妻の料理にご用心?「嵐を呼ぶポトフ」

PotAuFeuレタインデーの午後、後輩女子の披露宴に出席していた妻からメール。「帰りま〜す。やっぱり夜はポトフかなぁ♬」おぉ〜っ!幻の妻の料理、2年前に大雪を降らせたという伝説の一品。すっかり自分で作る気だ。これから雪が降ろうが、嵐が来ようが、翌日は日曜日。オーケー。「ではベーコンの塊でも調達して帰るね」と、やる気満々の妻。出掛けにサラダランチ用に買ってあったニンジンが残っていると気付き、昼に披露宴のフルコースだから夜はポトフかな?と独り言ちていた。来客なしの妻の料理は2年ぶり。決して妻は料理が出来ない訳ではなく、嫌いな訳でもない。ただ、私の方が料理が好きなだけ。家で何か料理を作る?と言えば、それは私の担当。そんな生活を20年以上続けていると、すっかり役割は固定される。

気楽夫婦の家事分担は、実にシンプル。明確に担当が決まっている。料理を作ったり盛付けるのは私の役割。妻はその後の洗い物。掃除機は私、拭き掃除は妻。トイレの掃除は私、バスルームは妻。洗濯モノを干すのは私、タタミやアイロン掛けは妻。新聞紙を整理するのは妻、紐掛けをするのは私。ベッドメイキング担当は私がメインで、妻はサポート。私が感覚的に整理したものを、ロジカルに整理し直すのが妻…こうして記してみると、なかなか良いバランスだ。何となく7:3くらいで私の担当が多い気がしていたのだけれど、意外にも(笑)妻の割合も多い。2人の分担仕分けは、自分の得意な方、自分が気になる方を自然と選んだ結果。

Choco理は私の担当ながら、友人たちを招く時にはシェフの私、スーシェフの妻が連携する。メニューを決め、出す順番を考え、盛り付ける皿を決め、食材の買出しに出掛ける。お気楽夫婦にとって、パーティの計画を立て、料理の準備をして、お招きした友人たちに振舞うという一連の作業は、それ自体を楽しむ、いわばレジャー。けれども日常的な食事のための料理を妻が担当することは、滅多にない。一度このポジションを獲得し、公言して憚らない妻のスタンスは“お得”。たまに作った料理をfacebookにアップすると、きゃーたいへん!という突っ込みと、美味しそう!という賞賛の嵐。フツー(何がフツーかは別にして)だったら日常のことでも、お気楽妻にとっては超レアということが、すっかり仲間内に浸透している。これはオイシー立ち位置だ。

付けて嵐を呼ぶポトフが完成。盛付けは私の仕事。撮影のために特に見映え良く。とは言え、素朴な家庭料理。温かみが勝負だ。テラコッタ風の大皿に盛付け、熱々を美味しくいただき、さっそくfacebookにアップ。「きゃ〜あの豪雪はたいへんだった」「とりあえず天変地異は起こってないね」ふぅ。今回はひと様にご迷惑をおかけせず、良かった良かった。では、友人たちにいただいたバレンタインチョコでものんびり味わうか。と、思ったところに、「今から都内に帰りたいのですが、新横浜-小田原間が沿線火災で東海道新幹線が、強風で東京-熱海間の東海道線が運転見合わせ!帰れないかも!」と友人の書込み。

まった!私の料理による災害は大雪だけじゃなかったか!」妻がすかさずリプライ。すまんすまん。それ、きっとウチの妻のせいです。大雪には注意してたけど(どうやって?)、火災と強風は想定外だったなぁ。今後は、作ってからではなく、作る前にfacebookでお知らせして、注意喚起いたします。皆さま、どうかお気楽妻の料理には、くれぐれもご注意を!

