Ryu’s 絵本のススメ♬「日本の伝統行事」村上龍
2019年 4 月21日(日)
バブル絶頂期、『Ryu’S Bar 気ままにいい夜』というTV番組があった。タイトル通り、作家の村上龍がホストのトーク番組。3年以上続いたのだから人気があったのだろうし、村上龍の作品が好きだった若き日の私も良く視ていた番組だった。けれでも、ボソボソ聞き取れないトークの村上龍は、黒柳徹子や阿川佐和子のような聞き上手でもなく、明石家さんまのようにゲストをいぢる訳でもなく、盛り上りに欠ける番組であった。
超話題となったデビュー作の『限りなく透明に近いブルー』や、初期の頃の最高傑作(個人の感想です)である『コインロッカー・ベイビーズ』など、エッジの利いた作品と対照的に、決して疾走感など感じられず、暗くて、マイペースで、でも好感度は高かった。あくまでも個人の感想ですが。それから15年を経て、2006年から“日経”スペシャル『カンブリア宮殿』という経済トーク番組を持ち、今も続く長寿番組となっている。
あの村上龍が日経?経済トーク?と思ったのは最初だけで、ボソボソとした語り口はそのままながら、いつの間にか聞き上手になっていた。決して不遜な態度で臨むことなく、斜に構えずゲストに相対し、それぞれの業界で成功したTOPをゲストとして迎えることも多いからか、素直にその成果や取り組みに感心するのだ。実に良い感じ。村上龍の、ついでに小池栄子の好感度は増すばかり。実は夫婦揃ってこの番組の大ファン。
W村上を比べれば、妻は村上春樹ファン。私はやや村上龍寄り。ロバート・B・パーカー亡き後は、村上春樹だけが全ての新刊をハードカバーで購入する唯一の作家。それに対して村上龍は、私が気に入った(気になった)作品のみ新刊を購入する作家。例えば、長崎時代の自伝的青春小説『69 Sixty nine』だったり、思わずジャケ買いした『半島を出よ』だったり。但し、多作ということもあり、全作品を読んではいない。
そんなある日、宿泊先のホテルのスパで豪華な装丁の本を手に取った。タイトルは『日本の伝統行事』そして文=村上龍とある。なぜ村上龍が日本の伝統行事?本の中央にある「JTE」って何?怪しいぜ。溢れる疑念を持って開いてみると、それは日本語と英語の文章が付いた美しい絵本だった。JTEはJapan Traditional Events という本のタイトルの略称であり、政治的、思想的、宗教的な背景が全くないことが分かった。ほっ。
我々日本人が普段は自覚することなく接している、お正月、節分、ひな祭り、お花見などの「行事」であるとさえ意識していない日常を、美しく洗練された日本の伝統行事だと村上龍は断定する。それどころか、全ての日本人が広く平等に持っている無形の財産だとまで言う。そこにナショナリズムが顕れているのかと危惧すると、来日する外国人が増える際、異文化を理解するために助けにしたいと英文も併記したと語る。ふぅむ。
例えば「お盆」のページには、「わたしは子どもの頃、お盆が苦手だった」とある。神秘的だがどこか不気味で、畏れ多いものだったと幼い村上龍は感じたのだと言う。そこに祖先の霊が牛に乗って帰って行く手前で家族がスイカを食べる柔らかで不思議な絵が挿し込まれると、祖母に手を引かれ菩提寺の階段を登ったお墓詣りの記憶が蘇った。Hosting the Spirits of our Ancestors=祖先の霊を迎える、という英訳もぴったり。
そして、「最後に…」という文章で、なぜ村上龍がこの本を作ったのか、自分の幼少期の記憶を辿りながら詳細に語る。共感できるエピソード。この本に載っている伝統行事は、今も形を変えながらも残っている地域共同体の残像であり、失われつつある家族の記憶でもある。昭和を生き、平成を経て、新たな令和という時代を迎える現在、しみじみと読み眺めるに相応しい、自分の中の日本人を再自覚する、読み応えのある1冊だ。