これが最後の?PASSPORT「66回の海外渡航」

PASSPORT01PASSPORT02PASSPORT03PASSPORT04スポートを更新した。数えてみたら7冊目。最初のMyパスポートは1979年1月発行の数次旅券。まだ20歳だった。当時は5年有効のものしかなく、1回のみ有効の旅券も選択できた時代。*パリに1ヶ月ほど短期留学するために申請したものだった。それ以降、47年間ほぼ切れ目なしにパスポートを保持してきた。渡航回数を調べてみると(今のワタシには時間はたっぷりある)、11回の出張を含めて66回旅立ち、通算500日ほど海外に滞在していた。その間、パスポートの7枚の写真で分かるように、確実に年齢を重ね、頬は緩み、髪量は減り、味わい深い(笑)顔つきになった。写真の2枚目以降は、1979年、2005年、2024年と、それぞれ20年ほどの間隔で撮影した、私が大好きなほぼ同じ場所。リュクサンブール公園の噴水池。人は変わるのに、パリの街と、この公園のヨット遊びはずっと変わらない。動力はなし。棒で突いて出航させて漂う自分の船を追いかける子供たち。それを見守るオトナたち。写真を見ていると最初のパスポート持参で眺めた47年前のパリの風景が蘇る。

PASSPORT05PASSPORT06PASSPORT07PASSPORT08米への旅は駐在していた友人たちを訪ねることが多かった。2003年12月、NYCに駐在していた友人夫妻と一緒に『ホームアローン』の舞台になった街のクリスマスを楽しみ、ワシントンまで足を伸ばし大統領のクリスマスツリーを眺めた。2012年の夏にはワシントンD.C.に駐在していた友人を訪ね、彼女たちのご自宅やご主人の勤務先、通っていたスポーツジム、もちろんスミソニアンも、さらにはお気楽夫婦が大好きなボストンの街を一緒に歩いた。ボストンレッドソックスの試合も観戦した(野茂も松坂もいなかったけど)。2024年の妻の卒業(定年退職)旅行では、移住したパティシエの友人と育児休暇中の友人が滞在していたバンクーバー(偶然にも夫くんの故郷)を訪れた。シカゴに立ち寄った際にはわざわざ400kmの距離をドライブして来てくれた友人夫妻とリバークルーズをご一緒した。単に旅人として滞在するのとは一味違った、彼らと一緒だったからこそ味わえる、現地に暮らしているような、思い出深く楽しい時間を過ごすことができた。

PASSPORT09PASSPORT10PASSPORT11PASSPORT12の島にもよく出かけた。タイのプーケット島、サムイ島、マレーシアのペナン島、ランカウイ島、パンコールラウ島、ヴェトナムのコンダオ島、インドネシアのビンタン島など数々のリゾートに滞在した。中でも素敵なホテルが多いバリ島には5回も(これも数えた)旅した。東南アジアのリゾートが多かったのは、移動時間が短く、時差が少なく、食べ物がおいしくて、何よりもCPが良かったから。広々とした客室とこのサービスでこの料金?という水準の高さ。1997年に初めてのバリでヴィラにアップグレードしてもらい、お気楽妻はすっかりヴィラ好きになった。以降、適切な(これ大事)料金で泊まれる時にはヴィラに滞在することになった。プール付き、ジャグジー付きヴィラなど、確かに快適には違いない。さらには長期滞在が前提だからジムは必須。スカッシュコートがあれば尚可。加えて読書に適したスペースがあること。これらの条件を満たしたホテルを探し旅を続けるお気楽夫婦。今年の夏はヴェトナムのリゾートを再訪する予定。島ではないけれど。

PASSPORT13PASSPORT14PASSPORT15PASSPORT16湾、中国、香港にも縁がある。*それぞれ別の国という前提。1990年、初めての海外出張が台北だった。チケットぴあ初めての海外展開でもあった。中途入社4年目、32歳、課長職で初めてのビジネスクラス体験。他にも朝粥、夜市、本場の中華料理、中国式乾杯、臭豆腐、KTVなど、たっぷり“初めて”を味わった。その後、アメリカ(インディアナポリス、アトランタなど)出張を経験し、2002年には上海、香港に計7回、2ヶ月弱の長期出張。上海では現地での記者会見を担当することになった。中国(大陸)人に対する不信と尊敬とを併せ持つことになった体験だった。そして何といっても返還前に行きたい!と1995年に初めて訪れた香港はお気楽夫婦にとって驚きだった。街と人の持つエネルギー、猥雑さ、そして何よりも香港の味に魅了された。以降、スカッシュ香港OPENの観戦*2015年以降はコロナ禍での大会中止を除き毎年行っている、グランドハイアットへの宿泊、龍景軒での食事という目的も増え、通算20回以上訪れた愛する街になった。そしてまた今年も訪れるだろう。

