="font-size: large"><strong>も</strong></span></span>ちろんわが家に帰った安心感もある。そしてそれ以上に安心する理由は、最強の便利ツールがあるから。キャスター付きのスツール。家の中でも松葉杖で移動していたため、腕と脇の下が痛いと泣いていた妻が通販で購入した優れモノ。これが、実にらくちん。床面がフラットな自宅内を座って移動することができる。座る際に座面に手を置いてもずれ動かないから危険性が少ない。フローリングの床材が傷だらけになるのは、この際目をつぶろう。日頃から家事は私の分担割合が多く、妻の分までほぼ全ての家事を担当することは問題ない。エコバックを手に買物することも気にならない。ビニール袋を被せ、水が入らないようにしながら浴びるシャワーをサポートすることも苦にならない。けれど、ちょっとした移動に困っていた妻を何とかしたかった。そして、アキレスは新たな脚を手に入れた。</p>
<p>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">つ</span></strong></span>〜〜っと♬」お気楽妻が楽しそうに室内を移動する。早朝から自宅で仕事をしていても、夜遅くまでパソコンに向っていても「快適だぁ〜っ♡」という環境らしい。リビングでBGMを聴きながらの仕事。「コーヒー飲みたいなぁ」と言えばコーヒーが淹れられ、「お腹空いたねぇ」と言えば食事が供される。それはそれは快適な自宅勤務でしょうとも。けれど、妻の気配を感じながら、<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2007/12/09/365/" target="_blank">LED ZEPPELIN</a>が流れる小さな書斎で、仕事をするのも悪くない。<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/11/15/135/" target="_blank">John Bonham</a>のドラムス、Robert Plant のヴォーカル。♪あぁ〜あぁ、あぁ〜あぁ♬あぁ〜あぁ、あぁ〜あぁ♬Achilles Last Stand ♫それが妻の介護のテーマ曲。</p>
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		<item>
		<title>才能×努力＝結果?「X&#8217;mas concert」</title>
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		<pubDate>Sat, 08 Jan 2011 04:42:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[◆微笑みの風景]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[発明王として知られるエジソンのことば、〜Genius is one percent inspiration and 99 percent perspiration〜は、「天才は1%の才能と99%の努力だ」という訓話的なメッセージとして有名だ。才能だけではなく、努力をしなければいけないよ、という意味で。けれど、このことばの解釈にはもうひとつ、「1%のひらめきがなければ、99%の努力はムダだ」というものがある。ことばの解釈は人によって違っても構わない。ことばは発した人から離れた瞬間に、それを受け取る側のものになる。真意と違っていれば訂正の必要はあるが。このメッセージをどう捉えるかによって、その人の人生の捉え方が分かるのかもしれない。
才能とは、生まれながらに持った資質でもあり、訓練によって得られた能力でもある。確かに、努力によって（程度の差はあれ）能力は得られる。けれど、生まれ持った資質は人によって大きく異なる。人に優劣があるという意味ではなく、得意な領域が人によって違うという意味で。そして、埋もれた才能と言う呼ばれ方があるように、持ち得た才能を発揮しきれないままの人がいる。というよりは、スポットライトの当たらない才能の方が多いのかもしれない。自ら選んだ領域で能力を発揮できるか、結果が出せるかどうかは、継続できるかどうかという本人の努力と、継続させてあげられるかという周囲の（経済的・精神的）環境に因ることが多い。
「クリスマスって何してる？忙しいよね？」ご近所の高級住宅街に住むスカッシュ仲間からのお誘い。「え？Sちゃんのコンサート？OK！行くよ！」クリスマスの午後、お気楽夫婦は杉並にある小さなホールに向った。「ダメです。もう吐きそう」開演前のSちゃんを訪ねると、いつもの笑顔はなく、緊張で顔が強ばっている。君のお母さんだって、スカッシュの試合の前は吐きそうだって言ってるよ。アドバイスにもなっていない声を掛ける。サロンのような温かな雰囲気の中、ピアノ、ヴァイオリン、チェロの3人のコンサートが始まった。最初は緊張していたSちゃんも、次第に解れてきた。4歳から始めたヴァイオリン。素人であるお気楽夫婦が聴いても、そのレベルは高いのが分かる。音楽大学の同級生だと言うピアノも、チェロも、心震える程の技巧。音。表現力。小さな会場ならではの迫力ある演奏を前に、人の才能について思いを馳せた。
音楽やスポーツ、芸能の世界のマーケットは大きい。けれど、“富”は集中している。才能ある大集団が、幾多の選別の機会を乗り越え、絞り込まれる。そして、その中でもさらに機会に恵まれ、チャンスを掴んだ者だけが世の中に出る。そして、登場と退場が果てしなく繰り返され、ごく僅かな才能だけが巨大な富を獲得する。その富とは、名声であり、評価であり、報酬でもある。演奏家と言われる人たちが、音楽の世界で生活をする＝報酬を得る道は険しい。彼ら3人の演奏は素晴らしい。それぞれがコンクールでいくつかの賞を得ている。けれど、音大3年生の彼らが、これから音楽で報酬を得ることは並大抵のことではないだろう。楽団に入る、演奏を教える、音楽家として独立する選択肢は多くはない。けれど、趣味で終えてしまうレベルでは余りに惜しい彼らの才能は、どこに向えば良いのだろう。
「第2部は可愛かったって、IGAIGAぁ、第2部だけ？」演奏を聴きに行った仲間たちと乾杯をした酒の余りの美味しさに、2次会に彼らのご自宅にお邪魔した。自らも別の会場で演奏をしてきたというSちゃんの父親が不満げな声を上げる。第1部は緊張してたけど、休憩を挟んだ後のSちゃんは可愛かったという私の報告に対する反論。親バカである。けれど、彼の音楽への愛情が、娘への愛情が、娘の才能を育てた。娘の努力を生んだ。幸せな親娘。幸福な家族。才能を磨き、努力を重ね、ここまでやってきた。後はどんな結果が彼女を待っているのか。「どんな道に進むか分かんないけど、Sちゃんのことはずっと応援するよ♬」妻のお気楽スタンス発言。まぁ、そんなところだね。
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			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/01/Sena-Mari.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5026" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/01/Sena-Mari-100x133.jpg" alt="Sena &amp; Mari" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">発</span></strong></span>明王として知られるエジソンのことば、〜Genius is one percent inspiration and 99 percent perspiration〜は、「天才は1%の才能と99%の努力だ」という訓話的なメッセージとして有名だ。才能だけではなく、努力をしなければいけないよ、という意味で。けれど、このことばの解釈にはもうひとつ、「1%のひらめきがなければ、99%の努力はムダだ」というものがある。ことばの解釈は人によって違っても構わない。ことばは発した人から離れた瞬間に、それを受け取る側のものになる。真意と違っていれば訂正の必要はあるが。このメッセージをどう捉えるかによって、その人の人生の捉え方が分かるのかもしれない。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/01/SK-Hall.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5027" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/01/SK-Hall-100x133.jpg" alt="SK Hall" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff6600">才</span></strong></span>能とは、生まれながらに持った資質でもあり、訓練によって得られた能力でもある。確かに、努力によって（程度の差はあれ）能力は得られる。けれど、生まれ持った資質は人によって大きく異なる。人に優劣があるという意味ではなく、得意な領域が人によって違うという意味で。そして、埋もれた才能と言う呼ばれ方があるように、持ち得た才能を発揮しきれないままの人がいる。というよりは、スポットライトの当たらない才能の方が多いのかもしれない。自ら選んだ領域で能力を発揮できるか、結果が出せるかどうかは、継続できるかどうかという本人の努力と、継続させてあげられるかという周囲の（経済的・精神的）環境に因ることが多い。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/01/junpei.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5028" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/01/junpei-100x133.jpg" alt="junpei" width="100" height="133" /></a>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">ク</span></strong></span>リスマスって何してる？忙しいよね？」ご近所の<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2007/12/23/369/" target="_blank">高級住宅街に住むスカッシュ仲間</a>からのお誘い。「え？Sちゃんのコンサート？OK！行くよ！」クリスマスの午後、お気楽夫婦は杉並にある小さなホールに向った。「ダメです。もう吐きそう」開演前のSちゃんを訪ねると、いつもの笑顔はなく、緊張で顔が強ばっている。君のお母さんだって、スカッシュの試合の前は吐きそうだって言ってるよ。アドバイスにもなっていない声を掛ける。サロンのような温かな雰囲気の中、ピアノ、ヴァイオリン、チェロの3人のコンサートが始まった。最初は緊張していたSちゃんも、次第に解れてきた。4歳から始めたヴァイオリン。素人であるお気楽夫婦が聴いても、そのレベルは高いのが分かる。音楽大学の同級生だと言うピアノも、チェロも、心震える程の技巧。音。表現力。小さな会場ならではの迫力ある演奏を前に、人の才能について思いを馳せた。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/01/score.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-5031" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2011/01/score-100x133.jpg" alt="score" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">音</span></strong></span>楽やスポーツ、芸能の世界のマーケットは大きい。けれど、“富”は集中している。才能ある大集団が、幾多の選別の機会を乗り越え、絞り込まれる。そして、その中でもさらに機会に恵まれ、チャンスを掴んだ者だけが世の中に出る。そして、登場と退場が果てしなく繰り返され、ごく僅かな才能だけが巨大な富を獲得する。その富とは、名声であり、評価であり、報酬でもある。演奏家と言われる人たちが、音楽の世界で生活をする＝報酬を得る道は険しい。彼ら3人の演奏は素晴らしい。それぞれがコンクールでいくつかの賞を得ている。けれど、音大3年生の彼らが、これから音楽で報酬を得ることは並大抵のことではないだろう。楽団に入る、演奏を教える、音楽家として独立する選択肢は多くはない。けれど、趣味で終えてしまうレベルでは余りに惜しい彼らの才能は、どこに向えば良いのだろう。</p>
<p>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #800080">第</span></strong></span>2部は可愛かったって、IGAIGAぁ、第2部だけ？」演奏を聴きに行った仲間たちと乾杯をした酒の余りの美味しさに、2次会に<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2010/12/12/4825/" target="_blank">彼らのご自宅</a>にお邪魔した。自らも別の会場で演奏をしてきたというSちゃんの父親が不満げな声を上げる。第1部は緊張してたけど、休憩を挟んだ後のSちゃんは可愛かったという私の報告に対する反論。親バカである。けれど、彼の音楽への愛情が、娘への愛情が、娘の才能を育てた。娘の努力を生んだ。幸せな親娘。幸福な家族。才能を磨き、努力を重ね、ここまでやってきた。後はどんな結果が彼女を待っているのか。「どんな道に進むか分かんないけど、Sちゃんのことはずっと応援するよ♬」妻のお気楽スタンス発言。まぁ、そんなところだね。</p>
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		<title>ベスト盤と音楽配信『いきものばかり』『The Beatles/1962-1966』</title>
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		<pubDate>Sun, 21 Nov 2010 00:57:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[CDが売れないらしい。ミリオンセラーのタイトルが減っている。音楽をレコードやCDというパッケージで購入する時代から、ダウンロードの時代に移行している。かつて、レコードからCDに移行した1980年代は、音源と録音媒体のデジタル化が並行して進行した時代でもあった。デジタル化の夜明け前、聴きたいアルバムを全て買うことはできないから、音質の良いFM放送の番組をカセットテープに録音した（エアチェックと呼ばれていた）。必死に『FM Fan』などのFM情報誌を買って楽曲をチェックしていた。曲の始まるタイミングを計り、息を殺して「REC」ボタンを押していた。ダビングがカンタンにできるダブルカセットのラジカセが人気だった。自分のセレクトした楽曲をオリジナルのベスト盤として編集していた。海岸線をドライブする時、スキーに行く時、彼女がウチに遊びに来た時、などというヴァージョンがあった。…お金はなかったけれど、時間と情熱だけはたっぷりあった。
10代の頃に比べれば、時間はないけれど、お金はある。そんなオトナも購入するのがベスト盤CD。気になるアーティストのオリジナルアルバムを買う程ではないけれど、耳に残った＝知っている楽曲が入っているベストアルバム。お気楽夫婦のCDラックにも、米米、ポルノ、hitomi、倖田來未、ZARD、一青窈、PRINCES×2、CHEMISTRY、スピッツなどなど、一貫性がないと言われても仕方ないラインナップが並ぶ。そんな2人のライブラリに新たなアーティストのベスト盤が加わった。いきものがかりの『いきものばかり』。正直に言えば、2006年のデビュー曲『SAKURA』は、ちょっとせつなく暗めの曲調が苦手だった。けれど、2008年の『ブルーバード』『気まぐれロマンティック』の明るめの曲調で、あれ？好きな曲かも…となり、2009年の15枚目のシングル『ジョイフル』で、2人揃ってお気に入りのアーティストになった。で、ベスト盤『いきものばかり』だが、…良いアルバムですよ、これ。やはりベスト盤はアーティストを深く知るきっかけであり入口。おススメ。
ところで、ベスト盤の中のベストは何かと尋ねられれば、ビートルズの赤盤と青盤！と答える。私にとって初めてのベスト盤であり、ビートルズとの出会いとなった『The Beatles/1962-1966』『 The beatles/1967-1970』だ。ビートルズ解散後の1973年に発売された2枚組。多感な10代だった私にとって、バイブルのようなアルバムだった。誰にとっても繰り返し繰り返し聴いたアルバムがあるはず。いわゆる“すり切れる程”聴いた1枚（2枚組×2セットだけど）だ。赤盤の1曲目デビューシングルの『LOVE ME DO』から、『PLEASE PLEASE ME』『FROM ME TO YOU』『SHE LOVES YOU』…と、このアルバムの収録順に楽曲を覚え、口ずさんだ。青盤の2枚目A面の『BACK IN THE U.S.S.R.』が終わり、一瞬の間の後に「Hey! Ya!」というジョンの掛け声と共に始まるピアノソロ、ゲストミュージシャンとしてギターソロを演奏したエリック・クラプトンの泣きのギターが大好きだった。その後、ほぼ全てのオリジナルアルバムを購入したけれど、このアルバムは別格。10代の頃の記憶も一緒に刻まれている1枚（2枚組×2セットだけど）。
この秋、その2枚組×2セットがリマスター音源盤で発売された。涙目になりながら即購入。発売された時と同じ（サイズは違うけれど）紙のジャケット。同じ場所で4人が写真に収まっているジャケットデザインも一緒。アップルレコードのA面：Apple、B面：Cut Appleのデザインも一緒。涙。そんな涙したオヤジが多かったらしく、赤盤、青盤ともオリコン・アルバムランキングで上位を獲得。そして、11月17日“Apple”のi-Tunesで、ビートルズの楽曲デジタル配信開始。配信早々のi-Tunesアルバムのチャート1位は赤盤。さすが！その上、ベスト20の中に10作品が入り、4位には『The Beatles Box Set』23,000円！がランク入り。購入した層が目に浮かぶ。
CDが売れないのは、音楽が売れないのではなく、音楽配信化されただけではなく、魅力あるアーティストがいないからだけでもなく、“きっかけ”がないだけでもある。身近に音のある生活は“楽”しい。ベスト盤という“きっかけ”でも良い、ずっと音楽が傍らにあって欲しい。「でね、もうCDがラックに入らないんだけど」と怒り気味の妻。そう、デジタル化は収納の悩みがある男を救い、同時にコレクターとしての男を滅ぼす。あぁ…（涙）。
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			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/11/Ikimonogakari.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-4686" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/11/Ikimonogakari-100x133.jpg" alt="Ikimonogakari" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">CD</span></strong></span>が売れないらしい。ミリオンセラーのタイトルが減っている。音楽をレコードやCDというパッケージで購入する時代から、ダウンロードの時代に移行している。かつて、レコードからCDに移行した1980年代は、音源と録音媒体のデジタル化が並行して進行した時代でもあった。デジタル化の夜明け前、聴きたいアルバムを全て買うことはできないから、音質の良いFM放送の番組をカセットテープに録音した（エアチェックと呼ばれていた）。必死に『FM Fan』などのFM情報誌を買って楽曲をチェックしていた。曲の始まるタイミングを計り、息を殺して「REC」ボタンを押していた。ダビングがカンタンにできるダブルカセットのラジカセが人気だった。自分のセレクトした楽曲をオリジナルのベスト盤として編集していた。海岸線をドライブする時、スキーに行く時、彼女がウチに遊びに来た時、などというヴァージョンがあった。…お金はなかったけれど、時間と情熱だけはたっぷりあった。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/11/ikimonobakari.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-4687" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/11/ikimonobakari-100x133.jpg" alt="ikimonobakari" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">10</span></strong></span>代の頃に比べれば、時間はないけれど、お金はある。そんなオトナも購入するのがベスト盤CD。気になるアーティストのオリジナルアルバムを買う程ではないけれど、耳に残った＝知っている楽曲が入っているベストアルバム。お気楽夫婦のCDラックにも、米米、ポルノ、hitomi、倖田來未、ZARD、一青窈、PRINCES×2、CHEMISTRY、スピッツなどなど、一貫性がないと言われても仕方ないラインナップが並ぶ。そんな2人のライブラリに新たなアーティストのベスト盤が加わった。いきものがかりの『いきものばかり』。正直に言えば、2006年のデビュー曲『SAKURA』は、ちょっとせつなく暗めの曲調が苦手だった。けれど、2008年の『ブルーバード』『気まぐれロマンティック』の明るめの曲調で、あれ？好きな曲かも…となり、2009年の15枚目のシングル『ジョイフル』で、2人揃ってお気に入りのアーティストになった。で、ベスト盤『いきものばかり』だが、…良いアルバムですよ、これ。やはりベスト盤はアーティストを深く知るきっかけであり入口。おススメ。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/11/The-Beatles-1962-1966.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-4689" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/11/The-Beatles-1962-1966-100x133.jpg" alt="The Beatles 1962-1966" width="100" height="133" /></a><span style="color: #ff0000"><span style="font-size: large"><strong>と</strong></span></span>ころで、ベスト盤の中のベストは何かと尋ねられれば、ビートルズの赤盤と青盤！と答える。私にとって初めてのベスト盤であり、ビートルズとの出会いとなった『The Beatles/1962-1966』『 The beatles/1967-1970』だ。ビートルズ解散後の1973年に発売された2枚組。多感な10代だった私にとって、バイブルのようなアルバムだった。誰にとっても繰り返し繰り返し聴いたアルバムがあるはず。いわゆる“すり切れる程”聴いた1枚（2枚組×2セットだけど）だ。赤盤の1曲目デビューシングルの『LOVE ME DO』から、『PLEASE PLEASE ME』『FROM ME TO YOU』『SHE LOVES YOU』…と、このアルバムの収録順に楽曲を覚え、口ずさんだ。青盤の2枚目A面の『BACK IN THE U.S.S.R.』が終わり、一瞬の間の後に「Hey! Ya!」というジョンの掛け声と共に始まるピアノソロ、ゲストミュージシャンとしてギターソロを演奏したエリック・クラプトンの泣きのギターが大好きだった。その後、ほぼ全てのオリジナルアルバムを購入したけれど、このアルバムは別格。10代の頃の記憶も一緒に刻まれている1枚（2枚組×2セットだけど）。</p>
