祇園しっとり京の旅 その2「味ふくしま」

NanzenjiNanzenji2葉の永観堂から夕景の南禅寺に向かう。夕陽に赤く染まった山門を眺め、真直に向かったのは琵琶湖疏水「水路閣」だ。以前は(と言っても30年以上前の学生の頃)訪れる人もない穴場だった。なのに、今やすっかり人気のスポット。内外の大勢の観光客で賑わっているだけではなく、カメラマン、照明係など何人ものスタッフを引き連れた新婚の中国人カップル(派手なウエディングドレスとタキシード姿!)がアルバム用の撮影をしてさえいた。彼らに負けじと(かなり無理はあったが)お気楽妻の80年代アイドル風のポーズを撮った後は、琵琶湖疏水をさらに遡る。さすがにここまではチャイナパワーも及ばず、人の姿はほとんどない。その先にあるのが、目指す蹴上発電所だ。

Incline2Incline上発電所は、琵琶湖疏水の水を活用して1891年に運転開始された、日本最初の商用発電所。現役の施設ではあるものの、今回の旅のテーマのひとつである近代建築であり、もはや産業遺産の趣きさえある。白鷺が遊ぶ小さな貯水場から、下流の発電機のある施設まで、導水管を経て一気に水が流れる。その導水管沿いに走るのがインクライン(傾斜鉄道)の跡地だ。高低差のある運河で船を運行させる方法として、ここで採られていたのがレールの上に台車を乗せて、船を運ぶ方式。今は廃止されたインクラインは京都市民の散歩道になっている。似非市民のお気楽夫婦は、敷かれたままのレールの上をのんびりと下り、円山公園や八坂神社の境内を経て、最終目的地の祇園を目指す。

AjifukushimaAjifukushima2約していた店は、「味ふくしま」というこぢんまりとした店。祇園のお茶屋さん「福嶋」が始めた割烹料理店(だから“味”ふくしま)だ。夜のコースはお任せのみ。けれども、周辺の老舗と比較したら、お手頃な料金設定。だからこそ、祇園初心者として選び易かったのだ。風格ある店構え、とは言えOPENしてまだ2年余り。店に入って案内されたカウンタ席は、清々しい白木の香りが漂う清楚な佇まい。カウンタの背後にある食器棚も、白木の観音開きだったり、抽斗だったり。先付けは焼き無花果のゴマだれ。クリーミーなソースを纏ったイチヂクは、和なのにフレンチのアミューズの風情。オサレ。八寸は赤く染まった柿の葉の下に、はもさく、丸十、焼き銀杏などの秋の味覚。

NodokuroKomochiAyuれは日本酒でしょうと、丹後の木下酒造「玉川 純米酒ひやおろし」をいただく。お椀は名残の鱧と松茸。日本人で良かった、京都へ来て良かったと眼を細める味。お造りも、炊き合わせも、文句無し。中でも絶品なのは焼物の“のどぐろ”。錦織くんの好物だとすっかり有名になった、脂の乗った白身の魚。白身のトロと言われるだけのことはある、上品な脂の旨さに涙。筋子の飯寿しで眼にも舌にも喜ばさせた後、さらには、子持ち鮎のから揚げが登場。これも新鮮な味わい。お腹をぱんぱんに膨らませた子持ちの鮎を、カラッと揚げるかぁ、という驚きの美味しさ。「どれも美味しいね」と、妻もご機嫌。いずれも丁寧な仕事、食材の味わいを素直に供する好感が持てる料理だ。

Ajifukushima3Ajifukushima4チの従姉妹なんどすけど、舞妓を紹介させてもらいます」若女将がそう言って連れてきたのは清乃さん。初めての舞妓はん近接遭遇。初々しい彼女にいただいたのは、これまた初めての名刺代わりの千社札。“祇おん 清乃”と記され、紅葉をあしらった、きっと季節ごとに作り変え、渡しているであろう粋で可愛いお札。なんだか良い店だ。やや気張りすぎている気配はあるが、細やかな気遣いで満遍なく声を掛けて回る若女将。にこやかに居丈高ではなく、けれどもしっかりとした存在感がある若き料理人。居心地の良い店には、心地よい気遣いの人たちがいる。初めてなのに、料理の味も、店の空気も、妙に馴染む。「また来たいね」妻の短いコメントは最大級の賛辞だった。

