乗っかれ!プロモーション♬「神泉 遠藤利三郎商店」

EndohFacebookは飲食店にとって格好のプロモーションツールだ。情報提供に即時性があり、相互にメッセージを書き込むことで店と客とのコミュニケーションが生まれ、親しみ易さや“行きつけ感”が醸成される。お気楽夫婦の訪問がヘビーローテション化しつつある「神泉 遠藤利三郎商店」は、客を乗せるのが実に上手。人気店だけに予約が取れないことが多いが、決して毎日満席という訳ではない。けれど、いつ空いているのかの目安がないと電話も掛けにくい。そこで重宝するのが、店発でタイムラインに書き込まれる翌週の予約状況。それも、事務的な情報ではなく、季節の話題、新作の料理、イベントの情報などを折り込み、柔らかに、そして頻繁に更新する。○や△の記号を眺めながら、おっ!この日に行こうか!ときっかけを作ってもらえる。

Farm目黒のトレーニングの後に、遠藤に寄ろうか」珍しく妻から積極的な提案。了解!予約は私の役割。ケータイから店に電話すると、聞き慣れたスタッフの声。無事に予約が取れて名乗ると「あぁ、IGAさん。いつもありがとうございます。子機だと登録されたお名前が出ないんですよ」名前を電話機に登録してもらっているらしく、いつも予約の電話の際には「IGAさん、こんばんは!」と名乗る前に声を掛けられる。その日は、あれ?と思っていたため、このフォローのひと言はさすが。SNSでのコミュニケーションが効果的に活かされるのは、こんな実際のコミュニケーションがあってこそ。これ大切。パーソナルトレーニングで汗を流し、まだ明るい時間に店に向かう。店内を覗くと馴染みのスタッフは誰も姿がなく、新人スタッフだけ。

Pizzaに入っても予約の名前を聞かれてしまう。ちょっと淋しい。まぁ、仕方がないのだけれど。カウンタに座り、店内を見渡す。陽が射し混む時間の訪問は初めて。他に客がいないのを良いことに店内の撮影。ん、やっぱりフォトジェニックな店だ。ワインの店ながら、運動後の1杯目は生ビール。ぐびりと飲み干して、1杯目のワインをチョイス。「野菜の農園風サラダ」などの定番メニューを選びつつ、その日の妻のお目当て「ピサラディエール」という新作料理をオーダー。アンチョビとタマネギのプロバンス風ピザ。「へへ。これ食べたかったんだよね♬」Facebookに掲載された画像に、ぐっと来ていたらしい。店の思惑通り。チーズの代わりに炒めたタマネギがたっぷり。タマネギの甘さとアンチョビ、香草がぴったり。旨い。

Asparaワイトアスパラのロースト、モリーユ茸のソース。これもFacebookで見かけた一皿。独特の食感のモリーユ茸と、甘いソースが絶妙に合う。旨し。野菜の農園風サラダは、農地に生えた野菜を再現。その“土”に見えるのは、オリーブを細かくみじん切りにして、オーブンで焼いたものらしい。「この土、美味しいよね」と妻のお気に入り。この店のメニューは、こんな遊び心が楽しい。けれども緊張気味のスタッフとは会話が上手く噛みわあない。2杯目のワインを飲んでいる頃に顔なじみの店長が登場。ふぅ。ほっとして声を掛けると、すかさず「あぁ、IGAさん紹介します。彼女は新人の…、そして押上の店から来た…」とスタッフを紹介してくれる。よろしくお願いしますと挨拶をし合い、ようやく彼らが纏っていた硬めの空気が解ける。

Sausageインも何か食べようか」トレーニングで汗を流したことを免罪符にして、妻がさらにオーダーをする気配。ということは、もう1杯飲んで良いと言うことだね。ではと、新人の女性スタッフに米沢豚のソーセージコンフィと一緒に、おススメの赤ワインをお願いする。最近入荷したんですが、これでいかがでしょうか?という問いにOKと返す。お任せこそが最善。すると、3割増ぐらいのワインが注がれたグラスがやってきた。多めに注いでもらってありがとう!と告げると、テレた笑み。どうやら意図した訳ではないらしい。けれども、これで大丈夫。次回からはキチンと会話ができる。こうして、Facebookで訪問のきっかけを作り、美味しい料理と心地良いサービスを提供し、コミュニケーションを図り、再来店を促す好循環が作られる。