<p><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/11/Apple.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-4690" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/11/Apple-100x133.jpg" alt="Apple" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff6600">こ</span></strong></span>の秋、その2枚組×2セットがリマスター音源盤で発売された。涙目になりながら即購入。発売された時と同じ（サイズは違うけれど）紙のジャケット。同じ場所で4人が写真に収まっているジャケットデザインも一緒。アップルレコードのA面：Apple、B面：Cut Appleのデザインも一緒。涙。そんな涙したオヤジが多かったらしく、赤盤、青盤ともオリコン・アルバムランキングで上位を獲得。そして、11月17日“Apple”のi-Tunesで、ビートルズの楽曲デジタル配信開始。配信早々のi-Tunesアルバムのチャート1位は赤盤。さすが！その上、ベスト20の中に10作品が入り、4位には『The Beatles Box Set』23,000円！がランク入り。購入した層が目に浮かぶ。</p>
<p><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">CD</span></strong></span>が売れないのは、音楽が売れないのではなく、音楽配信化されただけではなく、魅力あるアーティストがいないからだけでもなく、“きっかけ”がないだけでもある。身近に音のある生活は“楽”しい。ベスト盤という“きっかけ”でも良い、ずっと音楽が傍らにあって欲しい。「でね、もうCDがラックに入らないんだけど」と怒り気味の妻。そう、デジタル化は収納の悩みがある男を救い、同時にコレクターとしての男を滅ぼす。あぁ…（涙）。</p>
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		<title>K2Cライブ・ラブ「米米クラブ SUNRICE LIVE」</title>
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		<pubDate>Mon, 11 Jan 2010 01:58:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[スタジオで録音された音楽的に完成度の高いアルバムと、ライブの歓声や熱気が伝わってくるライブアルバム。ミュージシャンによって、聴く人によって、ファン度の高さによって好みは分かれる。Yes、ピンクフロイド、EL&#38;P、キング・クリムゾン、CAMELなどのプログレ（プログレッシブ・ロック）バンドは、スタジオ録音のアルバムが良いし、レッド・ツェッペリンは（スタジオ録音のアルバムももちろん）ライブアルバム「永遠の詩（狂熱のライブ）」も良いと個人的には思ってる。けれど、世の中のライブアルバムの人気上位にはYesの「Yes Songs」、EL&#38;P「展覧会の絵」などが入っている場合が多い。人の好みは千差万別である。いずれにしても、愛するミュージシャンがいて、その旬の時期にライブを聴くチャンスがあったなら、迷わず行くべし！ということだろう。
米米クラブというバンドがいた。いや、今も活動している。1980年代にライブを中心に活躍し、1990年代に「浪漫飛行」「君がいるだけで」がCMやドラマの主題歌となり大ヒットし、メジャーになった。1997年に解散、2006年に再結成。以前勤めていたエンタメ系の会社に、このバンドの大ファンの女性がいた。全国ツアーを共にし、北海道でも沖縄でも、どこにでも出かけて行った。言えば、追っかけ。デビュー当時からの熱烈なファン。カールスモーキー石井を「てっぺいちゃん」と呼び、ジェームス小野田と一緒の店で飲んだと言っては喜んでいた。人気が出過ぎて、シュークリームシュ（ダンサーチーム）の衣装を模し、振付けを真似るライブの傾向に憤っていた。けれど、数々の声援グッズを持っていた。そんな風に、ライブに行かなくても、彼女からの情報だけでそのライブの楽しさは伝わってきた。
「IGAさんも一度行ってみてください。絶対楽しめます♪」と言われ、行ってみたいと思っていた。けれど、当時はチケットがなかなか手に入らなかった。そして、解散から13年、再結成から4年、ようやくチャンスが巡ってきた。横浜アリーナで追加公演があるとの情報に、何気なく妻に行ってみようかと伝えたら、ある日「チケット取れたよ」と、あっさり。聞けば、K2C COUSIN（サポートメンバー）に、コータロー（竹下宏太郎）という振付兼ダンサーがいて、妻はコータローの所属する劇団（彼は「Piper」という劇団で芝居もやっている）の先行予約でチケットをGETしたらしい。グッジョブ♫「なぁんか、彼のブログを読んでいると、とってもライブが楽しそうなんだよねぇ」目を輝かせるコータローファンの妻。
ということで、ある週末、横浜アリーナに出かけたお気楽夫婦。ロビーにはトウが立った（失礼）シュークリームシュもどきの（元）お姉さん方が溢れている。K2Cファンは、コスプレの走り。会場内のコインロッカー前は、会場まで着て来た服を入れるナリキリファンたちで大賑わい。席はなんとセンター席の29列目。ステージが近い。周囲はとびきりのファンで一杯。ステージはカールスモーキー石井のMCで乗せられ、弄られ、1曲目からお揃いのボンボン（いつ取り出したんだ！）を手に一斉に踊り出す。ほぼ全員、振付けは完璧。「コータローのダンス、カッコいいね♪」確かに彼のダンスはキレがある。妻もコータローの姿を見様見まねでダンシング！思わず私も踊り出す。笑みが零れる。楽しいぃ♪途中のジェームス小野田コーナーの山本リンダメドレー、振付けはかつて教わって知っていた。これがやりたかったんだ！思わず小さくガッツポーズ。
「楽しかったねぇ♪脚が疲れちゃったけど」ステージは有無を言わせぬエンタテインメント。一緒に楽しもうというK2Cのメッセージとサービス精神が満ちあふれ、曲によって変わる数々のお揃いの声援グッズ（扇子、ハンカチ、ペンライトなど）を持参するファンは心底楽しんでいる。良いステージだ。良いライブだ。迷わず飛び込んでしまえば、初めてでも心から楽しめる。「何人かノリ切れないオジさんがいたけどね」と妻。とは言え、K2Cライブ、LOVE！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/K2C.jpg"><img class="size-thumbnail wp-image-2189 alignleft" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/K2C-100x133.jpg" alt="K2C" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">ス</span></strong></span>タジオで録音された音楽的に完成度の高いアルバムと、ライブの歓声や熱気が伝わってくるライブアルバム。ミュージシャンによって、聴く人によって、ファン度の高さによって好みは分かれる。Yes、ピンクフロイド、EL&amp;P、キング・クリムゾン、CAMELなどのプログレ（プログレッシブ・ロック）バンドは、スタジオ録音のアルバムが良いし、レッド・ツェッペリンは（スタジオ録音のアルバムももちろん）ライブアルバム「永遠の詩（狂熱のライブ）」も良いと個人的には思ってる。けれど、世の中のライブアルバムの人気上位にはYesの「Yes Songs」、EL&amp;P「展覧会の絵」などが入っている場合が多い。人の好みは千差万別である。いずれにしても、愛するミュージシャンがいて、その旬の時期にライブを聴くチャンスがあったなら、迷わず行くべし！ということだろう。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/ベスト.jpg"><img class="size-thumbnail wp-image-2190 alignleft" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/ベスト-100x133.jpg" alt="ベスト" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">米</span></strong></span>米クラブというバンドがいた。いや、今も活動している。1980年代にライブを中心に活躍し、1990年代に「浪漫飛行」「君がいるだけで」がCMやドラマの主題歌となり大ヒットし、メジャーになった。1997年に解散、2006年に再結成。以前勤めていたエンタメ系の会社に、このバンドの大ファンの女性がいた。全国ツアーを共にし、北海道でも沖縄でも、どこにでも出かけて行った。言えば、追っかけ。デビュー当時からの熱烈なファン。カールスモーキー石井を「てっぺいちゃん」と呼び、ジェームス小野田と一緒の店で飲んだと言っては喜んでいた。人気が出過ぎて、シュークリームシュ（ダンサーチーム）の衣装を模し、振付けを真似るライブの傾向に憤っていた。けれど、数々の声援グッズを持っていた。そんな風に、ライブに行かなくても、彼女からの情報だけでそのライブの楽しさは伝わってきた。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/横浜アリーナ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2192" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/横浜アリーナ-100x133.jpg" alt="横浜アリーナ" width="100" height="133" /></a>「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">IGA</span></strong></span>さんも一度行ってみてください。絶対楽しめます♪」と言われ、行ってみたいと思っていた。けれど、当時はチケットがなかなか手に入らなかった。そして、解散から13年、再結成から4年、ようやくチャンスが巡ってきた。横浜アリーナで追加公演があるとの情報に、何気なく妻に行ってみようかと伝えたら、ある日「チケット取れたよ」と、あっさり。聞けば、K2C COUSIN（サポートメンバー）に、<a href="http://ip.tosp.co.jp/i.asp?I=KOUTAROO" target="_blank">コータロー</a>（竹下宏太郎）という振付兼ダンサーがいて、妻はコータローの所属する劇団（彼は「Piper」という劇団で芝居もやっている）の先行予約でチケットをGETしたらしい。グッジョブ♫「なぁんか、彼のブログを読んでいると、とってもライブが楽しそうなんだよねぇ」目を輝かせるコータローファンの妻。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/ポスター.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2191" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/ポスター-100x133.jpg" alt="ポスター" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000">と</span></strong></span>いうことで、ある週末、横浜アリーナに出かけたお気楽夫婦。ロビーにはトウが立った（失礼）シュークリームシュもどきの（元）お姉さん方が溢れている。K2Cファンは、コスプレの走り。会場内のコインロッカー前は、会場まで着て来た服を入れるナリキリファンたちで大賑わい。席はなんとセンター席の29列目。ステージが近い。周囲はとびきりのファンで一杯。ステージはカールスモーキー石井のMCで乗せられ、弄られ、1曲目からお揃いのボンボン（いつ取り出したんだ！）を手に一斉に踊り出す。ほぼ全員、振付けは完璧。「コータローのダンス、カッコいいね♪」確かに彼のダンスはキレがある。妻もコータローの姿を見様見まねでダンシング！思わず私も踊り出す。笑みが零れる。楽しいぃ♪途中のジェームス小野田コーナーの山本リンダメドレー、振付けはかつて教わって知っていた。これがやりたかったんだ！思わず小さくガッツポーズ。</p>
<p style="text-align: left">「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">楽</span></strong></span>しかったねぇ♪脚が疲れちゃったけど」ステージは有無を言わせぬエンタテインメント。一緒に楽しもうというK2Cのメッセージとサービス精神が満ちあふれ、曲によって変わる数々のお揃いの声援グッズ（扇子、ハンカチ、ペンライトなど）を持参するファンは心底楽しんでいる。良いステージだ。良いライブだ。迷わず飛び込んでしまえば、初めてでも心から楽しめる。「何人かノリ切れないオジさんがいたけどね」と妻。とは言え、K2Cライブ、LOVE！</p>
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		<title>ロックの季節・年越しライブ「PANTA」</title>
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		<pubDate>Sun, 10 Jan 2010 12:54:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[70年代の終わりから80年代の初め、新年の始まりは浅草で迎えていた。浅草寺に初詣に行っていた、訳ではなく「ニューイヤー ロックフェス」という年越しロックイベントで新年を迎えるのが恒例だった。当時は（今はなくなってしまった）浅草国際劇場で開催されていた、大晦日から元旦の朝までのロングライブ。毎年女の子を誘って、ビールを飲みながら夜通し声を上げ、こぶしを振り上げて迎えた新年。ある年は、一緒に行った女の子の母親が作ってくれたお節料理（重箱に入った）を持ち込んで、会場で食べながら迎えた。涙が出る程嬉しくて、美味しかったのだけれど、途中休憩で席を外した途端に重箱ごと盗まれてしまい、涙が出る程哀しかった。そんなたっぷりの記憶と共に思い出す・・・ん、思い出せない（汗）出演アーティスト。そこでググって驚いた。正確に出演者が分かるのだ！ネットワーク社会に感謝。
ちなみに、この内田裕也プレゼンツのイベントは現在も会場や形態を変えて継続開催中。銀座博品館劇場で開催された2009-2010で37回目だという。私が行った1979-1980 7thの主な参加アーティストは、ダウンタウンブギウギバンド、桑名正博＆Tear Drops、柳ジョ−ジ＆レイニーウッド、ジョニー大倉 ＆ VACATION CLUB、アン・ルイス＆ブラッドショット、力也 ＆ CROCODILE、BORO、ヒカシュー、ＲＣサクセション、SHEENA &#38; THE ROKKETS、ハウンド・ドッグなど錚々たるメンバー。そして、1980-1981には前年の主要メンバーに加え、PANTA＆HAL、シャネルズ、上田正樹、BORO、白竜、めんたんぴん、J.WALK、もんた＆ブラザース、ザ・ロッカーズ、萩原健一、松田優作 ＆エディ藩グループなどの名前が。今思い返せば、落涙もの。ロックの季節だった。
そこにお目当てのバンドがいた。PANTA ＆ HAL。伝説のバンド「頭脳警察」のヴォーカル、PANTAが率いるロックバンドだ。1975年に頭脳警察は解散。その解散ライブを行った屋根裏（西武の隣にあった）で、初めてPANTAを聴いた時の衝撃。以降、彼の出演するライブを観まくった。「世界革命宣言」「銃をとれ」「ふざけるんじゃねぇよ」などと過激なタイトルに現れるように、極めてラジカルだった。1971年の日劇ウェスタンカーニバルでのステージはパフォーマンスとしても極めてラジカルで、伝説になっていた。それから10年近く経ったその当時、依然として“かっこ良かった”。「マラッカ」「つれなのふりや」の煽るようなハードなナンバーも。「裸にされた街」の引き絞るようなバラードも。決して巧くはない、けれど華があった。過激なオーラがあった。いつもエネルギーの塊のようなステージだった。
そんな季節を忘れてしまっていた。年越し蕎麦を啜りながら、紅白歌合戦をのんびりと眺めながら、過ごす大晦日の夜。あんな季節を過ごしていた自分を忘れてしまっていた。音楽はBGMとして聴いている自分を自覚していた。ところがある日、忘れていたライブの興奮を久しぶりに思い出させる夜（詳しくは明日の記事で）を過ごした。そしてその記事をすぐに書く前に、書いておきたいことがあったと思い出した。それがPANTAだった。CDコレクションの奥にあったPANTAのアルバムを探して聴いてみた。「TKO NIGHT LIGHT」という1980年のライブアルバム。書斎に籠り、リビングにいる妻に聞こえないようにドアを閉める。音量を上げる。あの季節と変わらないPANTAが現れた。そして名曲「マーラーズ・パーラー&#8217;80」を聴いた瞬間に、私の身体が時空を超えた。こぶしを振り上げ、涙が零れそうになる。
「ふぅ〜ん」妻が関心なさそうに記事を読んでいる。「かぐや姫にいた人とは違うんだよね」はい、それは山田パンダですし。読書傾向だけではなく、妻と私の音楽嗜好も微妙に違う。
 
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/ノーケイ3.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2171" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/ノーケイ3-100x133.jpg" alt="ノーケイ3" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff0000">70</span></strong></span>年代の終わりから80年代の初め、新年の始まりは浅草で迎えていた。浅草寺に初詣に行っていた、訳ではなく「ニューイヤー ロックフェス」という年越しロックイベントで新年を迎えるのが恒例だった。当時は（今はなくなってしまった）浅草国際劇場で開催されていた、大晦日から元旦の朝までのロングライブ。毎年女の子を誘って、ビールを飲みながら夜通し声を上げ、こぶしを振り上げて迎えた新年。ある年は、一緒に行った女の子の母親が作ってくれたお節料理（重箱に入った）を持ち込んで、会場で食べながら迎えた。涙が出る程嬉しくて、美味しかったのだけれど、途中休憩で席を外した途端に重箱ごと盗まれてしまい、涙が出る程哀しかった。そんなたっぷりの記憶と共に思い出す・・・ん、思い出せない（汗）出演アーティスト。そこでググって驚いた。<a href="http://www.nywrf.net/00/appear.html" target="_blank">正確に出演者が分かる</a>のだ！ネットワーク社会に感謝。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/PANTAHAL.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2172" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/PANTAHAL-100x133.jpg" alt="PANTA&amp;HAL" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">ち</span></strong></span>なみに、この内田裕也プレゼンツのイベントは現在も会場や形態を変えて継続開催中。銀座博品館劇場で開催された2009-2010で37回目だという。私が行った1979-1980 7thの主な参加アーティストは<span style="color: #000000">、ダウンタウンブギウギバンド、桑名正博＆Tear Drops、柳ジョ−ジ＆レイニーウッド、ジョニー大倉 ＆ VACATION CLUB、アン・ルイス＆ブラッドショット、力也 ＆ CROCODILE、BORO、ヒカシュー、ＲＣサクセション、SHEENA &amp; THE ROKKETS、ハウンド・ドッグなど錚々たるメンバー。そして、1980-1981には前年の主要メンバーに加え、PANTA＆HAL、シャネルズ、上田正樹、BORO、白竜、めんたんぴん、J.WALK、もんた＆ブラザース、ザ・ロッカーズ、萩原健一、松田優作 ＆エディ藩グループなどの名前が。今思い返せば、落涙もの。ロックの季節だった。</span></p>
