VIVA!! HongKong!!「香港OPEN2025」

HongKong02HongKong01田発8:50NH859便で向かうのは香港。空港のラウンジでも、機内でも、食すのはフルーツやナッツ程度。香港国際空港到着12:55。すぐにTAXIに乗り込み、ホテルに直行。グランドクラブのカウンタで「Welcome back!」と言われながらチェックイン。そして荷解きもそこそこに階上のビクトリアハーバーを一望するラウンジに向かう。お目当てはこの時間に提供されるアフタヌーンティ。3段のスタンドではないけれど、ビュフェスタイルでセイボリーやスコーン、スイーツが供される。機内食を食べるのを我慢した甲斐がある美味しさ。ビールを飲みつつローストビーフのミニハンバーガー、サンドウィッチで軽くお腹を満たし、クロテッドクリームをたっぷり付けたスコーンをいただく。プティシュークリームとクッキーは紅茶と一緒に。英国統治が長かった香港らしい、そして本家イングランドよりよほど美味しい正統派のアフタヌーンティ。「あぁ〜香港に帰って来た」と実感するひと時だ。

HongKong03HongKong04行先、もとい宿泊先はいつもの「グランドハイアット香港」、客室はこれまたいつものグランドスイート「××10号室」。ベッドルームからは香港島の中心部、中環(セントラル)の超高層ビル群の夜景が眺められ、リビングルームからはビクトリアハーバーを挟んで両岸の街の灯りが美しい。とは言っても、今年は太埔地区で発生した大規模火災の追悼期間中だったため、イルミネーションを控えていたり、毎晩開催されるレーザーショーも休止していたりと例年よりずっと落ち着いた光量だ。かつて1995年に初めて香港を訪れた際に、巨大なビルの壁面全てを使ったイルミネーションが競うように輝いていた。中国への返還前、香港がまだ香港であった頃。大きな地下鉄駅の周辺でも裏通りは恐々歩いた頃。ビルの壁面には競うように派手な看板が水平に飛び出し、どの窓からも洗濯物がやはり水平方向に突き出した物干し竿に干されていた頃。工事中のビルの足場は100%竹だった頃。*今回の大規模火災も竹の足場が話題でしたね。

HongKong06HongKong05ころで、今回の香港訪問の目的はいつものように「スカッシュ香港OPEN」という世界TOPクラスの大会観戦だ。さらにここ数年は日本女子No.1の渡邊聡美ちゃんの応援というミッションも加わった。仕事の関係で長期に休みを取れなかったこともあり、聡美ちゃんの大会参戦前までは週末に掛けて香港を訪れ、準々決勝くらいから観戦し、世界のTOP選手のプレーを堪能するというのが常だった。ところが嬉しいことに(お気楽夫婦の仕事に時間的な余裕ができたこともあり)聡美ちゃんの応援のためにと1回戦から観戦し、2回戦、準々決勝とチケットを押さえて観戦するようになった。世界のトップ選手たちと対等に戦える日本人選手が現れ、応援できるなど、初めて香港OPENを観戦した1998年には考えられなかった奇跡のような幸福。聡美ちゃんの戦績も2022年、2023年にはベスト8、2024年にはベスト16と安定した好成績を残していた。今回も1回戦から準々決勝までチケットをゲット!準備は万端のはず、だった。

HongKong07HongKong08ころが、聡美ちゃんはお気楽夫婦の予想と期待を軽々と超えていった。1回戦、2回戦と順当に勝ち上がり、準々決勝で世界ランキング4位(現在は3位、聡美ちゃんは世界ランキング7位で第6シード、現在は6位)のエジプトの若手ホープ、第2シードのAmina Orfiと対戦。*直前のチャイナOpenでは0−3のスコアで負けて入るものの、それまでの勝敗は3勝3敗と相性は悪くない。そして、4面グラスコートでお気楽夫婦やコーチ、同僚が見守る中、何と3−2で勝利!! 準決勝に進んだのだ。素晴らしい!プラチナグレード、賞金総額3,500万円というグレードの大会(年に5大会のみ、さらにその上はダイヤモンド2大会)で、TOP4!!!!!。日本のスカッシュ界における史上最大のNewsと言っても良い快挙。それも来年以降、それ以上の快挙を聡美ちゃん自身が果たすだろうけれど。素晴らしい!!!!。その場にいることができて、勝利の瞬間に立ち会えたことは鳥肌もの。Thanks!!聡美ちゃん。

