祝杯の夜「さかなの寄り処 てとら」

Madamsダムにはある秘密があった。それは今年の春の一時帰国の際に伝えられた。「実はね、子宮癌かもしれないって検査結果が出ちゃってねぇ」そんな軽い口調で打ち明けられたお気楽夫婦。「夏にIGAちゃんたちにワシントンに遊びに来てもらうじゃない、その後に私も再帰国して検査しようかと思ってね」うぅむ。まだ疑いであって、決まったわけじゃないし。返すことばには力がない。「大丈夫よ。こんなに元気で酔っぱらってばっかりの癌患者なんていないだろうし」マダムのことばもロジカルではなく、励ますことばにも不安が纏わり付く。気持の奥底に微かな恐れを抱えたままマダムは渡米し、お気楽夫婦は後を追うようにワシントンD.C.を訪ねた。

Jirouしい夏休みだった。一緒に過ごした日々の中でも“そのこと”に関する話題には触れなかった。けれど、楽しいからこそ、これが最後の旅行にならないようにと密かに祈った。信じる神もいないのに。日本に帰国したお気楽夫婦を追いかけるように、今度はマダムが帰国した。限られたメンバーには定期的な人間ドック受診のために、という説明。結果が出るまでは友人と会う予定も最小限に抑えた。そして検査結果はまたもやグレー。「大丈夫。子供も2人産んで、大きくなったし、子宮なんて摘出しちゃえばへーきよ」本人が落着いているのに、ご主人や母親は心配でおろおろしてると笑う。もちろん本人も気持が揺らいでいるはず。何もすることができず、せめて美味しいモノでも食べようと誘うお気楽夫婦。

Sashimiっぱり日本の食べ物は美味しいねぇ」とマダム。お気楽夫婦お気に入りの店「てとら」のカウンタ席で再会。「何か久しぶりに会ったという感じしないけど、日本で会うのは4ヶ月ぶりだぁ」確かに、検査の様子を聞くために何度か連絡を取り合ったものの、会えたのは帰国してから数週間も経った夜だった。「ところでさ、大丈夫だったんだ!」え?再々検査の結果?「そう、良かったよぉ」おぉ〜っ、それは嬉しい。さっそく乾杯。「母も主人も安心したって…」それはそうだ。ポジティブに受止めていた本人も。これで半年近くもマダムの周辺に渦巻いていた“疑惑”の雲が去った。霞が晴れた。ふぅ〜っ、良かったぁ。安心したぁ。乾杯だぁ!「はい、ありがと。乾杯!」何度も何度も、良かったぁと呟き、乾杯を繰り返す夜。

Namerouのくらいに上品に盛り付けられてる方が美味しいよね。全くアメリカの量の多さはさぁ」「ん〜、ジローさんが釣って来た鯵のなめろう、美味しいっ!ナッツが効いてるね」マダムも、お気楽妻も、楽しそうに語り合う。酒の味がくっきりと、料理もふだん以上に美味しく感じる夜だ。実は、もしかしたらって思ってたんだと、今だからの笑い話。「私はぜんぜん思ってなかったよ」という声も今なら信じてさしあげよう。全て笑い話にできたことの幸せ。大切な友人を失わずに済んだ幸運。

日はありがと。楽しかったね。ところで私、お金払った?娘にもう歳なんだからそんなムチャな飲み方しちゃダメって嗜められちゃった」翌日、マダムからメール。私に聞かれても、当然私の記憶もブラックアウト。「大丈夫だよ。私が払ってマダムとも精算したよ」と酒を飲まない妻。マダムをタクシーに積み込んで、私の首をつまんで電車に乗せて帰宅したらしい。「まぁ、昨日は2人とも楽しそうだったから、大目に見るよ」これからも、こんな酔っ払い(2人)を、よろしくお願いします。

スカッシュ仲間と飲む夜は「T-SITE、3/4、Foo」

TsutayaSandwichトナのTSUTAYAに行きたいんだけど、一緒に行かない?」ある日の午後、スカッシュ仲間からそんなお誘いメールが届いた。了解、とメールを送り、早めに仕事を切り上げ代官山に向った。彼女は私のブログ記事で代官山のT-SITEに興味を持ち、行ってみたいと言い続けていた。「IVY PLACE」で待ち合わせ、遅いランチあるいは早めの夕食。「良いねぇ、この場所。気に入っちゃったぁ♬」姉妹店のブリュワリーで造られたビールで乾杯し、迷わずワインに進む。ワシントンD.C.の土産話、春先までお受験の真っ最中だった彼女の娘の話、ゆったりとリラックスしながらグラスを傾ける。

Eri&SawaBelloVisto度か訪れ、勝手知ったるオトナのTSUTAYA。店内を案内をしつつ2号館の「Anjin」へ。「きゃぁ〜、ステキ!」ここでも飲めるよと伝えると、迷わず居心地の良さそうなバーカウンタに座る。ワインをぐびり。すっかり飲みモード全開。じんわりと日が暮れて行く。ではお気楽妻と合流し本格的に飲もうかと、渋谷のセルリアンにある「ベロビスト」に向う。遠く新宿の摩天楼群の煌びやかな夜景を望むお気に入りのバー。お酒の飲めない妻はペリエで乾杯し、酔っ払いたちに苦もなく溶け込み、奥さま同士の話題に没入。そんな2人と夜景を交互にを眺めつつ、まったりと自分の酔いに身を委ねる。