<p style="text-align: left"><span style="color: #000000"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/ノーケイ７.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2176" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/ノーケイ７-100x133.jpg" alt="ノーケイ７" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #800080">そ</span></strong></span>こにお目当てのバンドがいた。PANTA ＆ HAL。伝説のバンド「頭脳警察」のヴォーカル、PANTAが率いるロックバンドだ。1975年に頭脳警察は解散。その解散ライブを行った屋根裏（西武の隣にあった）で、初めてPANTAを聴いた時の衝撃。以降、彼の出演するライブを観まくった。「世界革命宣言」「銃をとれ」「ふざけるんじゃねぇよ」などと過激なタイトルに現れるように、極めてラジカルだった。1971年の日劇ウェスタンカーニバルでのステージはパフォーマンスとしても極めてラジカルで、伝説になっていた。それから10年近く経ったその当時、依然として“かっこ良かった</span><span style="color: #000000">”</span><span style="color: #000000">。「マラッカ」「つれなのふりや」の煽るようなハードなナンバーも。「裸にされた街」の引き絞るようなバラードも。決して巧くはない、けれど華があった。過激なオーラがあった。いつもエネルギーの塊のようなステージだった。</span></p>
<p style="text-align: left"><span style="color: #000000"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/パンタ＆トシ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-2174" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2010/01/パンタ＆トシ-100x133.jpg" alt="パンタ＆トシ" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">そ</span></strong></span>んな季節を忘れてしまっていた。年越し蕎麦を啜りながら、紅白歌合戦をのんびりと眺めながら、過ごす大晦日の夜。あんな季節を過ごしていた自分を忘れてしまっていた。音楽はBGMとして聴いている自分を自覚していた。ところがある日、忘れていたライブの興奮を久しぶりに思い出させる夜</span><span style="color: #000000">（詳しくは明日の記事で）</span><span style="color: #000000">を過ごした。そしてその記事をすぐに書く前に、書いておきたいことがあったと思い出した。それがPANTAだった。CDコレクションの奥にあったPANTAのアルバムを探して聴いてみた。「TKO NIGHT LIGHT」という1980年のライブアルバム。書斎に籠り、リビングにいる妻に聞こえないようにドアを閉める。音量を上げる。あの季節と変わらないPANTAが現れた。そして名曲「マーラーズ・パーラー&#8217;80」を聴いた瞬間に、私の身体が時空を超えた。こぶしを振り上げ、涙が零れそうになる。</span></p>
<p style="text-align: left"><span style="color: #000000">「<strong><span style="color: #ff00ff"><span style="font-size: large">ふ</span></span></strong>ぅ〜ん」妻が関心なさそうに記事を読んでいる。「かぐや姫にいた人とは違うんだよね」はい、それは山田パンダですし。読書傾向だけではなく、妻と私の音楽嗜好も微妙に違う。<br />
 </span></p>
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		<title>至上の楽器「絢香シンフォニックコンサート」</title>
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		<pubDate>Sat, 12 Sep 2009 05:54:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[夏休み直前のある夕方、お気楽夫婦は慌てふためいて国際フォーラムへ向かっていた。1週間の休みを前に片付けるべき仕事は山積。なのに2人の手にはコンサートのチケット。なんて奴らだと自分たちを嘲る。夏休み中にトラブルが起きることが心配だ。夏休みから帰ってきてからのリカバリーがたいへんだろう。ふぅ。でも、どうしても行っておきたかった。彼女の声を聴いておきたかった。アーティストの名前は「絢香」。水嶋ヒロとの結婚、バセドー病の発症、そして今年一杯で歌手活動の休業を宣言した記者会見。それをTVで観た時に、どうしても生のライブで、彼女の歌声を聴かなければと思った。（写真は当日のパンフレットより）
デビュー曲「I Believe」を初めて聴いた時、彼女の伸びやかで柔らかいのに力強い歌声に魅せられた。「三日月」を聴いた時にその歌詞に強く惹かれた。そして、コブクロとのコラボで「WINDING ROAD」を歌ったプロモーションビデオを何度も繰り返し観ながら一緒にTVの前で歌い、高校生だった姪と何度もカラオケでデュエットした。何よりも歌うのが楽しそうだった。自分の声を自在に操り、メロディを奏でることが嬉しそうだった。あるTV番組で同い年のフィギアスケートの安藤美姫と仲が良く、安藤美姫がリンクに出る前は絢香の「I Believe」を聴いているというエピソードも印象的だった。そんな絢香を聴いておきたかった。
東京シティ・フィルハーモニック・オーケストラの演奏する「I Believe」で開演。そして絢香が登場。フルオーケストラの前で歌うことは誰にでもできることではないことを実感する。歌声が、歌唱力が、オーケストラに負けず、馴染み、ひとつの楽器となっていく。どんな楽器にも創れない絢香の「声」という楽器。一部は「三日月」で終了。二部は「おかえり」から始まった。「ありがとう」「みんな空の下」と続く。病気のことは一言も触れず、こうなりたいとずっと思い続ければ夢は叶うというエピソードを語る。そして圧巻は最後の曲「I Believe」。ピアノ演奏だけ、マイクなしの「I Believe」。シーンと静まり返る会場。広い東京国際フォーラムの隅々まで絢香の歌声が響き、その思いが伝わる。肌が粟立つ。涙が出そうになる。この1曲が聴けただけでもこの場所に来た甲斐があった。究極の、至上の楽器。
♪ 目の前にある　自分の進むべき　 道はどれか♪・・・「I Believe」にこんな歌詞がある。♪ずっと一緒にいた　二人で歩いた一本道　  二つに分かれて　別々の方歩いてく♪これは「三日月」の歌詞の一部。そしてコブクロとの「WINDING ROAD」。絢香はずっと「道」を意識してきたのかもしれない。歌うことを止め、水嶋ヒロというパートナーと歩む道を選ぶ。バセドー病は完治できる病気らしい。しかし、甲状腺の病気ということもあり、体調管理はたいへんだろうし、1曲歌うだけでも辛いことがあるはず。東京国際フォーラムでのシンフォニックコンサートの後、8月22日の青森県でのライブは中止になったという。快復でき、その至上の楽器を携え、好きな歌の道に戻って来られることを祈るばかり。
「目の前にある、私の進むべき道は、生涯お気楽な道だね」・・・妻の答えは聞くまでもない。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/09/綾香.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1481" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/09/綾香-100x133.jpg" alt="綾香" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #0000ff">夏</span></strong></span>休み直前のある夕方、お気楽夫婦は慌てふためいて国際フォーラムへ向かっていた。1週間の休みを前に片付けるべき仕事は山積。なのに2人の手にはコンサートのチケット。なんて奴らだと自分たちを嘲る。夏休み中にトラブルが起きることが心配だ。夏休みから帰ってきてからのリカバリーがたいへんだろう。ふぅ。でも、どうしても行っておきたかった。彼女の声を聴いておきたかった。アーティストの名前は「絢香」。水嶋ヒロとの結婚、バセドー病の発症、そして今年一杯で歌手活動の休業を宣言した記者会見。それをTVで観た時に、どうしても生のライブで、彼女の歌声を聴かなければと思った。（写真は当日のパンフレットより）</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff6600">デ</span></strong></span>ビュー曲「I Believe」を初めて聴いた時、彼女の伸びやかで柔らかいのに力強い歌声に魅せられた。「三日月」を聴いた時にその歌詞に強く惹かれた。そして、コブクロとのコラボで「WINDING ROAD」を歌ったプロモーションビデオを何度も繰り返し観ながら一緒にTVの前で歌い、高校生だった姪と何度もカラオケでデュエットした。何よりも歌うのが楽しそうだった。自分の声を自在に操り、メロディを奏でることが嬉しそうだった。あるTV番組で同い年のフィギアスケートの安藤美姫と仲が良く、安藤美姫がリンクに出る前は絢香の「I Believe」を聴いているというエピソードも印象的だった。そんな絢香を聴いておきたかった。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/09/綾香メッセージ.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1483" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/09/綾香メッセージ-100x133.jpg" alt="綾香メッセージ" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #008000">東</span></strong></span>京シティ・フィルハーモニック・オーケストラの演奏する「I Believe」で開演。そして絢香が登場。フルオーケストラの前で歌うことは誰にでもできることではないことを実感する。歌声が、歌唱力が、オーケストラに負けず、馴染み、ひとつの楽器となっていく。どんな楽器にも創れない絢香の「声」という楽器。一部は「三日月」で終了。二部は「おかえり」から始まった。「ありがとう」「みんな空の下」と続く。病気のことは一言も触れず、こうなりたいとずっと思い続ければ夢は叶うというエピソードを語る。そして圧巻は最後の曲「I Believe」。ピアノ演奏だけ、マイクなしの「I Believe」。シーンと静まり返る会場。広い東京国際フォーラムの隅々まで絢香の歌声が響き、その思いが伝わる。肌が粟立つ。涙が出そうになる。この1曲が聴けただけでもこの場所に来た甲斐があった。究極の、至上の楽器。</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #ff00ff">♪</span></strong></span> 目の前にある　自分の進むべき　 道はどれか♪・・・「I Believe」にこんな歌詞がある。♪ずっと一緒にいた　二人で歩いた一本道　  二つに分かれて　別々の方歩いてく♪これは「三日月」の歌詞の一部。そしてコブクロとの「WINDING ROAD」。絢香はずっと「道」を意識してきたのかもしれない。歌うことを止め、水嶋ヒロというパートナーと歩む道を選ぶ。バセドー病は完治できる病気らしい。しかし、甲状腺の病気ということもあり、体調管理はたいへんだろうし、1曲歌うだけでも辛いことがあるはず。東京国際フォーラムでのシンフォニックコンサートの後、8月22日の青森県でのライブは中止になったという。快復でき、その至上の楽器を携え、好きな歌の道に戻って来られることを祈るばかり。</p>
<p style="text-align: left">「<span style="font-size: large"><strong><span style="color: #333333">目</span></strong></span>の前にある、私の進むべき道は、生涯お気楽な道だね」・・・妻の答えは聞くまでもない。</p>
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		<title>オールド・フレンズ「サイモン＆ガーファンクル」</title>
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		<pubDate>Sat, 18 Jul 2009 10:44:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[◆微笑みの風景]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[中学時代、英語の先生が何枚かのアルバムを私に貸してくれた。サイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」「サウンド・オブ・サイレンス」だった。新卒だったその先生からは、自分の読み終えた『リーダース・ダイジェスト』を大量にいただいた。田舎育ちの中学生にとって、それがアメリカ文化との出会いだった。円は固定相場で360円の時代。海外旅行もまだまだ一般的ではなく、アメリカは海の向こうの遠い遠い国だった。今思えば、その先生は学生時代、ビートルズやサイモン＆ガーファンクルを聴き、『卒業』『俺たちに明日はない』『いちご白書』などを観たであろう団塊の世代。私はそれらを追体験した世代。彼女から借りたサイモン＆ガーファンクル（S&#38;G）がその追体験の最初の一歩となった。
アルバムには『卒業』のサウンド・トラックで使われた「ミセス・ロビンソン」「サウンド・オブ・サイレンス」「スカボロー・フェア」など、今ではスタンダード・ナンバーになっている曲が多く、私も聴いたことはあった。しかし、例えばスカボロー・フェアの「パセリ、セージ、ローズマリー &#38; タイム…」という歌詞の、（それがハーブの名前だと知っても）パセリ以外は見たこともなかった。そんな時代。初めての海外アーティストとの、そしてフォークロックとの出会い。素朴な田舎の中学生は、繊細なサウンド、S&#38;G２人のの絶妙なハーモニーにすっかり魅せられた。かと言って自分でアルバムを買う小遣いもなく、ラジオから流れるリクエスト曲に耳を傾けるしかなかった。（リクエストはがきを送り、初めて読んでもらったのが「冬の散歩道」だった）S&#38;Gは、私の音楽遍歴の出発点だった。
それ以降、（年代盤の発売をきっかけに）遅れてやって来たビートルズ、好きだった女の子の影響で好きになったレッド・ツェッペリン、プログレッシブ・ロックが好きになった頃はイエス、キングクリムゾン、EL&#38;P、キャメルなどなど、音楽遍歴の旅は続いた。そんなある日、S&#38;G来日との情報。初来日は解散12年後の1982年。再結成した後のこと。そしてその後の来日公演もわすか1回。今回は3度目の、そしておそらく最後の公演。行っておきたい。「え？誰？良く知らない」ハミングで何曲か歌ってあげると「あぁ、みんな知ってるねぇ」むむ。「行っても良いけど、きっと寝るかも」妻のノリは今イチ。ポール・サイモンは民族音楽系のアーティストだと思っていたらしい。しかし。隣で眠られても良い。行っておきたい。
公演当日。アリーナ席が取れてしまった「ポリス」公演の轍を踏むまいと、ずっと座って聴けるように敢えてA席の2階スタンド席をゲット。生ビールも買込んで準備万端。見渡せば白髪交じりの先輩諸氏で会場は満員。装飾性もほとんどないシンプルなステージ。ん、それで良い。最初の曲は「オールド・フレンズ」だ。天使の歌声と言われたアート・ガーファンクルの澄んだ声が会場に響く。続いて思い出の「冬の散歩道」、そして「アイアム・ア・ロック」…不意に涙腺が緩み、凝視していたステージ横のスクリーンの映像が滲む。なんだろう、この涙は。懐かしい友人に久しぶりに会った、そんな感覚。妻はと隣を見ると、こくんと頷く。じゃなく、寝とる…。まぁ、心地良さげだし、放っておこう。
ステージでは『卒業』の映像に続き、「ミセス・ロビンソン」が。ふぅ。甘酸っぱい記憶が蘇る。「コンドルは飛んで行く」の後は、S&#38;G交互にソロナンバーを披露。そして「明日に架ける橋」、アンコールに「サウンド・オブ・サイレンス」「ボクサー」と続き、最終曲「セシリア」で締め。妻も目覚めて手拍子を取っている。思わず笑顔になる満足のステージだ。
♪今から何年も先  ひっそりと公園のベンチに座る  僕らの姿を想像できるかい？  70歳になったら  どんなに妙な気がすることだろう♪  「OLD FRIENDS」より  訳：内田久美子
彼らも数年後には70歳（現在67歳）を迎える。きっと自分には70歳になる日などやって来ないと思って書いた詩なのかもしれない。…僕らはいったいどんな70歳を迎えるのだろう。「今と一緒で、お気楽に決まってるじゃない♪」と妻。ごもっともです。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e382b5e382a4e383a2e383b3e381a8e382ace383bce38395e382a1e383b3e382afe383ab.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1118" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e382b5e382a4e383a2e383b3e381a8e382ace383bce38395e382a1e383b3e382afe383ab-100x133.jpg" alt="ジャケット" width="100" height="133" /></a><span style="font-size: large"><span style="color: #eb13b7"><strong>中</strong></span></span>学時代、英語の先生が何枚かのアルバムを私に貸してくれた。サイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」「サウンド・オブ・サイレンス」だった。新卒だったその先生からは、自分の読み終えた『リーダース・ダイジェスト』を大量にいただいた。田舎育ちの中学生にとって、それがアメリカ文化との出会いだった。円は固定相場で360円の時代。海外旅行もまだまだ一般的ではなく、アメリカは海の向こうの遠い遠い国だった。今思えば、その先生は学生時代、ビートルズやサイモン＆ガーファンクルを聴き、『卒業』『俺たちに明日はない』『いちご白書』などを観たであろう団塊の世代。私はそれらを追体験した世代。彼女から借りたサイモン＆ガーファンクル（S&amp;G）がその追体験の最初の一歩となった。</p>
<p style="text-align: left"><span style="color: #3366ff"><span style="font-size: large"><strong>ア</strong></span></span>ルバムには『卒業』のサウンド・トラックで使われた「ミセス・ロビンソン」「サウンド・オブ・サイレンス」「スカボロー・フェア」など、今ではスタンダード・ナンバーになっている曲が多く、私も聴いたことはあった。しかし、例えばスカボロー・フェアの「パセリ、セージ、ローズマリー &amp; タイム…」という歌詞の、（それがハーブの名前だと知っても）パセリ以外は見たこともなかった。そんな時代。初めての海外アーティストとの、そしてフォークロックとの出会い。素朴な田舎の中学生は、繊細なサウンド、S&amp;G２人のの絶妙なハーモニーにすっかり魅せられた。かと言って自分でアルバムを買う小遣いもなく、ラジオから流れるリクエスト曲に耳を傾けるしかなかった。（リクエストはがきを送り、初めて読んでもらったのが「冬の散歩道」だった）S&amp;Gは、私の音楽遍歴の出発点だった。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e69db1e4baace38389e383bce383a0.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1119" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e69db1e4baace38389e383bce383a0-100x133.jpg" alt="東京ドーム" width="100" height="133" /></a><span style="color: #ff00ff"><span style="font-size: large"><strong>そ</strong></span></span>れ以降、（年代盤の発売をきっかけに）遅れてやって来たビートルズ、好きだった女の子の影響で好きになった<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2005/11/15/135/" target="_blank">レッド・ツェッペリン</a>、プログレッシブ・ロックが好きになった頃はイエス、キングクリムゾン、EL&amp;P、キャメルなどなど、音楽遍歴の旅は続いた。そんなある日、S&amp;G来日との情報。初来日は解散12年後の1982年。再結成した後のこと。そしてその後の来日公演もわすか1回。今回は3度目の、そしておそらく最後の公演。行っておきたい。「え？誰？良く知らない」ハミングで何曲か歌ってあげると「あぁ、みんな知ってるねぇ」むむ。「行っても良いけど、きっと寝るかも」妻のノリは今イチ。ポール・サイモンは民族音楽系のアーティストだと思っていたらしい。しかし。隣で眠られても良い。行っておきたい。</p>
<p style="text-align: left"><span style="color: #339966"><strong><span style="font-size: large">公</span></strong></span>演当日。アリーナ席が取れてしまった<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2008/02/16/385/" target="_blank">「ポリス」公演の轍</a>を踏むまいと、ずっと座って聴けるように敢えてA席の2階スタンド席をゲット。生ビールも買込んで準備万端。見渡せば白髪交じりの先輩諸氏で会場は満員。装飾性もほとんどないシンプルなステージ。ん、それで良い。最初の曲は「オールド・フレンズ」だ。天使の歌声と言われたアート・ガーファンクルの澄んだ声が会場に響く。続いて思い出の「冬の散歩道」、そして「アイアム・ア・ロック」…不意に涙腺が緩み、凝視していたステージ横のスクリーンの映像が滲む。なんだろう、この涙は。懐かしい友人に久しぶりに会った、そんな感覚。妻はと隣を見ると、こくんと頷く。じゃなく、寝とる…。まぁ、心地良さげだし、放っておこう。</p>
