人生最後の1杯♬「どこで、何を、誰と」

Endo1Endo10藤だったら、彼らを誘おうよ!」久しぶりに馴染みのワインバーに誰かを誘って行こうかと妻に尋ねると、迷わずスカッシュ仲間の酒豪夫妻の名前を挙げた。神泉にある「遠藤利三郎商店」は、ワイン好きだったら一度は訪ねて欲しいオススメの店。彼らならきっと喜んでもらえるだろう。「行きまーす!食べまーす!飲みまーす!」と返信があり、店で待ち合わせ。少し遅れて店に入ると、先に到着していた2人がちょうどワイングラスを手に持ったところだった。「IGAさんも最初はスパークリングで良いですか?ボトルにしちゃいました」うはは。彼ららしい。さっそく彼らが選んだNZホークスベイのスパークリングワインで乾杯。きりりと冷えてきめ細かな泡が旨い。

Endo2Endo4インを注いでくれる顔なじみのスタッフに、彼らは今までお連れした友人たちの中でダントツの飲んべだなんだと囁くと、「うわぁ〜、そうなんですか。それは嬉しいなぁ♡」と返される。いつもスタッフの彼女任せでワインを飲む私。「IGAさん、今日は何杯ですか」と聞かれ、3杯と答えると「分かりました」と、その日飲むべきワインを選んでもらえる。ところが、その日は一緒に語る客がいた。次の料理に合わせ、全体のバランスと予算を考え、次の1本を選ぶ表情が楽しそう。2人が選んだのは、やはりNZネルソンのソービニョンブラン。友人(妻)はニュージランド産(帰国子女)なんだと伝えると「あぁ、そうなんですか。それでこのチョイスですね」とスタッフが頷く。

Endo5Endo6のパスタは桜エビとウドですから…」3本目のワインのチョイスが始まった。赤ワインを余り飲まない私に気遣って、白を中心に選んでいる模様。決まったのはローヌのマルサンヌという珍しい品種。ふんふん、桜エビたっぷりの香り高いリングイネにぴったり。そしてメインのもち豚のコンフィ用に4本目をチョイス。宣言通り、気持ち良く飲んで、気持ちよく食べる2人。お気楽夫婦だけでは、ワインも料理も(他に2品いただいた)こんなに幅広いメニュを選べない。嬉しい夜だ。やって来たのはNZセントラル・タオゴのドライ・リースリング。ドライタイプなだけにクリアで果実味があり、豚の脂に良く合う。んまいぞ。選んでもらうワインが料理に合う嬉しさも一緒に味わう。

Endo7Endo8は◯◯が良いですね」「私は◯△かなぁ」2人に人生最後の1杯は何を飲むかと尋ねると、熱く語り始める。その知識と飲んだワインの本数は見事だ。オランダに駐在していた間は、1日1本以上は必ず飲んだらしい。「この店にあるボルドーは向こうにいた時に全部飲みました」そりゃ凄い!実は、質問をした私は彼らが何を語っているかは全く解らない。私は店のスタッフにワインの好みを告げ、何度かやり取りしている間に“お任せ”で身を委ねてしまう。だから人生最後の1杯は自分で決められない。「今夜最後に一杯だけ飲ませてってお願いしたんで」いつの間にかフィーヌ・ド・ブルゴーニュという熟成の1杯が。おぉ〜っ!ワイン?ブランデー?こりゃあ、確かに幸福に旨い。

生最後の一杯は…。改めて自問してみる。最後の晩餐、何を食べたいかをグルマン(食いしん坊)なお気楽夫婦は何度も語ってきた。妻はショコラティエ・ミキのボンボンショコラ(すでに晩餐ではない)だと言い、私は穴子の白焼きだったり、鮎の塩焼きだったり。何を飲みたいかは、その日初めて考えた。そうか!分かった。何を飲みたいかという問いに、私には答えはない。何を飲みたいかではなく、彼らのような気の置けない友人たちと一緒に、もちろん妻も一緒に、お気に入りの店でワイワイと食べ、オススメされるままに、美味しいお酒を愉しく飲みたい。それが答えだ。そんなことに今更気づく、春の宵だった。

