「ガレット・デ・ロワ食べたい!」フランス人でも、キリスト教徒でもないスカッシュ仲間が年末にそう宣言した。それも受付初日の朝に電話が繋がらず、1時間余りで完売するという人気店のガレット。1月3日、朝9時からの予約開始。「なかなか手ごわいですな。繋がらない」と友人からメッセージ。妻が店のサイトをチェックすると売切れの案内。そう伝えると、「67回も掛けたのに…」と涙。大丈夫。他に良い店がある♬
「予約できたよ!」代わりの人気店で無事に予約。後は公現祭の日に集合し、今年最初のスカッシュ、そしてデパ地下のデリと組み合わせた「ビストロ808」でガレットを食べるだけ。スカッシュで汗を流し、オードブルとメインの料理とワインを買い込みビストロに向かう。全ての料理を作る普段の開店よりもお気楽お手軽。新たな営業スタイル。とは言え、いつものキャロットラペと新作「タコ焼きチーズ」を準備していた。
「え〜!何これ!本当にタコ焼き?冷たいよ!あらっ、美味しい。何だろう?」ふふふ。正体はクリームチーズのカラスミ和え。小さなボール状にしたクリチに炙ったカラスミをおろして塗し、青ノリ代わりのパセリ、紅ショウガ代わりのピンクペッパーを散らしたもの。続いてグリーンアスパラのミモザサラダの上にゼータクにカラスミを振り掛けた一品。「うわぁ〜っ!このサラダもキレーで美味しいね」ワインがすすむ。
買ってきた鴨のスモークと焼き野菜サラダを盛り付ける。「美し〜!」盛り付けもまた料理。そしてダメ押しはカラスミのパスタ。オリーブオイルと粗挽きのブラックペッパー、残ったカラスミを全て投入し、固めに茹でたパスタと和えるだけ。シンプルながらカラスミを味わうにはぴったりの一皿だ。「うひゃーっ!参った!」「ゼータクだねぇ」お節と一緒に「割烹 弁いち」で購入した自家製カラスミが大活躍だ。
そしていよいよ主役の出番。ガレット・デ・ロワの登場だ。発祥はフランス。キリスト教の公現祭(1月6日にイエス・キリストの顕現を祝う祭日)が起源のお菓子。豆(フェーヴ:fève)や小さな陶製の人形をパイの中に入れて焼き、切り分けて食べる際にフェーヴが入っていた人がその日1日だけ王様や王女様になって祝福されるというもの。日本ではまだ浸透していないが、フランスでは年明けの風物詩となっている。
予約したのはマロンクリームのガレット・デ・ロワ。どの店のガレットもパイ生地の表面を繊細で綺麗な模様で飾るが、この店のマロンは中央に大小2つの栗の模様が可愛いし可笑しい。ところで、その日のメンバーは4人。散々食べて飲んだ後に、ホールのパイを食べ切るのは厳しい。「じゃあ、1/8づつ半分食べて、フェーヴが誰にも入っていなかったら残りも食べよう!」まるでロシアンルーレット。
ちなみに、ガレットを買ったパティスリーの名前は「Yu Sasage(ユウ・ササゲ)」というお気楽夫婦のご近所にある人気店。週末は店の前の小さな通りに遠方のナンバープレートを付けた高級車がよく停車している。何度かこの店のケーキを食べたスイーツ番長のスカッシュ仲間、役員秘書も太鼓判を押す店だ。「あぁ〜!入ってない!」4人が4人とも同じ声を上げる。「ん、でもここも美味しいね」では、好評につき2周目。
王様は私。けれども王冠も含め、被り物全般が悲しいぐらい似合わない。すかさず退位。被り物が何でも似合うお気楽妻に王位を譲る。むっ!悔しいほど王冠が似合う。「では、みんなで腹筋30回!」女王の命令は絶対。酔っ払い3人が揃って腹筋を始める公現祭の夜。「楽しかったぁ。ビストロ808の新スタイル、良いね♬またやって!」友人たちにも好評のデパ地下持込スタイルを取り入れて、2019年のビストロ808営業開始♬