<p style="text-align: left"><span style="color: #800000"><span style="font-size: large"><strong>ス</strong></span></span>テージでは『卒業』の映像に続き、「ミセス・ロビンソン」が。ふぅ。甘酸っぱい記憶が蘇る。「コンドルは飛んで行く」の後は、S&amp;G交互にソロナンバーを披露。そして「明日に架ける橋」、アンコールに「サウンド・オブ・サイレンス」「ボクサー」と続き、最終曲「セシリア」で締め。妻も目覚めて手拍子を取っている。思わず笑顔になる満足のステージだ。</p>
<p style="text-align: left"><span style="color: #ff6600"><span style="font-size: large"><strong>♪</strong></span></span>今から何年も先  ひっそりと公園のベンチに座る  僕らの姿を想像できるかい？  70歳になったら  どんなに妙な気がすることだろう♪  「OLD FRIENDS」より  訳：内田久美子</p>
<p style="text-align: left"><span style="color: #0000ff"><span style="font-size: large"><strong>彼</strong></span></span>らも数年後には70歳（現在67歳）を迎える。きっと自分には70歳になる日などやって来ないと思って書いた詩なのかもしれない。…僕らはいったいどんな70歳を迎えるのだろう。「今と一緒で、お気楽に決まってるじゃない♪」と妻。ごもっともです。</p>
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		<title>アンニュイで冷汗ものの夜「コットンクラブ」</title>
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		<pubDate>Sun, 05 Jul 2009 13:39:11 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[◆学びの悦楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[ある日、仕事でご一緒しているノルウェー人社長にメールで尋ねられた。「IGAさんはジャズ好きですか？ノルウェーのシンガーでインガー・マリエって知ってますか？コットンクラブ行きませんか？」ジャズはあまり、というかほとんど聴かないです。インガーさん、名前はちょっと「IGAさん」に似ていて親しみが持てますが、知りません。コットンクラブも、ブルーノートも行ったことはないです。でも行ってみたいです。というような稚拙な英語でやり取りをした後に、妻にノルウェー人社長とのやり取りを頼んだ。何度かメールが行き来し（私にはCCで届き）ある夜、コットンクラブにご一緒することになった。
英語は聞き取れるが、話すのは苦手な典型的な日本人の私。ノルウェー人社長の日本語が最近上手くなってきたとは言え、ちょっと困った。会話は妻に任せようか。「えぇ〜っ、日本語でも口数が少ないのに、英語じゃ話題が提供できんよ」と妻。う〜む。そんな夫婦の会話があったことを知ってか知らずか、ノルウェー人社長の友人のフランス人社長がライブに同行することになった。大学受験はフランス語、学生時代に1ヶ月余りのパリ短期留学経験のある私。それを知っているノルウェー人社長が気を遣ったらしい。うぅ〜む、もっと困った。フランス語での会話など、数年に一度のフランス旅行の際にしかチャンスはない。日本語では口数が多いのに、無口な日本人になってしまいそうだ。
ライブ当日。その日のセカンドステージを観に行くことになった。会場のコットンクラブで待ち合わせ。ウェイティングスペースでメンバーが顔を合わせた。「Bon soir!Je m&#8217;appele Francois」ボンソワァ、ジュマペルIGA。ウエスクヴザビテオウジャポン？「J&#8217;habite en AKASAKA・・・」無難な会話でスタート。妻と2人の社長の会話の場合は英語、フランス人社長と私の会話はフランス語という一見インターナショナルな4人。妻はにこにこと相槌を打っているが、緊張のためかやや汗をかいている。私はと言えば久しぶりのフランス語会話で冷や汗たらたら。開場が押し、ウェイティングスペースでの会話は続く。ふぇ〜ん（涙）もう私の現在持っている全ては吐き尽くした。フランス語での会話は限界だぁ、と思ったタイミングで開場。ステージすぐ前のテーブルに陣取る。コンパクトでゴージャスで、ワクワク感が満ちている良い会場だ。
「IGAさんはぁ何飲みますか、何食べますかぁ？」ノルウエー人社長、私には日本語で話しかけてくれる。メニューは本格的でボリュームたっぷりなモノが多い。小食のお気楽夫婦はサラダとメインの2皿づつをオーダー。時間が押していることもあり、食べている途中でノルウェーの女性ヴォーカル、インガー・マリエが登場。キチンと美味しい料理だったのに、慌てて平らげる。ちょっと甘くセクシィな声、アンニュイな歌声。ピアノ、ベース、ドラムのトリオも良い感じ。ゲストのギタリストもなかなか聴かせてくれる。なかなか良いステージだった。「彼女の声、素敵ですね。cozyなステージでしたね♪」妻がきちんと会話をしている。日本語の会話よりも頑張っている感じ。ちっ、羨ましいぜ。自分の気持を英語で伝えられないもどかしさ。「あぁ、それは良かったですね♪」ノルウェー人社長が私を気遣い日本語で返してくれる。
音楽は歌詞が分からなくても楽しめるが、会話はそうはいかない。成田決心ではなく、ライブ決心。英会話を習おうか。「フランス語、話してたじゃない」と妻。フランス語では会話の相手がめったにいない。それも旅行会話程度。引退したら英会話とフランス語を習い直して、春にパリ、夏にタヒチ、秋にニューヨーク、冬にニュージーランド・・・なんて生活ができたら良いね♪「それには宝くじそろそろ当ててくんないとねっ！」よしっ、待っとれサマージャンボ！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e382b3e38383e38388e383b3e382afe383a9e38396.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1034" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e382b3e38383e38388e383b3e382afe383a9e38396-100x133.jpg" alt="コットンクラブ看板" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e382a4e383b3e382ace383bce3839ee383aae382a8.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1035" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e382a4e383b3e382ace383bce3839ee383aae382a8-100x133.jpg" alt="インガーマリエ" width="100" height="133" /></a><span style="color: #0000ff"><span style="font-size: large"><strong>あ</strong></span></span>る日、仕事でご一緒しているノルウェー人社長にメールで尋ねられた。「IGAさんはジャズ好きですか？ノルウェーのシンガーでインガー・マリエって知ってますか？コットンクラブ行きませんか？」ジャズはあまり、というかほとんど聴かないです。インガーさん、名前はちょっと「IGAさん」に似ていて親しみが持てますが、知りません。コットンクラブも、ブルーノートも行ったことはないです。でも行ってみたいです。というような稚拙な英語でやり取りをした後に、妻にノルウェー人社長とのやり取りを頼んだ。何度かメールが行き来し（私にはCCで届き）ある夜、コットンクラブにご一緒することになった。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e585a5e58fa3.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1036" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e585a5e58fa3-100x133.jpg" alt="コットンクラブへの通路" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e382a6e382a7e382a4e38386e382a3e383b3e382b0e382b9e3839ae383bce382b9.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1037" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e382a6e382a7e382a4e38386e382a3e383b3e382b0e382b9e3839ae383bce382b9-100x133.jpg" alt="ウェイティングスペース" width="100" height="133" /></a><span style="color: #cc99ff"><span style="font-size: large"><strong>英</strong></span></span>語は聞き取れるが、話すのは苦手な典型的な日本人の私。ノルウェー人社長の日本語が最近上手くなってきたとは言え、ちょっと困った。会話は妻に任せようか。「えぇ〜っ、日本語でも口数が少ないのに、英語じゃ話題が提供できんよ」と妻。う〜む。そんな夫婦の会話があったことを知ってか知らずか、ノルウェー人社長の友人のフランス人社長がライブに同行することになった。大学受験はフランス語、学生時代に1ヶ月余りのパリ短期留学経験のある私。それを知っているノルウェー人社長が気を遣ったらしい。うぅ〜む、もっと困った。フランス語での会話など、数年に一度のフランス旅行の際にしかチャンスはない。日本語では口数が多いのに、無口な日本人になってしまいそうだ。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e5aea2e5b8ade585a8e699af.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1038" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e5aea2e5b8ade585a8e699af-100x133.jpg" alt="会場全景" width="100" height="133" /></a><span style="color: #ff9900"><span style="font-size: large"><strong>ラ</strong></span></span>イブ当日。その日のセカンドステージを観に行くことになった。会場のコットンクラブで待ち合わせ。ウェイティングスペースでメンバーが顔を合わせた。「Bon soir!Je m&#8217;appele Francois」ボンソワァ、ジュマペルIGA。ウエスクヴザビテオウジャポン？「J&#8217;habite en AKASAKA・・・」無難な会話でスタート。妻と2人の社長の会話の場合は英語、フランス人社長と私の会話はフランス語という一見インターナショナルな4人。妻はにこにこと相槌を打っているが、緊張のためかやや汗をかいている。私はと言えば久しぶりのフランス語会話で冷や汗たらたら。開場が押し、ウェイティングスペースでの会話は続く。ふぇ〜ん（涙）もう私の現在持っている全ては吐き尽くした。フランス語での会話は限界だぁ、と思ったタイミングで開場。ステージすぐ前のテーブルに陣取る。コンパクトでゴージャスで、ワクワク感が満ちている良い会場だ。</p>
<p style="text-align: left"><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e9b4a8e381aee382b3e383b3e38395e382a3.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1039" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e9b4a8e381aee382b3e383b3e38395e382a3-100x133.jpg" alt="鴨のコンフィ" width="100" height="133" /></a><a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e383a9e383a0e382b9e38386e383bce382ad.jpg"><img class="alignleft size-thumbnail wp-image-1040" src="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/files/2009/07/e383a9e383a0e382b9e38386e383bce382ad-100x133.jpg" alt="ラムステーキ" width="100" height="133" /></a>「<strong><span style="font-size: large"><span style="color: #339966">IGA</span></span></strong>さんはぁ何飲みますか、何食べますかぁ？」ノルウエー人社長、私には日本語で話しかけてくれる。メニューは本格的でボリュームたっぷりなモノが多い。小食のお気楽夫婦はサラダとメインの2皿づつをオーダー。時間が押していることもあり、食べている途中でノルウェーの女性ヴォーカル、インガー・マリエが登場。キチンと美味しい料理だったのに、慌てて平らげる。ちょっと甘くセクシィな声、アンニュイな歌声。ピアノ、ベース、ドラムのトリオも良い感じ。ゲストのギタリストもなかなか聴かせてくれる。なかなか良いステージだった。「彼女の声、素敵ですね。cozyなステージでしたね♪」妻がきちんと会話をしている。日本語の会話よりも頑張っている感じ。ちっ、羨ましいぜ。自分の気持を英語で伝えられないもどかしさ。「あぁ、それは良かったですね♪」ノルウェー人社長が私を気遣い日本語で返してくれる。</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: large"><strong><span style="color: #800080">音</span></strong></span>楽は歌詞が分からなくても楽しめるが、会話はそうはいかない。成田決心ではなく、ライブ決心。英会話を習おうか。「フランス語、話してたじゃない」と妻。フランス語では会話の相手がめったにいない。それも旅行会話程度。引退したら英会話とフランス語を習い直して、春にパリ、夏にタヒチ、秋にニューヨーク、冬にニュージーランド・・・なんて生活ができたら良いね♪「それには宝くじそろそろ当ててくんないとねっ！」よしっ、待っとれサマージャンボ！</p>
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		<title>みんなで踊ろう！歌おう？『マンマ・ミーア！』</title>
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		<pubDate>Sat, 21 Mar 2009 10:01:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[■感激の演劇]]></category>
		<category><![CDATA[■至福の映画]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[そのミュージカルは、合計5回観たことになる。汐留で3回、NYCで1回、そして六本木で1回。汐留は言わずもがなの劇団四季のステージ。電通四季劇場「海」のこけら落し公演。ミュージカルを観て、立ち上がって踊った初の体験。演出に文字通り踊らされたのかもしれないけれど、そこはABBA世代。ユーキャン ダァンス！ユーキャン ダァ〜ンス！と歌われればダァンスィング♪してしまう。仕方ない。2度目はご近所の友人夫妻を誘い、一緒に踊った。友人（夫）に「IGAさん、真っ先に踊ってましたねぇ」とか言われながら。そして、ロングラン公演も終わりだと聞いた頃、「マンマ・ミーア！」がすっかり気に入った彼らと一緒に再び汐留に向かった。名残惜しさを感じながら、3度目の公演でも立ち上がり、踊った。
4度目はNYCの友人夫妻と一緒に。当時、友人（夫）は人気のチケットを取るために、「日本からVIPが急に来ることになった。取れないと大変なことになる！」と無理やり（半ば脅して？）チケットをゲットしてくれた。さすがの英語力とネゴシエーション力。そして、シャイな日本人があれだけノリノリなんだから、ブロードウェーであれば、さぞや！と思って期待しながら劇場に向かった。さすがに4度目だし、ストーリーはばっちり。歌はもちろん問題なし。そして、エンディングだぁ。ダンスィング・クィーン！イェイ！…え！誰も立たない。踊らない。アラバマやらアイダホ（想像）から来ていた爺ちゃん、婆ちゃんたちは踊らなかった。踊れなかった。きっとABBAは知らなかったのだと思う。不完全燃焼。…それから5年。「マンマ・ミーア！」が映画化されたとのニュース。行かねば！
…と、思いながら映画館になかなか行けない日々が続いた。芝居と違って前もってチケットを予約する習慣がないため、行きそびれていた。そこに故郷に住む弟からメール。「娘が急遽東京に行くことになったんだけど、会場までエスコートしてもらえない？」ん？何？「皆で一緒にマンマ・ミーア！を観ながら映画館で歌おう！というイベントがあって…」何！楽しそうじゃないか！ところでなぜ娘（19歳）がABBAなの？マンマ・ミーア！なの？聞けば、中学の修学旅行で四季の「マンマ・ミーア！」を観て、家に帰り報告すると父親（弟）が手ぐすね引いて待っていた、という訳らしい。なるほど。彼らはカラオケ・スナック（ボックスではなく）でデュエットしたり、震災直後の神戸でボランティアに参加した場所を共に再訪したり、実に仲の良い親娘。今回も後から娘に合流するという。お気楽夫婦はイベント当日は会えず、翌日ランチを一緒に取ることに。
丸ビルで仲良し親娘と待合せ。ところで、イベントはどうだった？「みんなで歌おう！カラオケナイト！っていう英語歌詞字幕付きの上映があって、でも今回のイベントの主催者が行った時は誰も歌わなかったんだって。それで、これはいかん！ということでMixiのコミュで募集して賛同したメンバーが100人弱集まったという訳。娘が最年少参加者で、俺が最年長参加者だったんだ」なるほどねぇ。彼らと別れた翌日、さっそく六本木TOHOシネマズへ。そこは前々日に姪が歌った場所でもある。映画はステージと違って当然ロケが可能。ストーリーの広がりも、映像の広がりもステージとは段違い。もちろん出演者たちの顔もアップにもなる。だからこそ、ドナ役のメリル・ストリーブの皺が良い。その後のステージ衣装とのギャップが際立つ伏線になる。ステージでの“良い娘”過ぎる設定より、ソフィ役のアマンダ・セイフライドが良い。チャーミングなソフィの魅力が画面に溢れる。そして、何よりもABBAの楽曲が良い。思わず小さく口ずさむ。うん、確かに歌いたくなるね♪
ん、そう言えば「DVD出たら買うよ♪」と弟が言っていた。そしたらみんなで、歌おう！踊ろう♪ユーキャンダンス！YES！We Can！「え？私は良いよ」妻の答は予想通り。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/03/21/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/03/21/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="140" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #ff0099">そ</span></strong></span>のミュージカルは、合計5回観たことになる。汐留で3回、NYCで1回、そして六本木で1回。汐留は言わずもがなの劇団四季のステージ。<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2005/06/post_f3a1.html">電通四季劇場「海」のこけら落し公演</a>。ミュージカルを観て、立ち上がって踊った初の体験。演出に文字通り踊らされたのかもしれないけれど、そこはABBA世代。ユーキャン ダァンス！ユーキャン ダァ〜ンス！と歌われればダァンスィング♪してしまう。仕方ない。2度目はご近所の友人夫妻を誘い、一緒に踊った。友人（夫）に「IGAさん、真っ先に踊ってましたねぇ」とか言われながら。そして、ロングラン公演も終わりだと聞いた頃、「マンマ・ミーア！」がすっかり気に入った彼らと一緒に再び汐留に向かった。名残惜しさを感じながら、3度目の公演でも立ち上がり、踊った。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/03/21/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/03/21/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="155" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #0066cc">4度目</span></strong></span>はNYCの友人夫妻と一緒に。当時、友人（夫）は人気のチケットを取るために、「日本からVIPが急に来ることになった。取れないと大変なことになる！」と無理やり（半ば脅して？）チケットをゲットしてくれた。さすがの英語力とネゴシエーション力。そして、シャイな日本人があれだけノリノリなんだから、ブロードウェーであれば、さぞや！と思って期待しながら劇場に向かった。さすがに4度目だし、ストーリーはばっちり。歌はもちろん問題なし。そして、エンディングだぁ。ダンスィング・クィーン！イェイ！…え！誰も立たない。踊らない。アラバマやらアイダホ（想像）から来ていた爺ちゃん、婆ちゃんたちは踊らなかった。踊れなかった。きっとABBAは知らなかったのだと思う。不完全燃焼。…それから5年。「マンマ・ミーア！」が映画化されたとのニュース。行かねば！</p>