PASSPORT17PASSPORT18PASSPORT19PASSPORT20の目的はいろいろあるけれど、スカッシュが目的の旅も多かった。2008年にニュージーランドを訪ねたのは「ワールドマスターズ」というスカッシュの世界大会に“参戦”(観戦ではない)するためだった。日本代表(ではないけれど)として胸に日の丸を付けて海外の選手たちと対戦した。当時テニス肘(スカッシュ肘?)で右手が使えず、左手で試合に臨み全敗。とは言え、楽しい国際試合体験だった、はずだ。2024年にパリを訪ねた目的のひとつは「Paris Squash 2024」の大会観戦。女子日本チャンピオンの渡邊聡美ちゃんの応援のためだった。現地でパリ在住のぴあ時代の後輩に会って行動を共にしたり、新婚旅行中の友人夫妻やスカッシュ日本代表の杉本梨沙ちゃんと合流して食事をしたり、47年前とはまた違う盛り沢山のパリ滞在だった。そして毎年観戦に向かう「スカッシュ香港OPEN」に聡美ちゃんが出場できるようになって(お気楽夫婦がセミリタイアしたこともあり)から、香港滞在期間が長くなった。昨年の大会ではベスト4。今年はもちろん決勝戦まで観戦予定だ。

こうして振り返る(終活の一環?)と、実にいろいろな旅をして来た。いろいろな国でいろいろな経験をして来た。旅は国内外、期間の長短に関わらず、ちっとも苦にならない。近頃ではお気楽夫婦、“職業:旅人”とまで宣っている。こうしてブログ記事を書きながら、あぁ旅に出たいなぁとすら思っている。初めてパスポートを手に入れ、期待と不安でいっぱいな20歳のワタシに言ってあげたい。これがキミの旅のはじまりだよ。まだまだキミは数多くのステキな旅に出て、パスポートを何冊も更新するんだよ、と。すると、「これが最後の更新じゃないよね?」とブログ記事のタイトルを見たお気楽妻が口を挟む。むむっ、10年更新のパスポートが切れる頃には、何と喜寿のお祝い!!という年齢。まだまだ行けるか?行けるのか?「行かなきゃ!」と言う妻の教唆に頷き、タイトルの最後に「?」を加えるワタシ。

…お気楽夫婦の旅は続く。

いつもと違う、いつもと同じ「2026年START!!」

2026start012026start022026start032026start042026年、新しい年を迎え早くも20日余り。あっという間に日々が過ぎていくのは例年通りではあるが、今年は少しいつもの正月と違った。年末の仕事納めの後、新幹線で西に向かうのがお気楽夫婦の恒例行事。妻の生まれ故郷、浜松に義父母を訪ねるのがお約束だった。ところが今、その義父母はお気楽夫婦の住いから歩いて15分ほどの場所に住んでいる。前年に一大決心をして高齢者向けのサービス付き賃貸住宅に引っ越し、東京都民になったのだ。そのため、浜松訪問はなくなり、久しぶり(コロナ禍で義父母に来訪を拒否されて以来)に年末年始に都内の自宅で過ごすことになった。すると、決して重荷ではなかったはずの妻の実家での短期滞在がなくなっただけで、気持ちが軽くなったのに気が付いた。それは妻も同様らしく、「年末年始のスカジュールが楽になったね、初詣はどこに行こうかとか」などと、やや浮かれ気分。*結局、近所の寺町巡り(大河ドラマ『べらぼう』でファンになった喜多川歌麿の墓参りを兼ねて)、水木しげる所縁の布多天神社など、いくつかの寺社に初詣♬

2026start062026start052026start072026start08ちろん年末には義父母を訪ねて忘年会を、元旦には行きつけの鮨屋で手配したお節料理を抱えて新年会をささやかに開催した。雑煮を作ったり、家事全般にフルで活躍する、いつものマスオさん。忘年会では通販で手配した石狩鍋を、新年会では沖縄旅行でオーダーした「サンスーシー」の京都白味噌の雑煮をそれぞれ作り、出張料理人の面目躍如。さらには、1月が誕生日の義父のお祝いを開催。何と義父は90歳!!「卒寿」のお祝いということで、ご近所の鰻屋で鰻重やら白焼を準備し、食事の後には娘(お気楽妻)からプレゼントの贈呈。2人で選んだ「パパス」のシャツとカーディガン。引越しの際に「洋服を処分し過ぎて(笑)着るものがない!と嘆いていた義父にとっては何より嬉しいプレゼントだった模様。さっそく着てみたら?と促され、着替えてきた義父の目には涙。彼がふだんなら選ばないような色使いで選んだシャツもカーディガンもよく似合っている。「ワタシにはないのぉ?」と笑顔の義母、そして「捨てずにいっぱい持ってきたでしょ!」と突っ込むひとり娘、「ありがとう。ほんとに嬉しい」と涙顔の義父のコントラストが愉快だ。