年末に近づく頃、普段は感情体温の低いお気楽妻のテンションがやや上がり、周囲も気が付かない程度に浮き足立つ。一人娘の彼女の両親が住む街、浜松に向かう日がやって来るのだ。早々に往復の新幹線チケットを手配し、往路の車中2人宴会用の「ビストロ・トロワキャール」特製弁当も予約した。完璧。そして年内の勤務最終日、いつも通り会社帰りの妻と合流し、新幹線車内でのささやかな2人宴会が品川駅から始まる。
浜松での2日目はスカッシュ納め。年に数回しかお邪魔しないのに、毎回温かく優しく接してくれる(スカッシュのレベルも高い)仲間たちと一緒に汗を流す。このクラブはお気楽夫婦の理想形のひとつ。駅から至近で、スカッシュコートが2面、プールは7コース、ジャグジーやサウナなど水回りも充実し、ジムも広く、ストレッチスペースなどは小さな柔道場くらい!無料のマッサージチェア多数。毎日でも通いたいクラブだ。
浜松の奥座敷、舘山寺温泉のホテルに義父母と1泊するのもお約束。7〜8年ほど前までは静岡周辺あちこちの温泉やホテルを訪ねていたけれど、義母はすっかり遠出が苦手になった。ちょうどその頃、新しくできた温泉ホテルが気に入り、以降同じホテルに宿泊するのが常。料理も美味しいし、大浴場も複数あり、その上バリアフリーの客室があるのも嬉しい宿。義父母にとっては一人娘と旅する年に1回の楽しみの宿でもある。
「酒蔵に行ってみる?試飲もできるんだってよ」一滴も酒を飲まない義母が、飲んべえの私のために地元の酒造所の情報をゲットしてくれたいた。80歳を過ぎても運転を続けている義父の様子をチェックしながら、ホテルから30分ほどのドライブ。免許を更新したばかりで、次回更新まで3年は運転できるけれど、そろそろ返納かなと温泉に浸かりながら語っていた。今の所運転に問題なし。安心し蔵元限定の酒をグビリ。旨い。
3日目の夜は、ビストロ・トロワキャール特製のオードブル盛合せと、冷凍庫にあった手羽元を使い、生姜を利かせたオニオンスープをささっと作る。ここ10年以上、妻も義父母も料理は全て私任せ。冷蔵庫にある食材の生死を妻と共に(私だけの判断だと角が立つ)確認しつつ、いかに滞在中に使い切るかが工夫のしどころ。重要なミッションだ。無駄な食材がない(料理を作らない)我が家ではできない楽しい作業でもある。
大晦日は、比内地鶏ときりたんぽ鍋とズワイガニの甲羅盛り。いずれもネット通販のお取り寄せ。外食も億劫になって来た義父母のために、目先を変えた料理を自宅で味わってもらおうという意図。義父母も食べられそうで、自分たちも食べてみたいものを選ぶのがポイント。これもまた楽しい年末恒例のお約束。年越し蕎麦の代わりに、太く長く(穴が空いているから)見通しが利くきりたんぽだよとウケを狙うことも忘れない。
新年を迎えると、「割烹 弁いち」のお節料理という最大のお楽しみが待っている。初訪問の2008年の春、同行した義父母が(余りの私の気に入りぶりを見て)気を利かせてこの店のお節を頼んで以来、毎年の恒例になった。それまではあちこちの店を選んで頼んでいたお節も、今やこの店一本槍。決して派手さはないけれど、どの料理もしみじみ旨い。あぁ、今年も元気で新しい年を迎えることができたんだなぁという喜びを味わう。
毎年お雑煮は私が作る。今や妻の実家はオフクロの味ではなく、マスオさんの味。2日続いたおすましの雑煮の後は、京風の白味噌の雑煮で変化を付ける。昆布出汁を取り、たっぷり白味噌を使った渾身の一品。「あらぁ、美味しいね♬」口数が少なくストレートに褒めることも稀な義父母の口にも合ったようだ。残った汁も夕飯に食べるとまで言ってくれた。よしっ!小さくガッツポーズ。マスオさんの面目躍如だ。
「お疲れさまでした」帰路、新幹線の車内で反省会。そんな妻からの労いの言葉がマスオさんの最大の報酬。「いろいろ食べさせてくれてありがとうねって、母が言ってたよ」思いかけず、今年は追加報酬まで付いた。何より義父母に伝わっていたことも嬉しい。良い1年のスタートだ。今年も健やかな年になりますように。