<p style="text-align: left">…<span style="font-size: 1.4em;color: #ff33ff"><strong>と、</strong></span>思いながら映画館になかなか行けない日々が続いた。芝居と違って前もってチケットを予約する習慣がないため、行きそびれていた。そこに故郷に住む弟からメール。「娘が急遽東京に行くことになったんだけど、会場までエスコートしてもらえない？」ん？何？「皆で一緒にマンマ・ミーア！を観ながら映画館で歌おう！というイベントがあって…」何！楽しそうじゃないか！ところでなぜ娘（19歳）がABBAなの？マンマ・ミーア！なの？聞けば、中学の修学旅行で四季の「マンマ・ミーア！」を観て、家に帰り報告すると父親（弟）が手ぐすね引いて待っていた、という訳らしい。なるほど。彼らはカラオケ・スナック（ボックスではなく）でデュエットしたり、震災直後の神戸でボランティアに参加した場所を共に再訪したり、実に仲の良い親娘。今回も後から娘に合流するという。お気楽夫婦はイベント当日は会えず、翌日ランチを一緒に取ることに。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2009/03/21/photo_3.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2009/03/21/photo_3.jpg" border="0" alt="Photo_3" width="100" height="52" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #00cc00">丸</span></strong></span>ビルで仲良し親娘と待合せ。ところで、イベントはどうだった？「みんなで歌おう！カラオケナイト！っていう英語歌詞字幕付きの上映があって、でも今回のイベントの主催者が行った時は誰も歌わなかったんだって。それで、これはいかん！ということでMixiのコミュで募集して賛同したメンバーが100人弱集まったという訳。娘が最年少参加者で、俺が最年長参加者だったんだ」なるほどねぇ。彼らと別れた翌日、さっそく六本木TOHOシネマズへ。そこは前々日に姪が歌った場所でもある。映画はステージと違って当然ロケが可能。ストーリーの広がりも、映像の広がりもステージとは段違い。もちろん出演者たちの顔もアップにもなる。だからこそ、ドナ役のメリル・ストリーブの皺が良い。その後のステージ衣装とのギャップが際立つ伏線になる。ステージでの“良い娘”過ぎる設定より、ソフィ役のアマンダ・セイフライドが良い。チャーミングなソフィの魅力が画面に溢れる。そして、何よりもABBAの楽曲が良い。思わず小さく口ずさむ。うん、確かに歌いたくなるね♪</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #cc6600">ん、</span></strong></span>そう言えば「DVD出たら買うよ♪」と弟が言っていた。そしたらみんなで、歌おう！踊ろう♪ユーキャンダンス！YES！We Can！「え？私は良いよ」妻の答は予想通り。</p>
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		<title>きっとまたいつか？「小田和正＠東京ドーム」</title>
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		<pubDate>Sun, 30 Nov 2008 13:25:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[◆微笑みの風景]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[
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			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/11/30/photo_3.jpg" class="mb"><img width="100" height="93" border="0" alt="Photo_3" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/11/30/photo_3.jpg" style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" /></a><span style="font-size: 1.4em;color: #00cc00"><strong>♪</strong></span>たとえ君が目の前にひざまづいてすべてを「忘れてほしい」と涙流しても・・・♬高校時代、若く、真っすぐで、一所懸命な恋をしていた。すきま風の吹き込む体育館、放課後の公園、駅までの通学路。オフコースの「眠れぬ夜」の歌詞が恋の傷に沁み、小田和正の透き通った声とメロディに癒され、痛く、温かい背反する感情が私を包んだ。まだオフコースがメジャーではなく、小田和正と鈴木康博のデュオになり、小さな会場でライブをやっていた頃のエピソード。売れていないのに、気高きアーティストだった。今でも「眠れぬ夜」を聴く度に、その頃の、甘く、苦く、柔らかな情景が浮かんで来る。そして、今でも季節の替わり目などに、「僕の贈りもの」の歌詞がふと浮かび、（お風呂などで）思わず口ずさんだりもする。オフコースは、私にとってそんな存在だった。</p>
<p><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/11/30/photo_4.jpg"><img width="100" height="100" border="0" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/11/30/photo_4.jpg" alt="Photo_4" style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #0066cc">そ</span></strong></span>して、1989年2月に解散するまで、数々のヒットと大勢のファンを得た頃には、ちょっとオフコースとの距離が開いてしまっていた。当時、テニス仲間の可愛い女の子（当時）にオフコースの解散コンサートに誘われた。当然一緒に行こうと約束し、チケットも予約してもらったのに、直前に私の都合で（どんな理由かも忘れてしまったけれど）行くことができなかった。その後、小田和正がソロで活躍し、ヒット曲を連発し、メジャーになり、ポップスターになるにつけ、小田和正の曲も、声も相変わらず好きなのに、どんどん私との距離は離れて行った。（デビューした頃の<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2005/05/post_4aa3.html">村上春樹作品が好き</a>で、「ノルウェーの森」辺りから少し距離感を持ってしまった気持と少し似ている）それでも、オフコースや小田和正のベスト版を買うぐらいのファンではあった。</p>
<p><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/11/30/photo_5.jpg" class="mb"><img width="100" height="75" border="0" alt="Photo_5" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/11/30/photo_5.jpg" style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #ff3300">20</span></strong></span><span style="color: #000000">08</span>年初冬のある日、そんな私が妻と一緒に東京ドームにいた。<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2008/11/30-in-52c8.html">妻の方針</a>に従った結果であり、もちろん、初「生」小田和正。初恋の人と無理やり会わせられるような微妙な気分。席は2階席。ステージはほとんど観えないだろうと席に向かうと、目の前には観たこともないステージレイアウトが。アリーナの中心にセンターステージ、その周囲に４つのサブステージ、それらを繋ぐ長い通路。そしてメインのステージの裏にも客席がある。そして、各所にスクリーン。アリーナの客席はメインステージを向かず、センターステージ向きにセッティングしてある。（調べてみると、小田和正のツアーでは恒例で、それぞれ「花道」「オン・ステージ・シート」などと呼ばれているらしい）いわゆる見切り席が出にくいレイアウト。凄い。6時30分という早い時間の開演にも関わらず、どんどん席が埋まって行く。年齢層は幅広く、親子連れの姿も目立つ。空席は全く見当たらない。凄い。</p>
<p><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/11/30/photo_6.jpg" class="mb"><img width="100" height="73" border="0" alt="Photo_6" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/11/30/photo_6.jpg" style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #0066cc"> イ</span></strong></span>ンストルメンタルメドレーで最初に「僕の贈りもの」が流れ、開演。いきなり涙腺が刺激される。やばっ。そして最新シングル「今日もどこかで」で初の生声。凄い。齢61歳とは思えない声の伸びやかさ、相変わらずの澄んだ歌声に鳥肌が立つ。オフコース時代の曲も含め、耳にしたことのあるメロディが続く。スクリーンや電光掲示板に歌詞が表示されるという細やかなサービスに関心している間に、メドレー。「眠れぬ夜」が流れると、私の目からも水分が流れる。妻にバレないように、こっそりと涙を拭う。大きな会場を走り回り（腰を痛めたそうで、ゆっくりと）歌い続ける61歳。凄い。映像で観る小田和正よりも、むしろ若々しいぐらい。そして、何度も何度も「どぉもぉ！」とお辞儀をして、何度も何度もアンコールに応え、終演は10時過ぎ。公演時間3時間30分以上。途中ビデオ放映があったものの、ずっと独りで語り、そして歌い続けた超人的なアーティストだ。考えてみたら、<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2008/11/30-in-52c8.html">ビリー</a><a href="http://www.iga-iga.com/blog/2008/11/30-in-52c8.html">・ジョエル</a>よりも年上！凄い！</p>
<p><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #cccc33">こ</span></strong></span>のサービス精神溢れたステージが、この動員を生むのだろう。（熱狂的なファンが宗教的な空気を作っているのかと危惧したけれど、それも全くなかった）そのアーティストとしての姿勢に素直に脱帽し、改めてファンになる。初恋の人と再会し、改めて恋に落ちた気分。妻に感謝。「声は全く年齢とってないねぇ。それに、意外と脱力してたし、良い感じで老けてるんだね」きっと、年齢を重ねて聖性（誤解のないように言えば、近づき難さ）がなくなったのかもしれない。この時期に初めて生で聴いて正解だったのかも。ツアータイトル通り、きっとまたいつか！そう思わせる素晴らしいステージだった。</p>
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		<title>30年目のピアノマン「ビリー・ジョエル＠東京ドーム」</title>
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		<pubDate>Sat, 29 Nov 2008 01:41:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■幸福の食卓]]></category>
		<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[1978年4月23日、ビリー・ジョエル日本公演当日。若き日の私は、共にアテネ・フランセに通う友人と一緒に中野サンプラザの前にいた。当日券が買えるかもしれないという僅かな望みを持って。前売りチケットは既に完売。前年に発売されたアルバム「ストレンジャー」が日本でも100万枚を超える大ヒット。急遽決定した初来日。窓口に並ぶファンも多い。残念ながら当日券も手に入らなかった。そして自分たちには幻になったビリーの生歌を頭の中でリフレインさせながら、中央線沿線の飲屋で安酒を酌み交わした。それから、30年。「ビリー・ジョエルの東京ドーム公演のチケット予約してみない♪」妻からの提案になんとなく頷いた。どうせチケットは取れないだろう…。ところが、2008年11月のある日、妻と私は東京ドームにいた。
初来日から30年を記念した1夜だけのスペシャル・ライブ。ほぼ定刻通りの7時には開演。懐かしい口笛が聞こえてくる。うわっ！1曲目はいきなり「ストレンジャー」かぁ…。思わず涙が出そうになる。一気に30年前の自分にタイムスリップ。初のビリー・ジョエルの生歌。生ビリーの体重は見事に増え、逆に髪は見事になくなってしまい、見た目は若い頃の面影はないけれど、声は健在。デビュー当時より太い声になってはいたけれど、高音もよく伸びる。シンプルなステージ（とPAの設定？）だったためか、音も悪くない。「マイ・ライフ」「素顔のままで」「ザンジバル」など、それ以降も日本のファン向けの選曲。まるで「ビリー・ザ・ベスト」のライブ版のよう。ビリーもなんだかとてもリラックスして歌っている。隣で（アリーナが取れてしまったので仕方なく）立ちっ放しの妻も終止笑顔。良いライブだ。そして、ラストは「ピアノマン」で締めくくられ、9時には終演。ふぅ、満足。
「観られる時に行っておかないと、ライブではもう観られないと思うんだよね」そんな妻の提案で、今年は既にポリスのライブに行き、翌週にはある国内アーティストのライブに行く予定だ。全て東京ドーム。チケット代も決して安くはないけれど、これも一種の大人買い。若き日に聴き込んだ、でもライブに行くチャンスがなかったアーティストたち。妻も生ビリーは初体験。「でも「アップタウン・ガール」は演ってくれなかったね」妻がちょっと残念そうに呟く。そうだね。アップタウン ガァア♪シーズビィンリビィン…♬小さな声で喧噪の中を2人並んで囁くように歌いながら、東京ドームシティのイルミネーションの中を歩く。お気楽夫婦のミーハー心をたっぷり満たした良い公演だった。
「期待した以上に声が出てたね。還暦間近なオヤヂなのに、凄いねぇ、やっぱり」閉店時間ぎりぎりに飛び込んだ飲屋でも興奮冷めやらぬ様子の妻。音や映像だけで憧れていたアーティストを（生きている内に）観ておきたい。そんな気持らしい。確かに、数年前にポール・マッカートニーを観に行った時も、そんなことを言いながら終演後に酒を飲んだ。しかし、ポールの時はスタンド席で生ビールを飲みながら、のんびりとビデオ・ライブのようなコンサートを味わった。けれど今日は、立ちっ放しのアリーナ席。唯一の不満。究極は、お酒を（座って）飲みながら、小さなライブハウスで、ビリーのピアノだけでライブを聴きたいねぇ。♬イッツナインノクロックオンサタデェ♪お気楽夫婦の頭の中で、「ピアノマン」がリフレインする。まったりと、まったりと、美味しい肴を摘み、美味しい酒を飲みながら。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/11/29/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/11/29/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="100" /></a><span style="font-size: 1.4em;color: #0033cc"><strong>19</strong></span>78年4月23日、ビリー・ジョエル日本公演当日。若き日の私は、共にアテネ・フランセに通う友人と一緒に中野サンプラザの前にいた。当日券が買えるかもしれないという僅かな望みを持って。前売りチケットは既に完売。前年に発売されたアルバム「ストレンジャー」が日本でも100万枚を超える大ヒット。急遽決定した初来日。窓口に並ぶファンも多い。残念ながら当日券も手に入らなかった。そして自分たちには幻になったビリーの生歌を頭の中でリフレインさせながら、中央線沿線の飲屋で安酒を酌み交わした。それから、30年。「ビリー・ジョエルの東京ドーム公演のチケット予約してみない♪」妻からの提案になんとなく頷いた。どうせチケットは取れないだろう…。ところが、2008年11月のある日、妻と私は東京ドームにいた。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/11/29/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/11/29/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="75" /></a><span style="font-size: 1.4em;color: #66ff33"><strong>初</strong></span>来日から30年を記念した1夜だけのスペシャル・ライブ。ほぼ定刻通りの7時には開演。懐かしい口笛が聞こえてくる。うわっ！1曲目はいきなり「ストレンジャー」かぁ…。思わず涙が出そうになる。一気に30年前の自分にタイムスリップ。初のビリー・ジョエルの生歌。生ビリーの体重は見事に増え、逆に髪は見事になくなってしまい、見た目は若い頃の面影はないけれど、声は健在。デビュー当時より太い声になってはいたけれど、高音もよく伸びる。シンプルなステージ（とPAの設定？）だったためか、音も悪くない。「マイ・ライフ」「素顔のままで」「ザンジバル」など、それ以降も日本のファン向けの選曲。まるで「ビリー・ザ・ベスト」のライブ版のよう。ビリーもなんだかとてもリラックスして歌っている。隣で（アリーナが取れてしまったので仕方なく）立ちっ放しの妻も終止笑顔。良いライブだ。そして、ラストは「ピアノマン」で締めくくられ、9時には終演。ふぅ、満足。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/11/30/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/11/30/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="75" /></a>「<span style="font-size: 1.4em;color: #ff00ff"><strong>観</strong></span>られる時に行っておかないと、ライブではもう観られないと思うんだよね」そんな妻の提案で、今年は既に<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2008/02/16/385/" target="_blank">ポリスのライブ</a>に行き、翌週には<a href="http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2008/11/30/6/" target="_blank">ある国内アーティスト</a>のライブに行く予定だ。全て東京ドーム。チケット代も決して安くはないけれど、これも一種の大人買い。若き日に聴き込んだ、でもライブに行くチャンスがなかったアーティストたち。妻も生ビリーは初体験。「でも「アップタウン・ガール」は演ってくれなかったね」妻がちょっと残念そうに呟く。そうだね。アップタウン ガァア♪シーズビィンリビィン…♬小さな声で喧噪の中を2人並んで囁くように歌いながら、東京ドームシティのイルミネーションの中を歩く。お気楽夫婦のミーハー心をたっぷり満たした良い公演だった。</p>
<p style="text-align: left"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/11/30/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/11/30/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="133" /></a>「<span style="font-size: 1.4em;color: #ff0000"><strong>期</strong></span>待した以上に声が出てたね。還暦間近なオヤヂなのに、凄いねぇ、やっぱり」閉店時間ぎりぎりに飛び込んだ飲屋でも興奮冷めやらぬ様子の妻。音や映像だけで憧れていたアーティストを（生きている内に）観ておきたい。そんな気持らしい。確かに、数年前にポール・マッカートニーを観に行った時も、そんなことを言いながら終演後に酒を飲んだ。しかし、ポールの時はスタンド席で生ビールを飲みながら、のんびりとビデオ・ライブのようなコンサートを味わった。けれど今日は、立ちっ放しのアリーナ席。唯一の不満。究極は、お酒を（座って）飲みながら、小さなライブハウスで、ビリーのピアノだけでライブを聴きたいねぇ。♬イッツナインノクロックオンサタデェ♪お気楽夫婦の頭の中で、「ピアノマン」がリフレインする。まったりと、まったりと、美味しい肴を摘み、美味しい酒を飲みながら。</p>
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		<title>ニューヨーク！ニューヨーク！「ハンバーガーは世田谷で」</title>
		<link>http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2008/09/20/448/</link>
