晩秋の花火「遠い夏の記憶」

Hanabi01年のちょうど今頃、三国湊を訪ねた。コロナ感染拡大もひと息ついていた頃を見計らい、地元福井に住む友人夫妻と一緒に街を散策。江戸時代に「北前船」の寄港地として栄え、今もその面影を残す情緒溢れる街並み。初めて訪れた街なのに、懐かしさを感じながらのんびり歩く。懐かしさの源は街の佇まい。実は私の生まれ故郷も(今はすっかり寂れてしまったが)北前船の寄港地であり、藩の番所があった小さな港町だった。

Hanabi02国湊の街は、私が幼かった頃の記憶を呼び覚ますタイムカプセルだった。板張りの壁、窓の格子、屋根上の梲(うだつ)、私の故郷ではとっくに失われたものが、この街にはきちんと保存されていた。観光資源としての意味だけではなく、実際の住まいとして、あるいは改装されたオシャレな宿として、現役で生きていた。私の中に沈んでいた記憶を道連れに、港に続く道を歩きながら、私は時空を超えて故郷の街を訪れていた。

Hanabi06が賑やかだった頃には、田舎町でありながら『ニューシネマパラダイス』のような小さな映画館や、地元で漁れた魚を見せるような小ぢんまりとした水族館があった。海岸は人気の釣場だった。まだ多くの学校にはプールがなかったこともあり、内陸部の小中学校の海浜学校の目的地となり、夏には多くの海水浴客で賑わった。海岸の近くには旅館や民宿が何軒もあり、今で言えば夏のリゾート地(笑)として地元で人気の街だった。

Hanabi078月には毎年花火大会が行われた。まだレジャーが少なかった時代、その地方の夏の一大イベントだった。子供たちはその日を楽しみにし、当日は大勢の見物客が訪れ、堤防の打上げ会場を望む海岸沿いの私の生家にも親戚や父母の友人家族が集まって、ささやかな宴会が開かれた。そんな夏の風景は今も続いている、ものだとばかり思っていた。実は50年続いたその花火大会は、21年前、2000年を最後に開かれなくなっていた。

Hanabi03然その事実を知ったのは、あるクラウドファインディングサイトで見つけた企画だった。「奇跡の花火をもう一度!」というタイトルには私の生まれ故郷の名前があった。2020年に奇跡の花火が上がった。コロナ禍で中止になった他の大きな街の花火大会の代替として、20年ぶりに花火が故郷の海の上に咲いたのだと言う。その景色は地元の多くの人を感動させ、かつて開催されていた花火大会の記憶や思い出を呼び醒ました。

Hanabi04して、コロナ禍が続き、地元の漁業、観光業などが苦しむ中、その閉塞感の打破を願い、再び今年も小さなイベントとして開催したいのだと言う。そして偶然は重なり「イカ侍」を名乗る実行委員長は、私の末弟の同級生で、地元で100年ほど続く寿司屋(以前は旅館経営)の店主だった。これはイカ侍を応援せねばなるまい。リターンは開催記念のDVDだけ、海産物などはご遠慮するとメッセージを付けて寄付をした。

Hanabi05も深まったある日、季節外れの花火が届いた。制作には時間がかかったようだが、誠実を絵に描いたようなDVD映像が完成していた。企画は成立したのだ。花火が上がった時間は決して長くはなかったけれど、故郷を離れて40年以上経ったおやぢを泣かせる力があった。地元を愛する魂が籠った映像だった。集まった資金は無事に目標達成。賛同者の中には懐かしい同級生や知った名前も多かった。誇らしく嬉しい成果だ。

IMG_1010味しいね、このホッケ。部屋中サカナ臭いけど」と苦笑いの妻。狭いマンション暮らしの我が家は、実は焼き魚禁止。以前、妻のいぬ間にこっそり秋刀魚の開きを焼いてバレたことがあった。それ以来の焼き魚。それもレンジからはみ出すほど巨大なホッケ。大会開催に使って欲しいからと、断ったはずの海産物セットがDVDに続いて届いたのだった。一夜干しのイカ、大量のハタハタ、どれも美味しいけれど、やれやれだ。

来年も実施できるようまた寄付したいと呟くと、「海産物なしでね」と妻が返す。そして、「美味しい魚は地元で食べれば良いしね」と、きっと続いたはずだ。

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