箱根駅伝ファンでも、でなくても『風が強く吹いている』三浦しをん

MAHOROEKIMAEばらく購入するのを躊躇っていた本があった。三浦しをん『風が強く吹いている』の新潮文庫版。奥付を見たら平成21年7月1日に初版で、結局私が買ったのは平成22年5月30日の12刷。あぁ、やっぱり売れている本なんだと実感した。買おうかどうか、読もうかどうか迷っていたのには訳があった。ひとつには、私は多くの日本人と同様に箱根駅伝の大ファン。新たな年を迎え、1月2日と3日の早朝から深夜までのスケジュールは決まっている。そう、朝からお節料理をつまみに酒を飲むのが…っと、それも当然楽しみつつ、TVの前に陣取る。もちろん箱根駅伝の中継、スポーツニュースなどを可能な限り視るためだ。譲れない正月の愉しみ。TVの前で声援を送る。冷えた辛口の酒をぐびり。おっと、もう飲んじまった。手酌の杯に酒を注ぎながらも、目はTVに釘付け。うわっ、零しちまった。

POLALIS根駅伝には、全てがある。本戦出場に懸ける予選出場各校のドラマがある。先輩が繋いだ伝統の重みがある。このチームで走るのは最後だという4年生メンバーの思いがある。指導者と選手たちの信頼がある。レギュラーと補欠の選手たちの出場できるかどうかという祈りに近い気持がある。レース当日までの葛藤がある。故障に泣く選手とサポートする他のメンバーの友情がある。レースが始まると、新鋭の輝くような走りがある。本命チームに貫禄の走りがある。伝統校に勝負強さがある。襷リレーのはらはらするシーンがある。神様と呼ばれる選手の山登りの脚に驚きがある。選手の苦しい表情に、思わず一緒に唸り、声援を送り、拳を握り、ついでに酒をぐびりと飲み、選手の歓喜と共に涙する。こうして思い出しながら書いていても胸が熱くなる。あ〜、疲れる。

からこそ、三浦しをんの『風が強く吹いている』を買うのに1年以上も時間が必要だった。平積みにされている表紙を見ても、手に取ることすらしなかった。それまで、三浦しをんの作品は何冊か読んでいた。2006年に第135回直木賞を受賞し、今年4月公開されたばかりの映画にもなった『まほろ駅前多田便利軒』は、奇妙なタイトルと装丁に惹かれ迷いなく手に取り、第1刷を買った。気に入った。飄々とした登場人物と、不思議なのにさらっとしたストーリー、読む人に媚びない心地良い文体。『むかしのはなし』の着想も楽しめた。かぐや姫などの誰もが知っている昔話をモチーフにした、けれどもその昔話から予想できる通りには展開しない物語たち。…それでもまだ、決め手にはならなかったのだ。何と言っても箱根駅伝を愛してさえいる私なのだ。そして、『きみはポラリス』を読み終えた翌日、待ちに待った『風が…』を迷わず買った。この短編集を読んで、この作家を信頼した。この人の書く箱根駅伝なら読んでみたい。そう思った。

KAZAEGA論から言おう。信頼し、期待した以上の作品だった。今も主人公である走(“かける”と読む!名前が凄い)が、私の頭の中を気持良さそうに疾走している。竹青荘という寛政大駅伝チームの10人が棲むぼろアパートを訪ねてみたい(何しろ物語上の設定では、お気楽夫婦の住む街から歩いていける距離なのだ!)欲求が、私の中に今でも潜んでいる。陸上を、駅伝を、スポーツを知っている人なら鼻白む設定かもしれない。競技として本格的に長距離を走ったことがある人なら、あり得ない物語だと一笑するかもしれない。けれど、そんなことは気にならない魅力がこの1冊の中にはたっぷりと詰まっている。箱根駅伝以上のドラマや、エピソードが溢れ出す。そして何よりも、スポーツは勝つためだけにやるのではない、という文中のことばが胸に沁みる。人にはそれぞれの目指すべき高みがある。競技は勝たなければならない。けれど、優勝するだけが“てっぺん”ではない。そんなことを改めて教えてもらえる。

から私は、ず〜っとスカッシュやり続けるもんねぇ♡」書きかけの記事を読んだお気楽妻が胸を張る。長く愛することができるスポーツに、そして一緒にラリーを交わせる仲間に出会えたことが、彼女にとっては何よりも貴重な財産。「でも、良い本だからと言って、何も同じ本を2冊買わなくても良いんじゃない?」…ふんっ!やっと買えると思った胸の高鳴りを抑えられず(ただ、忘れたと他人は言うかもしてないが)2冊買ってしまったんだよ!

*2冊買ってしまった『風が…』はBookOffに嫁ぎました(笑)

2つのコメントがあります。

  1. Yamayumi


    愛してるんですね、箱根駅伝を(^^)
    ありえないよ〜って思うけど、気にならない。
    そうなんですよね、この本!

    箱根駅伝ネタなら、堂場瞬一「チーム」もおすすめですよ。

  2. IGA


    そうなんです♬ 目を片時も離さずというよりは お節料理をつまみ きりっと冷えた酒を飲み 年賀状を眺め 箱根までの景色を楽しみつつ お正月特有の ゆったり流れる時間を味わう のが好きなんだと思います。

    堂場瞬一は読んだことがないので、他の作品を読んで試してみます。なにしろ箱根駅伝を愛しているので(笑)

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