HongKong11HongKong12美ちゃん勝った!でも残念ながら翌日のチケットはない(涙)」とSNSにアップすると、「ファイナルのチケットは買いましたよね」と友人からツッコミが入る。残念!準決勝以降のチケットは買っていないのだった。そこで翌日の準決勝は香港の別荘(グランドハイアット香港)のラウンジにパソコンを持ち込み、カクテルタイムの豪勢な料理とわんこシャンパンを楽しみながらスカッシュTVで観戦。USAのTOPプレーヤー、世界ランキング5位、第4シードのOlivia Weaver と対戦。残念ながら1−3で敗退。それまで0勝2敗、いずれも0−3で負けていたオリビアから1Gを取り、次の試合では勝利の期待が持てる試合だった。「終わったね〜」と脱力したお気楽妻。1回戦からTV観戦の準決勝まで6日間の観戦。香港もスカッシュもたっぷりと楽しめた。

通算21回目の香港渡航、11回目の香港Open観戦もこうして無事に終了。スカッシュというスポーツと、聡美ちゃんという稀有なプレーヤーと出会えたことで、お気楽夫婦にとって香港という街は特別なものになった。来年も、こうして香港に来なきゃね。「当然だよ!来年は1回戦から決勝まで、全部チケット取るよ!」とお気楽妻の鼻息は荒い。そうだね。きっと聡美ちゃんが決勝に行ってくれるね。VIVA!! 香港!! VIVA!! SQUASH!! 来年も!

Au revoir !! 浜松「センチメンタル・ジャーニー(2日/3日目)」

hamamatsu13hamamatsu14hamamatsu15松にあるスポーツクラブ「ESPO(エスポ)」は、お気楽夫婦が知る限り、日本で1番(当社比)の施設だと思う。*吹抜けで広々とした明るいプール、ジャグジー、無料のマッサージチェアなど、施設面でもソフト面でも。浜松に通い始めて20年余り、その度にクラブを訪ね、地元のスカッシュメンバーの皆さんとコートに入った。年に2〜3度伺うことでもあり、ラケットとシューズは浜松に常備していた。公式のコートが2面。コートのコンディションの良さはもちろん、コートに集まるメンバーが魅力的だった。その中心にいたのがWご夫妻。住んでるんじゃないか?と思うほど、毎回訪れる度に朝からずっとコートにいた。メンバーに区別なくフレンドリーに声を掛けて一緒にコートに入り、初心者には一から手ほどきをし、コートを活性化し続けた。彼らのおかげで浜松に大勢のスカッシュ仲間ができ、大勢の方と一緒にプレーできた。毎回浜松訪問の楽しみのひとつだった。このコートにも今まで通りに伺うことができなくなってしまう(涙)。スカッシュの後で、中華の名店「氷箱里(ピンシャンリー)」で「これまでありがとうございました!」と、ご夫妻と乾杯したら、「また来ますよね」と返された。多謝。えぇ、また伺いますとも。

hamamatsu16hamamatsu17hamamatsu18松城に行きたいと妻に伝えると、「え!行ったことなかった?」と驚かれた。家康が若かった頃に居城とした浜松城は、「出世城」とも呼ばれ、家康の後の城主も大出世したとか。まぁ、今さら肖って出世したいでもなし、身近すぎて行かなかったというのが本音。行ってみれば再現された天守からの眺めも良く、周囲も広々のんびりとした佇まいで、市民の“憩いの場”感が漂う好感度の高い公園だった。続いては始発駅「シン・ハママツ(ここでもエヴァとの連携)」から遠州鉄道通称“赤電”に乗車(それも運転席の見える最前列)し、終点の西鹿島駅を目指す。お目当ては従弟に勧められた「秋野不矩美術館」。地元浜松出身の日本画家、秋野不矩の作品の展示を中心とした美術館。その独特の空気感を持った外観だけでなく、展示空間には靴を脱いで入館するなどちょっと不思議な雰囲気。その建物の周辺だけが異空間に属し、時間も歪んでいるような奇妙な感触。浜松の市街地からは遠いけれども、建築好き&美術愛好家には一見の価値はある。

