祇園しっとり京の旅 その2「味ふくしま」
2015年 11 月14日(土)
紅葉の永観堂から夕景の南禅寺に向かう。夕陽に赤く染まった山門を眺め、真直に向かったのは琵琶湖疏水「水路閣」だ。以前は(と言っても30年以上前の学生の頃)訪れる人もない穴場だった。なのに、今やすっかり人気のスポット。内外の大勢の観光客で賑わっているだけではなく、カメラマン、照明係など何人ものスタッフを引き連れた新婚の中国人カップル(派手なウエディングドレスとタキシード姿!)がアルバム用の撮影をしてさえいた。彼らに負けじと(かなり無理はあったが)お気楽妻の80年代アイドル風のポーズを撮った後は、琵琶湖疏水をさらに遡る。さすがにここまではチャイナパワーも及ばず、人の姿はほとんどない。その先にあるのが、目指す蹴上発電所だ。
蹴上発電所は、琵琶湖疏水の水を活用して1891年に運転開始された、日本最初の商用発電所。現役の施設ではあるものの、今回の旅のテーマのひとつである近代建築であり、もはや産業遺産の趣きさえある。白鷺が遊ぶ小さな貯水場から、下流の発電機のある施設まで、導水管を経て一気に水が流れる。その導水管沿いに走るのがインクライン(傾斜鉄道)の跡地だ。高低差のある運河で船を運行させる方法として、ここで採られていたのがレールの上に台車を乗せて、船を運ぶ方式。今は廃止されたインクラインは京都市民の散歩道になっている。似非市民のお気楽夫婦は、敷かれたままのレールの上をのんびりと下り、円山公園や八坂神社の境内を経て、最終目的地の祇園を目指す。
予約していた店は、「味ふくしま」というこぢんまりとした店。祇園のお茶屋さん「福嶋」が始めた割烹料理店(だから“味”ふくしま)だ。夜のコースはお任せのみ。けれども、周辺の老舗と比較したら、お手頃な料金設定。だからこそ、祇園初心者として選び易かったのだ。風格ある店構え、とは言えOPENしてまだ2年余り。店に入って案内されたカウンタ席は、清々しい白木の香りが漂う清楚な佇まい。カウンタの背後にある食器棚も、白木の観音開きだったり、抽斗だったり。先付けは焼き無花果のゴマだれ。クリーミーなソースを纏ったイチヂクは、和なのにフレンチのアミューズの風情。オサレ。八寸は赤く染まった柿の葉の下に、はもさく、丸十、焼き銀杏などの秋の味覚。
これは日本酒でしょうと、丹後の木下酒造「玉川 純米酒ひやおろし」をいただく。お椀は名残の鱧と松茸。日本人で良かった、京都へ来て良かったと眼を細める味。お造りも、炊き合わせも、文句無し。中でも絶品なのは焼物の“のどぐろ”。錦織くんの好物だとすっかり有名になった、脂の乗った白身の魚。白身のトロと言われるだけのことはある、上品な脂の旨さに涙。筋子の飯寿しで眼にも舌にも喜ばさせた後、さらには、子持ち鮎のから揚げが登場。これも新鮮な味わい。お腹をぱんぱんに膨らませた子持ちの鮎を、カラッと揚げるかぁ、という驚きの美味しさ。「どれも美味しいね」と、妻もご機嫌。いずれも丁寧な仕事、食材の味わいを素直に供する好感が持てる料理だ。
「ウチの従姉妹なんどすけど、舞妓を紹介させてもらいます」若女将がそう言って連れてきたのは清乃さん。初めての舞妓はん近接遭遇。初々しい彼女にいただいたのは、これまた初めての名刺代わりの千社札。“祇おん 清乃”と記され、紅葉をあしらった、きっと季節ごとに作り変え、渡しているであろう粋で可愛いお札。なんだか良い店だ。やや気張りすぎている気配はあるが、細やかな気遣いで満遍なく声を掛けて回る若女将。にこやかに居丈高ではなく、けれどもしっかりとした存在感がある若き料理人。居心地の良い店には、心地よい気遣いの人たちがいる。初めてなのに、料理の味も、店の空気も、妙に馴染む。「また来たいね」妻の短いコメントは最大級の賛辞だった。
秋の関西、大阪、京都の旅もお終い。紅葉を観に、という旅の入口は、深い深い味わいを得て、満足の出口につながった。