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		<pubDate>Sat, 20 Sep 2008 03:25:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■幸福の食卓]]></category>
		<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[NYCの友人夫妻の帰国が近づいている。萬来軒で帰国祝いのパーティだ！ご近所の友人夫妻宅でじっくり飲まなきゃ、うぅ〜ん、仲間たちと一緒に温泉にも行きたいよなぁ・・・今からとても楽しみだ。そんなある日、文化村に勤める友人からコンサートのご招待をいただいた。「Symphonic NEW YORK 《ウェスト・サイド・ストーリー》《ラプソディ・イン・ブルー》」というタイトルの、オーケストラといろいろなジャンルのアーティストの競演。東京フィルと、オペラの錦織健、若干19歳でアポロシアターのステージに立ったヴォーカリスト清水翔太、ジャズピアニストの山下洋輔らが、NYCを愛したバーンスタインとガーシュウィンの楽曲を演奏、そして歌うというコラボレーション企画。NYCの街の雰囲気を感じることができる良いコンサートだった。
NYCの友人夫妻を訪ねたのは、5年前のクリスマス。NYCで、ワシントンD.C.で、たくさんのクリスマス・ツリーを訪ねた旅でもあった。一緒にミュージカルを観て、リバーカフェやチャイナタウンで食事をして・・・。そんな彼らとの楽しい記憶が思い出される。「すっかりお腹空いたねぇ。今日は何食べて帰る？」コンサート終了後、お気楽夫婦のいつもの会話。食事もエンタテインメント。うぅ〜ん、「ヴィロン」はパリだし、「麗郷」は台湾、シモキタの「Aサイン」は沖縄かぁ・・・。「シモキタって言えば、ハンバーガーの美味しい店ができたって最近誰かから聞いたんだよねぇ」おっ！それだ。アメリカン、NYC気分だ！店の名前は「ヴィレッジ・ヴァンガード ダイナー下北沢」そう、面白本屋のヴィレヴァンが経営するカフェ。店の面構えは、いかにもアメリカン。できたばかりの店のはずなのに、何年も前からそこにあったような佇まい。いわゆる“汚し”で、時間の経過を演出している。
店内に入ると、古材を利用した落ち着いた内装。ほほぉ。なかなかアメリカンな雰囲気。まずはビールから。その名も「ブルックリン・ラガー」をオーダー。ひとくち飲めば、気分はすでにニュヨーカー。他にもボストンのサミュエル・アダムス、ベルギーのシメイ、ドイツのベックスなど、アメリカをはじめとして世界のビールがたっぷり。こりゃ嬉しい。妻はハワイのライオン・コーヒー。これまたアメリカン。「いらっしゃいませ。ハンバーガーお召し上がりでしたら、お薦めはこちらの4種類です」ふぅん、美味しそう。じゃあ、そのメルティなんたらハンバーガーと、フライドポテトと・・・「お客さま、ハンバーガーにもポテトは付いていますので、よろしければ他のメニューはいかがですか」おぉ！なんて良いヤツ。じゃあ、シーザーサラダください。「ありがとうございます」
ふぅん、良い感じだね。「うん、確かに。サービスはアメリカンじゃないんだね」アメリカの（特にNYCの）サービス（接客）水準は、お世辞にも良いとは言えない。NYCの友人夫妻も零していた。日本だったらクレームもんだ！という接客に最初は驚いてもいた。そして、ハンバーガー登場。うん、溶けたチーズがと大粒のペッパーが抜群に美味しい。パテも、バンズも手作りの本格的な味だね。「うん。でも、本格的って言っても、アメリカよりきっと美味しいよね」確かに。アメリカで生まれたハンバーガーとは言っても、この繊細な日本人向きの味や作りは日本の方が確実に美味しい。三軒茶屋の「ベーカー・バウンス」といい、この「ヴィレッジ・ヴァンガード ダイナー」といい、サンマは目黒に限るように、ハンバーガーは世田谷に限る、のかもしれない。・・・お後がよろしいようで。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/09/15/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/09/15/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="154" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #330066">NYC</span></strong></span>の友人夫妻の帰国が近づいている。萬来軒で帰国祝いのパーティだ！ご近所の友人夫妻宅でじっくり飲まなきゃ、うぅ〜ん、仲間たちと一緒に温泉にも行きたいよなぁ・・・今からとても楽しみだ。そんなある日、文化村に勤める友人からコンサートのご招待をいただいた。「Symphonic NEW YORK 《ウェスト・サイド・ストーリー》《ラプソディ・イン・ブルー》」というタイトルの、オーケストラといろいろなジャンルのアーティストの競演。東京フィルと、オペラの錦織健、若干19歳でアポロシアターのステージに立ったヴォーカリスト清水翔太、ジャズピアニストの山下洋輔らが、NYCを愛したバーンスタインとガーシュウィンの楽曲を演奏、そして歌うというコラボレーション企画。NYCの街の雰囲気を感じることができる良いコンサートだった。</p>
<p><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/09/15/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/09/15/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="151" /></a><span style="font-size: 1.4em;color: #009966"><strong>NYC</strong></span>の友人夫妻を訪ねたのは、5年前のクリスマス。NYCで、ワシントンD.C.で、たくさんのクリスマス・ツリーを訪ねた旅でもあった。一緒にミュージカルを観て、リバーカフェやチャイナタウンで食事をして・・・。そんな彼らとの楽しい記憶が思い出される。「すっかりお腹空いたねぇ。今日は何食べて帰る？」コンサート終了後、お気楽夫婦のいつもの会話。食事もエンタテインメント。うぅ〜ん、「ヴィロン」はパリだし、「麗郷」は台湾、シモキタの「Aサイン」は沖縄かぁ・・・。「シモキタって言えば、ハンバーガーの美味しい店ができたって最近誰かから聞いたんだよねぇ」おっ！それだ。アメリカン、NYC気分だ！店の名前は「<a href="http://village-v.co.jp/diner/">ヴィレッジ・ヴァンガード ダイナー</a>下北沢」そう、面白本屋の<a href="http://www.village-v.co.jp/">ヴィレヴァン</a>が経営するカフェ。店の面構えは、いかにもアメリカン。できたばかりの店のはずなのに、何年も前からそこにあったような佇まい。いわゆる“汚し”で、時間の経過を演出している。</p>
<p><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #ff0099"><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/09/15/photo_4.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/09/15/photo_4.jpg" border="0" alt="Photo_4" width="100" height="153" /></a>店</span></strong></span>内に入ると、古材を利用した落ち着いた内装。ほほぉ。なかなかアメリカンな雰囲気。まずはビールから。その名も「ブルックリン・ラガー」をオーダー。ひとくち飲めば、気分はすでにニュヨーカー。他にもボストンのサミュエル・アダムス、ベルギーのシメイ、ドイツのベックスなど、アメリカをはじめとして世界のビールがたっぷり。こりゃ嬉しい。妻はハワイのライオン・コーヒー。これまたアメリカン。「いらっしゃいませ。ハンバーガーお召し上がりでしたら、お薦めはこちらの4種類です」ふぅん、美味しそう。じゃあ、そのメルティなんたらハンバーガーと、フライドポテトと・・・「お客さま、ハンバーガーにもポテトは付いていますので、よろしければ他のメニューはいかがですか」おぉ！なんて良いヤツ。じゃあ、シーザーサラダください。「ありがとうございます」</p>
<p><a class="mb" href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/09/15/photo_3.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/09/15/photo_3.jpg" border="0" alt="Photo_3" width="100" height="134" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #003399">ふ</span></strong></span>ぅん、良い感じだね。「うん、確かに。サービスはアメリカンじゃないんだね」アメリカの（特にNYCの）サービス（接客）水準は、お世辞にも良いとは言えない。NYCの友人夫妻も零していた。日本だったらクレームもんだ！という接客に最初は驚いてもいた。そして、ハンバーガー登場。うん、溶けたチーズがと大粒のペッパーが抜群に美味しい。パテも、バンズも手作りの本格的な味だね。「うん。でも、本格的って言っても、アメリカよりきっと美味しいよね」確かに。アメリカで生まれたハンバーガーとは言っても、この繊細な日本人向きの味や作りは日本の方が確実に美味しい。三軒茶屋の「ベーカー・バウンス」といい、この「ヴィレッジ・ヴァンガード ダイナー」といい、サンマは目黒に限るように、ハンバーガーは世田谷に限る、のかもしれない。・・・お後がよろしいようで。</p>
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		<title>酒と料理と音楽の関係「サザン・ダイニング」用賀</title>
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		<pubDate>Sun, 08 Jun 2008 02:25:30 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■幸福の食卓]]></category>
		<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2008/06/08/%e9%85%92%e3%81%a8%e6%96%99%e7%90%86%e3%81%a8%e9%9f%b3%e6%a5%bd%e3%81%ae%e9%96%a2%e4%bf%82%e3%80%8c%e3%82%b5%e3%82%b6%e3%83%b3%e3%83%bb%e3%83%80%e3%82%a4%e3%83%8b%e3%83%b3%e3%82%b0%e3%80%8d/</guid>
		<description><![CDATA[ビートルズを聴きながら、冷え冷えの生ビールを飲み、かりかりの餃子を齧り、熱々のラーメンを啜る。そんなラーメン屋がお気楽夫婦の住む街にある。「むつみ屋」という北海道発のチェーン店。（但し、他の店でビートルズが流れているかどうかは知らない）中華料理激戦地区のこの街にあって、割とこの店に足が向くことが多いのは、美味しいからというよりもビートルズのBGMによって、私にとっての好感度が高いからと言える。餃子を一口食べた時に、次の曲の前奏が始まる。瞬間的に曲名が分かってしまう自分が嬉しくて、ビールをぐびりと飲んで悦に入る。独り『クイズ ドレミファドン！』の「超ウルトラ・イントラ・クイズ」状態。（ある年齢以上の方には分かる）
スポーツクラブで汗を流した後に、2人が立ち寄る3軒の店がある。1軒は焼酎の専属ソムリエ？がいる「なかむらや」、もう1軒は無性に山盛りのシュー・ストリングス（フライドポテト）が食べたくなった時に向かうこぢゃれカフェ「YOGA BUZZ CAFE（用賀 バズ・カフェ）」。そして、サザン・オールスターズの曲が流れるイタリアン・ダイニング「サザン ダイニング」だ。茅ヶ崎の居酒屋とは違い、決してサザンのファンが集っているお店ではない。というより、サザンだけしか音楽が流れていないということに気がつかない客の方が多いかもしれない。店内の会話を邪魔しない程度のボリュームで、バラッド中心のサザン・ナンバーが切れ目なく流れる。
生ビールをくぃっと飲んで水分を補給し、アンティパストの盛り合わせをつまむ。美しく丁寧な盛付で、どれも美味しい。そこに「Oh！クラウディア」なんぞが流れてくる。その後はスパークリングワインを飲みながらお薦め料理を味わう。この季節はホワイトアスパラとグリーンアスパラが楽しめる「２種のアスパラ ゴルゴンゾーラソース掛け」が抜群。グリルした生のホワイトアスパラのしゃきしゃき感が堪らない。がっつりとお肉を味わいたい時には「骨付き子羊の香草パン粉焼」か「松阪ポークのグリル」うぅ～ん、「鴨の胸肉のワサビロースト」もジューシーで美味しいんだよなぁ。などと迷いながら、BGMで流れる「夏をあきらめて」を口ずさむ。自然に料理と酒にサザンが溶け込む空間。飲んべで、食いしん坊で、サザン好きの私の“お気に入り度”が高くなるのも必然。
調べてみると、USENがJ-POPのアーティスト単独の番組を提供しているのはサザンと松任谷由実だけ。（「むつみ屋」もUSENなのだろう）海外アーティストの単独番組はビートルズ、Ｅ・クラプトン、ローリング・ストーンズ、ボブ・ディランなど錚々たるメンバー。しかし、どのアーティストでも飲食店が成立しそう。ビートルズは（決してラーメン屋ではなく）無国籍でヘルシーで美味しい料理と、お酒ならなんでも本格的に揃う眺めの良いレストラン。クラプトンなら、落とし気味の照明の中でアンプラグドのギターが泣くこぢゃれたバー。ディランなら、バーボン中心の決して美味しい料理は出さないパブ。ストーンズは紫煙立ち込める会員制バー。そして秘密の扉のさらに奥では…。「私はストーンズは嫌だな。曲も知らないし。YUMINGなら、美味しいカフェかな？」と妻。どの店もちょっと魅力的。
■YOGA BUZZ CAFE（用賀 バズ・カフェ）は残念ながら閉店
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/06/08/p1000175.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/06/08/p1000175.jpg" border="0" alt="P1000175" width="100" height="75" /></a><span style="color: #339900"><strong><span style="font-size: 1.4em">ビ</span></strong></span>ートルズを聴きながら、冷え冷えの生ビールを飲み、かりかりの餃子を齧り、熱々のラーメンを啜る。そんなラーメン屋がお気楽夫婦の住む街にある。「むつみ屋」という北海道発のチェーン店。（但し、他の店でビートルズが流れているかどうかは知らない）中華料理激戦地区のこの街にあって、割とこの店に足が向くことが多いのは、美味しいからというよりもビートルズのBGMによって、私にとっての好感度が高いからと言える。餃子を一口食べた時に、次の曲の前奏が始まる。瞬間的に曲名が分かってしまう自分が嬉しくて、ビールをぐびりと飲んで悦に入る。独り『クイズ ドレミファドン！』の「超ウルトラ・イントラ・クイズ」状態。（ある年齢以上の方には分かる）</p>
<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/06/08/photo_6.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/06/08/photo_6.jpg" border="0" alt="Photo_6" width="100" height="114" /></a><span style="font-size: 1.4em;color: #3399ff"><strong>ス</strong></span>ポーツクラブで汗を流した後に、2人が立ち寄る3軒の店がある。1軒は焼酎の専属ソムリエ？がいる「<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2006/06/post_b2af.html">なかむらや</a>」、もう1軒は無性に山盛りのシュー・ストリングス（フライドポテト）が食べたくなった時に向かうこぢゃれカフェ「YOGA BUZZ CAFE（用賀 バズ・カフェ）」。そして、サザン・オールスターズの曲が流れるイタリアン・ダイニング「<a href="http://www.southern-dining.com/youga.html">サザン ダイニング</a>」だ。茅ヶ崎の居酒屋とは違い、決してサザンのファンが集っているお店ではない。というより、サザンだけしか音楽が流れていないということに気がつかない客の方が多いかもしれない。店内の会話を邪魔しない程度のボリュームで、バラッド中心のサザン・ナンバーが切れ目なく流れる。</p>
<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/06/08/photo_7.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/06/08/photo_7.jpg" border="0" alt="Photo_7" width="100" height="86" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #ffcc00">生</span></strong></span>ビールをくぃっと飲んで水分を補給し、アンティパストの盛り合わせをつまむ。美しく丁寧な盛付で、どれも美味しい。そこに「Oh！クラウディア」なんぞが流れてくる。その後はスパークリングワインを飲みながらお薦め料理を味わう。この季節はホワイトアスパラとグリーンアスパラが楽しめる「２種のアスパラ ゴルゴンゾーラソース掛け」が抜群。グリルした生のホワイトアスパラのしゃきしゃき感が堪らない。がっつりとお肉を味わいたい時には「骨付き子羊の香草パン粉焼」か「松阪ポークのグリル」うぅ～ん、「鴨の胸肉のワサビロースト」もジューシーで美味しいんだよなぁ。などと迷いながら、BGMで流れる「夏をあきらめて」を口ずさむ。自然に料理と酒にサザンが溶け込む空間。飲んべで、食いしん坊で、<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2008/05/post_5e23.html">サザン好き</a>の私の“お気に入り度”が高くなるのも必然。</p>
<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/06/09/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/06/09/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="67" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #3333cc">調</span></strong></span>べてみると、USENがJ-POPのアーティスト単独の番組を提供しているのはサザンと松任谷由実だけ。（「むつみ屋」もUSENなのだろう）海外アーティストの単独番組はビートルズ、Ｅ・クラプトン、ローリング・ストーンズ、ボブ・ディランなど錚々たるメンバー。しかし、どのアーティストでも飲食店が成立しそう。ビートルズは（決してラーメン屋ではなく）無国籍でヘルシーで美味しい料理と、お酒ならなんでも本格的に揃う眺めの良いレストラン。クラプトンなら、落とし気味の照明の中でアンプラグドのギターが泣くこぢゃれたバー。ディランなら、バーボン中心の決して美味しい料理は出さないパブ。ストーンズは紫煙立ち込める会員制バー。そして秘密の扉のさらに奥では…。「私はストーンズは嫌だな。曲も知らないし。YUMINGなら、美味しいカフェかな？」と妻。どの店もちょっと魅力的。</p>
<p style="text-align: left">■YOGA BUZZ CAFE（用賀 バズ・カフェ）は残念ながら閉店</p>
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		<title>重大すぎる発表「サザン活動休止」</title>
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		<pubDate>Sat, 24 May 2008 03:02:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[1979年8月4日。私は江ノ島ヨットハーバーにいた。前の年にデビューしたあるバンドを観るために。暑い夏の日。缶ビールを飲みながら、特設会場でのんびりとその演奏を聴いた。『JAPN JAM &#8216;79 at 江ノ島 』という野外フェス。そのバンド以外には、ビーチボーイズ、ハートなど。でかくて邪魔な横須賀の米兵たちが大勢観に来ていた。バンドの名前はサザン・オールスターズ。1978年6月『勝手にシンドバッド』でデビュー。当時はコミックバンドか、一発屋的な扱いも受けた。当時ヒットしていたのは、久保田早紀『異邦人』、クリスタルキング『大都会』、海援隊『贈る言葉』、ジュディ・オング『魅せられて』…そんな時代。あれから30年。
1988年6月25日。私は四国松山にいた。当時在籍していた前職の企業で、SAS全国ツアーのプロモーションをするために。原由子の出産などでしばらく活動を休止していたSAS。そしてデビュー10周年の6月に復活。「6月25日はSASの日」と銘打って全国各地の公演チケットを一斉発売。『～真夏の夜の夢～サザン・オールスターズプレゼンツ 1988大復活祭』というコンサートツアー。東京と大阪にしか拠点がなかった当時、臨時のコールセンターを松山に設置。地元イベンターやメディアと連携してチケットの販売を行った。当時ヒットしていたのは、光GENJI『パラダイス銀河』、森川由加里『SHOW ME』、工藤静香『MUGO・ん…色っぽい』、そしてSAS復活の『みんなのうた』は小林武志がアレンジとプロデュースに参加…そんな時代。あれから20年。
1998年6月17日。私は病院の手術室にいた。大腸ポリープが大量に見つかり、そのいくつかを摘出するために。内視鏡で自分の大腸をドクターと一緒に見ながら「あぁ、この先端はどうかなぁ。組織検査をしますが、まぁ98％は癌の心配はないでしょう」おいおいっ！残り2％は？インフォームド・コンセントは正しくね！…2％のリスクが回避され、無事退院。妻と一緒に祝杯を上げ、勢いでふたりカラオケ。妻はYUMINGを歌い、私はSASを歌い続ける。病室でいろいろ考えたことを頭の隅に置きつつ。『お願いDJ』『茅ヶ崎に背を向けて』『栞のテーマ』『Oh！クラウディア』『真夏の果実』…止まらない。当時ヒットしていたのは、SPEED『my graduation』、SMAP『夜空ノムコウ』、Kiroro『長い間』、GLAY『誘惑』…そんな時代。あれから10年。
