上海、パリ『上海バンスキング』そして「ヴィロン」
2010年 3 月20日(土)
15年間封印されていた作品が復活した。オンシアター自由劇場の代表作『上海バンスキング』がシアターコクーンに帰ってきた。1966年に創立された自由劇場(劇団名)が、1975年にオンシアター自由劇場として再結成され、1979年に六本木の自由劇場(会場名)で初演、1980年に岸田國士戯曲賞を受賞した音楽劇だ。そして、1989年にオープンしたBunkamuraのフランチャイズ劇団として再演を重ねた。お気楽夫婦は意外にも初鑑賞。1988年の串田和美監督による映画は観たものの、1994年の9演まで(チケットが取れず)観劇のチャンスがなかった。そして、2010年。ようやくチケットを手に入れることができた。「う〜っ、楽しみだあぁ♫」オンシアター自由劇場ファンだった妻のテンションも地味に高い。
作:斉藤憐、演出:串田和美、そして主演はもちろん吉田日出子。1936年、パリに向かうはずだったダンスホールの社長令嬢まどか(吉田)と、バンドマンの四郎(串田)を巡る物語。寄港地の上海でジャズをやるために、まどかと結婚した四郎の思惑通り、上海での生活が始まる…というストーリーは映画で知ってはいたけれど、やはり舞台は素晴らしい。吉田がいくら台詞を咬もうが、出演者の年齢を考えたら無理な設定も、おおらかに笑えるのは出演者も舞台を楽しんでいるから。演奏を楽しんでいるから。そして何より、バクマツというトランペット吹きのバンマス役、笹野高史が素晴らしい。ただの爺ちゃんじゃなかったんだね。演奏も、身のこなしも、キレがある。味がある。実に良い役者だ。物語に、演奏に、最後までワクワクしたままに幕が下りる。舞台と役者と観客が一体化した良い舞台だ。
アンコールの演奏に拍手をしていると、楽器を手にしたままの役者たちが演奏しながら舞台から降りてくる。すると、満席の劇場にいた観客たちが彼らの後を追いかける。え!何?半ばパニックになりながら、追随するお気楽夫婦。たくさんの???を抱えながら出口に急ぐ2人。観客たちの向かった先で演奏が始まった。そうか、観客を見送るロビーでのライブだ。出遅れたお気楽夫婦は最後列で音だけを楽しむ。観客の手拍子がロビーに響く。自由と音楽を愛した舞台上のジャズマンたちが、上海から帰ってきた凱旋公演のようだ。「良いねぇ、良い演出だね♡」ご機嫌の妻。じゃあ、まどかと四郎が行けなかったパリに行こうか!「ん?ヴィロンだね。ますます良いね♫」ヴィロンのパン好きの妻の笑みが広がる。
ヴィロンの2階、夜はブラッスリー。小腹を空かせた夜遊びの大人たちが食事をする場所としてぴったり。松濤あたりのマダムに似合う店。けれど、軽い食事をと思ってもヴィロンの一皿は大きい。アントレ無しでサラダ中心のチョイス。そして、パンをたっぷりお代わりという作戦だ。「楽しかったねぇ。やっぱり芝居は良いなぁ。吉田日出子は咬んでも、歌詞を忘れても、存在感が凄いねぇ…」2人で観てきたばかりの物語に浸る。これも観劇の楽しみ。しかしそれもパンが出てくる前まで。外はかりかり中は穴空きの妻好みのバゲットが出てくると、妻の関心はパンに移る。上海からパリへの瞬間移動。「やっぱりヴィロンのパンに限るよねぇ♡」美味しいワインとフランスパン。それだけで気分はもう充分にパリ。上海とパリを堪能した夜だった。