美味しい記憶もまた財産「環樂(わらく)/とらや」

SapporoLagerSakuramasu2味しかったという記憶は、食いしん坊の私の深い場所に刻まれ、昨日のことのように思い出すことができる。病気で長く入院した小学生の私を迎えに来てくれた父と、退院祝いだと一緒に食べた熱々の「鍋焼きうどん」。学生時代のひとり旅で訪れた箱館山の展望台で、夜景を眺めながら初めて食べた「松前漬け」に入っていた数の子のこりこりとした歯触り。旅先のフランスで体調を崩した妻を快復させてくれた、じんわりと滋味深い「スープドポワソン」。結婚記念日のお祝いに、お気に入りのビストロで仲間たちと一緒に味わったサプライズのふぅわりとしたシフォンケーキ…。2015年冬、札幌の旅(あ、出張です)で、そんな記憶に残るであろう味に出会った。

KernerSakuramasu乗りした札幌の宿泊先のホテルで、独り遅い食事。ビールはやはり北海道限定「サッポロクラシック」の生ビールだなと独り言つ。雪吊りされた木々と雪景色を眺めながら、薄く上品なグラスに口を付け、ぐびり。ううぅわぁ〜っ!旨い!濃密で均一な泡が絶妙な厚みの層を作り、その下のキリッと冷えた琥珀の中から、繊細な泡が浮かび上がってくる。もう一度、う〜まぁ〜いっ!うぅ、誰かにこの美味しさを伝えたい。誰かと共有したい。そんな味。サクラマス尽くしの料理も美味しかったし、北海道ケルナー辛口というワインも好みではあった。けれども、この日語るべきは札幌グランドホテルの日本料理 ガーデンダイニング「環樂(わらく)」の生ビール。しっかりと刻んだ。

TorayaVegi幌滞在最終日、早めに仕事を終え、遅めのランチ。行けるものならと下調べしていた1軒。店の場所は市の中心部から少し離れた円山公園の傍。「日本料理とらや」という野菜の美味しい会席料理の店。こぢんまりと、控えめな店先。雪だるまの暖簾を潜り、店に入るとこざっぱりとしたオープンキッチンと6人ほどのカウンタ席。地下鉄の駅を降りてすぐに電話していたから、ポツンと一席分だけ半月盆がセットしてある。2階の個室は満席の様子。下から2番目の会席コースをオーダー。まずは野菜を中心とした7種の前菜盛合せ。ひとつひとつがきちんと美味しい。ガツンと食いしん坊心を鷲掴みにされ、思わずビールをいただく。あ、正直に言います。既にオーダー済みでした。

Vegi2Buri驚くべきは、次の一皿。野菜の揚げ浸し。ひと口食べて、その馥郁たる香りと、絶妙の柔らかさにびっくり。独りメシなのに笑みが零れる。煮くずれていないのに、歯にほろほろと溶けて行く、寸止めされた野菜たち。ニンジンが甘く、香り高い。サツマイモがジューシー。この料理はどこかで味わったなぁと思いを馳せれば、日本料理ではなく南仏料理のラタトゥイユ。野菜の旨さを存分に引き出す一品。これは素晴らしい。野菜、美味しいですねと店主に告げると、ありがとうございますと小さく笑顔。ん、良い感じ。厨房のスタッフは3人。互いに口数が少ないのに、コミュニケーションがキチンと取れており、客に見られていても平気な、実に奇麗な所作。心地の良い軽やかな緊張感。良い店だ。

の後のお造りも、煮物も、焼物も、和え物も、最後の甘味まで満足の味わい。例えばお造りに添えられたおろし大根が旨い。水菜が邪魔にならない。脇役の野菜が主役と寄り添い、ハーモニーを奏でる。これは良い店に出会った。特に和風ラタトゥイユには参った。記憶にしっかりと残る一皿だ。画像をアップすると「煮物の横にあるのは、水のわけないでしょ」と仲間に突っこまれる。はい。ついつい、昼から日本酒を2杯もいただきました。これは飲まなきゃ失礼でしょ!くらいの料理たち。いつか、今度はじっくり夜の席で(妻や仲間と一緒に)訪れたい店だった。

人脈は財産「黄色いバスの奇跡」

YellowBus祭りの終わった札幌に出掛けた。公益社団法人日本テニス事業協会(以下、協会)が主催する「テニス産業セミナー」に参加するためだ。ちなみに、協会は全国のテニスクラブ、テニススクールなど、テニスに関わる事業者が加盟し、テニス事業の発展、スポーツ振興に貢献するために設立された団体だ。テニス事業に関する研究、人材育成などを組織的に行っており、「テニス産業セミナー」も毎年1回、協会の下部組織である各地のテニス事業協会がホストとなり、全国の会員を招き開催される。2012年は近畿、2013年は東京、2014年は千葉での開催だった。26回目となる2015年のセミナーは北海道テニス事業協会がホスト。10年ぶりの札幌開催とのこと。

