どちらが?どちらも!「石田衣良と奥田英朗」
2009年 3 月22日(日)
読みはじめてしばらくは鼻に付いた。一人称で語る「ぼく」の語り口が気取り過ぎて、過去形で語り続ける物語の「今」が待ちきれなくて、じれったくて。けれど大好きな作家だから、きっと今に、もうすぐ、と思いつつ読み進めた。なぜこれ程「ぼく」に感情移入できないんだろう。その理由が分かった。美しく、賢く、育ちも性格も良く、端から見たら「ぼく」にはもったいない、せっかく付き合い始めた大学のクラスメイトを裏切り、人生をかけて愛してしまったのが、「ぼく」ですら“特別に目を引くほどかわいくもなかった。なによりも性格に問題があったのだ”と思い返している女の子、美丘だったからだ。それはまるで、せっかく藤原紀香と結婚できたのに、浮気が原因で離婚しそうな陣内智則のようなもの。そこで、自分の視点が「ぼく」のものではなく、ミーハーな大衆の視点だと気が付いた。
だからこそ、そこから先を読み進めると、石田衣良の術中にはまる。お涙頂戴的な設定をなぜ石田衣良もが、とも思うのだけれど。それでも。袖にした女性とも上手な和解をしてくれる。この辺りですっかり『美丘』のファンになり、「ぼく」の未来を心配してしまう。さすがのストーリー・テーラー。脱帽だ。立て続けに読んだ『40 翼ふたたび』にしても同様だ。同じ作家と思えない程、こちらの物語は肩の力が抜けている。デビュー作であり、出世作でもある『IWGP』シリーズの中年男版とも言えるし、解説では実際にそう書かれてもいる。しかし、この“現代”を切り取り、実際の出来事を想起させるようなストーリーが出て来ても、きっちりと石田衣良の物語にしているのが凄い。マスコミに良く顔を出す彼の、してやったりの笑顔が見えてくる。ちっ、また負けてしまったぜ…って勝負じゃないし、勝とうとは思ってもいないのだけれど。ちょっと悔しい。
作品ごとに肩に入る力が違っているのは奥田英朗も同様。もしかしたら、別の人間が書いているんじゃないかと思う程。『空中ブランコ』で直木賞を獲ったものの、精神科医の伊良部を主人公としたシリーズは破天荒。面白過ぎて、良いのこれで?という作品群。かと思うと、『最悪』『邪魔』などの重いテーマを丹念に書き上げた陰鬱な作品もあれば、『サウスバウンド』のような明るく爽快なストーリーも書き分ける。それにエッセイを書かせれば、下手じゃん!と突っ込んでしまいたくなる『港町食堂』やら『泳いで帰れ』とかのダレダレ系の作品もある。どこに奥田英朗の実体があるんだ!と思っていた処に『ガール』だ。参った。実に巧い。女性の視点から書いた、などというレベルではない。女性が書いたというディティール。文庫本が発売され、かなり売れているらしいが、良く分かる。
同世代の女性からは「何贅沢なこと言ってるのよ!」と思われながら、ちょっと羨ましいとも思わせる設定でもある。いろんな意味で“ガール”心をくすぐるのだと思う。この本を読んでいる女性が「あるある!」と言っているのを、決して君にはないよ!と端から見たら突っ込みたくなる感じ。この辺り、松任谷由実や柴門ふみに通じるものがある。(なのに、書いているのは男性なのだ)きっと多くの女性が「奥田英朗の『ガール』って面白かったよぉ♪」とか、同僚(女性)に薦めたくなってしまう本なのだ。
ヴォーカルを聞いた瞬間に、「あ、桑田だ。サザンだ」とか、「あぁ相変わらず下手だなぁ、ユーミンだね」とか分かってこそビッグネーム。とすると、石田衣良は既にどんな作品を読んでも、「あぁ石田衣良だな」と分かってしまうビッグネームなのか。それとも、「あぁ、これも奥田英朗だったんだ、へぇ〜っ!」と思わせる奥田英朗が巧いのか。そう言えば、ポンちゃんと山田詠美のどちらの作風も山田詠美風味。とすると、作家個人の情報が多いと作品の底に通じるものを感じ取れるのか。とは言え、いずれも好きな作家たち。彼らの新刊はいつも待ち遠しく、読むのが楽しみだ。…そんなブログの記事を、毎週末、私は書きたい。
ご本といえばblog
奥田英朗「最悪」…
奥田英朗著 「最悪」を読む。
このフレーズにシビれた。
ほら、映画なんかで外人がメイドに何かを頼むシーンがあるじゃない。たばこ買ってきてくれとか、下着洗ってくれだとか。ああいうのって、おれらにはできないじゃない。なんか自分のことで人を使うのって申し訳なくて……