ある人気シリーズが終わった。石田衣良のデビュー作『池袋ウエストゲートパーク』から始まり、『PRIDE 池袋ウエストゲートパークX』までの全10冊、40編の物語。1998年から(文庫では2001年〜2012年)12年に渡り「オール讀物」に長期連載、文藝春秋社により刊行された。その登場は鮮烈だった。主人公マコトの語るモノローグ、それもワカモノのことばで物語が始まり、現在進行形の東京、それも池袋を中心とした街の事件が疾走感溢れる文章で綴られる。読んでいて心地良いエッジの利いた文章。今の街を、風俗を、固有名詞をそのまま使って描いているのに、古びない。10年ぶりに第1作を読み直して、それを実感した。
作品の魅力は何よりも登場人物たちの造型にある。主人公のマコト(真島誠)、マコトの高校時代からの友人で池袋のストリートギャング団のトップのタカシ(安藤崇)、中学時代の同級生でヤクザ界に就職したサル(斉藤富士男)、女手ひとつでマコトを育てた池袋西口のちっちゃな青果店を経営するマコトの母、その他レギュラー陣からエピソード毎に登場する人物たちまでの、誰もがくっきりとキャラが立ち、実に魅力的なのだ。そして各エピソードは、その時代の刺激的なトピックス。チーマー、不法滞在のイラン人、性同一性障害、育児放棄、ネットを媒介とした集団自殺、盗撮、振り込め詐欺、スマートフォンの普及、そして最後は若者ホームレスの支援組織。幅広く、街に、ストリートに視点が向けられる。
けれど、それらのエピソードに対するスタンスや解決策は、法治国家としてはリーガルなものだけではない。池袋の街のトラブルシューターとして活躍するマコトにとっての正義が芯となっている。これがまた爽快。カッコ良いだけのヒーローではなく、人間臭く、青く、トラブルを持ち込むヤツらと一緒に悩み、立ち向かう。自分の限界は知っているけれど、諦めない。ストリートギャングやヤクザ、警察にもネットワークがあるけれど、どこにも属さない。それでいて周囲を巻き込み、それぞれのトップから一目置かれる存在。でも職業は果物屋の店番。リアルな世界とありそうなフィクションが巧く構成される。
そんな魅力的な物語が、シリーズ10作目で、いったんお休み。最初の1冊の最後のエピソードで、主人公のマコトが語る。
…ストリートはすごくおもしろい舞台で厳しい学校だ。…街の物語には終わりがない。…いつかどこかでまた会おう。それまでにおもしろいネタをたくさん仕込んでおくよ。見つからなかったら、でっちあげればいい。おれの嘘がうまいのは、ここまで読んだあんたならよくわかってるだろ?
主人公の口から虚実のバランスを見事に語らせ、池袋という絶妙な位置の中途半端な街を、魅力的な舞台に仕立てて読者の前に出現させる。
そして、最後の1冊の最後のエピソードでマコトが語る。
…街の物語には終わりがない。…つぎに会うときには、また愉快でスリリングな嘘をたくさん用意しておくよ。…負けるな、明日は必ずやってくる。次のステージで、また会おう。
シリーズの一旦の完結で、『IWGPコンプリートガイド』という企画本が出版された。これがまたファンに取っては楽しい1冊。石田衣良のファンだと言う作家の辻村深月との対談、IWGPの舞台となった池袋の詳細マップ、全作品のエピソード解説、登場人物紹介、作中に流れる音楽(第1作目でマコトはクラシック音楽に目覚めた)の解説、堤幸彦が撮ったTVドラマ撮影のエピソード紹介などが掲載。ガイドを読みながら、第1作から全作読み返したくなる。実際、私は読み返しそうになり、1作目だけで我慢した。楽しみはもう少し、次のシリーズが始まるまでの期間用に取っておきたい。オトナになったマコトたちの再登場が今から楽しみだ。
美味しいモノは人を幸福にする。それも、とても分かり易く。仕事における達成感だったり、試合で勝利した瞬間、登山で頂上を極めた時、誰かと分かち合いたい満足感や幸福感を感じることがある。けれど、同じ立場や経験がなければ、あぁこれが幸福なんだという気持を互いに共有することは難しい。ところが、美味しい料理、美味しい店は、それをいとも簡単に実現させる。あの店美味しいよね!そうそう、あの料理が…と、“美味しい”という誰にも得易い幸福感を瞬時に共有することができる。舌の満足感は共有しやすく、美味しいモノの腕力は強い。えぇ〜い、我ながら回りくどい。ということで、早い話が、美味しいモノは偉い!
