加賀百万石のエネルギー「金沢市」

KanazawaStationTsuzumiMon沢駅に降り立った時、その駅舎の斬新なデザインと偉容に驚いた。新幹線沿線各駅の画一的なデザインの駅舎に慣れた目には、実に新鮮だった。東京駅の丸の内(赤レンガ)駅舎、巨大な吹抜けと大階段が印象的な京都駅などを除けば、どの駅に到着したのか分からない程。機能優先なのかもしれないが、残念ながら旅情を誘うものではない。2005年に完成した金沢駅は「おもてなしドーム」と名付けられた巨大なガラス製のドームと、東口に向かって建つ木製の「鼓門」が印象的だ。どんなデザインにも賛否両論はあるだろうが、個人的には好印象。門を挟んで、左右にはバスターミナルとタクシー乗り場のロータリーが配されている。これも実に効率的でデザイン的にも美しい。

BukeYashikiHigashiChayamachi沢市は加賀百万石の城下町。前田家の居城だった金沢城を中心に栄えた北陸地方最大の都市。現在の人口は46万人と意外なほど少ないけれど、江戸時代には、江戸、大阪、京の三都と名古屋に続く大都市だったという。江戸時代、加賀藩102万5000石という石高は大名中最大。その潤沢な財政を活かし、加賀友禅、金沢漆器、金沢箔などの独自の伝統工芸品や、加賀宝生(能楽)などの伝統文化が生まれた。年間760万人が訪れる観光都市でもある金沢の観光資源は、金沢城、金沢城の庭園として造られた兼六園、江戸時代の遊郭に由来する茶屋街、武家屋敷跡など、加賀藩の遺産とも言えるものが多い。その歴史的遺産が第二次世界大戦の空襲を免れたことも幸いしたと言える。

MusiumPool沢の魅力は“古(いにしえ)”だけにある訳ではない。新しい金沢の顔もまた魅力的だ。出張先での仕事を午後に終え、ランチも取らずに向かった場所がある。2004年に開館した「金沢21世紀美術館」だ。兼六園に隣接した芝生に被われた敷地の中央に、総ガラス張りの円い建物。芝生広場には恒久展示物があり、自由に見学できるだけでなく、体験できる。例えば「カラー・アクティヴィティ・ハウス」という作品は、シアン、マゼンダ、イエローのガラスの円い壁の組合せ。3原色の組合せで、角度によって多彩な色彩が生まれ、その迷路のような作品の内部で記念撮影もできる。あるいは12個のチューバ状の管(2個づつ対になって繋がっている)が埋められており、上手く選べば遠く離れた2人で会話できるという、オトナの子供心をくすぐるアートもある。

GuideMapSign沢21世紀美術館で最も有名なのは「スイミング・プール」という作品。地上からはプールの底に人がいるように見え、地下からは地上の人を水中から見上げるような感覚を味わうことができる。私が見たかったのもこの不思議なアート。ところが、展示作品の入替期間のため、無料ゾーンにしか入場できないと言う。仕方なく無料ゾーンの地上から覗くが、階下に人がいなくてはただのプール。残念。気を取り直し、遅いランチを食べるために中心部に向かう。金沢の街のあちこちには現在地が示されたMAPと、主要観光地の案内板がセットで設置されている。デザイン的にも優れており、実に分かり易い。路線バスでも停留所付近の映像付き観光ガイドが流される。これも好印象。

2015年春、北陸新幹線長野-金沢間の路線が開通予定。駅前の再開発も続き、2014年の公示地価の上昇率も商業地として全国4位という報道があった。北陸では金沢が一人勝ちになると隣県では危惧する向きもある。確かに、街が持つエネルギー、土地の力を感じる街だ。江戸時代から綿々と続く加賀百万石の歴史が現在の街並に溶け込み、新旧の優れた建築デザインがしっくり馴染んでいる街だ。久しぶりに訪れ、歴史ある街の文化の分厚さを実感し、その街の香りを味わった。

