世の中には多方面にフリーク(熱心な愛好家)が存在するが、なかなか他人には理解できないものも多い。お気楽夫婦は、ホテル・フリークであり、中でもハイアットホテルズを愛して止まない。愛するが余り、ハイアット修行の旅に出ている程。それは「WORLD OF HYATT」という会員制度の最高ランク「グローバリスト」であり続けるための修行。その資格は1年間に60泊という高い壁を超えて得られるもの。ほら、理解不能。
60泊と言えば、6日に1日、毎週1泊以上はハイアットホテルズに泊まるというハイペースで初めて達成できる水準。目指そうと言うことがすでにおバカである。しかし、現在のお気楽夫婦の会員資格はグローバリスト。コロナ禍の昨年、特別企画で宿泊数がダブルカウントされ、達成基準が下げられた30泊(すなわち実質15泊)で達成できたのだ。但し、会員資格は1年更新だから、1年限りのなんちゃってグローバリスト。ふぅ。
そのグローバリストであり続けるという目標は、妻の卒業(定年退職)旅行の際にその資格をフル活用したいと言う目的に基づいている。現在の資格の有効期限は2023年2月。それを最低1年、少なくとも妻の卒業時まで延長しようと言うもの。そのための修行に入り、これまでは順調にいくつかのマイルストーンまで進んで来た。それと言うのも、経済的負担は別として、修行が全く辛くないから(笑)に他ならない。そりゃそうだ。
修行そのものが好きなホテルに滞在して楽しむことだから、ただ辛くないだけではない。心地良いのだ。例えば、パークハイアット東京でのチェックイン時、少し早めに到着した2人はホテル内でランチを取って待つつもりでフロントに荷物を預けた。ところがフロントマンはチェックインの手続きをしてくれただけではなく、どこでランチを取るか伝えなかったはずなのに、席まで客室のキーを届けに来てくれたのだ。びっくり。
客室に入ると、さらにびっくりが2人を待っていた。宿泊を伝えていなかったのに、懇意にしていただいているスタッフの方からワインとフルーツが届けられていた。事前にお伝えするといつもお気遣いいただくので、こっそり泊まる(笑)計画だったのに。そしてご機嫌のままでいつもの天空のジム「クラブオンザパーク」に向かい、受付で部屋番号を伝えると、2人のサイズのシューズが速やかにスタンバイされる。これは嬉しい。
そして夕食時、いつもの「NYバー」でがっつりと頼んでしまった料理を食べきれず、ダメもとで部屋に料理を持ち帰っても良いかとスタッフに尋ねると、「もちろんです。お部屋にお持ちします」と笑顔で即答。ん?思わず目を見交わすお気楽夫婦。2人の聞き間違いかと思ったら、やはり持って来ていただける模様。部屋に戻るとすぐに、銀のトレーに恭しく乗せられたフレンチフライが後を追ってやって来た。これは凄い!
何かを遠慮がちに(←これ大事)お願いすると、速やかに(←これも大事)期待以上の対応が返って来る。2人にとって、これは究極のノンストレスのサービス。ホテルに2人が望むのは、過剰にへりくだり気取ったサービスではなく、フレンドリーで気が利いたサービス。旧来の日本のホテルは、お高く止まり、ゲストを無用に緊張させ、融通が利かず、ゲストが気疲れするサービスが多かった。それではリラックスできない。やれやれ。
残念ながら、全てのハイアットホテルズが2人の望むサービスを提供できている訳ではない。チェックイン時に手間取ったお詫びに頂いた無料ドリンク券を、バーのスタッフの勘違いサービスで台無しにされたり、卓球(アイディアは凄いのに)用に提供された宴会スペースが事前の予約をしたにも拘らず(黒服のスタッフが2人も会場まで着いてきたのに)エアコンが入っておらず、蒸し風呂状態だったり。←これはかなり困った。
お気楽夫婦は、決して高慢で傲慢な宿泊客ではない、と思っている。心地良く嬉しいサービスに対してはキチンと感謝を伝え、宿泊後のアンケートにも賛辞を記す。*私の名前で妻が回答するので内容は正確には分からないが。
満足できるサービスや味に対しては、きちんと対価を支払うだけでなく、リピートするという最高の評価を贈る。だからこそ、パークハイアット東京には20回以上、40泊以上泊まり、パーティを2回も開催している。それが最高の評価で、最大の賛辞だ。お客さま(宿泊客)は決して神様ではなく、ホスト(ホテル)から心地良いノンストレスのサービスを享受できる、幸福で対等なゲストだ。だから、明日もお気楽夫婦は辛くも苦しくもない(そうあって欲しい)修行を続けるのだ。お〜っ!by妻。
