夏の名残「そうめん」

そうめん10月になると、一気にいろんなものがやってくる。夏の間ご無沙汰していたネクタイを締める朝だったり、夜になるとすっかりひんやりとする風だったり。そんな時、夏が本格的に終わってしまったという淋しい気分になる。夏が終わっていたのはとっくに気付いていたのに、気付かない振りをして過ごす9月。ところが10月ともなるとそうもいかない。妻はとっくに夏服をクリーニングに出してしまった。暑がりの私は夏のスーツに薄手の長袖シャツ。夏の尻尾をまだ掴んでいたい気分。秋が嫌いな訳ではない。どちらかと言えば好きである。食べ物は美味しいし、すると必然的に酒も旨い。爽やかな秋晴れの日などはスキップしたいほどの気分にもなる。けれど、過ぎていってしまう夏を思うと、とてつもなく淋しくなるのだ。

え1週間しか休みが取れなかった夏だったとしても、ヴァカンスの季節が終わってしまったという喪失感。来年の夏までヴァカンスはやって来ないのだ。そう思うと呆然としてしまう。それはきっと、私の曾婆ちゃんがフランス系ヴェトナム人だったことも関係あるかもしれない。フランス人はヴァカンスのために仕事をして、ヴァカンスが終わると次のヴァカンスをどのように過ごそうかと思いながら暮らすと言われる。祖母の世代からはずっと日本人の中にあっても、そんな血が騒ぐことがある。

冷やしてんな気持で迎えた週末、そうめんの袋が目に付いた。そうめんと言えば揖保の糸。どこでも買えるお手軽で美味しい逸品。そうだ、今日のお昼はそうめんにしよう。終わってしまった夏を惜しむように、さっと茹でた白く繊細な麺をするっといだだこう。「あ、私はいいや!昼は乾いたものじゃなきゃダメだから」とっととバゲットサンドを買いに走る妻。ふっ、良いさ。夏の名残は独りで味わうに限る。茹でたそうめんを流水で冷やし、氷水できりっと締める。薬味のネギや胡麻を麺つゆに振りかける。白い麺をすこしづつ手繰り、麺つゆの中にさっと潜らせ、ちゅるちゅると啜る。旨い。夏の太陽が窓の外を過る。もうひと口。うん、美味しい。秋の細かな雨が降り過ぎる。夏と秋が行ったり来たりする週末のランチに相応しい味。

ずるっと、美味しかった。これできちんと夏を見送ることができた。これで秋の夜長に本を読み、週末に深酒をして、秋の美味に舌鼓を打つ態勢ができたというものだ。「今日はネタに困ってたんでしょう?」と、記事を覗き込んだ妻。「だいたい曾お婆ちゃんがフランス系ヴェトナム人というネタは、ブログではタブーなんじゃない?」ん?誰も信じて読んではいないと思っていたけど。あ、ちなみに何代か遡っても日本生まれの家系です。学生時代にフランス語を学んだのは自分の興味のため、大学受験でフランス語を選択したのは簡単だったから。「それにまだそうめん残ってたから、来週も食べなきゃ夏は終わらないかもよ」はい。妻の誕生日もやってくる秋。決して情緒に流されない妻。彼女にとって季節の移ろいには、日本人的な無常観のかけらもない。

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