ことばの力、文字の力『勘三郎 荒ぶる』小松成美 『聞く力』阿川佐和子

Kanzaburouの国は「言霊の国」だという。発したことばが現実に何らかの影響を及ぼす、ということを多くの人が漠然と思っている。それが言霊信仰。「くたばっちまえ!」などと忌み言葉を敢えて結婚式などのハレの席では言わない(そんな曲があったけど)だろうし、年末に「良い年をお迎えください」という誰もが口にする挨拶は、そんな信仰の尻尾。けれど、ことばの力を多くの人に伝えるには限界がある。そこで登場するのが文字だ。ところが、この文字というものがまたややこしい。人と人とが相対して、相手の表情や場の雰囲気を察して受け取ることのできる「ことば」と違い、文字通り「文字」でしか伝わらない。その周辺の状況を含めて表し、文章にするという技でしか伝えられない。ここが難しい。まして、書き手が勝手に構築できるフィクションの世界と違い、誰もが知っている人のことばを文字にして伝えることの難しさ。

三郎 荒ぶる』の著者、小松成美さんはその壁を軽々と超えている。話し手である中村勘九郎〜十八代目中村勘三郎が、この本の中に見事に閉じ込められている。頁を開くと、早口で大汗をかきながら話す勘三郎が飛び出して来る。話し言葉と地の文章が軽やかで熱の籠ったメロディを奏でる。勘三郎さんの葬儀の場で「肉体の芸術はつらい。その全てが消えてしまう」と坂東三津五郎さんが語っていたけれど、この本には勘三郎の遺した芸術の香りや欠片が残っている。生き急ぐように57年の生涯を駆け抜けた彼の熱が描かれている。彼を失ったことの大きさを改めて実感してしまう。改めて悲しみが溢れて来る。そして、おまけが凄い。文庫本の解説の宮藤官九郎が巧い。舞台や映画、TVと多くのメディアを駆け巡る彼だからこその文章のリズム。3行ごとに笑ってしまう。いろいろな意味でおススメ。

Agawa方、誰にでも他人のことばを文字にできる訳でなはないように、他人のことばを聞ける訳ではない。ましてや初対面の人から、その人のことばを引き出すことができるはずはない。2012年のベストセラーとなった阿川佐和子の『聞く力』には、ことばを引き出すコツのようなものが書いてある。「ようなもの」というのは失礼な言い方だけれど、思わず人に話をさせてしまう好奇心溢れる彼女のキャラクター、あるいはこの人に話をしたいと思わせる柔らかな知性と人との距離感に因る、彼女だからこそというコツが多いのだ。それが、彼女の語り口そのままのお茶目で知的で飾らない文章で綴られる。同じことを誰もが実践できる訳ではなく、だからこその達人であり、ベストセラーとなった1冊なのだ。

し長くなる引用。あとがきにこうある。「ほんの些細な一言のなかに、聞く者の心に響く言葉が必ず潜んでいる…自ら語ることにより、自分自身の心の中をもう一度見直し、何かを発見するきっかけになったら…そのために、聞き手がもし必要とされる媒体だとするならば、私はそんな聞き手を目指したいと思います」…ほ〜ら、できないでしょう。不遜に生きていたら、見過ごしてしまう相手のことば。もっと心を柔らかに人と接することができたら、聞き上手になれるのに。場を作ろうとして、不要なことばを発することもないのに。自戒を込めてつくづく思う。

とばの持つ意味や重みは人によってちがう。そのことばを発してしまうことで、知らず人を傷つけてしまうこともある。友人を失ってしまうこともある…かもしれない。「あなたは一言多いんだから気を付けなさいね!」と妻。…はい(汗)

*「ことば」を話し言葉(Parole)、「文字」を書き言葉(écriture)の意味で記述しております。

広がる環の中で「さかなの寄り処 てとら」

SnowmanGalette2009年の桜の頃、「ル・プティ・ポワソン」のオーナーパティシエ、マコちゃんと出会った。「1月に開店したばかりなんですけど、この店の焼き菓子は絶品です。すっごいおススメです」ショコラティエのミキちゃんが絶賛。さっそく訪問して「オトナのシュークリーム」をいただく。ラム酒がふぅわりと香る繊細なクリーム、かりっと香ばしいシュー皮。確かに絶品モノだった。以降、店に伺う度にひと言ふた言会話を交わす、彼女の絶品菓子を味わう客となった。そして、ミキちゃんを交え、時にはお気楽夫婦と3人で、食事をしたりカラオケに行ったり、たっぷりと酒を呑んだり、というトモダチになった。

HoukaTombo2008年の盛夏、東京ミッドタウンの「SILIN火龍園」の総支配人だったネモキチと出会った。その柔らかな接客と食に関する知識溢れる会話、もちろん絶品の広東料理で、すっかり店のファンになった。そして翌日、姉妹店である世田谷「火龍園」で連日の中華三昧。支配人だったジローさんと出会った。その後、2人は店を辞め独立。ジローさんは桜上水に「魚の寄り処 てとら」という日本酒の美味しい店を出し、ネモキチはオーナーシェフの慎ちゃんと共に松陰神社前に「広東料理Foo」を開店。2011年のことだった。いずれも居心地の良い美味しい店。足繁く通うことになった。

