スペンサーの後継として『探偵はバーにいる』東 直己

Painted Ladiesの休暇に毎年必ず持参する本がある。ロバート・B・パーカーのスペンサーシリーズ。2011年、香港に持って行ったのは『盗まれた貴婦人』。シリーズ38作め。著者のロバート・B・パーカーは2010年1月没。昨夏に読み終えた37作めの『プロフェッショナル』以降、シリーズ2作品が本国アメリカで刊行され、日本では最終作となる『Sixkill』を残すだけとなった。最新作『盗まれた貴婦人』はシリーズ初期の頃を思わせる疾走感がある。登場人物が最近の作品より絞り込まれている分(?)心地良いテンポでストーリーが進む。第2次世界大戦時のエピソードまで広がるサスペンスのスケールも大きく、破綻することもない。実に読み応えがある秀作。そして相変わらずのスペンサー節。パートナーのスーザンとの関係も、愛犬パールの存在も、スペンサーが愛する酒や料理との距離感も、このシリーズを味わえるのがあと僅かだと分かっているから、ページ毎に愛おしい。最終作が待ち遠しく、同時にとてつもなく淋しい。複雑な気持が交錯する。

Detective in The Barの夏、そんな傷心の私を救う男が現れた。職業はスペンサーと同様の探偵。けれど、スペンサーのように私立探偵という“正式な”職業ではない。ススキノの便利屋を名乗っているだけ。それどころか氏名は明かされておらず、作中では「俺」で通されている。警察官出身のスペンサーと違い、犯罪スレスレの捜査をするのではなく、犯罪を自覚的に犯してもいる。作品の中で自ら列挙しているように、賭博(「俺」の主な収入源)、大麻取締法違反(仲間たちと山中で大麻草を栽培をしている!)、脅迫、威力業務妨害、窃盗、器物破損などを(自らは後ろめたいことはしていないと言い切るが)。そしてスペンサーはボストンに住み、「俺」は札幌を舞台に活躍する。いずれも首都から離れた北の街。その街に主人公の2人それぞれがしっかりと立っている。そんな2人の共通点も多い。

A Call to The Barードボイルドでありながら、主人公の口数が多い。それもへらず口。幅広く適度に深い知識をセリフに加える。小説の一節を諳んじたり、気の利いた(と本人は思っている)譬え話を発したりもする。特に「俺」は外見も行動も一歩間違えるとタダのチンピラなのに、インテリジェンスが零れてしまう。種類も方向性も大きく異なるが、正義感溢れるタフガイでもある。頼れる相棒や協力者がいる。それも時には敵の立場になるであろうギャングやヤクザの世界にも。そして酒が好き。特に「俺」の酒の飲み方は半端じゃない。朝食は、住まいの階下にある店のモーニングセットにスーパーニッカのストレート。昼はタンカレー2杯だっだりする。夜は何軒かハシゴをするのは当たり前で、何軒目からかは確実に記憶がないのも毎回。当然だ。明らかに飲み過ぎだし、羨ましいほど飲み続けることができる。けれどアル中ではないと自覚し、事件解決のためには飲まずにいることもできる。理想的な(どこが?)酒飲みだ。

して、実に愛すべき男なのだ。愛される男なのだ。

Roadshow直己のデビュー作『探偵はバーにいる』をスペンサーと共に今夏のヴァカンスに持参した。「俺」はスペンサーの後継者として付き合えるかどうかを確かめるために。そして、ハマった。帰国後、大人買い。文庫本で買える彼の作品を全て手に入れた。シリーズ第2作『バーにかかってきた電話』も、あっと言う間に読了。まずい!買ってきた作品全てを一気に読んでしまいそうだ(汗)この秋公開される映画『探偵はBARにいる』も思わず観てしまいそうになっている。この映画、タイトル名は第1作を基にし、原作は第2作の『バーにかかってきた電話』というややこしさ。けれど、映画化第1作の選択としては正解。映像向きのストーリー展開。「俺」のキャスティングも、これしかない!という北海道が生んだスター(笑)大泉洋。相棒の北大大学院のオーバードクター高田(このキャラクター設定が良い!)を演じる松田龍平も楽しみだ。やはり観てしまいそうだ。この映画。

ぅ〜ん、人がいっぱい死ぬの?面白いの?」サスペンス及びアクション系の翻訳小説の愛読者である妻が尋ねる。彼女がハマることは間違いない。来年の夏にはきっとススキノ探偵シリーズをヴァカンスに持参することになることになる。スペンサーの後継として。

*夏休みの友 北の国の探偵を連れて

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