酔払いの行動学「背中の向う傷」
2007年 4 月15日(日)
都内ではサクラの季節がほぼ終わった。この時期に旅に出ると物理的距離以上の距離を感じることがある。僅かな移動時間しかない地域間で桜の開花時期が大きく異なるのだ。新聞やTVのニュースで“桜前線”ということばを聞き慣れてはいても、実際にその前線をまたいで移動する際に実感する各地方毎の季節の違い、春の“訪ズレ”。この場所で咲き始めているソメイヨシノが、なぜここで固い蕾のままなのか、不思議に思うこともある。逆に共通しているのは唯一、桜好きの日本人の誰もがその開花を待ちわびていることだ。
待ちわびる理由はいくつか人によって違うだろうが、この季節はちょうど年度の終わりで、始まり。サクラは、新たな季節と去り行く季節の文字通り節目に咲く花。人が去り、新たにやってきて、出会い、別れる季節。そこに桜の狂おしく美しい風景が重なれば、もう飲むしかないでしょう♪という人が多くなるのは道理。歓送迎会という名目の飲む場も多くなり、酔払いも多くなる。これも冬が終わり、春の到来を告げるサクラが、人の心をフワフワと軽くするからかもしれない。
長い長い前置きだった訳ではない。その日は確かに歓送迎会だったし、サクラも咲いていた。楽しい酒だった。2時間30分の飲み放題にした幹事の目論見通りに、私も含め皆飲んだ。二次会での新鮮な顔合わせで、つい飲みすぎた。でも、その後、電車に乗って帰ろうとしたところを拉致され、新宿3丁目のバーで意識不明になるまで飲もうとは思わなかった。「飲み足りないですねぇ」と私を誘った“飲んべ隊”の隊員も記憶はなかったらしいが。そして、いつも通りに運転手さんに本能で告げたのであろう自宅までの道筋。「甲州街道行って、環8過ぎたら旧道に…」そこで力尽きたのかもしれない。運転手さんが言った「お客さん、旧道入りましたよ」の声で起こされ、「あ、降ります」と、降りたのはひとつ手前の駅近く。そこから約20分、明け方前の道をとぼとぼ歩く。
ようやく辿り着いた自宅。冷えた身体を温めようと風呂に入る。歯を磨く。ただし、これも記憶にはない。本能による行動。そして、悲劇はバスルームを出てすぐに起きた。凄い音がして、臀部に鈍痛、背中に鋭い痛み。目の前に天井が見えた。自分のこととも、何が起きたかも分からなかった。妻が飛んでくる。ベッドルームまで介護老人のように案内される。ベッドに横たわると、シーツに点々と血痕。少し落ち着いて背中を鏡に映すと、左肩から腰の右にかけて刀傷のような赤く太い痣、腰に大きな打撲の痕。青紫色が痛々しい。「玄関が狭くて良かったよね、広かったら頭打って死んじゃったかもよ」妙に冷静に妻がのたまう。背中の傷は武士の恥。逃げて切られた証拠。しかし、私は向かっていった。そして、不覚にも撃沈。あぁ、酔払いの日々は続く。