た来なきゃね♬」お酒を飲めない妻が、そう呟く“ワインバー”。こうして「遠藤利三郎商店」のプロモーションに、まんまと(敢えて)乗ってしまう2人だった。

The Beatles ♡ LOVE ?「ウィズ・ザ・ビートルズ」松村雄策

WithTheBeatlesPaul Mccartneyール・マッカートニーが、現在5度目の来日ソロツアーの最中だ。昨年、全公演が中止になったこともあり、マスコミでも大きく取り上げられ、街角でインタビューを受ける同輩たちが「ビートルズは私の青春でした!」などと答えている。そんな映像にいつも違和感を覚え、何かが引っ掛っていた。そんな時、松村雄策さんの『ウィズ・ザ・ビートルズ』を読み、すっきりとした。中にはこんな記述がある。「新橋のSLの前の酔っ払いに訊くと、みんなビートルズは青春だったと言っていた。はっきり言おう、それは嘘だ。ビートルズは僕達の青春であって、お前達の青春ではない。(中略)だいたい、そんなにファンがたくさんいたら、何枚もミリオンセラーがあったはずだ。」

1962-19661967-1970The Beatlesの活動は、1962年のデビューから、ラストアルバムが発売された1970年までの8年間。その間の日本でのビートルズ人気を松村さんは冷静に分析している。1960年代の日本の人口は1億人弱、そしてビートルズのLP販売枚数は各15〜20万枚。初期のシングルヒット「ロックンロールミュージック」が約85万枚。伝説の武道館来日公演も、5日間で25,000人だ。誰に訊いても「青春でした!」と答えることができる程の数字ではない。その松村さんは66年の武道館公演を中3で観に行った、おそらく最年少の観客だっただろうと書く。その松村さんが現在65歳だから、40代や50代の(私も含めた)ワカゾー(笑)の青春がビートルズだったはずはない。はぁ〜スッキリ。

RubberSoulRevolver称「赤盤」「青盤」と呼ばれるベストアルバム「The Beatles/1962-1966」と「The Beatles/1967-1970」が発売されたのは1973年。15歳、高校1年生の春だった。この2枚組計4枚のアルバムを毎日のように聴いた。今も赤盤1曲目の「LOVE ME DO」から、2枚目最後の「YELLOW SUBMARINE」まで、アルバムの曲順に口ずさめるほど。そして同じ頃、ポール率いるウイングスの「マイラブ」「バンド・オン・ザ・ラン」、ジョン・レノンの「マインド・ゲームズ」がヒット。リアルタイムでポールやジョンをラジオで聴くことができた。名画座で『HELP!』や『LET IT BE』を何度も観た。授業中に角川文庫の「ビートルズ詩集」を読み耽った。遅れてやって来たビートルズマニア。

AbbeyRoadLive at the BBC生時代に、ずっとビートルズ一辺倒だった訳ではない。付き合った女の子の影響で「LED ZEPPELIN」を聴き、「YES」「ELP」「King Krimson」「Camel」などのプログレにも傾倒し、「PANTA&HAL」のライブに行って「頭脳警察」まで遡った。毎年、大晦日の夜には「ニューイヤーズロックFES」に行くのが恒例だった。軟派な雑食系の音楽少年だった。けれども、そんなワカモノにとっても、松村雄策が記すように、ビートルズは「北極星のように今なお不動の位置で輝き続けている、ロックンロールの神様」だった。オトナになって、オリジナルアルバムを改めてCDで買い直した。ほとんどの楽曲をドレミファドン!的な頭出しで当てられる自信もある(笑)。

本武道館のポール・マッカートニー公演、SS席100,000円というチケットを買うのは、きっとそんなオトナなんだろう。決して青春時代がビートルズではなくても、ビートルズが解散した後に、過去に遡ってファンになったオトナたち。ずっとファンであり、ポールやジョンが神様であり続けたと、自分の過去を軽い嘘で上塗りをした(元)音楽少年たち。そんな同輩たちにも読んで欲しい。あぁ、僕は間違っていた!と懺悔する。松村さんのビートルズ愛の前に、ひれ伏し、思わず苦笑いを零し、爽快感も味わえる。ビートルズ世代が歳を取ると、こんなステキなジジイになれるんだ。松村雄策著『ウィズ・ザ・ビートルズ』小学館文庫。おススメ。

