「京都に行こう!その日はスカッシュのレッスンないし♬」と、お気楽妻が宣言した。彼女の週末の最優先事項は、1999年から(20年近く!)続けている日曜のスカッシュレッスン。何よりも優先すべき不動のスケジュールであり、海外の渡航先から帰ってきたその日にレッスンに出かけた事もある。逆に、休講となったら、もうひとつの血が騒ぐ。ホテルフリークの血だ。「京都ならフォーシーズンズか、リッツだね」おぉ怖っ!
京都はインバウンド観光客に人気のある街でありながら、ラグジュアリー系のホテルが少なく、ホテルおたくの妻が泊まりたい!と思うホテルがなかった。そしてようやく2014年冬に「ザ・リッツカールトン京都」が、2016年秋に「フォーシーズンズホテル京都」が開業し、いつかは!と楽しみにしていた模様。そこで、毎年春先に忙しい妻の慰労を兼ねた「ホテルでのんびり企画」の行先は京都になった。よしっ!京都行こう!
還暦のお祝いにとスカッシュ仲間からいただいた旅行券を使い、グリーン車で往復!と言うゼータク旅。ただし、2泊ともフォーシーズンズ、またはリッツというのは予算オーバーだ。初日の宿泊は「ザ・ウェスティン都ホテル京都」となった。チェックインするとスイートルームになぜかアップグレード。近くに南禅寺、遠く吉田山、遥か貴船、鞍馬を望む良い眺めだ。プールで泳ぎ、ラウンジでビールをいただき、街に出る。
夕刻、早めに到着した祇園白川に掛かる巽橋で夕涼み。周辺には多国籍語が溢れる。目当ての店は白川沿いの「割烹 さか本」という小さな店。現在はご夫婦で沖縄の人気カフェ「サン・スーシィ」を経営する、P社時代の後輩(妻)のご実家だ。ビルの中の小さな通路を通った突き当たり、店に入ると窓の向こうに白川のせせらぎ、獲物を狙う白鷺の姿も。実に落ち着いた佇まい…のはずが、その日はインバウンド観光客で満席。
「賑やかで申し訳ありません」女将さんが申し訳なさそうにご挨拶。いえいえ。観光の街の宿命。それよりも皆さん英語が堪能で、若い板さんも英語でカウンタの客と世間話を展開中。さすが京都。さすがと言えば、もちろんお料理も。ひと口だけの“おかゆさん”から始まり、じゅん菜の小鉢、蛸と子持ちシャコの炊いたん、すっぽんのお椀、炙った鱧などが美しく盛付けられたお造りなど、どれも美味しく見事な皿が続く。
「湯葉美味しそう♬」専用の器で出て来たのは、振り湯葉というこの店の名物料理。熱々の湯葉を鰹出汁でいただく。湯葉は妻の好物だけあって、嬉しそうに湯葉を振る。それに比して、私のテンションは下がり気味。実は、前夜に深酒をしてしまった私は料理を少しづつ残し(大将にお断りして)、最後まで辿り着こうとするのが精一杯。美味しいのだけど、全部は食べられず、少しづつ味見という体たらく。やれやれだ。
翌日、やや回復した二日酔い(どころか3日酔い)男は、引き続き絶好調の妻と共に「瓢亭 別館」へ向かった。ウェスティンに泊まるなら、歩いて行ける「瓢亭」へ、そんな計画だった。ところで、京都の人にとっては、スターウッド・ホテル&リゾートと提携してウェスティンと冠しても未だに「都ホテル」であり、京都の迎賓館であり続けている。もちろん運営する近鉄グループにとっても本店格の旗艦ホテルだ。
「瓢亭 本館」のランチは、と言うかランチでも、懐石料理で23,000円から。とても食べ切れない、と言うよりも、ランチにそんな料金を払えない。その点、お隣の別館では松花堂弁当が5,400円でいただける。これも十分過ぎる程ゼータクなのだが、23,000円に比べればグッとお手頃に感じる瓢亭マジック。名物「瓢亭玉子」も入った豪華な盛合せ。一子相伝の料理「瓢亭玉子」は、白身の固さと黄味の蕩け具合が絶妙な逸品だ。
