幸福な夜『ドレッサー』そして「トロワ キャール」

Dresserい芝居を観た後の高揚感は、芝居の醍醐味のひとつだ。観ている最中に舞台の世界に迷い込む感覚も楽しいけれど、現実に戻ってきた後の時間も悪くない。あの役者の演技が、あの場面での演出がと、観終えた芝居から受け取った熱を誰かにすぐに伝えたくなる。幸いなことに、良い芝居だったねと言い合える相手がすぐ隣にいる。残念ながら隣にいる妻は熱をさほど発しない。けれど、観終わった芝居に満足しているのが分かる。微熱感動。お気楽夫婦は芝居好き。知り合ってからずっと、おおよそ20年もの間、年に20〜40本のステージを観続けている。その数百本の舞台の中に2人の高揚感の記憶がたっぷりと詰まっている。決して当りの芝居ばかりではないけれど。

One dish with allナルド・ハーウッド作、三谷幸喜演出、シスカンパニー公演、『ドレッサー』を観た。大泉洋のセリフ回しは小気味好く、橋爪功の科白は老練なタメを持つ。シェイクスピア劇団の老座長を演じる橋爪と、長く座長に仕えてきた付き人役の大泉の絡みが愉しい。2人の演技は素ではないのかと思わせる三谷の演出。実に巧い。実に面白い。安心して芝居の世界にたっぷりと浸ることができる。良い芝居だ。そんな余韻を味わいながら美味しい酒を飲み、美味しい食事ができれば、最高に幸福な夜になる。三軒茶屋にある劇場に向かう世田谷線の車内で、ふと思い付き予約した店に向かう。松陰神社前駅の目の前、電車からも見える「ビストロ・トロワ キャール」だ。

Saladeずは全部乗せでお願いします!というオーダーに木下シェフがにかっと笑う。そして出てきたのは、前菜を少しづつ、全種類盛付けた美しく嬉しい一皿。タスマニアサーモンのスモーク、キャロットラペなど、お馴染みの珠玉の逸品が勢揃い。一品づつ、じっくりと味わう幸せな時間。マダムのまゆみちゃんお薦めのきりっと冷えた白ワインをぐびり。ん〜っ、これを幸福と言わず、何が幸福か。ボトルに少しだけ残ったワインを注ぎ切ってもらい、さらに小さな幸福が加わる。続いて生ハムと桃、山羊のチーズのサラダ。絶妙な食材と食感の組合せ。「美味しいね〜っ♡」妻のテンションが上がる。焼きたてパンが進む。グラスはいつの間にか空になっている。

Steak日はお肉を食べよう!」上がったままのテンションで妻がオーダーしたのは、牛カイノミのステーキ。観劇の後に食べ始めたため、時間は既に22時を廻っている。良いのか?「良いの良いの♬ここでは美味しい肉をがっつり食べなきゃ!」じっくりと焼かれた色鮮やかな夏野菜をお供にステーキ登場。白い皿にどかんと眉目麗しいステーキ、赤と黄のパプリカ、カボチャ、アスパラガス、ズッキーニ、そしてバジルソースの緑が美しい。もはや芸術的な一皿。「んんっ、美味しいぞぉ」妻が唸る。これは確かに旨い。適度なサシ、ジューシーな肉の歯応えと柔らかさのバランスが絶妙。やるなぁ、木下シェフ。良い芝居と美味しい食事。満足で幸福な夜。

ぁ、電車で帰るよ!」幸福な夜の余韻にさらに浸るために、タクシーに乗ろうという私の機先を制する妻。ちっ、読まれていたか。「電車はまだあるし、駅前にいるんだから」終電間際の電車に揺られ、幸福な夜を味わう。それもまた愉し。「お風呂で寝ちゃダメだからね」妻は余韻を封じ込める。

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