2026start092026start10年会は他にも数多く開催。前職の先輩諸氏とは「銀座ライオン」で、映画の話、(先輩の豪快な)父親の話、などなど尽きない話題で盛り上がる。初めての顔ぶれだったが、「楽しかった。またやろーぜぃ」「いい飲み会だった」とご一緒したお二人からのコメントもあり、今後も恒例の会になりそうで嬉しい限り。年上の先輩と飲む機会が少ないお気楽夫婦。肩肘張らずにリラックスして飲める先輩の存在は貴重でありがたい。同じく銀座の老舗スペインバル「エスペロ」に集まったのは、ゴルフ(お気楽夫婦はやらない)仲間。同じホテルに宿泊し、彼らは日中にゴルフを、お気楽夫婦はバドミントンやスカッシュを、それぞれやった後に夜の宴会で合流するというメンバーたち。考えたら不思議な旅行仲間であり、飲み仲間だけれど、数ヶ月も先のスケジュールを調整できる同じノリのメンバーとのやり取りはいい感じ。その日は“夏はニセコに行こう!”と盛り上がる。彼らはゴルフ、お気楽夫婦はパデルで!と計画確定。

2026start112026start12本木の別荘では(元)スカッシュ仲間の還暦を祝う会として開催。思えば全員が出会って30年近くのお付き合い。お祝いにと作成したムービーはその出会いから現在までの画像を使った感涙ものの出来。皆んなで「懐かしい!」「若〜〜いっ!!」と笑い合い、当時のことを思い出しながら飲み明かす。「次は2年後に僕の時にもやってもらえますか?」とメンバーの1人が控えめに呟けば、「ワタシは11年後です!IGAさん元気にいてください!きっと元気そうですね」と後輩女子が笑う。どちらもできると良いね(他人事?)。その翌日には娘(のような友人)夫妻と、可愛い孫娘も六本木にやって来た。可愛いだけでなく、自分を(子供だと)きちんと分かっているし、自己主張も(わがままではなく)できる、賢い孫娘。子供が苦手な妻も、そんな孫娘とは仲良し。現在2歳。今まで沖縄でも、バンクーバーでも、もちろん日本でも何度も会っているけれど、いつまで遊んでもらえるものやら。…すっかり本気のジジババ状態。

他にも香港OPENでご一緒したメンバーとの打上げの会、ずっとお世話になっているフットケア店の社長との会、転職したかつての(かなり年下の)同僚のお祝い等、これから開催する予定の新年会を含めると、その頻度は例年以上。公的な(仕事絡みの)新年会は参加しなくなったことを考えると、これはすごい。①会いたい人に、会える内に会っておく、②時間とお金と気力と体力は、ある内に使っておく、というお気楽夫婦のモットーにぴったりな新年のスタートだ。

VIVA!! HongKong!!「香港OPEN2025」

HongKong02HongKong01田発8:50NH859便で向かうのは香港。空港のラウンジでも、機内でも、食すのはフルーツやナッツ程度。香港国際空港到着12:55。すぐにTAXIに乗り込み、ホテルに直行。グランドクラブのカウンタで「Welcome back!」と言われながらチェックイン。そして荷解きもそこそこに階上のビクトリアハーバーを一望するラウンジに向かう。お目当てはこの時間に提供されるアフタヌーンティ。3段のスタンドではないけれど、ビュフェスタイルでセイボリーやスコーン、スイーツが供される。機内食を食べるのを我慢した甲斐がある美味しさ。ビールを飲みつつローストビーフのミニハンバーガー、サンドウィッチで軽くお腹を満たし、クロテッドクリームをたっぷり付けたスコーンをいただく。プティシュークリームとクッキーは紅茶と一緒に。英国統治が長かった香港らしい、そして本家イングランドよりよほど美味しい正統派のアフタヌーンティ。「あぁ〜香港に帰って来た」と実感するひと時だ。