30年というのは、こうして振り返ると思ったよりもずっと長い。その間、ずっと（たまに休みながら）走り続けたSAS、というか桑田佳祐。同じ時代を一緒によたよたと走ってきた私としても、淋しいというよりはお疲れ様、という気持。30年間も同じテンションで音楽に向かい合うのは大変なエネルギーが必要。30年仕事続けるって大変だもんなぁ。でも、大丈夫。変らずにSASの楽曲は残る。60歳を超えた団塊世代がビートルズを口ずさむように、きっと私は60歳になっても、70歳になっても、カラオケでサザンを歌っているジジイになっているはず。それにしても、お気楽夫婦のライフスタイルは、どこまで変らずにいられるんだろうね。「何言ってんの。70歳になってもスカッシュやるよ！ホテル泊まり倒すよ！」と妻。はいはい。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/05/24/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/05/24/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="130" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #9900ff">1979</span></strong></span>年8月4日。私は江ノ島ヨットハーバーにいた。前の年にデビューしたあるバンドを観るために。暑い夏の日。缶ビールを飲みながら、特設会場でのんびりとその演奏を聴いた。『JAPN JAM &#8216;79 at 江ノ島 』という野外フェス。そのバンド以外には、ビーチボーイズ、ハートなど。でかくて邪魔な横須賀の米兵たちが大勢観に来ていた。バンドの名前はサザン・オールスターズ。1978年6月『勝手にシンドバッド』でデビュー。当時はコミックバンドか、一発屋的な扱いも受けた。当時ヒットしていたのは、久保田早紀『異邦人』、クリスタルキング『大都会』、海援隊『贈る言葉』、ジュディ・オング『魅せられて』…そんな時代。あれから30年。</p>
<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/05/25/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/05/25/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="85" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #ff0033">1988</span></strong></span>年6月25日。私は四国松山にいた。当時在籍していた前職の企業で、SAS全国ツアーのプロモーションをするために。原由子の出産などでしばらく活動を休止していたSAS。そしてデビュー10周年の6月に復活。「6月25日はSASの日」と銘打って全国各地の公演チケットを一斉発売。『～真夏の夜の夢～サザン・オールスターズプレゼンツ 1988大復活祭』というコンサートツアー。東京と大阪にしか拠点がなかった当時、臨時のコールセンターを松山に設置。地元イベンターやメディアと連携してチケットの販売を行った。当時ヒットしていたのは、光GENJI『パラダイス銀河』、森川由加里『SHOW ME』、工藤静香『MUGO・ん…色っぽい』、そしてSAS復活の『みんなのうた』は小林武志がアレンジとプロデュースに参加…そんな時代。あれから20年。</p>
<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/05/25/photo_3.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/05/25/photo_3.jpg" border="0" alt="Photo_3" width="100" height="97" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #66ff33">1998</span></strong></span>年6月17日。私は病院の手術室にいた。大腸ポリープが大量に見つかり、そのいくつかを摘出するために。内視鏡で自分の大腸をドクターと一緒に見ながら「あぁ、この先端はどうかなぁ。組織検査をしますが、まぁ98％は癌の心配はないでしょう」おいおいっ！残り2％は？インフォームド・コンセントは正しくね！…2％のリスクが回避され、無事退院。妻と一緒に祝杯を上げ、勢いでふたりカラオケ。妻はYUMINGを歌い、私はSASを歌い続ける。病室でいろいろ考えたことを頭の隅に置きつつ。『お願いDJ』『茅ヶ崎に背を向けて』『栞のテーマ』『Oh！クラウディア』『真夏の果実』…止まらない。当時ヒットしていたのは、SPEED『my graduation』、SMAP『夜空ノムコウ』、Kiroro『長い間』、GLAY『誘惑』…そんな時代。あれから10年。</p>
<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/05/25/photo_4.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/05/25/photo_4.jpg" border="0" alt="Photo_4" width="100" height="98" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #ff6699">30</span></strong></span>年というのは、こうして振り返ると思ったよりもずっと長い。その間、ずっと（たまに休みながら）走り続けたSAS、というか桑田佳祐。同じ時代を一緒によたよたと走ってきた私としても、淋しいというよりはお疲れ様、という気持。30年間も同じテンションで音楽に向かい合うのは大変なエネルギーが必要。30年仕事続けるって大変だもんなぁ。でも、大丈夫。変らずにSASの楽曲は残る。60歳を超えた団塊世代がビートルズを口ずさむように、きっと私は60歳になっても、70歳になっても、カラオケでサザンを歌っているジジイになっているはず。それにしても、お気楽夫婦のライフスタイルは、どこまで変らずにいられるんだろうね。「何言ってんの。70歳になってもスカッシュやるよ！ホテル泊まり倒すよ！」と妻。はいはい。</p>
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		<title>大人買い「THE POLICE」</title>
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		<pubDate>Sat, 16 Feb 2008 02:23:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[「スティングが、いちばん好きなヴォーカリストかなぁ…」そんな妻のセリフは意外だった。かつて持っていたLPを全て売り、CDに買い換えたアルバムを中心に、わが家には数百枚のコレクションがあるものの、「THE POLICE」のアルバムは１枚きり。「あの頃は貸しレコード屋さんでアルバムを借りてダビングするか、エアチェックしてたなぁ。カセットほんとにたくさん持ってたよ♪」え、貸しレコード屋さん、知ってる世代だっけ？そうか、妻も同じだったんだ。80年代、2人は共に“カセットテープ”で音楽を聴いた学生時代を過ごしていた。その頃持っていたテープは今はないし、もしあったとしてもカセットテープを聞く「装置」もない。そんな2人のCDコレクションから抜け落ちてしまったアーティストたちの中に、「THE POLICE」はいた。じゃあ、ポリスの来日公演、行こうよ！（ちょっと高いけど）「うん、良いよ♪」えっ！行くの？良いのか？13,000円×2枚！
その日は朝から「WALKING ON THE MOON」が頭の中で、ずっとリフレインしていた。繰り返し、繰り返し、STINGが歌う、甘く、高く、太く、セクシィな声が聴こえていた。「Walking on , Walking on the moon . Some may say･･･」甘くほろ苦く、ちょっと胸が軋むような、20歳の頃の情景を思い出させるヴォーカル。妻は「EVERY BREATH YOU TAKE」が好きだったという。ふぅむ。どんな思い出があるのかは知らないけれど。
Every breath you take 
 And every move you make 
 Every bond you break, 
 Every step you take 
 I&#8217;ll be watchin&#8217; you
・・・中略
Since you&#8217;ve gone I been lost without a trace 
 I dream at [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/02/16/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/02/16/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="75" /></a>「<span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #3300cc">ス</span></strong></span>ティングが、いちばん好きなヴォーカリストかなぁ…」そんな妻のセリフは意外だった。かつて持っていたLPを全て売り、CDに買い換えたアルバムを中心に、わが家には数百枚のコレクションがあるものの、「THE POLICE」のアルバムは１枚きり。「あの頃は貸しレコード屋さんでアルバムを借りてダビングするか、エアチェックしてたなぁ。カセットほんとにたくさん持ってたよ♪」え、貸しレコード屋さん、知ってる世代だっけ？そうか、妻も同じだったんだ。80年代、2人は共に“カセットテープ”で音楽を聴いた学生時代を過ごしていた。その頃持っていたテープは今はないし、もしあったとしてもカセットテープを聞く「装置」もない。そんな2人のCDコレクションから抜け落ちてしまったアーティストたちの中に、<a href="http://www.thepolicefile.com/">「THE POLICE」</a>はいた。じゃあ、<a href="http://www.tfm.co.jp/thepolice/">ポリスの来日公演</a>、行こうよ！（ちょっと高いけど）「うん、良いよ♪」えっ！行くの？良いのか？13,000円×2枚！</p>
<p style="text-align: left"><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #cc00ff">そ</span></strong></span>の日は朝から「WALKING ON THE MOON」が頭の中で、ずっとリフレインしていた。繰り返し、繰り返し、STINGが歌う、甘く、高く、太く、セクシィな声が聴こえていた。「Walking on , Walking on the moon . Some may say･･･」甘くほろ苦く、ちょっと胸が軋むような、20歳の頃の情景を思い出させるヴォーカル。妻は「EVERY BREATH YOU TAKE」が好きだったという。ふぅむ。どんな思い出があるのかは知らないけれど。</p>
<p style="text-align: left">Every breath you take <br />
 And every move you make <br />
 Every bond you break, <br />
 Every step you take <br />
 I&#8217;ll be watchin&#8217; you</p>
<p style="text-align: left">・・・中略</p>
<p style="text-align: left">Since you&#8217;ve gone I been lost without a trace <br />
 I dream at night, I can only see your face <br />
 I look around but it&#8217;s you I can&#8217;t replace <br />
 I feel so cold and I long for your embrace <br />
 I keep cryin&#8217;, baby, baby, please</p>
<p style="text-align: left">…当時、そんな風に好きだった女の子がいた。（どうも今日はしみじみしてしまう）あ、ちなみに、妻のことはこんな気持では表せない程好きになったのは言うまでもない。</p>
<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/02/16/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/02/16/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="75" /></a><span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #00cc00">T</span></strong></span>HE POLICE、27年振りの来日公演。お気楽夫婦はそれぞれの思いを胸に東京ドームに向かう。席はこんな時に限ってアリーナ。スタンドでのんびりビールを飲みながら聴きたかったのになぁ。それでも紙コップのビールを抱えて座席に向かう。周囲は同世代と思しきカップルやグループでいっぱい。辿り着いた場所は&lt;プレミアシート&gt;に向かう通路のすぐそば。見知った顔が何人か目の前を通る。前職の会社の懐かしい顔も何人か。ふっと客電が消える。うぉ～という声が東京ドームを包む。１曲目「MESSAGE IN A BOTTLE」の前奏が始まると、皆自分の年齢を忘れて思わず立ち上がる。「DON&#8217;T STAND SO CLOSE TO YOU」、「EVERY LITTLE THING SHE DOES IS MAGIC」懐かしい曲の演奏が続く。うぁ、涙が出そう。「DE DO DO DO DE DA DA DA」のサビを一緒に口ずさむ。「ROXANNE」で演奏終了。あ、ほんとに水分が滲んできた。やばっ。</p>
<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2008/02/17/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2008/02/17/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="139" /></a>「<span style="font-size: 1.4em"><strong><span style="color: #9900cc">ま</span></strong></span>さか公演中、ずっと立ってないよね？」演奏の合間、妻が心配そうに呟いた。ところが、中途半端に元気な世代。アンコール最後の「EVERY BREATH YOU TAKE」と再アンコール「NEXT TO YOU」まで、一度も座ることなく、ちょっとお疲れ気味ではありながら聴き続けた。もちろん妻も。「スティング、若々しいよねぇ。いくつになるんだろう？」スティング、56歳。ベースを弾く姿はまだまだセクシィでエネルギッシュ。チラシの若き日の写真のようにはジャンプできなかったけれど。「良いライブだったね。やっぱり良いね、スティング」ちょっと遠い目になる妻。それぞれに過ごした20代までのいろんな思い出を抱えて、たまにこうして掘り返して、今度は2人の思い出に変えて、お気楽夫婦の“お気楽な時間”は過ぎていく。ポリスのオリジナルアルバム、全部買っちゃう？「良いねぇ♪さっそくAmazonで…」1978年にアルバムデビュー、1984年に活動停止したポリスの活動期間は意外と短く、オリジナルアルバムは全部で5枚。よしっ！まとめて買って一緒に聴こうか。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>オヤジたちのクリスマス「ジョン、ボンゾ、そしてワム！」</title>
		<link>http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2007/12/09/365/</link>
		<comments>http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2007/12/09/365/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 09 Dec 2007 12:22:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[◆微笑みの風景]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://iga-iga.com/iga-iga.com/blogs/2007/12/09/%e3%82%aa%e3%83%a4%e3%82%b8%e3%81%9f%e3%81%a1%e3%81%ae%e3%82%af%e3%83%aa%e3%82%b9%e3%83%9e%e3%82%b9%e3%80%8c%e3%82%b8%e3%83%a7%e3%83%b3%e3%80%81%e3%83%9c%e3%83%b3%e3%82%be%e3%80%81%e3%81%9d%e3%81%97</guid>
		<description><![CDATA[1980年12月8日、NYC。ヨーコと一緒に住むダコタ・アパートの前でジョンが殺された。彼がこの世を去ってからもう27年前になるのかと愕然とする。そしてこの季節になると「Happy X&#8217;mas (War Is Over)」が街に流れ、あぁ今年ももうすぐ終わりだなぁとしみじみしてしまう。12月8日は冬の訪れを、クリスマスが近づく慌しさを、そしてもう1人のジョンを思い出させる。ジョン・ボーナム。レッド・ツェッペリンのドラマーだったボンゾも同じ1980年の9月25日に亡くなった。ウォッカを飲み過ぎ、眠りながら嘔吐し、吐瀉物が喉に詰まって。窒息死。まったくボンゾらしい死因。1980年は2人のジョンの死と共に、愛する音楽の死が訪れた年だったのかもしれない。あんなに懸命に音楽を聴いたのはもう遠い日々。私にとって音楽はすっかりBGMになってしまった。
ところで、お気楽夫婦の住むマンションの近くには中華料理屋、ラーメン屋がやたらと多い。その中の一軒に、なぜかビートルズだけを流しているラーメン屋がある。（たぶん有線のビートルズ専門チャンネル）それを理由のひとつにその店をチョイスする確率が高い。休日の昼下がり、最初に餃子をオーダー。続いて生ビールを頼み、餃子が焼けるのを待つ間にメンマをつまむ。きりきりと冷えたビールをぐびぐびと飲みながらジョンのヴォーカルを楽しむ。おっ、この曲は「She Loves you」のフランス語版じゃねぇ？と唸ったり、「Eight Days A Week」を一緒に口ずさんだり、超イントロで曲名を当てたり。至福の時。あぁ、つくづくオヤジだなぁと浸み入り、オヤジであることを楽しむ時間。
そんなオヤジに大人買いをさせる企画が街に溢れている。私にとってかなり危険な情勢。例えばこのCD企画。LED ZEPPELINの「MOTHERSHIP」。成城コルティの山野楽器の入口付近に平積み。これは一種の地雷である。店に入った瞬間に私はそこに釘付け。なんでボンゾがこんなに痩せてるんだぁ？ロバート・プラントがこんなに若いんだぁ！え、ジミー・ペイジによるリマスターのベストアルバムでDVDのライブ映像付き？え、買います、買いますっ♪さっそく自宅に戻るとウキウキとテレビの前に陣取る。リビングのパソコンで持ち帰り仕事をしている妻は迷惑そう。でも気にしない。そんなの…♪ジミー・ペイジのギターが、ジョン・ポール・ジョーンズのベースが、ボンゾのドラムが、そしてロバート・プラントのヴォーカルが、音だけではなく映像で私の前に。嬉しい。こりゃぁ宝物。
「さすがにうるさいんですけど。止めてもらえないかな」妻がこぼす。へいへい。後でこっそり独りで観ますよ。さすがに私もビートルズやツェッペリンをのアルバムを同時代に買った訳ではない。ZEPを新譜で買ったのは1979年発売の「イン・スルー・ジ・アウト・ドア」以降。ましてや妻はレッド・ツェッペリンは“レッド（赤い）”飛行船だと思っている世代。ＬＥＤですよ。仕方ない。そうだ、気分転換に今日は夫婦カラオケ行かない？「良いよ♪」歩いて30秒のカラオケボックスに向かう。何曲か今どきの楽曲を選んで二人共沈没。コブクロのキーはちょい高い。ケツメイシのラップの部分に付いて行けない。う～む。そして終盤、ジョンを偲んで「Happy X&#8217;mas (War Is Over)」を歌うと、妻はすかさずワム！の「ラスト・クリスマス」をリクエスト。…あんまり世代変らないんじゃない？
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2007/12/09/photo.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2007/12/09/photo.jpg" border="0" alt="Photo" width="100" height="88" /></a>1980年12月8日、NYC。ヨーコと一緒に住むダコタ・アパートの前でジョンが殺された。彼がこの世を去ってからもう27年前になるのかと愕然とする。そしてこの季節になると「Happy X&#8217;mas (War Is Over)」が街に流れ、あぁ今年ももうすぐ終わりだなぁとしみじみしてしまう。12月8日は冬の訪れを、クリスマスが近づく慌しさを、そしてもう1人のジョンを思い出させる。ジョン・ボーナム。レッド・ツェッペリンのドラマーだったボンゾも同じ1980年の9月25日に亡くなった。ウォッカを飲み過ぎ、眠りながら嘔吐し、吐瀉物が喉に詰まって。窒息死。まったくボンゾらしい死因。1980年は<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2005/11/post_0a4b.html">2人のジョンの死</a>と共に、愛する音楽の死が訪れた年だったのかもしれない。あんなに懸命に音楽を聴いたのはもう遠い日々。私にとって<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2006/04/best_25a0_1.html">音楽はすっかりBGM</a>になってしまった。</p>
