マダムが帰って来た。昨年の冬、ご主人の赴任に伴いワシントンD.C.に拠点を移した彼女。そしてこの春、人生の節目となる出来事が一度に訪れ、急遽一時帰国。2ヶ月余りの、やるべきこと山積の日本滞在。そんな多忙な彼女を迎えたのはマダムの帰国を心待ちにしていた友人たち。幅広く、いくつもの友人の輪を持っている彼女。忙しい毎日にも関わらず、スケジュールを調整し、彼女は可能な限りそんな友人たちとの場を持った。幸いお気楽夫婦も何度か一緒の時間を過ごすことができた。
離日も近いある夜、訪れたのは「パクチーハウス」という、世界でおそらく唯一のパクチー料理専門店。何度かご一緒しようと言いながら、なかなか実現できずにいた曰く付きの店。マダムの多忙なスケジュールの中、ふっと空いた奇跡的な1日を使って訪問。マダムの慰労会で似顔絵のケーキを作ってくれた名パティシエ、マコちゃんも一緒だ。「はじめまして♬美味しいケーキをありがとう♡」「はじめまして!でも、初めてって気がしないです」人見知りのマコちゃん、やや緊張気味ながらもお酒さえ入ればあっという間に空気に馴染み、場に和む。
「パクチー大好きで、プランターで育ててもいるんです」「じゃあ、追パクしようか!」「追パクお願いしまぁ〜す♬」大きな声でお願いすると無料で追加できるパクチー。パクチー好きが集まるこの店は、独特の雰囲気さえ肌に合えば心から楽しめる。初来店のマダムとマコちゃんはすっかりご機嫌。店のコンセプトにぴたりと合っている模様。マダムの柔らかな物腰と、年齢を超えたノリの良さにマコちゃんもリラックス。マダムと妻がパクチーハウス名物の冠りモノで記念撮影。「2人とも似合いますねぇ〜っ」と大喜び。マコちゃんとマダムもすっかりお友だち。新たな輪がまたひとつ。*マコちゃんと私の冠りモノ写真は門外不出。
離日前日、スカッシュ仲間を急遽招集したのはカラオケBOX。何度目かの滞在日程変更で、開催中止のはずだったイベントが復活できた。個室でじっくりと飲んで歌い、しみじみと語り、大声で笑える、マダムとの別れを悲しまずに楽しむにはぴったりの場所だ。「GAGAやってぇ〜!」カラオケで流暢な英語でレディ・ガガを歌うマダム。「マダムの歌で初めてレディ・ガガって知ったのよねぇ」そんな仲間の発言に皆で大笑い。十八番は、マドンナの「Don’t Cry for Me Argentina」。しみじみと心に染みる歌声。ラストナンバーの「ビューティフルサンデー」田中さんのご本人ヴァージョンでメンバー全員のテンション最高潮!メンバーの笑顔が弾けて、ふっとマダムの顔が一瞬曇った。
…そして、マダムが旅立った。不思議と昨年末のような喪失感はない。皆で集まろう!という時に声をかけられない、会いたい時に会えない寂しさや悲しみは、なぜかまだ湧かない。マダムと過ごした濃厚な時間が何ヶ月分かの蓄えになったのかもしれない。今回の帰国で、またすぐに会えると思ってしまったのかもしれない。メールやFacebookなどで繋がっているからかもしれない。DCに戻ったマダムが、あっという間に“地元”に馴染んでいる気配。それもまた嬉しいような、淋しいような。朗らかで、気取ることなく、内向きに閉じることなく、順応性が高い彼女ならではの、友人の輪。
「よしっ!やっぱり夏にワシントン行くよ!」ときっぱりと宣言する妻。そうだね、マダムに会いに行こうか。またひとつ広がる輪の予感を抱いて。
中洲あたりの女の子のいる店か、本場のモツ鍋か、美味しい魚を食べに行くか、どこが良い?出張先の博多で仕事も無事終了。九州初上陸の同僚にそう尋ねた。すると「じゃあ、美味しい魚で」と予想通りに返された。ちなみに彼は、40代の理系の独身男。服装や身だしなみには気もお金も使わない。酒も飲まない。食べることも嫌いではないが、積極的に何かを食べたいと行動する訳でもない。ところが、システムの話をさせれば話題は尽きず、いきいきと語り続ける。しかし、多くの女性には決して楽しい話題ではないのが辛い。ということで、私の提案の1番目はダミー。彼が選ぶはずはないからこそ、選択肢として真っ先に入れてみた。選ばれてもちょっと困るけれど。
天神西通り沿いにあるホテルから向ったのは、こぢゃれた店が点在する大名。以前勤めた会社の九州営業所のメンバーに教わり、気に入って使っていた店に向う。ところが残念ながら休業日。う〜む、どこにしようかと店の前で思案顔のタイミングでお兄ちゃんに声を掛けられる。「ウチの店も旨かですよ」美味しいゴマサバが食べたかったんだよね。「ゴマサバも、今日はゴマワラサもありますけん」ん?ゴマワラサは珍しい。と案内をお願いする。ゴマサバとは、脂の乗った新鮮な鯖の刺身に生姜が利いた醤油ダレとたっぷりのゴマをかけた博多名物。連れて行かれた店のゴマサバ、ゴマワラサとも、ぴかぴかに旨い。穴子の白焼きと穴子の刺身、これまた珍しい。美味しい。ん、この店もなかなかやるぞ。
次は博多屋台の王道「小金ちゃん」で焼きラーメンでも食べようか。「へぇ、焼きそばじゃなく、ラーメンですか!」ふふふ。博多の食文化は深いのだよ。普段はリアクションの薄い初心者のコメントにちょっと嬉しくなる。「旨いですね」だろう?次はどこに連れて行こうかと嬉しく悩む。博多は不思議な街だ。博多出身でもないのに、博多を自慢したくなる。それではと、博多の夜の街を歩く。初心者くんは肥満を克服し、毎日10,000歩の散歩をノルマとし、数年間リバウンドもなく理系の体調管理で理想体重を維持している。そのノルマ達成のために協力しよう。那珂川沿いの屋台街を眺め、中州を歩く。客引きとのやり取りを楽しむ。博多の夜の街を楽しむ。
翌日、早めに帰る同僚と別れて博多駅周辺を探索。地下街で「焼きサバ櫃まぶし」というメニューを発見。サバ好きで、櫃まぶしが大好物と来たら食べるしかない。焼きサバをほぐし、熱々のごはんの上に、生シラス、高菜、おろしダイコン、ゴマなどと一緒にたっぷり乗せる。食べ方は鰻の櫃まぶしと同様。まずはそのまま頬張る。食材そのままに、ストレートにうまい。薬味を加えてぱくり。全体の味が締まり、これまた当然のように旨い。そしてダシをかけてさらさらといただく。食材と薬味が穏やかに馴染む。これは抜群に旨い。その組合せは絶妙。新たな博多の味を堪能する。これはしばらく初心者に教えずに楽しもう。
新鮮な玄界灘の魚を味わうことができるだけで満足することなく、その調理法を工夫し、新たな美味を貪欲に追求する。そんな博多の味を求め、今月も訪問予定!あ、違った。出張予定。待ってろ!博多。