読まず嫌い返上「浅田次郎の作品群」

p1000『鉄道屋(ぽっぽや)』を最初に読んでしまったのがいけなかったのかもしれない。だいたいタイトルにわざわざ読みを入れて読ませるのも気に食わん。そのあざとい「泣かせ」に偏見を持ち、作者の任侠小説家的風貌と相まって勝手なイメージを作ってしまっていた。浅田次郎は自分が読む作家ではないと判断していた。そんな訳で、彼はしばらく遠い遠い存在の作家だった。海外のミステリ系作家を読むことの多い妻などは本を手にすることすらしなかった。嫌悪すらしていた。

ところがある日、混んだ通勤電車で、他人の後ろから覗き込み、“立ち読み”をするという、たまに見かける嫌な乗客になった。つい引き込まれたその物語は、死んでしまった中年男がなぜか美女の姿で蘇り、自分の身体を不思議そうに眺めるという場面だった。…面白く、他人がページをめくるスピードがじれったい。書名が分からないまま、自分の降りる駅に到着。残念。そこで部下の女性に概要を話し、夫(読書家の編集者)に調べてもらうよう頼んだ。この程度の情報では分からないだろうと思いながら。彼女が「判るかもしれません。聞いておきまぁす♪」と言った翌日、見事判明。感謝!いろいろな人材がいるものだ。書名は『椿山課長の七日間』、作者は“あの”浅田次郎。

浅田次郎と判ったため少し迷いつつ購入したものの、あっという間に読了。期待以上の面白さ。へぇ、泣きだけじゃなく、笑いもあるんだ。その後、同じ作家を追いかける傾向にある私は、かたっぱしから浅田次郎の著作を読んでいった。『プリズンホテル(夏・秋・冬・春)』『地下鉄に乗って』『霞町物語』『シェエラザード』…面白い。幅広い作風。そして何冊目かに出会った『蒼穹の昴』。これには、まいった。近代中国、清の時代を描きながら、時空を超えて今もどこかに存在しているような魅力的な人物たち。西大后、科挙、宦官…歴史の教科書でしか馴染みのなかった存在が身近に感じられる物語、構成、文体の巧さ。全4巻の残ページを惜しみつつ、でも先を読まずにはいられずあっという間に読み終えてしまった。浅田次郎と歴史小説への偏見が一気に氷解した。

今では薦めたらはまってしまった妻と共に、すっかり浅田次郎ファン。『天切り松』シリーズは永遠に続けて欲しいと願うばかり。彼の禿げた頭ですら今は愛おしく、極道もの作家時代の作品も読み返すぐらいの、勝手なやつらだった。

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