香る文章、美味しい小説『食堂かたつむり』小川糸

食堂かたつむりった小説に出会ってしまった。タイトルではどんな内容か分からない。なにしろ「食堂かたつむり」だ。とぼけたタイトルだ。エスカルゴが自慢の店なのか。オーダーしてから料理が運ばれてくるまで延々と時間が掛るのか(それはかなり困るけれど)。そもそも食堂が舞台の小説なのか。好奇心がそそられる。 味わいのあるヘタウマ系の表紙の絵。柔らかな3つの色の真ん中に赤いセーターを着た女性。色のバランスが良い。好印象。小川糸という作者の柔らかな名前。読んだことがない作者。本名なのか。外れてしまうリスクもある。それでも、その本の佇まいに惹かれ手に取ってみた。1ページ目をさっと読む。よし。発見してから購入を決意するまでの時間は約90秒。私の本選びは直感を優先する。そして私の直感は当たった。けれど、何より読み始めると、もっと困ったことになった。とてもとても、お腹が空いてくるのだ。

えばこんな文章。主人公、食堂かたつむりのオーナー、倫子ちゃんが子羊のローストを作る場面だ。「…背中の肉を使い、マスタードをたっぷり塗った肉の上からパン粉で包んでアーモンドオイルでローストする。パン粉には、細かく刻んだニンニクとルッコラが混ざっている。羊は脂の融点が低いので後味がさっぱりし、いくら口に入れて噛んでも、飲み下した数秒後にはふぅっとそよ風にさらわれるように姿を消してしまう。おなかがきつくなっていても、すんなりと入ってしまうのだ」ほぉら、美味しそうでしょう。それは、食べる側ではなく、作る側の表現。素材を慈しみ、食べてもらう人に心を込め、食べる側の気持になって料理を作り、サーブする人のことば。…食べに行きたい。今すぐにでも、食堂かたつむりに。

ん、確かにこの料理は旨そうだね♫」子羊のローストが大好きな妻が呟く。「それに、地産地消なんだね」そうなのだ。思わず地産地消のレストランのはしり、山形県鶴岡市のイタリアンレストラン「アル・ケッチァーノ」が思い浮かぶ。ちなみに作者の小川糸は、山形県出身。そして主人公の倫子ちゃんは、インド人の恋人に突然(一切の家財道具と共に)去られてしまい、2人で住んでいた東京から北に向かって長距離バスで郷里に帰る。恋と共に、声も失ってしまう。そして、母に借りた物置を改造して作った食堂で、地元の食材を使い、1日1組だけのお客さまに心を込めて料理を作る。そこには美味しそうな料理、美味しいものを食べる人たちの幸せそうな姿が、実にいきいきと描写され、何とも言えない料理の良い香りが漂う。食堂かたつむりの居心地の良さそうな雰囲気が目の前に現れる。料理の描写が文章の中に香ってくる。実に幸せそうな、美味しそうな物語だ。

の物語が、映画になるという。柴咲コウが主人公の倫子ちゃんを演じるという。ほぉ。この記事を書くまで知らなかったのだけれど、50万部を超えるベストセラーなのだそうだ。なるほど。作者の小川糸は、アミューズに所属するアーティスト、作詞家の春嵐でもあるらしい。ほっほう。「でも、映画はB級っぽいね」と妻。はいはい、分かりました。私独りで観に行きますよ。「良いよ、分かったよ。一緒に行こうね♪」妻が好きになれそうもない、誰1人として殺されない、それどころか料理で人が幸せになり、願いが叶ってしまう、美味しい料理たちの物語。映画は2月6日公開、もちろん未評価。とりあえず、原作はおススメです。

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