「京都に来た〜って感じだね。京都を食べた〜っ!」暖簾をくぐりながら、お気楽妻が満足の笑みを零す。京都らしさが堪能できる名店だった。南禅寺を横目に見ながら、仁王門通りを経て、以前京都に来た際に2人で歩いた蹴上のインクラインを眺めつつ、ウェスティンホテルに戻る。さぁ、いよいよ京都旅のハイライト、「フォーシーズンズホテル京都」へ向かうぞ。そうだ、続いて京都(泊まりに)行こう。の旅。
「加藤健一事務所」公演vol.102!『煙が目にしみる』の久々の再演を観に行った。1980年代からずっと観続けている劇団だけれど、4度の上演の内、3度目の観劇というのは初めて。観る度に、大笑いして、ちょっとだけ泣いて、しみじみと心に染みる。そんな芝居。舞台はサクラが咲く頃の火葬場。父や夫を失った2組の家族が繰り広げる“あるある”と頷くエピソード。その同じ芝居が観劇時の自分の状況で感じ方が違う。
最初に観たのは、まだ両親が健在だった頃。2度目は母をおくった後、そして3度目の舞台を観た現在は父もいない。けれども、父母を亡くした時の悲しみや喪失感と共に、在りし日の2人の思い出がたっぷりと蘇り、つかの間記憶の中の両親と対話し、温かな気持ちにさせてもらった。「良いねぇ、お芝居!シモキタも久しぶりだし!」所用で観に来られなかった妻の代わりに、その日はスカッシュ仲間の奥様とご一緒だった。
「刺身どれも美味しい!良いねぇ、シモキタ!」芝居の後に立ち寄った居酒屋のカウンタで、満面の笑顔の人妻(笑)。テンション低めの妻と一緒の生活に慣れた身に、この高めのリアクションは嬉しい。2軒目はいつもの泡盛BAR「Aサインバー」へ、そして妻と合流。昨秋、一緒に「スカッシュ香港OPEN」を観に行って以来、すっかりスカッシュのNET観戦にハマり、スカッシュ談義に花が咲く2人。「楽しいね!また行こう!」
了解!ではさっそくと、一緒にやって来たのは『BURN THE FLOOR』と言うダンスカンパニーの来日公演。ジャズ、タンゴ、ワルツ、あらゆるジャンルのキレっキレのダンス、鍛えられた美しい肉体、そして“刺さる”楽曲。プリンスの『Kiss』、ジェームズ・ブラウンの『Sex Machine』、ツェッペリンの『天国への階段』まで!「凄い舞台だね!」「広背筋がキレーだ♬」ステージの見方は違っても、観劇の感激と感動は共有。
興奮の余韻を抱えて劇場の外で記念撮影。見下ろす渋谷の街は再開発の真っ最中。遠く新宿のスカイスクレーパーが輝く。そして変貌する渋谷の街を彷徨う。ヴェトナム料理食べようか!「良いねぇ、生春巻食べたい!」人妻のテンションがまた上がる。ところが、お目当の店は定休日。では!と沖縄料理の店に向かう。口の中がすっかりフォーやバインセオになっていた気持をゴーヤチャンプルーや沖縄ソバ方面に切替える。
「今日も楽しかったぁ〜!ありがとね」オリオンビールで乾杯しカーリーポテトフライを齧りながら、その日のセットリストを反芻。音楽好きで、お酒が好きで、美味しい物が好きで、野球が好きで、人が好き。初対面でも物怖じせずに話しかける。お気楽妻は、この気遣いができて気を遣わなくてもいい人妻が大好き。舞台は気の置けない友人と行くに限る。ましてやその楽しかった観劇の後の酒宴は。
「香港、今年も一緒に行こうよ!」「行きたいね!」すっかりスカッシュフリークと化した2人の奥様たちが秋の香港行きを目論む。行こうじゃないか。「香港OPEN」と言うスカッシュの晴れ舞台、そして馴染みのホテルでシャンパン三昧。てことで、一緒に行くには最高のパートナーだ。この秋も、香港へGO!