11月1日、広東料理Fooが開店1周年を迎えた。数年前、お気楽夫婦が東京ミッドタウンの名店「SILIN 火龍園」で出会ったサービスマン“ねもきち”くん。彼が“慎ちゃん”ことオーナーの林慎一シェフと一緒にスタートさせた店。中華ビストロを標榜し、気軽な小皿料理とワインの組合せが楽しめたり、海鮮をはじめとした季節の食材が絶妙な火の通り加減で提供されたりというスタイル。これがお気楽夫婦にとってはど真ん中のストライク。ハマった。開店以来、ほぼ月イチのペースで友人たちを誘い、慎ちゃんの料理とねもきちくんのサービスを味わうために通った。美味しいモノは偉いだけではなく、人を呼び、人と人とを結びつける。
「花屋さんの配達かと思いましたよぉ!ありがとうございます♬」ちょうど1周年のその日、お気楽夫婦は胡蝶蘭の鉢を抱えて入店。さっそく1周年企画のシャンドンのグラス500円也!で乾杯。まずは、ぷりっぷりの牡蛎の酒蒸しが艶やかな姿で現れる。牡蛎の鮮度がそのまま味わえる絶妙な塩加減、火加減。慎ちゃんの料理はセクシィ。いっちゃいそうで、いかせない。我ながら意味不明。焼物の盛合せがまたいつもの通りに素晴らしい。それぞれの美味しさを見事に引き出された肉たちを少しずつ味わう。ん、んまいっ!(c)ねもきち。シャンドンをお代わり。旨い料理を出す料理屋は商売も巧い。酒がススム。
「今年はカラスにやられずに守れました。世田谷通り産の干し肉です♬」ねもきちのネタにお愛想笑い。けれど、ひと口食べたら自然に笑みが零れる。うわぁっ!なぁ〜んて美味しいんだっ!干し肉なのに、なんてジューシーなんだ!肉の旨味が甘く感じられるほどだ。青菜もこのパスタで言えばアルデンテな炒め加減が素晴らしい。店先で干した豚肉と青菜の炒め。1年通ったのに、今までもずっと美味しかったのに、この料理がさらに美味しい!驚愕。ふた口、ん、やっぱり今までで一番美味しいかも。妻の笑顔も零れんばかり。これぞ至福の時間。やるなぁ、さすが慎ちゃん。厨房に視線を向け、美味しいよ!と笑顔でアイコンタクト。満足の一皿。シャンドンをお代わり。
「IGAさん、ありがとうございました♡」ねもきち妻、チエちゃんと共に見送っていただく。その夜も、この1年の間の多くの夜と同様に、彼らの心地良く柔らかなサービスで幸福な時間を過ごせた。それだけではなく、彼らのネットワークおかげで行きつけの店も広がった。「さかなの寄り処 てとら」であり、「ビストロ トロワ・キャール」。*資本関係はないけれど、それらを2人は“Foo姉妹店”と呼んでいる。けれど、まだ1年。「まだ1年しか経ってないのかぁ。もう長い付き合いって感じ」妻のことばに頷く。パートナーと同様に、一時的に盲目的な恋をするだけの店ではなく、長く愛し続ける店として、これからもよろしく!