「IGAさんたちと一緒に本城さんに行きたい!」と、春先に新婚の奥さまからリクエストが入った。それは何を置いてもご一緒しよう!と言いたいところだったが、あいにく本城さんは長年患った膝の手術で入院中。退院できました!と言う女将さんのメッセージで営業再開を確認し、早々にお店に伺った。5人の予約ながらカウンタ席。全員での会話は難しいけれど、この店の醍醐味はカウンタ席でこそ深く味わえる。
退院おめでとうございますと本城さんに声を掛ける。「思った以上にリハビリ大変ですわぁ」と言いながらも、厨房で笑顔で元気に立働く姿を見るとひと安心。女将さんがSNSで発信していた大将の入院報告、リハビリ報告を心配しながら見守っていたお気楽夫婦。「10周年までには元気になってもらわんと」と優しくも厳しく寄り添っていた女将さん。2009年4月に独立し店を出し、今年で10周年。おめでたい節目の4月だ。
開業から3年で、7割が閉店すると言われている飲食業界にあって、10年続けるというのは大変なこと。ただ美味しいだけでは店は続かないはずだ。客がまた来たいと思う店を作るのは、味だけではなく、客とのコミュニケーション力が重要だ。ただ客と親しくなるというのではなく、その距離感の保ち方。食べて飲む数時間を心地良く過ごせるかどうか。そんな時間と空間をどのように作るかが、長く続く店の肝なのだろう。
この店、「用賀 本城」にはその時間も、空間も、もちろん素晴らしい料理がある。その日の料理も素晴らしかった。春を堪能させてくれる料理と器、盛付け、目と舌で春を味わう喜び。そして美味しい酒との組合せ。その日は、同行メンバーがワイン好きということもあり、スパークリングワイン(シャンドン)や京都丹波の白ワイン(ピノグリ)で京料理を楽しんだ。下戸のご夫妻だが、酒のラインナップも開店当初より充実して来た。
「これお酒がすすみ過ぎる!」メンバーのひとりが嬉しそうに嘆いたのは、鯖のへしこ。香りだけで1杯、ひと齧りで1杯と、呑んべに供するといつまでも飲み続けそうなひと品。そしてその日のメイン(私にとって)は、春の味の王様、筍だ。こんがりと焼かれた筍の芳しい香りが鼻孔をくすぐる。頬張ると春の味が口中に広がり、サクサクとした春の歯応えで身悶えしそうになる。文句なく旨い。幸福の味。
そしてその日のメインがもう一品。目の前で本城さんが包丁を入れていた牛肉が目に入り、余りにも美味しそうな塊を見て、ひと口だけ食べたいとリクエスト。すると本来のコースにはない料理をサッと出していただいた。これがまた絶品、焼いたイチボをひと口だけ味わうゼータク。そう言えば、先日妊娠中の友人をお連れした際も、別メニューを出していただいた。小さな店だからこその柔軟な対応が嬉しい。
「お客さまからいただいたんですけど、結構似てるって…」壁に小さな似顔絵イラストが飾ってあり、女将さんにあれは?と声を掛けるとハニカミながらそう答えてくれた。改めて店内を眺めると、他にも祝花などの10周年のお祝いの品が溢れ、そして何よりも幸福になる料理、愛される大将と女将さんの人柄が、イラストにも店の中にも溢れている。いい時間と空間。しみじみといい店だなぁと実感する。
「美味しかったです。一緒に来れて良かったです♬」初訪問だった友人たちも満足そう。10周年の記念といただいたオリジナルワインを抱えて店を出る。本城さんと女将さんが店先で見送ってくれる。「おかげさまで10周年を迎えられました。11年目もよろしくお願いします」と声を揃えて。こちらこそ!本城さんとは「たん熊」から13年のお付き合い。いい店と人と出会い、長くお付き合いできる幸福も味わう夜だった。
