家族の約束、あるいは秘密。『抱擁、あるいはライスには塩を』江國香織『坂本ミキ、14歳。』黒野伸一

houyoる家族には当然のことでも、他の家族からすると、それは不思議なことであったり、異常なことであったりする。例えば、家族の間でしか分らない約束事であったり、符丁であったり、常識であったり。江國香織『抱擁、あるいはライスには塩を』に登場する柳島家の場合、子供たちは学校に通わず、家庭で教育されている。そして、ある日突然小学校に通うことになり、次女の睦子は柳島家と世間との違いを知る。彼女の姉は父親が違い、弟は母親が違う。そして、姉の父とも、弟の母とも交流があり、3世代の住む洋館に集うことがある。読者からしてみたら、突っ込みどころが満載の設定。なのに、柳島家は実に自然なのだ。確固とした存在感があるのだ。一族の日常がどんなに常識外であっても、余りにもノーブルであったとしても。

ekuni國香織が紡ぐ物語は、読者が住む現実世界と薄いヴェールで仕切られていながら、確実にすぐ隣に存在する世界で展開される気配があった。柳島家の3世代、100年に渡る物語は、その異世界ぶりが一段と濃厚だけれど、現実的な存在感もまた強い。家族間に通底する倫理観など、ほとんどの他の家族には通用しないはず。けれど、彼らの関係は実に心地良いのだ。ラディカルな恋愛感や家族同士の距離感が好ましいのだ。魅力的なのだ。そんな柳島家で交わされる合い言葉、「かわいそうなアレクセイエフ」や「ライスには塩を」が、どんな場面で使われるか、未読の方はぜひ楽しみにして読んで欲しい。そして、エンディングに用意された、驚きの展開。章ごとに主人公(語り)と時代を変えて語られる大河小説の趣き。すぐにでも再読したい1篇だ。

sakamoto14歳の主人公、坂本ミキの家族の場合、父親はある日突然会社を辞めてしまったニート状態だし、母親は子供たちの中でひとり成績優秀な息子を溺愛しているし、次女の不思議系の美少女は精神を病んでしまう。それでも家族という単位の中では、奇妙なバランスで保たれてきたのに、ある日崩壊してしまう。そんな坂本家にとって、主人公の三女ミキの逞しく健気な存在が頼り。けれども彼女もクラスの中では浮いた存在で、ある種のイジメを受けている。そんな設定なのに、例えば重松清の描く学校物語のような重苦しさがない。ミキの客観的な視点だったり、彼女の不思議な明るさや、おばあちゃんのキャラクターが物語全体を暗部に沈み込ませない。救いやユーモアが溢れている。そして何よりも美少女、マミちゃんのスタンスが良い。

ンディングを迎えて、まだまだ続きを読みたくなる物語があるけれど、この作品がまさしくそんな1冊。ミキとマミの姉妹が、それまでの物語の暗部を全て吹き飛ばしてしまうような爽やかなラスト。思わず納得するオチもしっかり付いている。語りを次女のマミちゃんに変えて、新たなストーリーを展開して欲しい。「ん?マミだけ、ちゃん付き?どんだけ可愛い子好きなの?」と鋭い妻の指摘に腋汗がたらり。感情移入して読んでいたのは、マミちゃんの視点だったことに気付く。我が妻ながら、さすがである。

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