年末になると、お気楽夫婦は1年間お世話になった飲食店巡りに忙しい。謂わば、今年1年間、健康で美味しく楽しく飲んで食べて過ごしたい、と言う願いが成就した(笑)お礼参りだ。それにしても、我ながらお願いの内容が陳腐で下世話だ。けれども、健康であることが全ての基本。それが叶えば、美味しく飲むも食べるも半ば実現できたも同然だ。残りの半分は美味しさを共有する相手と、美味しい料理を供してくれるお店だ。
お礼すべき最初の店は、「鮨いち伍」。今年は新年早々に、飲んべの友人たちの誕生祝いでシャンパンのマグナムボトルを持ち込み、いつもの絶品寿司をいつもと違うノリで味わった。そして、年末に訪れようと電話をすると、連日ほぼ満席。数年前にはクリスマスでも席に余裕があったのに、今ではすっかり人気店になった。嬉しい限り。2店目は、今やビストロ激戦区となった松陰神社前の「ビストロ トロワキャール」。
シェフの聡ちゃんと、マダムのマユミちゃんにはお気楽夫婦のお祝いパーティにも(お店を休んで)出席していただき、代わりにパーティで食事券を抽選で参加者にプレゼント。すると参加メンバーから逆にお祝いとして食事券をいただいた。すっかり友人たちにも浸透した店になった。「ビストロ808」のシェフとして(笑)参考にさせていただく料理も多く、今年の新作は定番「ムール貝のワイン蒸し」。年末に3度目の挑戦予定だ。
「遠藤利三郎商店 神泉」もお気楽夫婦にとって大切な店。スタイリッシュな店の雰囲気にぴったりのエッヂの利いた料理(何のこっちゃ!?)とお勧めワインの組合せが、“口説き”の店として絶賛される(?)のも当然。残念ながらまだそんな使い方を実践していないのだが。年末には5周年のお祝いにと伺うと、逆にグラスシャンパンをいただいた。(斉藤店長以外の)サービススタッフが変わっても、店の温かさは変わらない。
「用賀 本城」の店主、本城さんとは「たん熊北店 二子玉川店」から数えて12年のお付き合い。敷居は高くはなく、カウンタ越しに大将と会話をしながら、見目麗しく繊細な京料理を味わえる。どの料理を食べても幸福になる嬉しい店だ。新春には京都の雑煮、春には山菜、筍、秋には鮎、そしてこの年末には香箱ガニという口福を味わった。本城さんの料理を通じて、日本の四季を料理で堪能する店でもある。
「前にサムイ島のコンラッド、行かはったんですよね。どうでした?」ホテル好きのお気楽夫婦と同様に、本城夫妻も長い休みを取る際に拘るのがホテルらしく、女将さんとお気楽妻の情報交換が始まることもある。そんな会話を傍らで聞きながら、ひれ酒をグビリと飲み、熱々の焼き白子を頬張る。まさしくこれこそ至福の時間だ。「年明けにはお雑煮いただきに伺います!」帰り際、妻が女将さんに声を掛ける。幸福は続く。
40年近く前、まだ中国山椒が珍しかった頃から、痺れる麻婆豆腐を作ってきたご近所の四川料理の名店「萬来軒」も忘れてはいけない。20代の頃から、60歳になった今年まで、ずっとこの店の料理を食べて来た。今年はおじちゃんが長く入院し、閉店してしまうのではと心配した、ハラハラの年だった。店が再開した秋には、友人たちと一緒に快気祝いの花束を抱えて店を訪れた。萬来軒の料理は友人たちと共有の味なのだ。
四川料理の五味に数えられる、辣(辛み)、麻(痺れる味)に汗だくになりながらも、満足の味。年末に訪れた際には、おじちゃんの料理を再び味わえたことに感謝し、一緒に写真を撮ろう!と言うと、口の悪いおばちゃんは「遺影になったりしてね」と毒づくけれど、誰よりも心配していたのはおばちゃんだった。そうなのだ。誰と食べるかも大事だけれど、誰の料理を食べるか、誰のサービスで食べるかも大切。料理は人だ。
お気楽夫婦のお礼参りは、美味しく食べさせてもらった、店の“人”へのご挨拶。「じゃあ、誰と食べるかの方は、私に感謝だね」と妻。はい、その通りです。妻も含め、今年の美味しい♬にご一緒していただいた友人たちに感謝。