微笑みバゲット「ブラッスリー・ヴィロン」

VironBoulangerieイン飲めるの?パンだけじゃないんだ」と世田谷マダム。「パンは買ったことありますけど、レストランは初めてです。楽しみです♬」とプロスカッシュプレーヤー。「初めてです♡」と女子大生。そんな3人と向かったのは、渋谷の東急本店の前にある「VIRON(ヴィロン)」という店。正式な店名は「Boulangerie Patisserie Brasserie VIRON」。つまり、1階はパン屋(ブランジェリー)とケーキショップ(パティスリー)であり、2階はカジュアルなレストラン(ブラッスリー)でもある。妻はこの店のバゲットが一番好きだと言い、私は2階でパリ気分を味わいながら飲むワインが大好き。同じくワイン好きの世田谷マダム、パンが大好物のプロ、オトナの食事を楽しみにしている女子大生のベクトルは、お気楽夫婦とぴったり一致。

eccalierpâté de campagneIGAさぁ〜ん!」待ち合わせをした店の前で声を掛けられる。某体育大の先輩後輩でもあるプロスカッシュプレーヤーと女子大生が待っていた。ディナーの開店は7時。既に何人もの客が入口付近で並んでいる。パンを買うんだったら食事の前が良いよとアドバイスすると、女子2名は目を輝かせながらパンを物色。フランスのパン屋の佇まいそのものの店内で、嬉々として何種類かのパンを購入。そしていよいよ開店。予約をしていても開店時間まで待たされ、列を作って2階に向かう。ヴーヴクリコのマグナムボトルが並ぶ階段を上がると、そこはパリ。赤いベンチシート、こぢゃれたインテリア、狭めのテーブル、ちょっと上から目線のサービスマンたち。まさしくパリそのもの(笑)。

Baguetteconfit de canardずは(世田谷マダムと一緒に、ヴィロンの開店を待ちきれずに他の店で生ビールを既に飲んでいたので)白ワインで乾杯。最初に籠に入ったバゲットが登場。パンは食べ放題だよ!と告げると、「えっ!ホントですか!」と、パン好きであるプロの大きな目がさらに見開かれる。「このバゲットの皮と穴の空き具合が良いんだよねぇ♬」バゲット命の妻がしみじみと呟く。カリカリのクラスト(皮)と、もっちりとしたクラム(中身)のバランスが良いのだと言う。ということで、パンがメインで、美味しくパンを食べるというコンセプトで料理をチョイス。フォアグラ入りパテドカンパーニュ、鴨のコンフィ・レンズ豆添え、サラダニソワーズなどをオーダー。この店のポーションは大きいし、女子2人とオバちゃん2人、おやぢ1人には少なめの皿数で充分。

GirlsTeamIGAって初めて食べました。美味しいですねぇ」と女子大生。「このパン、すごい美味しいです。お代わりして良いですか」とプロ。女子2名が無邪気に喜んで食べる姿に思わず微笑んでしまう。可愛いねぇと目を細めるオジオバ3人。その日集まった5人はスカッシュが共通項。とは言え、オジオバはエンジョイプレーヤー。スカッシュのスクールメイトでもある女子大生と、5度目の日本一を目指して頑張っているプロはバリバリの現役。そんな2人をサポートするのはオジオバの役割。けれど、彼女らの試合を応援する他には、“何か美味しいモノ”をご馳走することくらいしかできない。「二子玉川のジャンズにも行ったね」という妻に「あの店を気に入って、あの後何度か行ったんですよ」とプロ。彼女とはスカッシュよりも一緒に食事をした回数の方が多いくらい。

は賞金大会なんです」では、サポートできるもうひとつ、決勝戦の応援に行こう。海外で転戦中の現チャンピオン不在の今、順当に行けば国内に残る最強のライバルとの決戦のはず。「勝ったら次は美味しいお寿司をご馳走するよ♬」と世田谷マダム。良いね。賞金大会に賞品も付いた。「次は寿司かぁ!良いですね」と同じ大会に出場する予定の女子大生もはにかんだ。君も本戦まで勝ち進め!

