大人読み「アリスとロビンソン」

Photo_152学生時代、最も就職には役立たない学問のひとつ“哲学”を専攻していた私は、「言語論」というこれまた経済的な幸福をもたらしそうもない科目を履修していた。『レトリック感覚』という名著を残された佐藤信夫教授が担当だった。独特の語り口と魅力溢れる講義内容は、この科目を履修できただけでも大学に入った価値があると実感できるものだった。その授業をきっかけに卒論でもお世話になり、外国語研究室にも度々お邪魔した。(佐藤教授はフランス語も担当していた)当時の研究室には、『ブリューゲルへの旅』の中野孝次さん、幻想文学の種村季弘さん、中野好之さんなど、錚々たる方々(残念ながらいずれも故人)がいらした。

佐藤さんが言語論の講義中に取り扱った作品のひとつが『不思議の国のアリス』だった。チェシャ猫がしっぽの先から消えていき、にんまり笑いで終わる。そして、その“にんまり”だけがしばらくあとに残っていた・・・という描写。レトリックの例として示された、その作品の中のシーンが印象的だった。なのに、今以上に快楽的な生活を送っていた学生の私は、アリスを読まなかった。読んでいないのに、読んだ気持になっていた。子供用に訳された本を読んだかなぁぐらいに、都合の良い架空の記憶を持っていた。なのに、なぜか去年の夏休みの“指定図書”として文庫本を購入。これがまた読まないままにウェーティング・スペースに残っていた。

Photo_153それがこの春、たまたま気が向いて読み始めた。あっという間に惹き込まれるワンダーワールド。あの有名な白ウサギも初めて会った気がしない。金子國義のエロティックなイラストも、めくったページに現れるの度に妙に視線の端っこに引っかかる。う~む、こりゃぁ子供だけの本じゃない。そして指定図書として購入した2冊目、『ロビンソン漂流記』を手に取った。読み始めてすぐに、子供の頃にも読んでいないことを自覚した。というか、もし子供の頃に読んでいても、違う視点で読んでいるだろうなと思いながら読了。作者のデフォーが59歳にして初めて書いた小説。自分の人生を振り返り、ロビンソンに重ね合わせたのだろうか。キリスト者として、ヨーロッパ人として、親との関り、いくつものテーマが孤島での生活描写の中に織り込まれている。大人になってこそ滋味深く味わえる物語。これぞ“大人読み”。(他社でこの本を翻訳した中野好夫さんは中野好之さんの父)

「無人島に持って行く1冊の本は何?」と雑誌などの特集にありがちな質問に、今の私が答えるとしたら『ロビンソン漂流記』を選ぶ。単なるサバイバル生活のガイド本としてではなく、精神的な支えとして。妻にも無人島に持って行く1冊は何かと尋ねた。「う~ん。辞書かなぁ、あっ!地図の方が楽しいか♪」小説を読んでも淡々と“活字”として消化し、物語が映像として立ち上がってこない妻の読書スタイル。地図を眺めている方が空想の世界に没頭できるらしい。「え?没頭じゃないよ、ボーっと眺めていると楽しいだけだよ」・・・う~む、そうだったのかぁ。

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