催当日の朝早くからセミナーが開催されるため、前乗りする会員のために(私は残念ながら参加できなかったが)前夜祭まで設定されている。公式企画のジンギスカン料理を楽しんだ後は、非公式にススキノツアーまで用意されたホスピタリティに溢れた内容。セミナー自体は、1年以上前から会場や講師の予定を押え、準備される。今回の講師陣は4人。実家がテニスクラブを経営しており、自身も高校時代に国体で優勝(ダブルス)した実績を持つ元衆議院議員の杉村太蔵さん。全日本連覇などの実績を上げ、長くデビスカップの代表として活躍し、38歳の現在も現役プロの鈴木貴男さん。十勝バス社長の野村文吾さん。札幌市議会議員で、ソムリエの資格(日本一になられたとのこと)を持つ、ワインアカデミー代表の佐々木みつこさん、という豪華な顔ぶれ。北海道テニス事業協会の会長である蒲生さんの(出身校である北海道大学のテニス部を中心とした)人脈で招聘されたという。

TVなどでもテニスの実力を披露することもある杉村氏も、テニスが好きということでは誰にも負けない!と言い切った鈴木プロも、参加者にワインテースティングをしてもらいながらワインの魅力を語った佐々木氏の講演も、どれも楽しく飽きさせない内容だった。けれど、昼食後の誰もが眠くなる時間に登場した野村さんの講演は見事だった。舟を漕ぎ始めた(実際に何人かいた)聴衆を、ものの数分で惹き付け、目を醒させ、最後まで眠らせなかった。高校時代からテニスに打ち込み、受験に失敗してしまったという逸話でぐっと参加者を引寄せ、親しみを持たせることから始る。そして、父親が経営する十勝バスという倒産寸前だったローカルバス会社を引き継ぎ、再生させるサクセスストーリーが本題だ。けれども、最初から上手く行った訳ではなく、悪戦苦闘しながら10年掛けて会社を再生させたという物語。

NIKKAーワードは「人を愛すること」。野村さんの場合は、社員を、従業員を愛することだった。旧弊に囚われ、変化を怖れ、減って行く乗客を他責とし、自分の思いが伝わらない社員たちのことを零し続けた野村さん。そんな野村さんが青年会議所の仲間に諭され、ダメなのは社員ではなく、自分だと気付かされる。その翌日、社員たちの前で宣言し、自らの行動と発想、発言を変えて行く。そして小さな営業のアイディアを社員と共に実行し、小さな成果が現れ、そのモデルを広げ、成功体験を得た社員たちが変わっていく。会社が変わっていく。そんなエピソードを語る野村さんの脚はしっかり地に着いている。目線は経営者ながら、高みから語ってはいない。成功に対する驕りがない。勝負の世界に長くいたスポーツマンの爽やかさがあり、語ることばに自ら実践するリーダーとしての魅力が溢れる。実に素晴らしい講演だった。

*このエピソードをまとめた「黄色いバスの奇跡」という本が出版され、ミュージカルとして本多劇場などで上演された。たけしの番組「奇跡体験!アンビリバボー」をはじめ、野村さんの出演やマスコミ掲載も多数。バスを通した地域振興、街づくりのモデルとして数々の賞を受賞し、全国から視察が絶えないという。

ミナー終了後、懇親会が開催された。参加者はテニスに関わる企業経営者や幹部だったり、現場を守るフロントスタッフ、コーチたち。共通項はテニスが好きなこと。全国各地から集い、二次会、三次会と飲み続け、テニスを熱く語る。ここで生まれる人的ネットワークが、それぞれの事業や仕事に活かされる。野村さんの「人を愛する」というエピソードも、その日の講師陣を集めた蒲生会長の人脈も、何より人と人とのつながりが大切だと教えてくれる。「だから、ススキノで飲んだくれていた訳ね」と妻。そう、大事な大事な仕事。

002383787

SINCE 1.May 2005