バブル絶頂期、『Ryu’S Bar 気ままにいい夜』というTV番組があった。タイトル通り、作家の村上龍がホストのトーク番組。3年以上続いたのだから人気があったのだろうし、村上龍の作品が好きだった若き日の私も良く視ていた番組だった。けれでも、ボソボソ聞き取れないトークの村上龍は、黒柳徹子や阿川佐和子のような聞き上手でもなく、明石家さんまのようにゲストをいぢる訳でもなく、盛り上りに欠ける番組であった。
超話題となったデビュー作の『限りなく透明に近いブルー』や、初期の頃の最高傑作(個人の感想です)である『コインロッカー・ベイビーズ』など、エッジの利いた作品と対照的に、決して疾走感など感じられず、暗くて、マイペースで、でも好感度は高かった。あくまでも個人の感想ですが。それから15年を経て、2006年から“日経”スペシャル『カンブリア宮殿』という経済トーク番組を持ち、今も続く長寿番組となっている。
あの村上龍が日経?経済トーク?と思ったのは最初だけで、ボソボソとした語り口はそのままながら、いつの間にか聞き上手になっていた。決して不遜な態度で臨むことなく、斜に構えずゲストに相対し、それぞれの業界で成功したTOPをゲストとして迎えることも多いからか、素直にその成果や取り組みに感心するのだ。実に良い感じ。村上龍の、ついでに小池栄子の好感度は増すばかり。実は夫婦揃ってこの番組の大ファン。
W村上を比べれば、妻は村上春樹ファン。私はやや村上龍寄り。ロバート・B・パーカー亡き後は、村上春樹だけが全ての新刊をハードカバーで購入する唯一の作家。それに対して村上龍は、私が気に入った(気になった)作品のみ新刊を購入する作家。例えば、長崎時代の自伝的青春小説『69 Sixty nine』だったり、思わずジャケ買いした『半島を出よ』だったり。但し、多作ということもあり、全作品を読んではいない。
そんなある日、宿泊先のホテルのスパで豪華な装丁の本を手に取った。タイトルは『日本の伝統行事』そして文=村上龍とある。なぜ村上龍が日本の伝統行事?本の中央にある「JTE」って何?怪しいぜ。溢れる疑念を持って開いてみると、それは日本語と英語の文章が付いた美しい絵本だった。JTEはJapan Traditional Events という本のタイトルの略称であり、政治的、思想的、宗教的な背景が全くないことが分かった。ほっ。
我々日本人が普段は自覚することなく接している、お正月、節分、ひな祭り、お花見などの「行事」であるとさえ意識していない日常を、美しく洗練された日本の伝統行事だと村上龍は断定する。それどころか、全ての日本人が広く平等に持っている無形の財産だとまで言う。そこにナショナリズムが顕れているのかと危惧すると、来日する外国人が増える際、異文化を理解するために助けにしたいと英文も併記したと語る。ふぅむ。
例えば「お盆」のページには、「わたしは子どもの頃、お盆が苦手だった」とある。神秘的だがどこか不気味で、畏れ多いものだったと幼い村上龍は感じたのだと言う。そこに祖先の霊が牛に乗って帰って行く手前で家族がスイカを食べる柔らかで不思議な絵が挿し込まれると、祖母に手を引かれ菩提寺の階段を登ったお墓詣りの記憶が蘇った。Hosting the Spirits of our Ancestors=祖先の霊を迎える、という英訳もぴったり。
そして、「最後に…」という文章で、なぜ村上龍がこの本を作ったのか、自分の幼少期の記憶を辿りながら詳細に語る。共感できるエピソード。この本に載っている伝統行事は、今も形を変えながらも残っている地域共同体の残像であり、失われつつある家族の記憶でもある。昭和を生き、平成を経て、新たな令和という時代を迎える現在、しみじみと読み眺めるに相応しい、自分の中の日本人を再自覚する、読み応えのある1冊だ。