TroisQuartsSanmaシントンから帰って来たら、美味しいモノ食べに行きましょう」男前なスカッシュ仲間からお誘い。それは嬉しい。では、せっかくだからと声を掛けると、あっという間に6人のメンバーが揃った。仕事を終え、三々五々に松陰神社前のビストロ「トロワキャール」に集合。職業も年代もばらばら、交わされる話題も幅広く、お互いに新鮮なジャンルの話に耳を傾ける。メンバーの1人の誕生日を祝ってスパークリングワインで乾杯。サンマのマリネ、モンサンミッシェルのムール貝、鴨のコンフィなど、相変わらずがっつり美味しい料理を味わう。楽しく、美味しく夜は更け、たっぷりと酔って行く。

FooFoo2しぶりに「Foo」に行こうか!というお誘いにスカッシュ仲間が呼応する。口福中華を味わうために、またもや松陰神社前に向う。開店早々、客もまだまばらな時間。店長のねもきちくんと雑談をしながら、おススメの料理をオーダー。同行メンバーはすっかりこの店に馴染み、のびのびゆったりと飲み、前菜の盛合せから始める絶品料理を味わう。「2人に聞きたいことがあったんだ」と、メンバーのひとりの役員秘書嬢。iPhoneの設定に関して尋ねる秘書嬢、的確に答えるマラソンでサブフォー(3時間台)のアスリート系女史と妻。3人の知識のギャップが愉しい。自分の弱みを軽やかにさらけ出し、何の力みもなく徹底的にサポートする仲間の図。

カッシュというスポーツを通じて知り合い、互いにしがらみを持たず、嗜好やライフスタイルの傾向が近い(飲み)仲間たち。オトナになって知り合った彼らは、打算なく、肩の力を抜いてつき合える貴重な友人だ。「だからと言って毎回飲み過ぎでしょう」と、夜ごと私の首筋をつまんで自宅まで連れ帰る妻。貴重な存在だ。

50年目の涙「祝♡金婚」

LobbyCrooz父母のために数年前から計画していたことがあった。結婚式を挙げた会場で親戚や友人を集めて食事をしようか。どこか行きたいところがあれば一緒に旅行しようか。義父母に尋ねる度に「気を遣っちゃうから、大げさなことはしなくて良いよ」「遠くまで行くのは疲れちゃうから、近所が良いね」そんな答えが返って来た。じゃあ、近くの温泉の旅館のゼータクな部屋に泊まって、家族だけでお祝いしようか。「それが良いね」何度目かの提案が受け入れられ、浜松の奥座敷である舘山寺温泉のとある旅館の2部屋を年明け早々に予約した。義父母の結婚50周年、金婚をお祝いするささやかな計画。

BathLakeView度温泉行くんだってぇ。良いなぁ。伯母ちゃんたち、とっても楽しみにしてたよぉ」近くに住む妻の従妹から連絡があった。お気楽夫婦にはそんな素振りは見せないけれど、どうやら楽しみにしてくれているらしい。いつもニコニコとしている義母はまだしも、お気楽妻と同様に義父のリアクションは薄い。出しゃばらず、口数少なく、押し付けず、目立つことは避け、実直に仕事をして来たであろう義父とは、おそらく3分以上の会話をしたことはない。私が一方的に話を続けることはあっても、義父は柔やかに短いことばを返すだけ。感情の起伏も小さい。そんな義父も楽しみにしてくれているのか。思わず頬が緩んだ。

HappyCrab名湖に面する旅館のロビーは、吹抜けの高い壁一面がガラスの開放的な空間。対岸に見える大草山の端正な姿が美しく映える。予約したのは温泉展望風呂付きの豪華な客室。浴室の窓を全開にすると、露天風呂気分を味わいながら浜名湖が一望できる。期待以上に良い部屋だ。「ゼータクな部屋だねぇ」義父母が恐縮しつつも声を弾ませる。宿泊客限定のサンセットクルーズを楽しんだ後は、お祝いの席へ。箸袋やメニュー表に旅館からお祝いのメッセージが印刷されている。「後ほど記念のお写真をお撮りして、明朝お持ちいたします」細やかなサービスが嬉しい宿だ。

50thFamilyめでとうございます!と乾杯をした後、義父が緊張した面持ちで声を発する。「それでは、お礼の挨拶を…」浴衣の懐から手書の原稿の束を取り出す。手が震える。声が出ない。最初のひと言を絞り出す前に、感極まって涙を流す。予想外の展開に戸惑い驚くお気楽夫婦。ようやく切れ切れに挨拶文を読み始める義父。義母と出会い、貧しいながらも幸福な結婚をし、長女である妻が生まれ、家を建て、退職後に現在のマンションに移り住み、慎ましやかに暮す、現在までの夫婦の歴史を涙を零しながら訥々と語る。若き義父母の姿を想い、老いを受け入れながらも病気がちな義母を気遣う心情を思う。

めて聞いたこともあったよ、びっくりしたなぁ」妻が挨拶を終えてようやく落着いた笑顔になった父親に声をかける。50年、半世紀もの間、仲睦まじく寄り添った先輩夫婦の佇まいを眺める。身の丈に合った、ささやかな幸福を味わっている姿は、いじらしいぐらいに温かで、穏やかで、そして何だか涙が溢れる程美しい。「ウチもずっと仲良くいなきゃね」と妻。そうだね、お義父さんのように優しくいなきゃねと、こっそり付け加える秋の日だった。

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SINCE 1.May 2005