彼女の旅の目的は…「割烹 弁いち」
2014年 5 月18日(日)
友人の旅の目的はこの店の料理を味わうことだった。浜松で三代続く「割烹 弁いち」。「さとなお」さんのサイトを見てこの店を知り、お気楽夫婦が訪問する度にアップするブログ記事を読みながら思いを募らせ、いつかは弁いちさんへ!と憧れていたという。だからこそ、一緒に行こうとのお誘いに、「良いですねぇ♬行こうかな」と、拍子抜けする程の返事の速さだった。浜松初日の夜、店を訪ねると“いつもの”個室に通される。4人までのカウンタ席。調理場へ続く、店のご主人とも密なコミュニケーションが取り易いベストシート。その上、このカウンタ裏には秘密があるのだ。
乾杯!まずは、オリジナルグラスが美しいガージェリービールで。ご主人へご挨拶と友人の紹介。「待望のお店だったんです」という友人に、「いえいえ、ウチなんて」と言いながらも嬉しそうなご主人。先付けの山菜の天ぷらを「今年は鳴沢村の○○さん、庄内の…」と産地だけではなく、“人”まで含めた説明をしてくれる。いわゆる地産地消ではなく、その時期の最高の食材を各地から取り寄せて作られる弁いちさんの料理。日本酒も同様。蔵だけでなく、杜氏に拘り、酒を供す。秘密のカウンタ裏からさっと登場した最初の酒は「磯自慢スプリングブリーズ」という爽やかな1杯。旨し。
八寸に盛られた美しい料理を味わいながら、超限定の酒、「天狗舞 純米大吟醸 雄町 生酒」をいただく。柔らかで上品で、口に含むと幸福になる味と香り。しみじみ旨い。そして汁物は地のハマグリと京都乙訓のタケノコ。「うわぁ〜っ!美味しいっ」友人と妻が揃って声をあげる。シンプルながら滋味深く、山と海の食材が優しく寄り添う味。和食の素晴らしさを味わう一品。お造りの皿を堪能しながら「松の寿 源水点」を楽しむ。ご主人と友人もすっかり打ち解け、話し込む。料理や酒のチョイスは基本的にお任せ。お酒の量も初見で判断し、友人の飲む酒は種類は減らさず0.5杯分としてくれた。
鮮やかな樺色のカウンタテーブルのこぢんまりとした個室は、ご主人から提示される新たな驚きを味わうステージであり、ご主人の掌の上。生半可な知識は必要ではなく、楽しく味わい、喜べる五感さえあれば良い。甘鯛と山独活を組み合わせた香り高き一皿を味わった時、目と鼻と舌がそう実感した。だめ押しでいただく酒は「十四代龍月」という名品。そんな銘酒の数々をグラスで、それも1杯毎に酒の特性に合わせてグラスの形を変え、酒の味や香りを楽しめる店はありがたい。そして、締めのご飯と汁物にも春山の幸。しどけ、タラの芽、こしあぶら、こごみ、タケノコ…。春の山菜まつり。
「美味しかったです。ありがとうございました」友人と共に、見送っていただいたご主人と玄関先で記念撮影。満足げな笑顔。どうやらお誘いした甲斐があったようだ。妻の帰省に合わせて訪問するお気楽夫婦と違い、わざわざこの店で食事をするためにやって来た友人。ミシュランガイドの☆☆☆の定義は、「その店で食べるためだけに旅する価値がある」というもの。彼女にとって、「割烹 弁いち」はそんな店だったと思ってもらえたら嬉しい。店を出ると、遠くに聞こえていた「おいっしょ、おいっしょ♬」の声が急に近づき、浜松まつりの練りの若衆たちが手に手に提灯を持ちやって来た。偶然ながら、なんて素晴らしい演出だ。美味しい時間と空間を友人と共有し、たっぷりと味わった夜だった。