『おくりびと』ロケ地探訪「故郷再発見」

NKエージェントるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの…」室生犀星の有名な詩句である。いつの間にか東京に暮らした時間が、故郷で過ごした時間よりもはるかに長くなった。30年もの間ずっと、故郷は遠くにあった。頻繁に訪れることもなかった。ところが、母の病気、入院を契機に帰省の機会が増えることになった。そして母の死により、母を思うことは故郷を思うことになった。遠かった故郷が近くになった。高校生までしか暮らさなかった故郷には、私の知らない風景がたくさんあったことに気付かされた。ワカゾーの時には知らなかった味を、初めてその地を訪れる旅人のように堪能することができた。さらにこの春、映画『おくりびと』を観ることで故郷を新たな視点で捉えることができた。ある週末、そんな故郷の街を訪ねた。

「あんたん食道」肉野菜炒め冷やし30年以上前、母の友人夫妻が街に小さな店を出した。街道沿いの小さな食堂。脱サラで始めた、頼り無さげな素人っぽい店だった。「あんたん食堂」というその店は、今でも営業を続けていた。母と同級生だった女将さんが、今でも元気に接客をしていた。肉野菜炒めをおつまみにして、昼から飲むビールはしみじみと美味しい。妻が頼んだ冷やし中華も、何を気取ることもないストレートな美味。きっちりとプロの味。そんな味を楽しみながら、母の思い出話をひとしきり。「ビールはごちそうするぅ、元気でねぇ」ごちそうさま。母も元気だったらこんな年齢になるのか。この店に来れば、母のその後が分かる。

前菜岩牡蛎グラタン屋敷 LUNA」という江戸時代に建てられた酒蔵を改装した、評判の店を訪ねた。母の三回忌法要、墓参りを済ませ、父の喜寿の祝い。最近はすっかり“食の都”と呼ばれる庄内の恵みを日本料理で味わう。地産地消は奥田シェフのアル・ケッチァーノばかりではない。だだちゃ豆も、庄内浜の岩ガキも、どれもきちんと美味しい。今にして思えば、亡くなった母の得意料理は、美味しい素材勝負のものだった。豊かな海と、山々に囲まれた広大な庄内平野。この地独特の食材や料理法。大人になって初めて自覚する。なんとゼータクな環境で育てられた味覚だったことか。改めて大人の舌で故郷の味を堪能する。

鶴の湯おくりびとガイドくりびと』のロケ地として、街は浮かれてはいなかった。しっかりシャレの利いた企画を展開していた。主人公を演じた本木雅弘が騙された(?)NKエージェントの求人広告付きのロケ地マップが配られていたり、「むかえびと」というネーミングで、キャストやスタッフが撮影時に利用していた店を紹介していたり。弟と姪が頻繁に通うカラオケスナックのすぐ隣には、今でも「鶴の湯」という映画に登場した銭湯が営業中。その銭湯にもロケ地共通のデザインで看板が。う〜む、これは脚本を書いた小山薫堂が、これらの企画の裏にいるに違いない。そう思わせるコンセプト。それにしても、なかなかやるなぁ、庄内。

こ数年、母の病と死によって、故郷を再発見することができた。ようやく故郷が好きだと自覚できた。良いところだよと、肩肘張らずに人に言えるようになった。決して画一的になることなく、良い意味で“田舎”であって欲しい故郷の街だ。

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