鮨の旨さはグローバル「鮨いち伍」

DC1Bethesdaに行きましたですね。私が育った街です。懐かしく見ていました。帰国後にお会いしてお土産話を聞きたいです。よろしくお願いします!」2012年夏、ワシントンD.C.に駐在していた大切な友人を訪ね、彼女たちが住んでいた街の交差点で撮影した写真をブログにアップしたところ、USA出身のスカッシュ仲間から(ほぼ完璧な日本語で)メールが届いた。え!そうなんだ。なんという偶然。奇遇。ではせっかくだからfacebookで繋がれるようにと2人を紹介。すると、お互いにスカッシュの試合会場で見かけたことがあったらしく、さっそくfacebookで友だちになり、翌年に休暇で故郷に帰った際に、ベセスダで一緒に食事をしたとの報告。なんだか嬉しいご縁。

KanbanAji2年後、大切な友人:マダムはDCから帰国したのも束の間、今度はミャンマーに赴任するご主人に帯同するのだという。またしばらく会えないということで、行きつけの鮨屋にお誘いする。ん?待てよ、だったらUSA出身のスカッシュ仲間もご一緒に、とお誘いしたところ、2人とも快諾。DC繋がりの4人の会になった。店の名前は「鮨いち伍」。京王線千歳烏山駅から7〜8分の距離。近くまで来たとの電話に、2人を迎えに向かう。違和感なく現れた2人だけど、あれ?そう言えば2人は、日本で会うのは初めてじゃない?「そうなんです」と声を揃える。4人でfacebookのメッセージをやり取りしているものの、全員で一緒に会うのはもちろん初めて。これまた不思議なご縁。

ChutoroHamaguriビールで乾杯。すると突き出しタコの甘辛煮が登場。ワサビを付けてパクり。絶妙な柔らかさ。旨し。イカの握りからおまかせのコースが始る。美しい飾り包丁が入り、煮切り醤油をひと刷毛。イカの白と醤油の赤のバランスが眉目麗しく、ひと口で頬張ればもちろん美味しい。端正な江戸前の鮨。満足そうに頷く2人のゲスト。うん、良かった。そんなタイミングで大将に2人を紹介し、USA出身のスカッシュ仲間は自宅で鮨を握る、日本人より日本人らしい方なのだと伝えると、焦るスカッシュ仲間。「こんな鮨を食べて、自分で握るなんて言えません」と言いながらも大将の手技を真剣な眼差しで眺める。こぢんまりとした店ならでは。2人もリラックスして楽しんでいる。

KohadaTaisho本酒にしましょうか。嬉しそうに頷く呑んべな2人。望むところだ。石巻の辛口純米酒「日高見」をいただいた後に、大将おススメの「鶴齢(かくれい)」をいただく。新潟県魚沼にある青木酒造の純米吟醸。軽やかで上品な香りの柔らかな酒。ん、旨い。鯵、鰯などの青魚、マグロの漬け、大振りの煮ハマグリ、絶品の鮨ネタとの相性も良い。「美味しいね。やっぱり和食は素晴らしいなぁ」とマダムが呟く。本格的に渡航する前に、住まいの下見などのためにミャンマーを訪れ、帰って来たばかりのマダム。外国人はホテル住まいを強いられること、片側10車線の高速道路、などなど、不思議の国ミャンマーのエピソードに興味津々。「来年は遊びに行くよ」とお気楽妻が意気込む。

ダムの居住遍歴は、ワシントンD.C.だけではなく、スイスやイランなど、実に波瀾万丈。日本語バリバリのUSA出身のスカッシュ仲間も含め、その日の話題や情報はなんだかグローバル。と言うよりは、鮨も握れるベセスダ育ちの日本語が堪能なアメリカ人もいれば、日本で暮した年月と同じくらい海外で過ごしたネイティブ英語の日本人もいる、だけのこと。生まれ育った国、暮した国には関係なく、その人を形成するのは嗜好や志向。何をしてきたのか、何を目指してきたのかという先に現在があり、こうして美味しい鮨を食べている。あれ?今日は何を言いたいのか。(実は風邪を引いて思考モーロー)何はともあれ、美味しい鮨はグローバル。

002291596

SINCE 1.May 2005