極める仕事、収める商売「割烹 弁いち」浜松

Photo2008年も押し迫ったある日、楽しみにしていたスカッシュ仲間との忘年会を欠席し、お気楽夫婦は浜松へ向かった。年内最後のレッスンを終え、仲間たちと年末のご挨拶。スポーツクラブからそのまま新横浜に向かうという慌ただしいスケジュール。それと言うのも、その日はある店の年内最終営業日。どうしても年内にもう一度その店に行きたかった。浜松に住む妻の両親と一緒に、その店の料理を味わいたかった。妻の生まれ故郷で過ごすことが恒例となった年末年始。以前から気になっていた「割烹 弁いち」を初めて訪れて味わった昨春の、あの喜びの味を再び!なかなか伺うことができない東京に住む身としては、少ないチャンスを活かしたい。そんな意気込みだ。

Photo_4 松に到着した新幹線から降り、迎えに来ていた両親と共にまっすぐ店に向かう。予約したのは店を入ってすぐの場所にある、個室風のカウンタ席。親子4人にお誂え向きの、4席だけの居心地の良いこぢんまりとしたスペース。脚の具合が良くない義母のために椅子席を選んだということもあるが、厨房が近いこともあり、お店のご主人とコミュニケーションもしやすい絶好の場所でもある。新幹線の車内でビールを既に飲み適度に酔った私は準備万端。さっそくご主人お薦めの日本酒をお願いする。この店の楽しみは料理とお酒(特に日本酒)の絶妙な組合せ。絶品の料理を作り、酒や食材に関しても研究熱心なご主人に、この皿にはこの酒と選んでいただける。不味かろうはずもない。

Photo_3の日も、全て肴になるために生まれて来たとしか思えない前菜、珍味盛り合せをいただきつつ、一杯目は「山形正宗」。キレの良い酒だ。酒の肴も実に美味しい…おっ!旨い♪これはカラスミですか。ご主人に尋ねると自家製のカラスミだという。正直に言えば、今まで食べたカラスミは、値段の割にはそれほど美味しいものとは感じられなかった。が、このカラスミは明らかに違う。ほんの少し齧っただけで上品な香りが口中に広がり、生臭さがまったくなく、味が濃いのではなく、旨味が濃い。旨ぁ〜いっ♪「ありがとうございます。良いモノを仕入れると驚くようなお値段です」さり気なくご主人はおっしゃるけれど、嫌みにならない。良いモノだということに納得するしかない味。「これも食べてぇ」美味しいを連発する私に、義母が自分の皿からカラスミを勧めてくれる。酒がさらに進む。

Photo_4の後も、「十四代」、「究極の花垣」などの逸品を薦めていただく。どれも実に旨い。そして、どれも絶品の料理がご主人と共にやって来る。どうしてもこちらに伺いたく予定を変更して来店したこと、春以来2度目の訪問であることを告げる。「それは、ありがとうございます。前のご来店の際にネットでお書き頂きましたか。確か、快楽主義…」あぁ、良くお分かりですね。実は両親も気に入ったようで、今年のお節は弁いちさんにお願いしたんですよ。「ありがとうございます。今ちょうどお節の仕込みの真っ最中なんです。先程お召し上がりいただいたカラスミも入っています」おぉ〜っ♪それは正月の楽しみが増えた。「良かったねぇ」妻が嬉しそうに微笑む。なんだか大好きなものを買い与えられて喜ぶ子供(私)を皆が温かく見守る風景になっている。カラスミを食べた私は、そんなに嬉しそうに見えたのか…。

して〆は、私の「最後の晩餐」のメニューとして決めている大好物の穴子、そのお茶漬けだ。幸せの味。最後まで丁寧な仕事。厳選された食材。旬の食材の味を最大限に引き出す技。弁いちの料理は、ダイナミックさを表に出さず、奇を衒わず、極めてきた結果が独りよがりな方向には向かわない。斬新な組合せでも(良い意味で)安定した味になっている。未完成の味は皿には乗ってこない。決してハズレのない味。だからこそ、普段は口数の少ない妻の両親が弁いちの味を積極的に誉め、お節に弁いちを選んだのだろう。食事を終え、ご主人に店先までお見送りいただき帰路に付く。一年の締めくくりとして、実に満足の味、満足の時間だった。

ころで、ご主人は自店サイトの「板前日記」で、含蓄のある端正な文章を書いている。そこで「発展的に店をスリムにし、仕事の内容を充実させる」あるいは「商売は縮小、仕事は追求が今後の理想」とも書いているのを見つけた。なるほど。自ら書かれているように、“店を大きくせず、多店舗展開もせず、料理のクォリティを高める”仕事をしてきた職人が目指す方向として、とても理解できる。私の仕事も経済性を優先するのではなく、専門性、地域や社会への貢献を優先するという方向に舵を切った。そんな時期にこの店に出会えたのも何かのご縁。ご主人の仕事と味がどのように変化するのか、訪れるたびに楽しみにしたい。「次は連休かなぁ♪浜松まつりの間は営業しているかなぁ…」故郷の両親の元に帰ると、すっかり子供になる妻が嬉しそうに呟いた。

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SINCE 1.May 2005