妻の故郷浜松に「割烹 弁いち」という店がある。創業は大正13年というから、あと数年で創業100周年を迎える老舗。初めて訪れたのは10年程前。「さとなお」のブログで店の存在を知り、店主の鈴木さんが今でも店のサイトに書き続けている「板前日記」の読者だったお気楽夫婦。いつかはと望みながらの初訪問で、すっかり店の味の虜になった。そして今では浜松を訪れる楽しみ…というか、目的のひとつになった。
虜になった店の“味”と言っても、この店の場合は料理の味だけではない。店主の鈴木さんが選んでくれる酒の味がもう一つの魅力。最初の一杯、飲食店限定のエールビール「ガージェリー・エステラ」で、山菜の天ぷらなどの前菜をいただく。このビールもこの店を訪れる楽しみ。最高のコンディションで供する事ができる店にしか卸さないプレミアムビールをオリジナルのリュトン・グラスでぐびり。至福の1杯を味わう。
大振りのハマグリに山菜を合わせた椀物にと選んでもらったのは、「伯楽星 純米大吟醸」という宮城の酒。JAL国際線のファーストクラスにも備えられているという、食中酒にぴったりの爽やかな旨さ。厳選された食材の魅力が引き出された料理により添う、まさしく酒と料理のマリアージュ。続いてお造りと共に供されたのは「松の司 大吟醸純米」というふくよかで上品な一杯。白身の刺身とのハーモニーが素晴らしい。
春にこの店を訪れる度に、豊富な種類の山菜と共に楽しみなのが京都のタケノコ。その日も焼き筍に自家製のオイルサーディンソースを掛けた、絶品の一皿が供された。「これだよねぇ」と酒を飲めない妻が、酒にぴったりの料理に舌鼓を打つ。この組合せを初めて味わったのは7〜8年前。その組み合わせの妙と、お酒がすすむ味わいに籠絡された。以来、毎年のようにこの料理を味わっていることは幸福なことだ。
焼き物との組合せで勧められたのは「作(ザク)純米大吟醸 セレクションN」という逸品。杜氏の期待以上の出来栄えだった純米大吟醸だけが瓶詰めされるという。そんな酒への愛情感じる解説をしていただきながら、店主の鈴木さんに注いでいただくその日最後の1杯。料理と酒に加え、この店で味わえるのは、この“鈴木節”。話を伺う度に、店主の拘りが、空間にも、食器にも、現れているのが良く分かる。
タケノコごはんと味噌汁、漬物でシメ。美味しいご飯も、上品によそっていただく。少食のお気楽夫婦のお腹を気遣っていただき、料理のボリュームを調整いただくのはいつものこと。美味しいものを少しづつ、最もゼータクで、ありがたい味わい方だ。ところで、100周年を一区切りで店を閉めたりしないですよね、と気になっていたことを伺った。「いやいや、区切りを目指して頑張ります」との嬉しい返答。一安心。
継ぐことも、続けることも一大事。それは会社も店も同様。会社経営を次世代へ承継する準備をし始めた、今なら分かる。三代続いたこの店の、それぞれの代が苦労したであろう歴史を、情熱を思う。なのに、店主の鈴木さんには気負いはない。そうだ。この店で味わうべきものが、もうひとつ。歴史の重みではなく、時代が変わっても、その時代の“食いしん坊たち”に愛される軽やかさだ。自信に裏付けされた柔軟さだ。
店を出ると、街にはまだ祭の熱気が溢れていた。華やかな御殿屋台が街を照らし、オイショオイショという掛け声が街のあちこちに谺する。そう言えば、450年程前に始まったという浜松まつりも同様。戦争中に途絶えた祭も、戦後僅か3年で復活させたという。継がれた浜松まつり。
浜松には、“やらまいか”ということばがある。「やってみよう」「やってやろうじゃないか」ぐらいの意味で、遠州浜松の気風を現すことばだと言う。よし、お気楽夫婦も浜松に倣い、まだまだ、やらまいか!「仕事は後5年くらいで!」むむっ。