HongKong03HongKong04行先、もとい宿泊先はいつもの「グランドハイアット香港」、客室はこれまたいつものグランドスイート「××10号室」。ベッドルームからは香港島の中心部、中環(セントラル)の超高層ビル群の夜景が眺められ、リビングルームからはビクトリアハーバーを挟んで両岸の街の灯りが美しい。とは言っても、今年は太埔地区で発生した大規模火災の追悼期間中だったため、イルミネーションを控えていたり、毎晩開催されるレーザーショーも休止していたりと例年よりずっと落ち着いた光量だ。かつて1995年に初めて香港を訪れた際に、巨大なビルの壁面全てを使ったイルミネーションが競うように輝いていた。中国への返還前、香港がまだ香港であった頃。大きな地下鉄駅の周辺でも裏通りは恐々歩いた頃。ビルの壁面には競うように派手な看板が水平に飛び出し、どの窓からも洗濯物がやはり水平方向に突き出した物干し竿に干されていた頃。工事中のビルの足場は100%竹だった頃。*今回の大規模火災も竹の足場が話題でしたね。

HongKong06HongKong05ころで、今回の香港訪問の目的はいつものように「スカッシュ香港OPEN」という世界TOPクラスの大会観戦だ。さらにここ数年は日本女子No.1の渡邊聡美ちゃんの応援というミッションも加わった。仕事の関係で長期に休みを取れなかったこともあり、聡美ちゃんの大会参戦前までは週末に掛けて香港を訪れ、準々決勝くらいから観戦し、世界のTOP選手のプレーを堪能するというのが常だった。ところが嬉しいことに(お気楽夫婦の仕事に時間的な余裕ができたこともあり)聡美ちゃんの応援のためにと1回戦から観戦し、2回戦、準々決勝とチケットを押さえて観戦するようになった。世界のトップ選手たちと対等に戦える日本人選手が現れ、応援できるなど、初めて香港OPENを観戦した1998年には考えられなかった奇跡のような幸福。聡美ちゃんの戦績も2022年、2023年にはベスト8、2024年にはベスト16と安定した好成績を残していた。今回も1回戦から準々決勝までチケットをゲット!準備は万端のはず、だった。

HongKong07HongKong08ころが、聡美ちゃんはお気楽夫婦の予想と期待を軽々と超えていった。1回戦、2回戦と順当に勝ち上がり、準々決勝で世界ランキング4位(現在は3位、聡美ちゃんは世界ランキング7位で第6シード、現在は6位)のエジプトの若手ホープ、第2シードのAmina Orfiと対戦。*直前のチャイナOpenでは0−3のスコアで負けて入るものの、それまでの勝敗は3勝3敗と相性は悪くない。そして、4面グラスコートでお気楽夫婦やコーチ、同僚が見守る中、何と3−2で勝利!! 準決勝に進んだのだ。素晴らしい!プラチナグレード、賞金総額3,500万円というグレードの大会(年に5大会のみ、さらにその上はダイヤモンド2大会)で、TOP4!!!!!。日本のスカッシュ界における史上最大のNewsと言っても良い快挙。それも来年以降、それ以上の快挙を聡美ちゃん自身が果たすだろうけれど。素晴らしい!!!!。その場にいることができて、勝利の瞬間に立ち会えたことは鳥肌もの。Thanks!!聡美ちゃん。

HongKong11HongKong12美ちゃん勝った!でも残念ながら翌日のチケットはない(涙)」とSNSにアップすると、「ファイナルのチケットは買いましたよね」と友人からツッコミが入る。残念!準決勝以降のチケットは買っていないのだった。そこで翌日の準決勝は香港の別荘(グランドハイアット香港)のラウンジにパソコンを持ち込み、カクテルタイムの豪勢な料理とわんこシャンパンを楽しみながらスカッシュTVで観戦。USAのTOPプレーヤー、世界ランキング5位、第4シードのOlivia Weaver と対戦。残念ながら1−3で敗退。それまで0勝2敗、いずれも0−3で負けていたオリビアから1Gを取り、次の試合では勝利の期待が持てる試合だった。「終わったね〜」と脱力したお気楽妻。1回戦からTV観戦の準決勝まで6日間の観戦。香港もスカッシュもたっぷりと楽しめた。

通算21回目の香港渡航、11回目の香港Open観戦もこうして無事に終了。スカッシュというスポーツと、聡美ちゃんという稀有なプレーヤーと出会えたことで、お気楽夫婦にとって香港という街は特別なものになった。来年も、こうして香港に来なきゃね。「当然だよ!来年は1回戦から決勝まで、全部チケット取るよ!」とお気楽妻の鼻息は荒い。そうだね。きっと聡美ちゃんが決勝に行ってくれるね。VIVA!! 香港!! VIVA!! SQUASH!! 来年も!

002382461

SINCE 1.May 2005