いつものように、いつもと違う「GWの風景」

GW01GW02ってセミリタイア生活に入ったお気楽夫婦。どこに行っても混み合うGWにわざわざ出かける必要はない…はずなのに、諸々の事情であちこちに出かけた2025年の春。まずは世界各地に駐在した後に何故か世田谷からつくばに居を移した友人を訪ねた。調査によれば魅力度で毎回最下位近辺に沈む茨城県。訪ねてみれば決してそんなことはない。関東平野を一望する(はずの…曇天でした)筑波山や、広大な敷地にゆったりとした施設が点在する筑波大学など魅力たっぷり。ベランダに出るちょっとした時間も日焼け止めを忘れないと言うお肌ピカピカの友人からはワタシの卒業祝いのサプライズ企画もあり、“茨城再評価”の旅になった。*間もなく古希を迎えるはず?の友人の美魔女ぶりは健在。

GW03GW04日はひたちなかに住む妻の従妹を訪ね、偶然にもネモフィラが満開の「国立ひたち海浜公園」を散策。小さい頃から仲の良かった2人は今でも頻繁に連絡を取り合い、近況はお互いに知っているものの、会うのはなんと16年ぶり。菜の花やネモフィラ、チューリップの咲き誇る広大な丘を肩を並べて歩きながら、話は尽きない。小柄な2人は姉(妻)のお下がりのワンピースをピアノの発表会(従妹はピアノの先生)で着たり、妹(従妹)からお礼だと送ってくれる干し芋を楽しみにしていたりする、そんな微笑ましい擬似姉妹。これからはもっと頻繁に会えるだろうし、また会おうねと別れた2人。卒業したからこそ、そんな精神的・時間的な余裕ができたことが側からも見ても嬉しい。

GW05GW06校時代の同級会が都内で開催されたのはGWに突入する直前の週末。故郷山形からも大勢の懐かしい顔がやって来た。ほとんどは卒業して以来初めて、すなわち50年ぶりに会うメンバーばかり。同級会あるあるで、会場に入って席についても誰が誰やら、ほとんど判らない。胸の名札を見ながら相手の変貌ぶり(お互い様だけど)に驚きながら、昔話に花が咲く。あっと言う間に50年前にタイムスリップする時間も不思議で、それにも増して楽しい。かつての若々しい同級生たちの姿が蘇る。乾杯の前に亡くなった同級生たちに献杯というお約束の進行ではあるが、その物故者の多さに驚愕。いかに見た目が変貌し劣化(失礼!!)しようが、こうして元気に集まることができる幸福を胸に刻む。

*会場で急遽作られたLINEグループでのやり取りに、近所に熊が出た!猪も!などというやり取りがあるのもご愛嬌。かつては熊が出る!などと聞いたこともなかったのに、今や田舎あるある?

GW07GW09の故郷浜松を訪ねる前に「富士スピードウェイホテル」に数日滞在するのも最近のお約束。ホテル名の通り、サーキットに面するホテルの客室から高速で走るスポーツカーを眺めるのも楽しいが、朝に夕に眼前に眺めることができる富士山が実に素晴らしい。富士山のいろいろな表情を観られる幸福。さらには外資系のリゾートホテルとしては珍しいと思うのだが、客室から部屋着とサンダルで温泉大浴場に行くことができる。そして浴室から雄大な富士を眺めることができ(それもだいたい空いている)、なんと(笑)湯上がりのコーヒー牛乳を(無料で)飲めるという贅沢。レストランの質の高さ(味もサービスも)と並び、お気楽夫婦がこのホテルを気に入っている理由のひとつだ。

GW11GW12の故郷で待っているのは義父母だけではなく、「割烹 弁いち」という老舗の料理店。毎年お節料理を頂いてはいるけれど、店に伺うのは久しぶり。そしてこの季節、この店に伺うのは格別。楽しみにしていた春の山菜、そして筍が待っていてくれた。全国各地の旬の厳選食材と酒を2人が“幸福のカウンタ”と呼ぶ個室(厨房に隣接する最大で4人までのカウンタ席)で味わう。絶品料理に合わせ、厨房から顔を出してくれる店主の鈴木さんがセレクトしてくれる酒(蔵や杜氏のエピソード付き)を堪能する。いつもと変わらぬ、なのに毎回新鮮にその味に唸る、料理と酒と時間と空間。妻と2人、満足の笑みを交わし合い、やっぱり美味しいねと頷く。これを幸福と言わず何と言おうか。

GW13GW14岡には「しぞーか(静岡)おでん」という名物がある。イワシを使った黒ハンペンも薄い色に見えるほど真っ黒な煮汁。浜松の人はあまり食べない。東西に広い静岡県は伊豆(東部)、駿河(静岡市を中心とした中部)、遠江(浜松市を中心とした西部)に別れ、少しづつ文化、風土が違う。そして静岡市と浜松市には微妙なライバル意識(群馬県の前橋と高崎のような?)もある。けれど、「だもんで」という方言を多用することとか、共通することももちろん多い。同じ県だしね。とは言え、円く焼いて真ん中にもやしを配する「浜松餃子」などは、静岡市民は「この辺じゃ食べんもんで」とか言っているのだと思う。でも、もちろんどちらも旨い。そんな因縁?の料理も仲良く?2人を待っていた。

こうしていつものように慌ただしくGWは過ぎて行った。ただし、違うものもあった。重ねた時間の分だけ、ひとり娘を待っていた義父母は緩やかに老いた。50年ぶりに会った同級生たちが確実に年齢を重ねたのと同じように。客観的に比較する対象が一同に集まった場で、そう思わざるを得なかった。あぁ、自分はこんな年齢なんだと。ましてやその親の年齢は言うまでもない。妻は月に一度以上、家事のサポートのために帰省している。*親子だけの時間を過ごしてもらうために、私は3回に一度くらい。妻も親元を離れて40年以上経ち、改めて親子の時間を過ごしている。かつての親子の形とは違うけれど、それも幸福な時間なのだと思う。

来年のGWも、いつものように、少しでも長い間親子の時間を過ごしてもらうために、あらゆる家事に活躍するマスオさんとして浜松に同行できますように。

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