HakkaisanFriends2011年の夏、ネモキチと共に「てとら」を訪れ、結婚間近のチエちゃんを紹介された。2人がサービスを担当する店なら、通いたくなる店になるだろうと確信した。実に良いカップルだった。そして、2012年の春節の頃、マコちゃんと一緒に訪れた「広東料理Foo」で化学反応が起きた。サービスを担当していたチエちゃんとマコちゃんが出会った。「笑顔がステキ!」「今度ケーキ買いに伺います」という初対面での2人の会話にピンと来た。もう一歩踏み込んで2人をFacebookで繋いだ。その後、互いの店を訪問し合い、一緒に酒を呑み、あっという間に古くからの友人のような仲間になった。

MakoPhoto2013年の新春、お店の繁盛を祈願し1年間のコメ断ちを果たしたマコちゃんと、コメ断ちが明けたお祝いと新年会を兼ねて「てとら」に向う。コメの酒、すなわち日本酒も我慢したマコちゃん。晴れていくらでも飲んでくれ!という趣向。店にはネモキチ夫妻がサプライズで待っていた。ル・プティ・ポワソンの開店4周年を祝うプレゼントまで用意していたネモキチとチエちゃん。思わず涙の温かいメッセージまで添えて。これは飲まねば!お祝いをしなきゃ!ここ数年で広がった美味しく味わい深いトモダチの環。その環の中で、美味しい酒が飲めることの幸福を味わう。不思議な縁を感謝する。

が合う…元は乗馬で使うことばなのだそうだ。騎手と馬の息が合うことが転じて、人と人とがしっくりいく、意気投合するというような意味で使うようになったという。ネモキチ夫婦を指して、マコちゃんがそんなメッセージをFacebookに綴った。実に良い語りっぷりだった。思わず笑顔。こうして、人と人との繋がりを喜ぶことからスタートできた新年のことだった。

れにしても、飲み過ぎだけどね」と妻。これもまた、馬が合うと…。

悪魔の囁き?天使の誘惑?「トロワキャール & 鮨いち伍」

TroisQuartsTrois末の朝、8:00。着信あり。「おっは〜♬突然だけど、3/4にランチ行かない?年末から恋しくて♡。あっ、IGAIGAたちもだけど、あの料理がね(笑)。席も空いているかどうかだけど、あっ、IGAIGAたちの予定もね」スカッシュ仲間からのメール。朝から大爆笑。さっそく予定を変更してみると返信。2人とも、こんなノリは大好き。ばたばたとスケジュールを変更し、店の予約もできた。スカッシュ仲間に「姫、予約できました!」と連絡すると、「誉めてつかわす。私はもうひと眠りするゆえ、他に誰か誘うが良かろうぞ」とのおことば。ではとご近所の仲間を誘うも、さすがにNG。そりゃそうだ。

Beef3:4に出るぐらいだったのよ〜」カウンタに3人で並び、さっそく乾杯。聞けば、お気楽夫婦やスカッシュ仲間がFacebookにアップした写真に刺激され、忘年会で一緒に味わったこの店の料理を食べたい欲求が臨界点を超え、朝の8時まで待ってメールを送ったとのこと。シェフに伝えると大喜び。カウンタ越しに会話しながら、シェフの調理の動きを眺め、味わう料理は一段と美味しい。姫も満足のご様子。食後のデザートを楽しみながらキャロットラペのレシピを伺う。真剣に聴き入る姫。本気でチャレンジするらしい。「このカウンタ席、楽しいねぇ」ご満悦の姫。夕食はいらないぐらいの満腹感と満足感。

ShiraUoShirakoは、本を返しに伺おうかと自転車で向ったんだけど、余りに寒くて引き返したんです。もっと実は、ちゃんと連絡して、お寿司にお誘いしようか迷って、急だし止めたんです」その日、もうひとつのメールが届いていた。発信者はスカッシュ仲間の小顔美女。クールに見える彼女からこんな可愛いメールをいただいたら、すぐに誘わなければとはしゃぐお気楽夫婦。鉄は熱いうちに打て!と、さっそく翌日「鮨いち伍」を予約。「嬉しい♡この店のお寿司食べたかったんですよぉ」やはり彼女もお気楽夫婦がFacebookにアップした写真で刺激されたのがきっかけだという。典型的なSNS消費。

HirameSayoriに強い小顔美女のために、握ってもらう前につまみをお願いすると、出てきたのはシラウオ、そして炙った白子。きりりと冷えた獺祭をぐびり。間違いなく旨い。「カワハギの肝って…」遠慮がちに尋ねる小顔美女。やはりお気楽夫婦のブログで写真を見て食べたかったという。「今日は入ってないんですよ」と言いながら、代わりにつけ台に乗せられたのはヒラメ。なんとたっぷりの肝付きだ。「美味しいぃ〜」と小顔美女が美しく微笑む。これは初めて味わう幸せな味だ。やるな、大将。日高見をぐびり。幸福の上乗せ。酒も進んで、たっぷり食べて、実に楽しい夜だ。

せようと思ってたのに、全くダメだったね」と妻が零す。年末年始の暴飲暴食で増えるに任せた体重。ジムで走り込んで落とそうと臨んだ3連休。魅惑的でノリの良い2本のメールのおかげで見事に撃沈。果たして彼女たちは天使か悪魔か。

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