À l’année prochaine !!「用賀 本城」

Honjo01城さんとの出会いは2006年5月。「たん熊北店」のカウンター越しだった。初めてカウンター割烹というスタイルを取り入れた京料理の老舗。その二子玉川にある支店のカウンター席の右端に座り、ゴリゴリと心地良いハモの骨切りの音を聞きながら絶品料理を味わった。そして目の前でハモを捌く店長さんこそ本城さんで、初対面から色々と声を掛けていただき、その細やかな気配りに2人ともすっかり本城ファンになった。

Honjo02度か店に通い、すっかり馴染みになったある日、本城さんの独立を知らされた。「最近、若いもんの目指す料理人の道みたいなものが見えなくなって来て、だったら私がやってみようかなと」と伺った話が印象的だった。店の場所はお気楽夫婦が毎週スカッシュのレッスンで通う用賀だった。そんなご縁もあり、2009年春の開店以来、季節ごとに、友人たちを誘い、お気楽妻が「幸福のカウンター席」と呼ぶ場所を度々訪れた。

Honjo03規開店早々に訪問し、開店祝いの蘭の鉢を分けていただいたこともあった。私の書いた拙いブログの記事が検索で良くヒットすることを知り、本城さんのお兄さまからお礼の連絡を受けたこともあった。元首相が常連であることでも知られ、たん熊で元首相ご夫妻と並びの席になったこともあった。本城さんはかつてパリの日本大使館の公邸料理人を務めたこともあり、その客層は幅広く、かつリピーターが多かった。

Honjo04城さんの店は季節を味わう店だった。春に筍、山菜。夏のハモ、鮎。秋の栗、キノコ。冬のカニ、そしてお正月の白味噌雑煮。お気楽夫婦は、この店で和食の奥深さを、京料理の真髄を、旬の食材を堪能して来た。妻は今まで満足できなかった料理が一皿もないと断言した。食べると幸福になるとも、笑顔になるとも。一緒に通ったスカッシュ仲間は、元気になる料理だと評した。友人たちを誘って喜んでもらえる自慢の店だった。

Honjo05でも料理を味わう店だった。盛り付けの美しさ、そして器の美しさ、そしてその料理と器のバランス。春の一皿に桜の花が添えられ、秋には鮮やかなもみじ葉が器と料理を引き立てた。大将も女将さんも酒を飲まないのに、酒器のチョイスも見事だった。飲んべの友人が「うわぁ!キレー!セットで持って帰りたい!」と夏の酒器を絶賛したこともあった。器が酒や料理をさらに深く、味わい深いものにしてくれた。

Honjo06尽くしの会」も楽しみだった。ある夏、鮎料理専門の店の話題になり、「鮎尽くし料理なら、ウチでやりましょか?」という本城さんの一言で実現。翌年からは友人たちを誘って開催する恒例の会になった。生きた鮎を琵琶湖から取り寄せて頂き、一夜干し、うるか、背越し、塩焼き、梅煮、そして鮎ご飯と鮎LOVEのメンバーにとって夢のような宴。年によっては、活鮎を掴み損ねる本城さんのパフォーマンスも付いていた。

Honjo08城さんとお気楽妻の誕生日が近いことが分かったのは、本城さんが還暦という話題で盛り上がった時だった。早々にいつもの席を予約し、還暦のお祝いに駆けつけたところ、逆に妻への花束プレゼントというサプライズで返された。女将さんとの会話も毎回楽しみだった。お互いにホテル好きということもあり、夏のリゾート計画の情報を交換し合った。…過去形ばかりの文章になってしまった今回、書きながら涙を堪えている。

Honjo09気楽夫婦にとって、とても大切だった、いろいろな思い出が詰まったこの店「用賀 本城」が9月末日を持って閉店した。ひとり娘の女将さんの故郷、奈良に移転するという。いつかは、と聞いてはいたものの、いざ現実となると喪失感が湧き出る。移転を発表してすぐに、数ヶ月先の営業最終日まで予約で埋まったと伺った。その間に夜とランチ、それぞれ1度友人たちと一緒に伺うことができたのは、それでも幸福だった。

Honjo10賀での最後の訪問日、大将と女将さんと一緒に記念写真を撮った。「一緒に撮りましょう」という明るい女将さんの涙声と、大将までもが涙目になってしまうから、挨拶を交わそうとしたことばが湿ってしまった。ハグをしながら涙が零れた。「本当にお世話になりました。奈良でお待ちしてます」お二人のご挨拶に「もちろん伺います」と、お気楽妻が迷いなく応えた。では、また来年に! À l’année prochaine !!

コメントする








002080023

SINCE 1.May 2005