タイトル買いっ!『限界集落株式会社』他、黒野伸一

Genkaiんだことのない(それもまだ余り知られていない)作家の作品を手に取る時は、何かがひっかかる場合だ。レコード(今はCDだけど、いやネットだったりするからあり得ないけど)の場合は、“ジャケ買い”と呼ばれたアルバムジャケットのデザインだったり、タイトルにピンっと来た場合だったり。本の場合も同様にジャケ(表紙)買い、あるいはタイトル買いをすることがある。黒野伸一『限界集落株式会社』がそうだった。“限界集落”と“株式会社”という想定外の組合せ。メタファーとしての限界集落?けれど、のんびりとした農村のイラストが描かれた表紙を見る限り、過疎化や高齢化により共同体としての維持が困難になってしまった集落=限界集落が舞台らしい。では、なぜ株式会社?という瞬間的な葛藤を経て、その文庫本を手に取りレジに向かった。

ふふ。面白い。冒頭に描かれた主人公の設定が、余りにも典型的エリートであることに鼻白むのも束の間、あっという間に物語世界に引きずり込まれてしまう。限界集落に暮す老人たちや子供たちのキャラクターや、その描写にクスッと笑みが零れてしまう。同時に全国に数多あるであろう、集落消滅の危機という重い社会問題について考えさせられてしまう。そして何より物語の展開が想定外。起業するために会社を辞め、自分自身のリセットのために、なんとなく亡き祖父の家を訪ねただけだったはずの主人公が、集落の農業経営を担うことになる。その経営手法は鮮やかながら反発も買う。失敗もする。けれども、集落に残っていた訳ありの親娘、都会から逃げるように就農研修でやって来たワカモノたちを巻き込んで…。と、寂れた農村を舞台にユーモア溢れるエンタテインメントが展開される。

Masukoかなか面白かったね」と妻。村上春樹、山田詠美、奥田英朗、有川浩、万城目学などの限られた作家以外、日本の作家を余り積極的には読まない妻の感想は意外だった。よしっ!だったら買いだ。文庫本も決して安くはない。1人で読むなら定価通りだけれど、2人で読めば半額相当(?)になる。すかさず紀伊國屋書店に走り、『万寿子さんの庭』を購入。これがまた全く違ったテイストで実に面白い。短大を卒業し就職したことを機に、独り暮らしを始めた主人公。隣に住む庭いじりばかりやっているおばあちゃんと知り合い、当初は意地悪と思えた彼女との関係が年齢を超えた友人同士に変わり、さらに人生や生活の深い部分で関わることになる。お気楽なストーリー展開に油断しながら読んでいると、ストンと深みに落とされる。

いること、親と子について、介護と老後。深刻なタッチで描かれないからこそ心に染み込むことがある。エンディングは何とも言えない不思議な清涼感に溢れている。単純なハッピーエンドではない。分かり易い感涙の物語でもない。類型的な20歳の女の子の成長物語でも、自分を発見する物語でもない。前向きになれるポジティブな物語。美しい友情物語に終わらせず、文字通り汚い部分も当たり前の事実としてフラットに描く。人の悪と善なる部分の二面性、多面性を日常として織り込む。若さだけを肯定せず、老いを否定だけでは終わらせない。解説の吉田伸子氏が書いているように「読み終えるのが惜しい、と思う物語はそう多くはないが、本書はまさにそういう1冊だ。…読んで良かった、と心から思える1冊」だ。

「『子は、一日にしてならず』も、なかかなだよ。かなり面白い♬」先行して3冊目を読み終えた妻が、積極的に薦める。これまた珍しいことだ。現在、途中まで読みかけ。こんな女子いるか?いや、いて欲しくない!それにしても、ここまで書いて良いのか?と、脳みそが混乱状態。きっとまた読者たる私の前半の予測を、良い意味で裏切る結末になるのだろう。「うん、最後はね…」言わんで良い!と、解説から読み始める妻のことばを遮る。物語のカタルシスを楽しみにする私の楽しみを奪わないでくれ!「私はそんなもの期待していないもん。楽しければ良いんだ」という妻。読書スタイルは相容れない、それでも読書好きのお気楽夫婦だった。

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