ある週末、仕事をいつもより早めに終え、馴染みのビストロのカウンタ席で、独りビールを飲みながらゲストたちを待つ。オープンキッチンの中のシェフ(ビストロ料理の師匠)に、その日のゲストのプロフィールを伝え、メニューを相談する。アスリートの若い子2人だから、全部盛りのオードブルの後は、肉を全部盛りで…。「あ、ホワイトアスパラは食べますか?」もちろん食べるさ!そんなやり取りをしている処に妻が登場。
「こんばんは!」その日の主役たちも揃ってご来店。17歳の時に(最年少記録)スカッシュ全日本選手権で初優勝して以降、5連覇中の机龍之介くん、同じく18歳で最年少記録で初優勝の後、2連覇中の渡邉聡美ちゃんだ。お気楽夫婦にしてみたら、一方的に2人のことは知っていたけれど、知り合ったのは昨年末。ひょんなことから、彼ら2人のPSA(プロスカッシュ協会)ワールドツアー参戦を応援することになったのだ。
「わぁ〜っ、すっごく美味しそう♬」アミューズのポークリエットに続いて供されたのは、豪華でボリュームたっぷりなオードブル盛合せ。若い2人にとっては文字通り前菜でも、少食なお気楽夫婦にとってはほぼメインディッシュに近い。「海外転戦の前に、日本で美味しいものを食べ納めです」数日後にはマカオOPEN参戦のために日本を離れるという聡美ちゃん。海外での生活が長い彼女にとって、日本での食事は格別らしい。
「ホテルだとキッチンが付いていないから自分で作る訳にもいかないし、食事は気を使いますね」12歳でマレーシアにスカッシュ留学し、世界各地のジュニアの大会で輝かしい成績を収め、アジアジュニア1位にもなった聡美ちゃん。PSAに参戦して以降も、2017年の世界選手権2回戦で当時世界ランキング1位のエジプト選手シャービニに敗れた(世界1位 vs 日本1位 !)ものの、ベスト16という堂々たる成績を残している。
「SQUASH TV」というスカッシュ専門チャンネルを申し込んだのは、聡美ちゃんの試合が観たかった為だとお気楽妻が伝えると、「わぁ、嬉しいです」と微笑む美女アスリート。妻は聡美ちゃんの試合観戦以降、PSA熱が高まり、世界各地で開催されている大会の速報をチェックし、PCで試合を観戦する日々。最近はその熱がさらに高まり、毎朝スカッシュ仲間と試合の予想や感想をチャット状態でやり取りしているのだ。
昨年末、そんなタイミングで2人の日本チャンピオンと知り合って、彼らのスカッシュ愛溢れる話を聞く内に、その場でピンと来た。彼らを応援することを仕事のモチベーションにしよう!50歳で仕事を辞め、毎日ジムに通いたい!と言い続けて来た妻も55歳。せっかくだから東京オリンピックが開催される2020年まで、だったら定年の60歳までと仕事を続けることを決意。ならば、応援を働くことの意義のひとつにしよう!
「今年は単位も余り取らなくて良いし、本格的にPSAツアーに参戦しようと思っているんです」龍之介くんのはにかむような言葉も、決め手のひとつだった。これまで歴代の日本人トッププレーヤーが挑み、跳ね返されて来た世界の壁。その壁を越えようとしている2人。応援せねば。「食べきれそうもなかったら、ドギーバッグもあるよ」そう伝えると、大量の肉の前にホッとした顔の初々しい若者たち。可愛いチャンプたち。
「海外で試合する方がのびのびできるんです。誰も私の事を知らないし。逆に国内だと負けちゃいけないって緊張します。でも、まだ負けません。後輩たちの高い壁になりたいです!」良いなぁ、聡美ちゃんのプロ意識。TOPの自覚。応援のし甲斐があるってもんだぜっ。「いつか2人のプレーを香港OPENの会場で観たいんだよねぇ」妻の呟きに激しく同意。応援してるぜっ!若き2人の日本チャンピオン、世界へ翔け!