物語の引力『翼をください』他、原田マハ

Paradisめて読んだ彼女の作品は『カフーをまちわびて』というデビュー作。第1回ラブストーリー大賞を受賞した、スイートな恋物語。兄(原田宗典)の作品よりも好きかな、という程度の読後感。それでも変わった(たぶんゴヤの「裸のマハ」「着衣のマハ」に由来するんだろうなと思われる)ペンネームと、情景にカラフルな色彩を感じる作風がずっと気になっていた。そして、私の中でブレイクしたのが『楽園のカンヴァス』を読んでから。夏のヴァカンス用の1冊として南の島に持参し、その物語世界に夢中になった。主人公は作者のかつての職業と同じ、キュレーター。絵画を巡るミステリーは、ダン・ブラウンの『天使と悪魔』をはじめとしたラングドンシリーズを彷彿させる疾走感。*主人公の名前はなぜかティム・ブラウン。キュレーター出身ならではの視点、トリック、エピソードが満載。やられた!一気にファンになった。

DereGirlsらの青春時代を元に描いた(のかな?)『でーれーガールズ』では、全くジャンルの異なる物語世界を楽しませてくれた。デビュー作『カフーをまちわびて』と同様に映画化されたこの作品の舞台は岡山。「でーれー」とは、岡山弁で「すごい」という意味らしい。東京出身ながら高校時代を岡山で過ごした作者。その実体験が背景にあるのだろう、リアルな(地元では有名な名門)女子高生たちの、夢や、友情や、恋が…。と、書き連ねると、陳腐なプロトタイプの物語を思い浮かべてしまうが、それでも騙されてしまう。30年も前の高校時代の主人公と、漫画家になり創立120周年の記念式典で講演をすることになった現在の主人公を繋ぐキーマンは、とても大切だった友人。そして、そのエンディングに不覚にも涙してしまう。物語の中で登場人物たちが話す岡山弁が、最後にはすっかり「でーれー」愛しくなる。

Mariaぐだら屋のマリア』というタイトルは、多くの絵画の題材にもなっている「マグダラのマリア」に由来しているのだろう。キリスト教の福音書の中で、イエスの死と復活を見届けるマグダラのマリア。その名前を冠した「まぐだら屋」という最果ての地の海を臨む崖上に建つ食堂が舞台。その店の主人がマリアと呼ばれる訳ありの(元夫は与羽:ヨハネ)美しい女性。そして絶望を抱えたワカモノ(紫紋:シモン)がその地に辿り着き、癒され、再生する。出来過ぎである。キリスト教の福音書の物語を思い浮かばせる舞台設定や、登場人物たちの設定に思わず笑ってしまう。それでも、またもや騙されてしまう。物語世界に引きずり込まれ、登場人物たちに感情移入するばかりか、食堂に漂う湯気や、料理の香りや、味を感じてしまう。食堂で出される料理を、文字で味わい、匂いを嗅ぎ、美味しさを感じてしまう。旨い。上手い。

Freedom in the skyをください』はダメ押しだった。第2次世界大戦直前のアメリカと日本が舞台。実在した伝説の女性パイロット、アメリア・イアハートがモデルと思われるエイミー・イーグルウィングが主人公のひとり。世界で初めて4大陸と3大洋を横断した、史実ながらなぜか多くの記録が封印されたニッポン号に搭乗したカメラマン、山田順平がもうひとりの主人公。片や女性として初めての大西洋単独横断飛行など、次々と新たな記録を樹立するヒロイン。片や日本の新聞社に勤務し、そのカメラと飛行機に対する情熱からニッポン号に搭乗することになった順平。交わることのないはずの2人が、なぜかニッポン号の機上で出会うことになる。史実が元になっているとは知らずに読み始め、そのドラマティックな設定と、当時の航空機の飛行能力や操縦技術、無線などの運行体制などのリアルな描写に、胸を躍らせた。実に爽快な読後感。

ぅ〜ん。じゃあ読んでみようかな」妻が半ば興味なさそうに呟く。彼女の読むジャンルは、グレッグ・アイルズ、J.ケラーマン、パトリシア・コーンウェルなど、主に翻訳モノ。重なる作家も多いが、何人かの作家の作品は、お互いに読んでいないものも多い。人によって物語から受ける引力の強さが違う。出会いと惹かれる要素が違う。何かきっかけがあれば読み始めることもあるけれど、嗜好は無理に矯正できない。とは言え、この作品は読むべし。「ん」妻が短く答えた。

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