hamamatsu19hamamatsu20hamamatsu21松最終日のランチはうなぎ。旅の計画時からそう決めていた。浜名湖周辺ではかつてはうなぎの養殖が盛んだったことから、浜松といえばうなぎと有名だった。現在は養殖池も減った(以前は新幹線の車窓からたくさん見えた)ものの、それでも浜松市内にはうなぎ屋が多数ある。それも、地理的条件から、3種類の食べ比べができる珍しく嬉しいい街だ。ひとつは、腹開きで蒸さずに焼く関西風、もうひとつは背開きで素焼きの後に蒸して焼き上げる関東風、さらには名古屋風の“ひつまぶし”だ。*ちなみに浜松では“ウナ茶”と呼ぶ店もある。これまで浜松を訪ねる旅にほぼ毎回あちこちの店でうなぎをたっぷりと食べてきた。それでは区切りの浜松訪問として何風を選ぶかと迷いつつ、都内では余り食べられない関西風+うなぎ茶漬けを供する「濱松地焼き 鰻 まさ」という店をチョイス。結果、大正解だった。肉厚で大きいウナギが重箱からはみ出さんばかりに乗っている。表面はカリッと、中はふっくらというまさしく関西風。それを薬味と一緒に食べ、その後に出汁でいただくウナ茶がまた旨い。しみじみ幸福な浜松の味。

hamamatsu22hamamatsu23hamamatsu24松みやげと言えば「うなぎパイ」。定番中の定番だ。春華堂という地元のメーカーが昭和36年に発売した、今年でちょうど還暦のロングセラー商品。何といっても安定して旨い。*中でもブランデー入りの「うなぎパイV.S.O.P」が抜群に旨い(当社比)。とは言え、全国区で有名なのに、ほぼ静岡県内(*割れやすく発送に不向きとの判断らしいが、地域限定の希少性?からか転売ヤーが倍の価格で販売し問題になった)でしか買えない。これが嬉しい。妻は新幹線の車窓からホームを眺め、例えば静岡駅から乗ってくる人たちが春華堂の手提げ袋を持っていると、ふふんっと鼻じらむ。それは静岡ではなく浜松みやげだよ!と心の中で叫んでいるに違いない。今回はすっかり東京都民になった義父母からみやげとして頼まれ、自分たち用に買って帰って来た。まさしく浜松人のソウルフードだ。他にも、「浜松餃子ポテトチップス」などの地元限定ポテチ、「治一郎のバームクーヘン」、「みそまん」、などなど、語りたいものはたくさんあるが、自己規制文字数が限られるので今回は深くは触れない。けれど、こう書きながらふと思う。あれ?すっかり私は浜松の人?

浜松に向かう新幹線の車内で、2人宴会を行うのも楽しみだった。お気楽夫婦のSNS仲間にとっては、季節の風物詩。年末になると、新幹線の狭い折畳みテーブルの上に乗り切れないほどのつまみや弁当を載せてビールを飲む(私だけ)風景がアップされると、あぁ年末になったんだなぁと思っていた?と思う。お気楽妻が“ひとり娘”になるための、ある種の通過儀礼?のような時間。私にとっては“マスオさん”生活に向かうための準備だった。もうそんな宴会も開かれない。「また行けば良いじゃない」と、お気楽妻は言うけれど、今までとは意味合いが違う。今回の浜松旅行で、私にとって第二の故郷とも呼べる浜松には別れを告げた。新たな旅先としての浜松を訪問することはあっても、それは違う街だ。とは言え、「Adieu ! (永遠のさよなら)」ではなく、「Au revoir !! (また会う日まで)」と、浜松に言おう。

さらば浜松(涙)「センチメンタル・ジャーニー(1日目)」

hamamatsu01hamamatsu02hamamatsu03父母が東京都民になって2ヶ月が経った。何の躊躇もなく東京移住を決断し、後ろ髪を引かれることもなく、80年以上住んだ“浜松”を後にした義父母に代わり、浜松を訪ねたお気楽夫婦。2泊3日の感傷旅行(妻の故郷を失ったセンチメンタル・ジャーニー)だ。まずは「浜松餃子」の名店「むつ菊」を訪ねた。浜松餃子の特徴は、野菜たっぷりのタネと店独自のタレ。カリッと円形に焼いた餃子の中央にもやしを乗せる。薄い皮がパリパリとして香ばしく、中はふわっと優しい歯応え。ビールにぴったり。あっさりとしていて少食の2人でもかなりの数を食べられる。いつの間にか全国的に有名になり、地元以外の人も知るようになったB級グルメに満足。*ふふふ、けれどもタクアンのみじん切りが入ったお好み焼き「遠州焼き」を知る人はいないだろう。←美味しいけど有名にはならないと思う。さらに、行きつけだったパン屋「ブランジェリー・スギヤマ」で、翌日のランチ用にパンをゲット。小さい店ながらオシャレで品数もそこそこ揃っていて、どれも美味しかった。この店にも来ることはないだろうなぁ(涙)。後ろ髪をひかれながら店を出る。