親父の背中「BAR LAPITA 閉店」

Lapita1染みのバーが閉店するという便りが届いた。2010年夏に開店し、5年余り営業してきた店のささやかな歴史の幕を閉じるという。店の名前は「LAPITA」。長弟が長年務めた市役所の早期退職制度に応じ、独立して開店した店だった。さっそく妻に伝えると、「だったら閉店前に店に行かなきゃね」と即断。相変わらず男前の妻。春に忙しい彼女の最繁忙期なのに、スケジュールを調整し、あっという間に旅の手配を済ませた。6年前の春、開店準備中だった弟が上京した際、参考になる店を案内して欲しいという要望に応え、1日で6軒の店をハシゴした。自由が丘と恵比寿のスポーツバー、立ち飲みバル、先輩が経営するオーセンティックなバー、明大前のスポーツバー、そしてお気楽夫婦の住むマンションの1階にあるベルギービールのバー。深夜、やはり繁忙期だった妻がその店で合流した。そんな懐かしい記憶が蘇る。

Lapita2の名前は小学館の雑誌「ラピタ」に因んだとのことだった。雑誌ラピタのコンセプトは、オトナの少年誌。彼の店の佇まいも、その名の通りだった。店の奥には客が持ち込んだドラムセットやギターが置いてある。貸切営業の際に、客が楽器を持ち込んで演奏することも多かったらしい。壁面には大きなモニター。ヨーロッパサッカーの中継、懐かしい映画、好きなアーティストのライブ映像などを、時に客のリクエストに応え、時に(多くは)マスターの趣味で流していた。壁を飾るアルバムジャケットは、キングクリムゾンの「ポセイドンのめざめ」、ジョン・レノン「ダブル・ファンタジー」、ブルース・スプリングスティーン「ネブラスカ」、森田童子「グッドバイ」など、マスターの音楽嗜好を色濃く反映していた。マニアックではあるけれど、偏狭なのではなく、節操がないだけ。決して嫌いではないし、寧ろ好きなチョイス。

Lapita4のつまみは出前が基本。近所の焼鳥屋、寿司屋、ピッツェリアから料理を届けてもらい、時にマスターが自ら調理した。締めのカレーだったり、ビーフシチューとバゲット、地元料理の孟宗汁、玉こんにゃくのおでんなど、限定的なメニューながら好評だったようだ。妻が好きだったのはおつまみのビュフェ。駄菓子屋風に並んだ柿ピーやポテチ、小袋のおつまみを自由に選んで菓子鉢に入れるというスタイル。自宅で寛ぐように、ぽりぽりと柿ピーを齧っていた。壁一面のラックには’80〜’90年代中心のCD、雑誌のバックナンバー、マンガの単行本などがたっぷり並んでいた。まったりとした空気が流れる店内は、友人の(マスターの)自宅に招かれて飲んでいるようなリラックスした気分になった。だからこそ、客を選んでしまったのかもしれない。友人知人でなければ店に入り辛く、和めなかったのかもしれない。残念。

Lapita5杯!お疲れ様でした!店をやっている間はほとんど自宅にいなかった長弟よりも、苦労があったであろう義妹に労いのことばを掛ける。深夜、閉店後に店のソファで仮眠し、出勤する義妹と入れ違いに帰宅するという生活は、どちらもたいへんだったと思う。3人の子供たちを育て、それぞれが成人する直前の5年余り、長弟の家族の時間が終わろうとする時期にこの店はあった。妻と一緒に入院した父親を病院に見舞う度に立ち寄った。お気楽夫婦にとっては、長弟家族が住む家よりも、この店こそが故郷の拠点だった。居心地の良い空間だった。「飲んでみて」最後の一杯に何か選んでくれとオーダーをすると、ジョニーウォーカーの免税店向けの限定商品が供された。久しぶりのブレンデッド・ウィスキー。何だかとてもしみじみと、美味しいけれど淋しい味がした。最後まで良い意味で素人っぽさが僅かに残った店だった。

店後のマスターは、地元の公民館の主事を専任で勤めるのだという。独立後の再就職先は、奇しくも亡き父が晩年携わっていた仕事だ。地元のコミュニティ作りを親子二代でやるのも良いかなと呟く長弟。父は長年勤めた公務員の仕事を辞め、亡き母と一緒にインテリア店を始め、そして地元で公民館主事、自治会長などを長く務めた。長弟の辿ってきた道は、父のそれと良く似ている。父の最晩年にはその活動が認められ、自治会として緑綬褒章を受けた。遠く離れて暮らしていた長兄(私)と違い、同居していたからこそ、互いに認めながらも反発し合っていた父と長弟。けれども結果的に、地元に残って父母と一緒に暮らした長弟は、そんな親父の背中を追っていたのだろうか。頼もしくもあり、些かの不安もある。再スタートすることになった、これからの長弟の行く末に幸あれと願うばかりだ。

