料理は、楽し、嬉し、旨し♬「ウドとタケノコ」

Beforeingの日のまちづくり会社の取締役会は社長のご自宅で開催。会議が終わった頃、奥さまが帰宅。「あら、ちょうど良かった。持ってってぇ」と言われて、覗いた新聞紙の包みの中に入っていたのは、タケノコと山ウド。「今朝、実家に行って掘って来たのよ。タケノコは今日中に灰汁抜きしてね、米のとぎ汁でも良いし。山ウドは酢みそ和えで、葉っぱは天ぷらでも良いし」と、あっさり仰る。フツーのお宅であれば、その通りに調理することも可能なのだろう。けれどわが家には米がない、天ぷら粉も、天ぷら用の油も鍋もない。しばし絶句。さぁて、どうしようか。途方に暮れてばかりはいられない。

Boilharshness宅して包みを開けると、丸々とした見事なタケノコ、そして瑞々しい山ウド。とは言え、どちらも生の食材としては初体験。どこから手を付けたら良いやら。まずはクックパッドで調理法をチェック。タケノコの灰汁取り。ふぅむ、いろいろなやり方はあるけれど、茹でて浮いた灰汁を取るだけでも良いらしい。ほっとしたのも束の間、次は皮むき。クックパッドには、優しく剥くようにとしか載っていない。文字通り手探りで作業開始。剥いても剥いても、皮。どこから食べられるんだ。根の赤いボツボツが不気味。悪戦苦闘しながらも、どうやら終了。さっと茹で、灰汁を丁寧に掬って下拵え完了。

MizuniMisoMayoであがったタケノコをぱくり。ん、うんまいっ!サクッとした歯応えが軽やか。若々しい香りも素晴らしい。次は山ウド。葉と茎を切り分け、丁寧に洗って水に浸し、灰汁抜き。茎はわが家には酢もないから酢みそ和えはできん。きんぴらに決定。葉は茹でて味噌マヨ味か。わが家の限られた調味料での味付けは、味噌とゴマとハチミツかと思い付く。小さめのボウルで丁寧に混ぜ合わせる。大きめのボウルに入れたウドの葉と調味料を混ぜ、和える。一品目の調理完了。フライパンに少々のゴマ油、ウドの茎を投入し軽く炒め、味付け。二品目、ウドのキンピラ完成。なんだか楽しいぞ、料理♬

TosaniUdoわぁ〜っ。美味しそうだね」夜遅くに帰宅した妻との夕餉。タケノコはシンプルに土佐煮に。ウドのキンピラ、ウドの葉の味噌マヨ和え、そして総菜屋で買って来た(わが家では揚げ物禁止のため)アジフライ、という小料理屋風メニュー。「ほぉ〜、ウドって苦みがあって美味しいね。オトナの味だね」妻の眼が輝く。「タケノコ上手に煮てあって、すごく美味しい!タケノコを生から料理できるオヤヂも珍しいよ。素晴らしい!」珍しく妻が手放しで絶賛。嬉しいじゃないか。毎日の外食で舌を鍛えた成果か、デパ地下で買って来た惣菜を美味しそうに盛付ける技を磨き続けた結果か。

解を怖れず言えば、料理は直感だ。そして最小限の情報と知識。加えて少々のセンスと美味しいモノを味わった経験。あ、愛情も少々。これがあれば何とかなる、はず。毎日料理を作っている方にしてみたら、苦笑するような出来だろうけれど、自分で作る料理は楽しい、嬉しい、美味しい。引退したら本格的に“家庭料理”を作ろうか。ついついその気になる。わざわざ食材や調理器具を揃えて作る料理ではなく、家にあるモノで何とかできる身近な料理。

「良いねぇ。作って!だけど、美味しいモノを作るためにも、外食は欠かせないよね」お気楽夫婦の生活は、この先もきっと相変わらずの日々。

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