クラブラウンジでチェックインを済ませ、部屋に入るとそこで待っていたのは赤く輝くイチゴだった。カードには手書きのウェルカムメッセージ。こちらこそ1週間、お世話になりますと独りごちた。コロナ禍前から都内近郊のホテルステイは年に何度か行なっていた。とは言えせいぜいが3、4日。1週間の滞在は初めてだ。まずは荷物を解き、仕舞うべき場所に仕舞い、巣作りをする。短期間ではあるが、“我が家”仕様になった。
部屋はゼータクにもホテルメンバーズのアワードでアップグレードしてもらった「グランドエグゼクティブスイート」だ。広さは100㎡。自宅マンションより広く、眺めは良く、デスクは豪華だ。ここで1週間、お気楽妻と2人、仕事をして、日によっては会社に通い、暮らすように過ごすのだ。海外はおろか、飛行機での移動さえままならない日々。その代わりに都内のホテルに滞在し、いわゆるワーケーションと決め込んだ。
六本木ヒルズにある「グランドハイアット東京」が今回の滞在先。6度目か7度目の滞在だ。このホテルのウリは数年前に改装したクラブラウンジ。広く開放的なスペースにスタッフの人数も十分で、(以前と違って)客への目配りもきちんとしている。お気取り系の男性スタッフから女性スタッフ中心に変えたのが功を奏した模様。少食の2人はカクテルタイムの料理と、シャンパンも含めたフリーフローで満足の夕餉になる。
朝食はラウンジに代わり(客が少ないから)「フレンチキッチン」というレストランで。メイン料理はオーダーでき、他の料理はビュフェスタイル。種類が割と豊富で、和食、洋食はもちろん、日替りの小丼など、美味しく楽しいラインナップだ。ある朝はインルームダイニングで和定食をオーダー。少量多品種でバランスが取れた絶品の正しい日本の朝ごはん。自宅の朝食はパンだから、これがホテル滞在の楽しみのひとつなのだ。
仕事の前か、1日の仕事を終えて一息ついたらホテル内のジムに向かう。歩いて2分。こんな日常も嬉しい。ましてやポロシャツ1枚で行けるのがありがたい。グローバリストというメンバーカテゴリの特典で、利用料もウェアやシューズのレンタルも無料。コロナ禍で利用人数の制限があり、予約が必要なのは逆に良い感じ。混まないスペースでトレーニングができる。ホテル自慢のプールとジャグジーもゆったりと楽しめる。
毎朝ガッツリと食べる代わりに、ランチは軽めにパン食。ホテル内のペストリーショップをはじめ、「ジョエル・ロブション」「ブリコラージュ・ブレッド」など、周辺には趣の異なる美味しいパン屋が多くあり、毎回日替わりでパン屋とパンを選ぶ楽しみもある。加えて、朝食後やランチにラウンジで無料のドリンクサービスをフル活用。滞在中、おそらく10杯以上のホットチョコレートをいただいた。これが実に美味しいのだ♬
ラウンジの料理だけではさすがに飽きるので、ホテル内のレストランに出向く日もある。ある夜は、和食のお気に入りの店「旬房」へ。「筍の木の芽焼き」や山菜を加えていただいた「天ぷら盛合せ」などで春を味わう。店自慢の釜焚きご飯を使った「近江牛赤身ステーキ小丼」で満腹なのに、デザートにダメ押しの小さな「鯛焼き」と「桜のアイスクリーム」まで、細やかな気配りでメニューをアレンジしていただき満足の夕餉。
またある夜は、中国料理の「チャイナルーム」へ。この店でも少食な2人に、前菜は3種の小盛り、2種の野菜を2種類の味付けの野菜炒め、五目春巻は1本づつ、国産牛サーロインのしゃぶしゃぶの湯引きも1枚づつなど中国料理では考えられない少量多品種の料理が供された。極め付けは「タラバと上海蟹のチャーハン」と「鶏煮込みそば」のどちらかで悩んでいたら、どちらも少量づつという荒技(!)に感涙の旨さ。参りました。
「でも、やっぱり飛行機に乗って旅したいねぇ」と、窓から外を眺めてお気楽妻が呟く。夕焼け空に羽田に向かう飛行機のシルエットが映えるだけに、その風景が物寂しい。「来年ぐらいには行けるかな」と妻が続ける。彼女も来年で社会人卒業。何とかその時期には世界を巡る卒業旅行がしたい。暮らすように過ごすホテル生活も楽しいけれど、非日常を味わう旅に焦がれる日々だ。行くぜ!卒業旅行!コロナ退散!