の関西、大阪、京都の旅もお終い。紅葉を観に、という旅の入口は、深い深い味わいを得て、満足の出口につながった。

紅葉よりみち京の旅「秋の京都ウォーキング」

InoueShoseienJR東海は、1993年からずっと「そうだ、京都行こう。」と言い続けているし、長塚京三のナレーションはいつも余りに魅惑的だ。かつて2012年秋のコピーは、「紅葉は、旅の入り口にすぎませんでした」というものだった。くぅ〜っ、巧い。…と言う訳で、秋の京都に出かけた。京都駅で降り、真っ直ぐに向かったのは「渉成園(しょうせいえん)」という東本願寺の別邸だ。ここで『スラムダンク』などの作者井上雄彦が、親鸞上人の七百五十回忌に東本願寺から依頼を受け作成した「親鸞」の屏風画の特別公開を行っていたのだ。FB友達の「割烹弁いち」のご主人鈴木さんの書込みで情報を得て、幸運にも3日間だけの公開日程の最終日にスケジュールが合い、急遽訪問。鈴木さんに心から感謝。六曲一双の水墨画も見事ながら、漫画という新しい芸術を認めて依頼した東本願寺にも感服。仏教寺院が芸術の庇護者でもあり続けたことを実感。

HakusasonsouHakusasonいて向かったのは、京都大学。学内の時計台とキャンパスの近くにある「進々堂」という喫茶店の建もの探訪(前日の続き)が目的だ。広大なキャンパスを歩き、その羨ましい環境にため息をつく。これならノーベル賞受賞者が生まれそう。今出川通に出ると、そこは古本屋街。その一角にある「知恩寺」で開催していたのが「古本まつり」というイベント。由緒ある寺の境内に広がる古本の青空市。京都らしい風景だ。白川疎水通りを歩き、銀閣に向かう途中で、「おめん」でランチ。その後「白沙村荘」に立ち寄る。学生の頃からのお気に入りで、何度か通う馴染みの場所だ。賑わう銀閣の門前と対照的に、ひっそり佇む邸宅と庭園だったのだが、数年前に敷地内に美術館ができたとのこと。ふん、商業主義に走ったかと思い入ってみたら、これが素晴らしい。美術館2階のテラスから望む大文字山の風景が清々しい。入館料が上がったことも許そう。

GinkakuTetsugaku山慈照寺、これが銀閣寺の正式名称だ。JR東海の1994年のキャンペーンのコピーは、「銀じゃなくても…。銀じゃないから…。私は、好きです。」というものだった。同感。観光客が少ない日であれば、じっくりと“わびさびの美”を味わえる、大好きな寺院のひとつだ。そして、それよりお気に入りなのは、この寺の近く、今出川通りと白川通の交差点を起点とする哲学の道だ。京都学派の哲学者西田幾多郎たちが散策したことから名付けられた疎水沿いの小道。季節ごとに表情を変える、いつ訪ねても楽しめる散策路で、途中にあるいくつかの寺社を訪ねる楽しみもある。歩くのは何度目かということで、すっかり訪ねたものと思っていた(爺さんは忘れただけかもしれない)「法然院」「熊野若王子神社」を初訪問。どちらも味わい深く楽しい寄り道だった。

ZenzaiRyoshu匠壽庵 京都茶室棟」も、歩き疲れた身体に嬉しい寄り道スポットだ。銀閣から南下すると、哲学の道の終点近くの絶好の休憩ポイント。京都大学から歩き始めたお気楽夫婦の踏破距離はすでに5km以上。椅子に座って休み、抹茶と京菓子、熱々のぜんざいをいただいてほっと一息。散策後半の作戦を練りながら、ぜんざいの甘さを味わう。エネルギーを充填して、散策再開。南禅寺に向かう途中、何とはなく立ち寄ったのは通称「永観堂」という名前で知られる禅林寺。この寺も初訪問。実は、拝観料が他に比べてお手頃だったのが決め手だった。*訪れる全ての寺社の拝観料を支払っていたら、結構な金額になってしまう。あまり気にせず入れるオトナになれて良かった。

EikandouAutumnくから「秋はもみぢの永観堂」と言われた名刹だとその時に知った。走りの紅葉の時期にも関わらず、確かに見所がたっぷり。多宝塔から眺める京都は、旅のクライマックスのひとつになった。右手に京大と吉田山、岡崎神社の森、正面に平安神宮、鴨川の向こうに京都ホテルオークラ、遠くに嵐山、高雄を望む。目を輝かせて見つめ合い、互いに深いため息を付き、イタリア人カップルが長い時間抱擁していたけれど、気持ちは良く分かる。境内の放生池の赤く染まった景色も、湖面に映る景色も、絶妙に配置された植栽も、実に素晴らしい。小さな橋の欄干に腰を下ろし、ずっと飽かず眺めていたカナダ人男性の気持も良く分かる。この寺こそが、今回の散策の大収穫だった。

*書きたいことが多すぎて、書き切れず、次週に続く。 ちなみに、登場人物の国籍は想像であり、取材をした訳ではありません。悪しからず。 〜 to be continued.

