保安官も、自衛官も…『海の底』他 有川浩
2010年 11 月14日(日)
ニュース番組が始まるとチャンネルを変える。そんな日が続いている。不愉快なのだ。彼の国の人たちに偏見を持っている訳ではない。上海でご一緒したYさん、Eさん、香港で一緒にビジネスを検討をしたPさん、皆が誠実で(同時に、良い意味でしたたかで)柔らかな心を持っていた。信頼できる方々だった。13億人もの人々が、全て同じ考えではないのは当然。けれど、多くの国民は抗日教育を受け、政府は戦略的に情報を操作しているのも事実。日本は得ようと思えば情報を入手でき、その情報を取捨選択し、肯定も否定も選択できるだけ幸せだと思いたい。けれど、気持がざらつくのは日本政府側の対応、姿勢。異論を声として表に出さない、行動しない(自分も含めた)日本人。
20代の頃、海上保安庁に勤める友人たちと出かける機会が多かった。友人何人かと共同購入したディンギーで海に遊び、山に登り、テニスをして、スキーに出かけた。ディンギーに乗る時は、海保の黄色いライフジャケットを借りた。正直恥ずかしかったが、外すことは許してもらえなかった。生真面目なヤツらが多かった。軟派で左系のアテネフランセの友人たちと場を共にすると、海上自衛隊と海上保安庁の違いを丁寧に説明していた。広島、新潟、舞鶴、横須賀…と、毎年のように年賀状の住所が変わった。子供が大きくなった頃、単身赴任になったと書き添えてあった。『海猿』が話題になり、彼らの仕事に少しでも陽が当たったと嬉しく思った。ところが、今回の事件だ。かつての友人たちの顔が浮かんだ。
有川浩の『阪急電車』を読んだだけでは、この良い意味で器用な作家の全貌は分からない。というよりは誤解してしまう。彼女の真骨頂はスケールの大きい構想にあり、同時にディティールの巧さにある。デビュー作『塩の街』から『空の中』『海の底』までを自衛隊三部作と呼ばれているらしい。いずれも文庫本で500P前後の大作。けれど、デビュー作にはまだ拙さが残るものの、どれも一気に読ませる。物語と文章に勢いがある。彼女自身も軍事マニアか?と思わせるほど、自衛隊や警察機構に対する情報と知識が文中に溢れている。『海の底』などは、巨大なザリガニの群れに横須賀が襲われるなどという突拍子もない設定なのに、リアリティがある。登場人物が活き活きとして物語の中を動き回り、彼女の目指す「大人のライトノベル」としても、一流のエンタテインメントとしても見事に成立している。
「巧いよねぇ」グレッグ・アイルズなどの海外作家の作品が好きな妻も珍しく絶賛。三部作を読む前に、外伝とも言える『クジラの彼』を読んでしまった彼女。三部作を読み終えた後に、わずわざ読み返したらしい。「『海の底』の最後で、望ちゃんに夏木から“はじめまして”と言わせるために、この物語の全てがあったのかもね」と妻。ザリガニから逃れるために潜水艦に閉じ込もった自衛官2人と子供たちの物語は『十五少年漂流記』のようでもあり、望という子供たちの中で最年長の女子高生と夏木三尉の恋の物語でもある。そして、陸・海・空の自衛隊を舞台にした三部作に共通するのは、愛する人たちを守るための物語であること。自衛官も恋をして、悩み、憤るフツーの日本人であり、そして真っすぐな志を持っていることが伝わってくる。
「警察や海上保安庁とか自衛隊って、国家権力の象徴のようだけど、生身の人間の集団でもあるんだよね」国家権力を振りかざされることの嫌いな妻が呟く。何も、自衛官も海上保安官も特別な人間じゃない。法治国家であるならば、一貫した信念を国は持たなければならない。一公務員が義憤に駆られ行ったことと、国の一機関が判断した(とされる)彼の国の船長に下した判断を、「国内法」に照らし合わせ、スジを通した形で収めて欲しい。「有川浩の新作が早く文庫化されないかなぁ」とすっかり有川ファンの妻。そうそう、話題はそちらの方でした。
*いずれも名作 キャラクター(登場人物)に魅力たっぷり♬