My Favorite Cinemas『サウンド オブ ミュージック』
2011年 1 月09日(日)
1970年代の終わりから80年代のはじめ頃、東京都内にはまだ名画座と呼ばれる映画館が数多く残っていた。渋谷の東急名画座、渋谷文化、新宿のテアトル新宿、名画座ミラノ、池袋の文芸座、テアトルダイヤ、飯田橋の佳作座…。1972年に創刊され、まだ月刊の情報誌だった『ぴあ』を片手に観たい映画をチェックした。ロードショーは学生1,000円前後。それに対し、当時の名画座は2本立てで300円程度。さらに『ぴあ』を提示すると割引になる。貧乏学生にとってはありがたかった。100円の『ぴあ』も、名画座で割引してもらえば元が取れた。毎月発売日を待って『ぴあ』を買い、名画座に足を運んだ。アメリカン・ニューシネマと呼ばれた『俺たちに明日はない!』『明日に向って撃て!』『カッコーの巣の上で』、ジャン・リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーなどヌーヴェル・ヴァーグの監督たち、ブルース・リーの旧作、オーソン・ウェルズの作品…。ラブストーリーからアクション映画まで、幅広く節操もなく観まくった。
そして、若気の至り。観た映画の感想をメモし、採点をしていた。音楽、ストーリーという項目と、総合でそれぞれで100点満点。コメントも偉そうである。若さとは、何とこっ恥ずかしいものだろう。それを恥ずかしいとか言いいながら、堂々と公表してしまう程に年齢を重ねてしまった現在も。さらに言えば、そんなノートを保存していることもどうかとは思うが。ところで、そんな己を知らぬワカモノに採点された作品群の中に、圧倒的な高得点を獲得した作品があった。それまでの最高点、ジョージ・ルーカス監督の出世作『アメリカン・グラフィティ』の総合130点(おいっ!100点満点じゃなかったのか!と30年前の自分に突っ込みたくなる)を超え、『サウンド オブ ミュージック』が堂々の総合132点。その後100点満点を超えた不条理な得点をたたき出した作品が、当時はまだ子役だったジョディ・フォスターが妖しく演じた『ダウンタウン物語』125点だけだったことを見ても、圧倒的な(2点差が圧倒的かどうかは分かれるところだが)1位。堂々たるMy Favorite Cinema。
『サウンド オブ ミュージック』の公開は1965年。その製作45周年を記念して、20世紀FOXがHDリマスター版のDVD、ブルーレイディスクを発売した。そのニュースは知っていた。リマスター化によってノイズを除去し、高解像度のデジタル化によるキレーな映像になるんだろうなぁ、ぐらいの知識で。ところがある夜、自宅に戻って何気なくTVのスイッチを入れると、飛び込んできたのはジュリー・アンドリュース演じる修道女マリア。子供たちと一緒に『Do-Re-Mi (ドレミの歌)』を歌っている。紛れもなく名作ミュージカル『サウンド オブ ミュージック』だ。映像はかつて渋谷文化で観た画像の記憶よりも鮮明だ。そして、決め手は1昨年に家電エコポイント政策に乗っかり大型化したわが家のTV。これまた調子に乗って購入したパーソナルチェアにゆったり座って視れば、名画座の固い椅子で観た青春の画像もまた新鮮。デジタル化のもたらす恩恵の何と素晴らしいことか。
タイトル名の『The Sound of Music』『My Favorite Things (私のお気に入り)』『Climb Every Mountain (すべての山に登れ)』などの名曲が流れる。そして、クライマックスとなるトラップ一家のコンクール参加シーン。トラップ大佐が歌う『Edelweiss (エーデルワイス)』。*実はこの曲、昔からある曲ではなくこの映画のために作られたものだという。大佐が故郷の行く末を思い感極まり途切れがちになる歌声を、マリアが優しく寄り添い一緒に歌い切る。そして一家は見事に優勝。このシーンを30年前のワカゾーは甚く気に入り、高得点を付けたと記載している。その後、表彰式での発表の隙をみて逃走する一家。そして国境を越え、アルプスの尾根を揃って歩く家族の映像でエンディング。いつの間に、じんわりとしてしまっている私を余所に、妻は「先にお風呂に入っちゃうよぉ♬」と、そっけない。思い入れのない妻にとっては“ただの有名な映画”。途中から視ても感情移入ができないらしい。
「私はやっぱり人が死んじゃう映画の方が好きかな」と、小説と同様にアクションものやサスペンス映画が好きな妻。『サウンド オブ ミュージック』は、そんな妻の好みとは対極にある。視終わった途端にDVDを思わず買いそうになった私。そして、妻のことばを聴いた瞬間に諦めた私だった。