hamamatsu04hamamatsu05hamamatsu06松を訪ねたメインの目的のひとつは、売却済み(引渡し前)の旧宅を訪ね、ポスト(郵便物)や室内のチェックを行うこと。チラシ、DMの類は入っていたけれど、個人的な郵便物は特になくひと安心。転居のご挨拶を送ったり、各所に転居の届出を出した効果を確認できた。盛夏には五月蝿いほどの蝉の声が降り注いだマンションの中庭は、今はひっそり。竣工から20年経ち、すっかり大きくなった庭木も堂々たるもの。部屋に入ると、家具などが一切ないためスッキリと広々としていて、義父母たちが住んでいた場所とは違う空間にいるような奇妙な感覚に襲われる。*20年前に引っ越した頃は、義父は今の私とほぼ同年代。皆んな若かった。内見のためにやってもらった不動産会社の掃除も行き届き、まるで新築同様。20年住んだとは思えませんね、という不動産会社の営業マンのトークもまんざらお世辞だけではない。人気の物件ということもあるけれど、早々に売れた理由も分かる。

hamamatsu07hamamatsu08hamamatsu0925年以上(年に数回=通算50〜60回)浜松に通ったのに、訪れていない観光名所を訪ねようというのも訪問のテーマ。そこで選んだのが「浜松科学館みらい〜ら」という浜松駅近くのオモシロ施設。“い〜ら”というのは遠州弁で“良いでしょう?”という意味で、未来と掛けて“みらい〜ら”というネーミングがステキ(笑)。エントランスを入るとすぐに『エヴァンゲリオン』の渚カヲルがお出迎え。浜松市が推進する地域連携プロジェクト「シン・ハママツ計画」の一環として立ちっぱなしのカヲルくん。ご苦労さまです。そして最上階にはプラネタリウム。浜松の夜空をライブ(スタッフが生声で)で案内されながら心地良い眠りにつくお気楽妻。寝不足だね。他にも地元企業(SUZUKI)とタイアップしたバイクのシミュレータが楽しめたり、参加型の科学クイズのコーナーがあったり、時間が足りない!ほどの楽しさ。また来たい!と愚図る子供になりそうな施設だ。

hamamatsu10hamamatsu11hamamatsu12松滞在初日の掉尾を飾るのは、老舗の名店「割烹弁いち」だ。2008年に初訪問以来、毎年数回訪れてきたお気楽夫婦にとって大切な店。17年間に通算で(おそらく)30回以上通い、年始にはこの店のお節料理をいただくのが楽しみだった。その日は地元に住む妻の従弟と同行。祖父の代から続く歯科医院を継ぎ、先祖代々の墓を守ってくれている一族の支柱的存在だ。ほぼ下戸揃いの親戚中で、数少ない“飲める”相手でもある。いつものカウンタ席に3人で並び、食材の良さを最大限に活かした繊細で端正な料理をいただく。いつもの通りに旨い。そして大将の鈴木さんが選ぶ日本酒とのペアリングを堪能する。料理と酒の絶妙なるマリアージュ、それこそがこの店の醍醐味。さらには大将が語る酒の由来を伺いながら嗜む酒の旨さよ。この店に来ることも“マスオさん”たる私にとって、浜松訪問のモチベーションだったなぁとしみじみ。

「楽しく、美味しく、嬉しい時間でした。今は幸せな酔っ払いです」店から30分以上歩いて帰った従弟からメッセージが入った。「もしかしてお酒、強いんじゃない?」と妻が感想を零す。彼が浜松にいる限り、妻の“故郷”は無くならない。またいつか、「弁いち」さんのカウンタで、共に幸福な酔っ払いになろう。

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SINCE 1.May 2005