店を味わう、街を味わう「弁いち」「浜松まつり」
2009年 5 月10日(日)
ゴールデンウィークの人出予想ランキングが毎年発表される。2009年度の1位は弘前「さくらまつり」と博多「どんたく」の220万人、3位は善光寺で7年に1度行われる「御開帳」の200万人。そしてランキングの常連「浜松まつり」は93万人の予想で8位。浜松まつりは5月3日から5日までの3日間に渡る街を挙げたお祭り。日中は初子の祝いで凧を揚げ、町対抗の凧合戦が行われ、夜は御殿屋台を引き回し、激練りと呼ばれる独特の練りがそれに続く。祭の期間中は中心部の交通が規制され、街に法被姿の人々が溢れ、夜遅くまでラッパの音が流れる。
そんな祭の夜、「おいちょ、おいちょ」という独特のかけ声を聞きながら、お気楽夫婦と妻の両親は幸福のカウンタに座っていた。割烹「弁いち」の調理場に続く4席だけのカウンタ個室だ。街の中心部にあるこの店の前には法被姿の練りの一団がひっきりなしにやって来る。御殿屋台や練りを見物しながら店に入った4人は、祭の高揚感と美味への期待でわくわくしている…はずなのだが、感情を表に現すことのない娘と父親はテンションが高くは見えない。美味しいお酒への期待も1人で抱える私だけが浮き足立つようなテンションではしゃいでいる。
「いらっしゃいませ」店主の穏やかな挨拶で口福の晩餐が始まる。私だけのガージェリービールと3人のお茶で乾杯すると、前菜がタイミング良く出てくる。蛤の酢味噌和え、ホタルイカの湯引き、コゴミの胡麻和え、たらの芽の天ぷらなど。どれも絶品。たらの芽をひと口齧ると、ふわぁんと香りが鼻腔に広がる。旨いっ!「流通量が限られるんですが、ウチではなるべく天然物の山菜をを使っています」なるほど。栽培ものとの差は、この香しさ。これは日本酒だ。「はい。今日もお任せの3種でよろしいですか」はい、4種のお任せだと妻のドクターストップがかかります。「では、3種でたっぷりと」…嬉しいやり取り。
最初の1杯は「十四代龍の落とし子」。口にふくむとフルーティな香りと酒の旨味が幸せを呼んでくる。大切に飲もうと思いながらも、つい進んでしまう酒。前菜も同様。ちびちびと味わい、その度に旨い!を繰り返し、いつの間にかなくなってしまう。次の皿はお刺身。厚く切った春の鯛が口の中でこりこりと、その存在感が嬉しい。鮫肌でおろした生わさびがまた絶妙。これだけでもつまみになる。そんな絶品料理に合わせる2杯目は「朝日山135號」。久保田の萬寿の原酒と言われるレアな酒。旨い。もう何も言うまい。ただ旨い。あ〜旨い。ひたすら旨い。
次の一品はタケノコのオイルサーディン・ソース掛け。え?オイルサーディン?「自家製です」口に入れた瞬間に135號が欲しくなる。タケノコを齧った瞬間にまた飲みたくなる。これは罪な料理だ。罪な酒だ。最後のひと口を飲み干す。3杯目は「宗玄 大吟醸」。新酒鑑評会で金賞を受賞した強者。うはっ♪旨い。はい。参りました。その後の料理を紹介するまでもなく、ここまでで充分。読んでいただいている方にも伝わるだろう。この店は、料理と酒の組合せを絶妙に提示してくれる。酒を選ぶのに迷う必要はない。店主に任せれば良いのだ。蘊蓄を語る必要はない。店主の知識を楽しく聞けば良いのだ。
「ごちそうさまでした。美味しかったです♪」口数の少ない娘と両親も満足の笑みを浮かべ店を出る。店主が店先まで見送ってくれる。つくづく良い店だ。通りに出ると街にはまだ「おいちょ、おいちょ」のかけ声が残り、街のあちこちで法被姿が乾杯をしている。法被姿の親子連れが家路を急ぐ。ほんわかとするのは酔っているせいだけではなさそうだ。つくづく良い街だ。良い店も、そして良い祭も、街の大事な文化。妻が子供に還ってリラックスする街。そんな街をまた訪ねよう。「あなたも楽しそうに酔っぱらって、子供のようになるしね」…あ、そうですか。
■食いしん坊夫婦の御用達「割烹 弁いち」