「誕生日おめでとうございます」と、上品な和風デザートと小さなキャンドルがやって来た。しまった。油断していた。和食の店で、そんなサービスをしていただくとは思いもしなかった。ありがとうございますと、ちょっと照れながら小さな声でお礼を言った。その日は、パークハイアット東京の「梢」で、お気楽妻と2人だけでお祝いの食事をしていた。偏見だけど、和食店に誕生日のお祝いサプライズサービスがあろうとは。
ある年のクリスマスイブに、馴染みの寿司屋に行ったところ「ウチで良いんですか?ホントに良いんですか?」と店主に念を押されたことがあった。その時とは立場は逆だけど、そんな感じ。その夜は、美味しく見目麗しい料理を頂きつつ、ひれ酒(フグチリをいただいたこともあり)を飲んでいた。それもまた誕生日の食事としては渋い。そこにキャンドルだ。違和感ではなく、嬉しく不思議な感じ。そして年齢に相応でもある。
元々、誕生日にパークハイアットに宿泊しようと提案したのはボクだ。毎年のように、このお気に入りのホテルで自分の生誕を祝いたいというゼータクな願い。ホテル好きのお気楽妻が拒むはずもない企画だ。ところが、チェックインの際に妻が普段とちょっと違う動きをしたのが気になってはいた。店の予約をお願いしただけではなく、ボクの誕生日なのでと、わざわざ含みのある言い方をしたのだ。彼女らしくないアクション。
「へへへ。実はちょっとホテルの対応を試してみたんだ♬」悪びれることなく自白したお気楽妻。客室には親しくしていただいている宴会部門の責任者だった方から(宿泊をお伝えしていなかったのに)ウェルカムシャンパンも届いていた。世界で一番美味しい!と妻が絶賛するイチゴも添えて。「やっぱりパークはさすがだねぇ」試してみたと言う割には、最初から確信していた模様。妻とホテル、どちらもさすがだ(苦笑)。
実は、パークハイアットには前夜から宿泊し、前祝いの乾杯はお気に入りの「ニューヨークバー」で済ませていた。しばらく休んでいたジャズのライブも復活し、とは言えまばらな客の入りを憂いながら、切ない程美しいTOKYOの夜景を眺めて、何となくお祝い気分は済んだ気でいたのだ。そして朝から頭の中ではビートルズの『When I’m Sixty-Four』がずっとリフレインしていた。♬ぼくが歳とって髪の毛が薄くなっても…♪
「その曲、実は知らないんだよねぇ」そう言う妻にサビの部分を歌ってやると、やっぱり知らないとつれない返事。君はヴァレンタインや誕生日にお祝いやワインを贈ってくれるかな?と続く歌詞なんだけどなぁ、と独りごつ。そんなことをポールに言われるまでもなく、お気楽妻は毎年のチョコレートは欠かさないし、誕生日もこうして一緒に祝ってくれる。幸いなことにボクの髪の毛が薄くなったのもさほど気にしてない模様だ。
貯まっていたホテルのポイントでアップグレードしたスイートルームで寛ぐ64歳。好きな本を何冊か持ち込み読書三昧。天空のジム(クラブ・オン・ザ・パーク)に通い、汗を流す。決して何かを成し遂げた人生ではないかもしれないけれど、これで充分だ。まだ仕事は以前と変わらず続け(られ)ている。それも幸福なことだ。腰の大手術はしたけれど、完治したらスカッシュを復活するつもりだ。ありがたいほどに健康だと思う。
そして、何より64歳になったボクと一緒にいてくれるお気楽な妻がいる。ポールは「毎年夏にはコテージを借りよう」と歌っているけれど、ボクらはこのホテルに長期滞在でもしようか。そして、『When I’m Sixty-Four』の最後はこんな歌詞で終わる。「ずっとボクを必要として、料理も作ってくれる?ボクが64歳になっても?」…ただし、ウチの場合は料理を作るのは、ボクだ。「それはサイコーだね」と、妻が微笑んだ。