おいしい故郷「地産地消のレストラン」

Shonai1Shonai2さぎ おいし かのやま♬」という、唱歌『故郷』の冒頭のフレーズを「ウサギ美味しいかの山」だと思って幼少時代を過ごした人も多いと思う。何を隠そう私もその一人だ。もちろん正しくは「うさぎ追いしかの山」だけれど、私が子供の頃すでにウサギを追うような子供たちはおらず、この歌詞はピンと来なかったのだろう。ある週末、故郷の空港に降り立ったところ、名称が「おいしい庄内空港」に変わっていた。2年前に愛称が付けられていて、今回初めて気が付いた、ということなのだけれど。どうやらわが故郷は、フツーに食べていた地元の食材が実は美味しい、ということを自覚したらしく、盛んに内外に発信している。そんな理由で空港の愛称が決まったようだ。

Shonai3Shonai4味しい故郷を自覚させた立役者のひとりは、2000年に地産地消レストラン「アル・ケッチァーノ」を開業したオーナーシェフ奥田政行さんだ。彼は地元庄内特産の食材の素晴らしさを再発見し、地元独自の在来野菜や海産物を活かし、生産者との連携を行って来た。そして2006年にイタリアスローフード協会から世界の料理人1000人の1人に選ばれ、TV番組などでも紹介されて脚光を浴び、「アル・ケッチァーノ」は予約の取れないレストランとなった。ちなみに、店名はイタリア語ではなく、「(あそこに美味しいものが)あったよねぇ」という意味の庄内弁。滞在初日、奥田シェフがアドバイザーとなって改装したという「庄内藩しるけっちぁーの」という店を訪れた。

Shonai5Shonai6は致道博物館という庄内藩(庄内出身の藤沢周平の時代小説の舞台である海坂藩のモデルとなった)所縁の博物館の敷地内にある。汁モノ中心のメニュー、地元の食材を知る、というコンセプト。妻が選んだメニューは春の味、孟宗竹の筍がたっぷり入った「孟宗汁セット」。私は開店1周年メニュー、庄内豚の出汁茶漬けセット。庄内産の豚と新玉ねぎを甘辛く煮て、ご飯の上に乗せ、熱々のかつお出汁をたっぷり掛けたゼータク茶漬け。お椀に添えられた菜の花、小鉢の行者ニンニクが春を感じさせる。器を交換して味見をし合う。どちらもしみじみ旨い。その後に訪れたクラゲの展示で有名になった「加茂水族館」では、展示された近海の魚たちに「美味しそう!」とは妻の感想。

Shonai7Shonai8は独立前の奥田シェフも料理長を務めた「穂波街道 緑のイスキア」というピッツァの美味しい店へ。この店はナポリ湾に浮かぶイスキア島で修行してきたシェフが腕を振るう、世界で296番目、日本で26番目の「真のナポリピッツァ協会」認定の店だという。季節ごとに地元の食材を使った前菜を日替わりで出しているとのことで、その日のオススメは日本海で獲れた新鮮なホウボウのアクアパッツァ。これが実に旨い。ナポリから輸入しているというモッツアレラチーズのサラダが旨い。そして何より定番中の定番、看板のピッツアであるマルゲリータが絶品。さすが真のナポリピッツァ。ナポリには行ったことがないけど。こんな店がわが故郷にもできるようになったのかと感嘆。

を果たして いつの日にか 帰らん 山は青き故郷 水は清き故郷♬」唱歌『故郷』は、そんなフレーズで終わる。自分の夢は叶ったのか、かつてどんな志があったのか、そもそも志を持っていたのか。ただお気楽に日々を過ごしてはいないか。それでもお気楽に過ごせているということは幸福と言えるのではないか。あれこれと自問する。う〜む、微妙。それでも、志の有無や、夢が叶ったかどうかは別として、確かに故郷の春の景色は青々とした山々に囲まれ、水は清く、食べ物は旨い。おいしい庄内、おいしい故郷。

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SINCE 1.May 2005