Archive for 4 月 22nd, 2012

オトナのカウンタに魅せられて「用賀 本城」

TsukidashiDengaku分の財布で初めてきちんとした食事をしたのは30年以上前のことだった。クリスマスのホテルニューオータニ。女の子1人と男友だちと3人での奇妙なデート。レストランに入ってみるとクリスマス特別コースメニューだけという強気の設定。予想外の事態。けれど今さら後には引けない。学生がクレジットカードを持っている時代でもなく、友人との持ち金を全部合わせても足りるかどうか。心配で食事の味もさっぱり分からなかったはずなのに、初めて飲んだヴィシソワーズの美味しさだけは実にはっきり覚えている。(でも、クリスマスの時期に冷たいスープはあったのか?)結局、2人でご馳走しようという目的は棚上げ。その日のお勘定は、女の子の財布まですっかり空にした。オトナになりたかったワカゾーの、甘いような、苦いような、そんな記憶。

Sakura寿司屋のカウンタに座っても、天ぷら屋の揚げ場に向っても、レストランでソムリエに好みのワインを尋ねられても、心穏やかに食事ができるようになったのはいつ頃だったか。美味しく食べるには、まず楽しむことだと肩の力が抜けるようになったのは何歳ぐらいだったのか。年齢を重ねることは悪くない。けれど、経験を重ねることは慣れることではなく、幅や奥行きを知ること。「美味しい」や「楽しい」の種類は無数にあり、人それぞれの美味しさや楽しさがある。料理の味だけではなく、スタッフの接客、店の雰囲気、料金、そして誰と一緒に食事をするか、いろいろな要素で味も楽しさも変わる。その組合せがぴったりと合う店に出会うことがある。だからこそ、気の置けない仲間と行きたい店がある。そして、座りたい場所がある。

TakoTakenokoクラも散ってしまった頃、季節を味わうために「用賀 本城」に伺った。季節毎に訪れる、お気楽夫婦にとって大切な場所。3人のスカッシュ仲間と一緒に座るのは、もちろんカウンタ席。店主の本城さんの料理の全てを味わうにはカウンタ席に限る。本城さんは劇場主で、興行主、脚本家であり、演出家で役者。店という劇場を設え、カウンタテーブルなどの大道具、食器や酒器などの小道具を揃え、客を迎え、昼夜興行を打つ。本城さんが季節の食材を扱い、捌き、焼き、揚げ、味付け、盛り付ける舞台を楽しむことができる客席がカウンタ。その上、観客は季節の美味を味わえるだけでなく、興行主との会話を楽しむことができる。こんな贅沢な公演は他にない。

Mrに鮮やかな朱色の盆に盛られた3種の田楽。新緑色の葉形をした皿に盛り付けられているのは、淡いピンクの鯛の子、薄緑色の蕗、そして散ってしまったはずのサクラ。ガラスの器にはジュレと共に蛸と菜の花。京都の筍は笹と一緒に炙って山椒が添えられる。本城劇場には季節毎に粒ぞろいの美味しい役者が揃っている。脚本も、演出も見事だ。その日も舌だけではなく、目にも美味しい季節の味を楽しんだ。そして、媚びず、気取らず、観客との絶妙な距離感を保つ役者の佇まいを味わった。そして、観客を緊張させることのない、劇場主のこの柔らかな笑顔。さらには年に数回なら財布にも優しい料金。あぁ、オトナになって良かったと満足する時間と空間。

いど、おおきにぃ」劇場主と助演の奥さまにお見送りしていただく。その日も最後の客になってしまった。いつもながらの長居は無粋、食事をしながら写真を撮るなど論外。決してオトナの客などではない。けれど、楽しいのだ。嬉しいのだ。こうして共に季節を味わえる友がいる。「酔っぱらっても連れて帰ってもらえるしね」そう、そんな妻もいる。次は初夏を味わいに。

■食いしん坊夫婦の御用達 「用賀 本城」*お店の基本情報、これまでの訪問記

002184371

SINCE 1.May 2005