
「香港で何食べる?やっぱり上海ガニは食べたいよねぇ」いいね。この季節に香港に行くなら上海ガニは外せない。「広東と飲茶の店も行きたいよね」と妻のテンションは高止まり。出発前から旅は始まっている。どこで何を食べるかを悩むのがまた楽しい。お気楽夫婦の香港滞在はランチ重視。広東料理、上海料理、飲茶。3つのカテゴリでそれぞれ10店以上の候補店が妻の行きたい店リストに並ぶ。けれど今回は3泊4日の短期滞在。本命店は外せない。結局いつもの通り、広東料理は「龍景軒」、上海料理は「夜上海」をeメールで事前予約。飲茶は現地で決定することに。


「夜上海(ye shanghai)」は香港に2店舗。お気楽夫婦が向ったのは金鐘(アドミラリティ)の太古廣場(パシフィックプレイス)にある店。まずは上海ガニ入り小籠包。カニの香りが満ちた熱々の濃厚スープが旨い。そして海鮮スープ。カニの旨味が溶けた滋味深いスープが身体に沁み渡る。さらにお約束の上海ガニ甲羅詰め焼き。専用の食器まで用意された名物料理。蟹身と蟹卵を卵白と和え、甲羅に詰めてカリカリに焼いた1品。香ばしくジューシーで実に旨い。ちびちびと箸で解し、口に運ぶ。んんん〜旨い。幸せの味。妻も満足の笑み。この店にはこの1品を食べに来たようなものだ。

翌日のランチは「龍景軒(Lung King Heen)」。通算7度目の訪問。ミシュラン香港版で3つ星を取った名店の魅力は料理だけではなく、香港らしくないキメ細やかな接客にある。オーダー、料理を運ぶ、テーブルに乗せる、それぞれ分業で粗いイギリス統治時代からのスタイルではなく、サービスマンが全てを行う。誰に声を掛けてもコミュニケーションがスムース。これは香港では貴重。料理も広東料理をベースにしながら、斬新な食材と味付けを組合せる。前回感嘆したアワビのパフ、お約束のローストグースの梅肉ソース添えを堪能。この店の料理は彩り鮮やかで目でも美味しい。

今回の大当たりは海老と春雨のガーリック蒸し。ランチでは茹で海老が食べられないということで、代わりに勧められた一品。これが大正解。香ばしいニンニクとネギの香りを纏ったぷりっぷりの海老が、艶かしく優しく舌と鼻を同時に攻めて来る。はい、参りました。文句なしに美味しいです。という味。そして最後は揚子甘露で止めを刺される。マンゴーの美味しさを味わうにはこの一品。タピオカ入りのマンゴーソースと、マンゴープリン、そして完熟のマンゴーそのものを一気に楽しむ絶品スイーツ。この店の揚子甘露は妖艶で上品。スイーツ好きでなくともその魅力にハマる。

香港最終日。現地調査の結果、エアポートエクスプレスの香港駅近くにある「正斗(Tasty)」が良かろうと結論。チェックインをして荷物を預けて万全の体制で香港ラストランチに臨む。ところが整理券の順番は97番。30組待ち。悩むことしばし。「空港に向おう!」空港内にも支店ができたという情報を頼りに、エクスプレスに飛び乗る。出国し、フードコート式のレストランの一画に「正斗」発見。痩肉ピータン粥、海老ワンタン麺、BBQ腸粉、そして青島ビールというお気楽夫婦の黄金の組合せをチョイス。ジャンクな香港ローカルフードを噛みしめる。
「やっぱり香港は美味しいねぇ」妻が満足げに微笑む。「来年はどこに食べに来る?」もう年末、来年の香港訪問を語っても鬼も許してくれるだろう。

「香港に行きたいね」いいね。「今だったらマイルでチケット取れるよ」へぇ、いつ?「来週末だよ」えっ…。そんなやり取りの後、お気楽夫婦は機中の人となった。土曜から火曜までの3泊4日。同様の日程で妻の会社の幹部メンバーがイベントで不在。その隙を狙って休みを取り、特典航空券とホテルを予約。電撃的な作戦。訪ねたい街はたくさんあるけれど、好きな街は何度でも訪れたい。2人にとって香港はそんな街。特に近年は訪問頻度が高まり、ここ2年で3度の訪問。実はそれには理由がある。絶品中華料理を味わうことももちろんのこと、第1の目的は馴染みのホテルを訪ねることだった。

灣仔(ワンチャイ)にあるホテル グランド ハイアット香港。それが2人のお気に入り。通算6回目の訪問だ。「Wellcome back , Mr & Mrs IGA」深夜に到着したフロントで、そんなひと言で迎えられ、身体と気持が緩んでいく。飛行機の遅延で疲れた身体に、よしっ楽しんでやろう!香港だ!というエネルギーが漲ってくる。客室はいつものハーバービュースイート。貯まったポイントでアップグレードしたちょっと贅沢な夜景を楽しめるコーナールーム。荷解きをし、所定の場所にセッティング。巣作りが完了すると、またここに帰って来た!という気持になる。そして翌日からはいつもの行動パターン。

ホテルの最上階にあるラウンジに向う。「Good Morning!」日本では余り愛想のない妻も、海外の滞在先ではスタッフに気軽に声をかける。部屋の番号を尋ねられるのは初回だけ。その後は顔パスという居心地の良さ。ヴィクトリアハーバーを見下ろすダイナミックなパノラマビュー。妻が香港を訪ねたかった大きな理由は、このラウンジで過ごす時間。「あれ?彼いないね」顔馴染みのスタッフは何人かいるけれど、毎回人懐っこく話しかけて来るスタッフがいない。妻の表情に淋しそうな影が差す。このホテルの気取らずアトホームな雰囲気と、それでいて細やかなホスピタリティの象徴が彼だった。

朝食を終え、ジムで走り、スカッシュで汗を流す。いつもの店でランチを楽しみ、猥雑な街を彷徨う。そして夕方にはラウンジに戻る。夜景を眺めながらシャンパン(妻は炭酸水)を味わう。豊富なオードブル、チーズ、デザート。空になるとすぐに満たされるシャンパングラス。心地良い時間が流れる。けれど、「More Champagne?」と、いつもなら忙しそうにテーブルを回り、煩いぐらいの彼がいない。「やっぱりいないね。辞めちゃったのかなぁ…」大好きな時間と空間の魅力が、馴染みのスタッフの不在で半減している様子。気持は良く分かる。彼の存在はこのラウンジと一体のものだった。
「Good Morning! Wellcome back to HongKong!」翌朝のラウンジには彼がいた。妻に満面の笑みが浮かぶ。いつまでの滞在か、楽しんでいるか、立て続けの質問に妻が彼に抱きつかんばかりに嬉しそうに答える。翌日までの滞在であること、そして「あなたに会いに来た」ことを懸命に伝える。日本語だったら絶対に言えないセリフ。彼の名前はMr.Scott。見た目はただのオヤジ。写真を一緒に撮ろうとお願いすると、嬉しそうに妻の横に並ぶ。そして、昨日は休みだったけど、今日も明日も僕はここにいるよ、そして「Enjoy!」と言い残し、他のテーブルをしゃかしゃかと回り出す。お気に入りのラウンジに薄らと漂っていた霧がすっきりと晴れた。
このホテルに滞在するために、きっとお気楽夫婦はまたちょいと香港に出かけることになるのだろう。「来年も来るよ」と妻。了解。またここに帰って来よう。