<p>ところで、お気楽夫婦の住むマンションの近くには中華料理屋、ラーメン屋がやたらと多い。その中の一軒に、なぜかビートルズだけを流しているラーメン屋がある。（たぶん有線のビートルズ専門チャンネル）それを理由のひとつにその店をチョイスする確率が高い。休日の昼下がり、最初に餃子をオーダー。続いて生ビールを頼み、餃子が焼けるのを待つ間にメンマをつまむ。きりきりと冷えたビールをぐびぐびと飲みながらジョンのヴォーカルを楽しむ。おっ、この曲は「She Loves you」のフランス語版じゃねぇ？と唸ったり、「Eight Days A Week」を一緒に口ずさんだり、超イントロで曲名を当てたり。至福の時。あぁ、つくづくオヤジだなぁと浸み入り、オヤジであることを楽しむ時間。</p>
<p><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/2007/12/09/photo_2.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/2007/12/09/photo_2.jpg" border="0" alt="Photo_2" width="100" height="73" /></a>そんなオヤジに大人買いをさせる企画が街に溢れている。私にとってかなり危険な情勢。例えばこのCD企画。LED ZEPPELINの「MOTHERSHIP」。成城コルティの山野楽器の入口付近に平積み。これは一種の地雷である。店に入った瞬間に私はそこに釘付け。なんでボンゾがこんなに痩せてるんだぁ？ロバート・プラントがこんなに若いんだぁ！え、ジミー・ペイジによるリマスターのベストアルバムでDVDのライブ映像付き？え、買います、買いますっ♪さっそく自宅に戻るとウキウキとテレビの前に陣取る。リビングのパソコンで持ち帰り仕事をしている妻は迷惑そう。でも気にしない。そんなの…♪ジミー・ペイジのギターが、ジョン・ポール・ジョーンズのベースが、ボンゾのドラムが、そしてロバート・プラントのヴォーカルが、音だけではなく映像で私の前に。嬉しい。こりゃぁ宝物。</p>
<p>「さすがにうるさいんですけど。止めてもらえないかな」妻がこぼす。へいへい。後でこっそり独りで観ますよ。さすがに私もビートルズやツェッペリンをのアルバムを同時代に買った訳ではない。ZEPを新譜で買ったのは1979年発売の「イン・スルー・ジ・アウト・ドア」以降。ましてや妻はレッド・ツェッペリンは“レッド（赤い）”飛行船だと思っている世代。ＬＥＤですよ。仕方ない。そうだ、気分転換に今日は<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2006/06/post_61d7.html">夫婦</a><a href="http://www.iga-iga.com/blog/2006/06/post_61d7.html">カラオケ行かない？</a>「良いよ♪」歩いて30秒のカラオケボックスに向かう。何曲か今どきの楽曲を選んで二人共沈没。コブクロのキーはちょい高い。ケツメイシのラップの部分に付いて行けない。う～む。そして終盤、ジョンを偲んで「Happy X&#8217;mas (War Is Over)」を歌うと、妻はすかさずワム！の「<a href="http://www.iga-iga.com/blog/2005/11/post_2d4e.html">ラスト・クリスマス</a>」をリクエスト。…あんまり世代変らないんじゃない？</p>
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		<title>食事の後は…「カラオケ三都物語」</title>
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		<pubDate>Sat, 17 Jun 2006 00:52:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■幸福の食卓]]></category>
		<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[20年ほど前、カラオケボックスは日本にまだなかった…と言っても、今や誰も信じないだろうけど、日本初のカラオケボックス登場は1985年。岡山にできた貨物用コンテナを改造したものだった。その頃、20代の私は、仕事を終えて一杯飲んで、「カラオケでも行くか！」というと、新宿3丁目の「テアトロン」というステージ付きの専門店で順番を待って歌うか、2丁目の「テアトロン2」という姉妹店（カセットテープで何千曲も揃っているような店だった）で朝まで歌うか、「甲山」というオカマバーでマスター（ママ）に身体を触られながら歌うか、というのが常だった。
1990年。出張先の台北で、衝撃的な出会いをした。「K-TV」と呼ばれるカラオケボックス。店の名前は「銭箱（キャッシュボックス）」。倒産したホテルを改装して、今では当たり前の室内電話でドリンクをオーダー、自分で選曲というシステムを個室でサービスしていた。「便利だねぇ！これ、日本でも流行るんじゃない？」台北で夜な夜な、怪しい北京語で「チャゲ飛」の『万里の河』とかを絶唱し、“Mr KTV”という名を欲しいままにした。そして翌年、日本でもカラオケボックスが大ヒット。今でも思うことがある。あの時、私に独立の気概と、資金があれば…。人生はそんなものである。
2002年。私は上海と香港の出張で明け暮れていた。香港では、あるIT企業とJVの構想。打合せの後、社長の行きつけの広東料理店でワインを誉めるとラベルをいただき、“紅酢”を誉めると瓶ごとおみやげにいただいた。玉置浩二ファンだという彼は、自分の車の中でも「安全地帯」のナンバーを流し続けていた。そこで私は、連れて行ってもらった二次会の高級カラオケスナックで玉置浩二の楽曲を歌い続け、絶賛された。そして、なぜかプロジェクトは見事に頓挫した。
2006年。スカッシュ仲間と二子玉川にあるヴェトナム料理「ジャンズ」で食事。美味しい料理に調子づき、二次会はカラオケボックスへ。メンバーはなかなかの歌上手。GO！GO！と、盛り上がっているところに、見覚えのある顔が通路側の窓からのぞく。同じスクールのスカッシュ仲間で、酔っ払いの仲間たち。ありゃりゃ。一緒に来たメンバーとエレベータの前で別れた後に、彼女たちの部屋へ戻り、カラオケのはしご。採点システムで盛り上がる体育会系カラオケ。「コブクロ」を歌って玉砕する。…カラオケとはもう、20年以上のお付き合い。上手かろうが、下手だろうが、“歌う”ってことは、気持良い。さて、今日は「SAS」と「Yuming」限定の、夫婦カラオケでも行きますか！
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/p1010894.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/p1010894.jpg" border="0" alt="P1010894" width="100" height="75" /></a>20年ほど前、カラオケボックスは日本にまだなかった…と言っても、今や誰も信じないだろうけど、日本初のカラオケボックス登場は1985年。岡山にできた貨物用コンテナを改造したものだった。その頃、20代の私は、仕事を終えて一杯飲んで、「カラオケでも行くか！」というと、新宿3丁目の「テアトロン」というステージ付きの専門店で順番を待って歌うか、2丁目の「テアトロン2」という姉妹店（カセットテープで何千曲も揃っているような店だった）で朝まで歌うか、「甲山」というオカマバーでマスター（ママ）に身体を触られながら歌うか、というのが常だった。</p>
<p style="text-align: left">1990年。出張先の台北で、衝撃的な出会いをした。「K-TV」と呼ばれるカラオケボックス。店の名前は「銭箱（キャッシュボックス）」。倒産したホテルを改装して、今では当たり前の室内電話でドリンクをオーダー、自分で選曲というシステムを個室でサービスしていた。「便利だねぇ！これ、日本でも流行るんじゃない？」台北で夜な夜な、怪しい北京語で「チャゲ飛」の『万里の河』とかを絶唱し、“Mr KTV”という名を欲しいままにした。そして翌年、日本でもカラオケボックスが大ヒット。今でも思うことがある。あの時、私に独立の気概と、資金があれば…。人生はそんなものである。</p>
<p style="text-align: left">2002年。私は上海と香港の出張で明け暮れていた。香港では、あるIT企業とJVの構想。打合せの後、社長の行きつけの広東料理店でワインを誉めるとラベルをいただき、“紅酢”を誉めると瓶ごとおみやげにいただいた。玉置浩二ファンだという彼は、自分の車の中でも「安全地帯」のナンバーを流し続けていた。そこで私は、連れて行ってもらった二次会の高級カラオケスナックで玉置浩二の楽曲を歌い続け、絶賛された。そして、なぜかプロジェクトは見事に頓挫した。</p>
<p style="text-align: left">2006年。スカッシュ仲間と二子玉川にあるヴェトナム料理「ジャンズ」で食事。美味しい料理に調子づき、二次会はカラオケボックスへ。メンバーはなかなかの歌上手。GO！GO！と、盛り上がっているところに、見覚えのある顔が通路側の窓からのぞく。同じスクールのスカッシュ仲間で、酔っ払いの仲間たち。ありゃりゃ。一緒に来たメンバーとエレベータの前で別れた後に、彼女たちの部屋へ戻り、カラオケのはしご。採点システムで盛り上がる体育会系カラオケ。「コブクロ」を歌って玉砕する。…カラオケとはもう、20年以上のお付き合い。上手かろうが、下手だろうが、“歌う”ってことは、気持良い。さて、今日は「SAS」と「Yuming」限定の、夫婦カラオケでも行きますか！</p>
]]></content:encoded>
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		<title>どちらが買い？「倖田來未BEST」</title>
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		<pubDate>Sun, 23 Apr 2006 01:55:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[お気楽夫婦の週末のリビングでは、音楽系のTV番組が流れ続けている。MTV、スペースシャワーTVなどのチャート番組。新聞を読みながら、持ち帰りの仕事をしながら、ブログの記事を書きながら視聴。BGMというよりは、BGV。音楽だけでも良いけど、映像があることで音の印象が深くなる。気になるメロディが耳に入ると、読みかけの新聞から画面に視線が移る。
80年代のビデオクリップ全盛の頃、音楽がもっと身近にあった。「BEST HIT USA」で小林克也の声を聴きながら、毎週のチャートイン曲を楽しんでいた。（入院したという小林さん、お元気でしょうか？）それぞれの楽曲の印象に、その頃の自分の記憶とビデオ映像がダブる。深夜番組で「懐かしの&#8217;80名曲の数々。レーベルを超えた特別企画、CD10枚組みを今なら14,800円！」とか、良くあるCFを観ながら、「惜しいなぁ、これでDVDとかで映像付きなら倍の値段出しても“買い”なのになぁ・・・」と呟き合う日常。CDショップでそんな企画モノDVDを探したことも何度か。
しかし、ようやく期待できる作品が出始めた。昨年後半にブレークした倖田來未。“エロかっこイイ”のキャッチもすっかり定着。立て続けにリリースされた彼女のベストCD２枚組みは、いずれもDVD付き！それも、オリジナル映像そのままを集めたクリップ集。昨年の「Best ～first things～」は、デビューから（当時の）最新ナンバーまでリリース順に映像が並び、彼女の変化が楽しめる。そして「Best ～second session～」は、12週連続リリースしたシングル曲を中心に。それぞれ映像作品としても楽しめ、お得。・・・なのに、価格は通常のCD並み。こんな企画を待っていた！もちろん“買い！”
「ポルノグラフィティ」、「Ｈｉｔｏｍｉ」、最近発売の「スピッツ」も、ベスト盤を購入。（でも残念ながら通常のCDのみ）最新のアルバムを追いかけるアーティストが少なくなり、気に入ったアーティストのベスト盤発売を待つというライトユーザー化してしまった。それはそれで淋しいが、だとしたらなおさら、「ベスト盤＋ビデオクリップ集」という、二人にとっての「ベスト盤」が定着して欲しい。
「老後の楽しみとして、一緒に映像観ながら音楽聴けるDVDがあると良いよね」「そうそう、あの頃はとか言いながら？でも新しいものもキャッチアップしたいなぁ。ＷaＴのウェンツ君、可愛いよ」・・・妻は、タレ目のバター顔好き。CATVで録画した「スピン・シティ（マイケル･J･フォックス主演）」のビデオが大量に保管されている。このGWにDVDで保存し直すという計画。（この映像も老後の楽しみらしい。一緒に観るのは・・・）
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/photos/uncategorized/p1010556_1.jpg"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/p1010556_1.jpg" border="0" alt="P1010556_1" width="100" height="133" /></a>お気楽夫婦の週末のリビングでは、音楽系のTV番組が流れ続けている。MTV、スペースシャワーTVなどのチャート番組。新聞を読みながら、持ち帰りの仕事をしながら、ブログの記事を書きながら視聴。BGMというよりは、BGV。音楽だけでも良いけど、映像があることで音の印象が深くなる。気になるメロディが耳に入ると、読みかけの新聞から画面に視線が移る。</p>
<p style="text-align: left">80年代のビデオクリップ全盛の頃、音楽がもっと身近にあった。「BEST HIT USA」で小林克也の声を聴きながら、毎週のチャートイン曲を楽しんでいた。（入院したという小林さん、お元気でしょうか？）それぞれの楽曲の印象に、その頃の自分の記憶とビデオ映像がダブる。深夜番組で「懐かしの&#8217;80名曲の数々。レーベルを超えた特別企画、CD10枚組みを今なら14,800円！」とか、良くあるCFを観ながら、「惜しいなぁ、これでDVDとかで映像付きなら倍の値段出しても“買い”なのになぁ・・・」と呟き合う日常。CDショップでそんな企画モノDVDを探したことも何度か。</p>
<p style="text-align: left">しかし、ようやく期待できる作品が出始めた。昨年後半にブレークした倖田來未。“エロかっこイイ”のキャッチもすっかり定着。立て続けにリリースされた彼女のベストCD２枚組みは、いずれもDVD付き！それも、オリジナル映像そのままを集めたクリップ集。昨年の「Best ～first things～」は、デビューから（当時の）最新ナンバーまでリリース順に映像が並び、彼女の変化が楽しめる。そして「Best ～second session～」は、12週連続リリースしたシングル曲を中心に。それぞれ映像作品としても楽しめ、お得。・・・なのに、価格は通常のCD並み。こんな企画を待っていた！もちろん“買い！”</p>
<p style="text-align: left">「ポルノグラフィティ」、「Ｈｉｔｏｍｉ」、最近発売の「スピッツ」も、ベスト盤を購入。（でも残念ながら通常のCDのみ）最新のアルバムを追いかけるアーティストが少なくなり、気に入ったアーティストのベスト盤発売を待つというライトユーザー化してしまった。それはそれで淋しいが、だとしたらなおさら、「ベスト盤＋ビデオクリップ集」という、二人にとっての「ベスト盤」が定着して欲しい。</p>
<p style="text-align: left">「老後の楽しみとして、一緒に映像観ながら音楽聴けるDVDがあると良いよね」「そうそう、あの頃はとか言いながら？でも新しいものもキャッチアップしたいなぁ。ＷaＴのウェンツ君、可愛いよ」・・・妻は、タレ目のバター顔好き。CATVで録画した「スピン・シティ（マイケル･J･フォックス主演）」のビデオが大量に保管されている。このGWにDVDで保存し直すという計画。（この映像も老後の楽しみらしい。一緒に観るのは・・・）</p>
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		<title>クリスマスの記憶「マライア･キャリー」</title>
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		<pubDate>Sun, 20 Nov 2005 09:21:35 +0000</pubDate>
		<dc:creator>IGA</dc:creator>
				<category><![CDATA[■恍惚の音楽]]></category>
		<category><![CDATA[フォト・エッセイ（全件）]]></category>

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		<description><![CDATA[「好きなクリスマス･ソングは何？｣･･･そう聞くと、人それぞれに、いろんな曲が出てくる。その答えで、世代が分かったり、音楽の嗜好性が分かったり、実に面白い。妻に尋ねたら、ワムの「ラスト･クリスマス」か、松任谷由実「恋人がサンタクロース」。なるほど。自分に問えば、ジョン・レノン「HAPPY XMAS(WAR IS OVER)｣か、マライア･キャリーの「All I Want for  Christmas is You（恋人たちのクリスマス)｣。山達の「クリスマス・イブ」も外せない。う～ん、それぞれいろんな思い出がそれぞれ詰まってるなぁ。
この秋に転職した先のオフィスビルのパティオには、かなり大きなクリスマス・ツリーが飾られる。点灯式は11月17日（木）。ボジョレー･ヌーヴォー解禁日。管弦三重奏のライブと共に、ワインの試飲をやっていた。残念ながら夕方から取引先に出かけたために、試飲の風景を横目で見ながら駅に急いだ。（もちろん仕事の後、しっかり飲んだ。）
クリスマスツリーと言えば、ＮＹＣのロックフェラー･センターや、ワシントンのホワイト･ハウスのクリスマス･ツリー。振り返れば、その二ヶ所も含め、数々のクリスマス・ツリーを眺めてきた。台北のリージェントホテルで、香港のグランドハイアットで、パリのホテル・リッツで。そして日本でも、代々木競技場前のドリカムがプロデュースしたツリー、日比谷花壇本店横のツリー、などなど、いろいろな思い出がある。そして、そのＢＧＭは･･･。
そう、記憶の風景には音楽が流れている。そして、マライア・キャリーの名盤「Merry Christmas｣には、いろんな記憶の風景が交錯する。その中でも、「All I Want for  Christmas is You｣には･･･、うぅ～ん、お伝えできないのが残念。人には、大事にしまっておきたいクリスマスの記憶がある。この曲には、そんな思い出が･･･。（念のため、妻に聞いたら、「あらら？何だっけ？｣･･･)辛いことを忘れることができる、一緒に暮らすには実に良いやつだけど、幸せな現在が一番大事だから過去の幸せは忘れてしまう、そんなやつ。
てな訳で、今回の記事は“コメント受付あり”の設定。クリスマス・ソングの思い出が聞いてみたい。そんな気分。よろしかったら、どうぞ。
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			<content:encoded><![CDATA[<p style="text-align: left"><a href="wp-content/uploads/blog/images/PIC_0173.JPG"><img style="margin: 0px 5px 5px 0px;float: left" src="wp-content/uploads/blog/images/PIC_0173_thumb.JPG" border="0" alt="PIC_0173" width="100" height="75" /></a>「好きなクリスマス･ソングは何？｣･･･そう聞くと、人それぞれに、いろんな曲が出てくる。その答えで、世代が分かったり、音楽の嗜好性が分かったり、実に面白い。妻に尋ねたら、ワムの「ラスト･クリスマス」か、松任谷由実「恋人がサンタクロース」。なるほど。自分に問えば、ジョン・レノン「HAPPY XMAS(WAR IS OVER)｣か、マライア･キャリーの「All I Want for  Christmas is You（恋人たちのクリスマス)｣。山達の「クリスマス・イブ」も外せない。う～ん、それぞれいろんな思い出がそれぞれ詰まってるなぁ。</p>
<p style="text-align: left">この秋に転職した先のオフィスビルのパティオには、かなり大きなクリスマス・ツリーが飾られる。点灯式は11月17日（木）。ボジョレー･ヌーヴォー解禁日。管弦三重奏のライブと共に、ワインの試飲をやっていた。残念ながら夕方から取引先に出かけたために、試飲の風景を横目で見ながら駅に急いだ。（もちろん仕事の後、しっかり飲んだ。）</p>
<p style="text-align: left">クリスマスツリーと言えば、ＮＹＣのロックフェラー･センターや、ワシントンのホワイト･ハウスのクリスマス･ツリー。振り返れば、その二ヶ所も含め、数々のクリスマス・ツリーを眺めてきた。台北のリージェントホテルで、香港のグランドハイアットで、パリのホテル・リッツで。そして日本でも、代々木競技場前のドリカムがプロデュースしたツリー、日比谷花壇本店横のツリー、などなど、いろいろな思い出がある。そして、そのＢＧＭは･･･。</p>
<p style="text-align: left">そう、記憶の風景には音楽が流れている。そして、マライア・キャリーの名盤「Merry Christmas｣には、いろんな記憶の風景が交錯する。その中でも、「All I Want for  Christmas is You｣には･･･、うぅ～ん、お伝えできないのが残念。人には、大事にしまっておきたいクリスマスの記憶がある。この曲には、そんな思い出が･･･。（念のため、妻に聞いたら、「あらら？何だっけ？｣･･･)辛いことを忘れることができる、一緒に暮らすには実に良いやつだけど、幸せな現在が一番大事だから過去の幸せは忘れてしまう、そんなやつ。</p>
<p style="text-align: left">てな訳で、今回の記事は“コメント受付あり”の設定。クリスマス・ソングの思い出が聞いてみたい。そんな気分。よろしかったら、どうぞ。</p>
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