建築うんちく大阪の旅『ぼくらの近代建築デラックス!』

MakimeKoukaido城目学という作家が好きで、デビュー作『鴨川ホルモー』をはじめ『鹿男あをによし』『プリンセス・トヨトミ』などの地元関西を舞台にした奇妙奇天烈な作品群を読んできた。現実のすぐ裏にある(けれどある訳は無い)不思議な世界が拡がる独特な作風。そんな彼と私の共通項がある。「渡辺篤史の建もの探訪」というTV番組♡LOVEなのだ。彼のエッセイ集『ザ・万歩計』の中で、実に滔々と渡辺篤史(のTV番組)に対する愛を歌い上げる。このテーマではかつてブログ記事を書いたのでそちらに譲るが、そんな建築物好きの万城目学が、門井慶喜と共著で出版した本がある。『ぼくらの近代建築デラックス!』という1冊。関西出身の2人の作家が繰り出すボケ突っ込みとウンチク合戦が実に興味深く、アカデミックではない分気軽で楽しく、妙におかしい。

NomuraShibakawa築に関する本なのに、この本を抱え“建もの探訪”したくなる街歩きガイドでもある。旅に出たくなる。…ということで、旅に出た(笑)。この本、「大阪散歩」「横浜散歩」と、街ごとに近代建築を訪ねる構成になっており、第1章が大阪、第2章が京都。であれば編集方針通りにと大阪の近代建築の宝庫、中之島と北浜を訪ねた。梅田から御堂筋を南下し、大江橋を渡る。右手に日銀大阪支店を眺め、大阪市役所、中之島図書館と大阪を代表する近代建築の横を通り、辰野金吾が設計した(東京駅も!)大阪市中央公会堂に到着。周囲に建物がなく、全容を見渡せる分、赤レンガに白い花崗岩という壮麗な“辰野式”の建物の中でも特筆すべき美しさ。続いて難波橋を渡り、北浜の近代建築群を探訪。掲載されている「高麗橋野村ビル」「芝川ビル」などの建物以外にも、少彦名神社(神農さん)の社務所になっているビルなど、いろいろ発見があり実に楽しい。

NightViewLounge刻、宿に戻り、窓から先刻までひとり彷徨っていた街を眺める。訪ね歩いた近代建築群の姿は、現代の高層ビル群の林の中に隠れて、残念ながら見えない。遠く阿倍野の「ハルカス」やクラゲのような大阪ドームを望み、眼下の「フェスティバルタワー」と建築中の朝日新聞社のビルを眺める。パソコンでGoogleマップを開き、ビルの名前を確認する。都内でもすっかり追いつかなくなったけれど、街歩きのランドマークとなる高層ビルができる度に、名前と立ち姿を(老朽化しつつある)記憶中枢にインプットする作業もお気に入り。高いところに上り地図を確認し、街を歩き地図をチェックする。自分の頭の中のMapが補足され、地図なしで街を歩けるようになるのが何よりも嬉しい。ホテルのラウンジでワインを飲みながら、眼下のビルや通りの名を復唱する。

TenpeiShinchiとくち餃子が良い!」仕事を終え合流した妻に、うどん、ネギ焼き、餃子など、大阪の粉もんの中で何が食べたいかを尋ねると、迷いなくすぐに答えた。ラウンジで乾杯した後に街に出かける。夜の街歩きの手始めに「大阪駅前第1ビル」から第3ビルまで続く地下街(梅田のラビリンス!)を歩き回り、北新地に向かう。横断歩道で信号待ちの人々の中に、すでにご出勤風情のキレーなお姉さんたちが混じる。ネオン瞬く小路に入ればいかにも同伴だろうと思わしき2人連れが何組も。そんな街の片隅に(ほんとに分かりにくいほど、新地の端っこに)「天平」という小さな店がある。メニューは餃子と漬物のみ。料金は不明瞭。どこにも餃子はいくらかは書いていない。餃子を2人で30ケとお願いすると、普通1人20ケはいけるよと返されるが、少食の2人はそれで良し。

リパリだし、ちょっと辛めで美味しいね」妻もお気に入りの模様。ワンタンを焼いたような小ぶりの餃子をあっという間に平らげ、お会計をお願いすると、最初は3,600円と言われたのに、間違ってましたわと3,000円に変わる。ふふふ、やっぱり不明瞭。それもまた楽し。「ウチも同伴出勤に見えるかな」クラブ、ラウンジ、スナック、バー、看板の店名を眺めながら、のんびりと新地の街をそぞろ歩くお気楽(同伴)夫婦。夜の街探訪もいとをかし。

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SINCE 1.May 2005