サイゴンの夜「マジェスティック&パークハイアット」
2013年 9 月07日(土)
何年も前からヴェトナムに行きたいと思っていた。タイ、マレーシア、インドネシア、シンガポールの街や島々を訪ね、次はヴェトナムだ!…と。けれど、ホテルマニアの妻が満足しそうなホテルがなかった。街を訪ねるというよりは、宿泊したいホテルがある街や島を訪ねるという2人の旅のスタイル。快適に汗を流せるジムがあるか、スパなどの施設は充実しているか、そして何よりスモール&ラグジュアリーなホテルであるか。数年前、南シナ海に浮かぶある島に、そんなホテルができた。これは行かねばだ。
お気楽夫婦のリゾート滞在にはお約束のスタイルがある。リゾートに向かう前、そしてリゾートから帰る前に都市に滞在すること。今回の夏旅はホーチミンシティに前後泊。往路のホテルはマジェスティック。ヴェトナム戦争時、開高健がこのホテルの103号室に長期滞在し、朝日新聞の臨時特派員として記事を書き、その壮烈な体験を基に3部作の作品を書いた。そんなホテルの最上階にあるバーでヴェトナム最初の夜を過ごす。なぜかスイートルームにアップグレードされたこともあり、初めてのヴェトナムの夜に、浮き足立つように酒を飲む。
帰路のホテルはパークハイアット。数日間のリゾート滞在で緩みきった心と身体を、少しだけ街モードに戻す。もの凄い数のバイクが行き交う街の中心にありながら、優雅に過ごせるコロニアルホテルの佇まい。バイクの川となった通りを渡るだけで冷や汗をかいた身体をホテルでリフレッシュ。ジムで汗を流し、部屋から直接出入りできる中庭にあるプールサイドでのんびり過ごす。読み残した本を手に取り、ビールをぐびり。ゆったりとヴァカンスから仕事に戻るには、そんなアーバンリゾートが相応しい。
夜はホテル内にある「Square One」でヴェトナム料理を味わう。牛肉のからし菜巻、揚げ春巻きなどのヴェトナム料理の盛合せが絶品。ひとつ一つは素朴な地元の料理も、洗練された美しい一皿になる。店の入口のセラーに並ぶワインも充実。グラスワインの種類も豊富。ヴェトナム最後の夜に、幸福の味と空間に包まれる。
1975年4月30日、当時のサイゴンに北ヴェトナム軍が進出し、10年以上続いたヴェトナム戦争が終わった。そしてサイゴンはホーチミンシティに名前を変えた。けれど、今もこの街はサイゴンだ。2人が泊まった2つのホテルも、マジェスティックホテルサイゴンであり、ホテルパークハイアットサイゴン。駅や中央郵便局をはじめ、多くの公共施設の名前もサイゴンのままだ。フランス統治時代の香りを残し、戦争の記憶を消し去ることなく。ふっと妻の飲むお茶のミントの葉の香りが闇に広がった。そんなサイゴンの夜だった。「あれ?もしかしたらサイゴン最後の夜って言いたかったの?」妻のそんな突っ込みは黙殺。