パリと香港の香り「ニシオギの夜」

La Tour EiffelTonomari央線沿線の街には独特の匂いがある。中野ブロードウェーを擁する中野駅は「まんだらけ」本店をはじめとした“オタク”文化の街、高円寺は古着とロックと阿波踊り、阿佐ヶ谷はジャズと七夕祭り、荻窪はクラシックとラーメンの街。そしてアンティークショップや古書店の街、西荻窪。ん〜、インパクトが弱い。お隣の中央線文化の総元締とも言える吉祥寺の存在に隠れて、地味なイメージ。そんな街に期間限定、パリの香り満載のイベントショップが現れた。店の名前は「Boîte(ぼわっと)」。パリ在住のフォトエッセイストとのまりこさんの店。ある夏の日の夜、お気楽夫婦は駅近くのビルの2階に出現した「ぼわっと」を訪ねた。

Bar久しぶりです!」変わらぬ笑顔で迎えてくれた彼女は前職の後輩。パリ在住も長きに渡り、彼女の人気ブログ「パリときどきバブー」は驚異的な来訪者数を数え、複数の人気サイトにも記事を連載。パリを中心としたガイドブックを何冊も出版している。数年ぶりの再会に話も弾む。けれど、パリの雑貨で溢れる人気の店。来客も多く彼女を独占する訳にもいかない。カフェコーナーのカウンタでフランスワインとおつまみをいただく。するとカウンタ内で接客していた彼女のご主人を紹介いただき、パリでの生活の裏話を伺う。ふんふん、私も学生時代にパリに短期留学していたこともあり、興味深く話は尽きない…ところで、カフェコーナーも人が溢れ、席を詰める。記念に写真を撮っていただき、そろそろ席を譲ろうかと席を立つ。来年の夏のパリ訪問を約束し、西荻の小さなパリを出る。

Yebisu StreetEbisu、そこは中央線、西荻。駅前の狭い路地には居酒屋が溢れる。香港の裏通りを思わせるディープなエリア。中でもダントツ人気は「戎(YEBISU)」という老舗居酒屋。駅の南口、北口にそれぞれ店を構えるが、圧巻は南口。ガード下に沿った路地の両側に、戎の看板が溢れる。命名、戎通り。店内に入りきれなかった客が路地にはみ出し、焼き鳥の煙を浴びながら美味しそうにジョッキを傾けている。実に旨そうだ。まさしく香港の路地裏、屋台の風景。パリから一気に香港、そのギャップも何のその。酒の飲めないお気楽妻なのに、香港好きの血が騒ぐらしく、戎北口店へ。

YakitonKogesugiらっしゃぁ〜いっ」威勢の良い挨拶に迎えられ店の奥へ。さっそく生ビールとウーロン茶で乾杯。お店自慢のモツ煮は完売らしい。残念。居酒屋メニュー定番のポテサラ(なんと250円!)やら焼鳥やらをオーダー。*冷やしトマト、もろきゅうなどは100円!一気に飲み干した生ビールの後は、辛口の日本酒。なぜかこんな店では焼酎ではなく、日本酒が欲しくなる。表面張力で盛り上がったグラスに口を付け、零れない程度に飲んだ後は、注ぎ零しの皿からぐびり。ん、旨い。焼過ぎて焦げた焼鳥も、大雑把な勢い系の接客も店の味。

んか、不思議な街だねぇ♫不思議な夜だねぇ♬」駅前の老舗洋菓子屋「こけし屋」でクッキーを買込みながら妻が楽しそうに呟く。昭和の香りがする店内のショーケースの上には、コレクションのこけしが並ぶ。いろいろな時代と場所が交錯する、不思議な空間に紛れ込んだニシオギの夜だった。

オリンピックの夏に『チーム』堂場瞬一

TEAM不足だ。熱帯夜が続き、余りの暑さに目が覚める。ベッドルームを抜け出し、リビングルームのエアコンを付ける。ブラインドを開ける。日が昇る予兆がある空は、新しく生まれようとしている清潔な朝の色を纏っている。夜が開け切る前の空気が好きだ。目醒めはすっきり。前夜の酒も残ってはいない。時計を見る。そろそろ始まる頃か。ん、良い時間だ。顔を洗い、ストレッチ代わりに大きく伸びをする。声を出さずに気合いを入れて、お気に入りの椅子に座り、スタンバイOK。妻を起こさないように、ボリュームを絞ってTVの電源を入れる。そして4年に1度のナショナリストになる。

っと個人競技のスポーツをやってきた。団体競技はせいぜいダブルスまで。チームスポーツが苦手だったからこそ、チームスポーツを観戦するのが好きだ。勝ち負けがあるのはどんなスポーツでも同じだけれど、チームスポーツは一緒に勝敗を共有できる仲間がいる。個だけでは成し得ない、極みに達するチームが生まれる場合がある。2012年の日本選手たちは、チームスポーツでの活躍が目立った。本来は個人競技であるはずの競泳。男子100m×4メドレーリレーでの銀メダル。北島康介を手ぶらで帰す訳にはいかない。そして、競泳チーム27人全員で獲ったメダルだ。松田丈志がレース後にそう語ったコメントが印象的だった。バドミントン女子ダブルス、卓球女子団体戦に手に汗握った。バレーボール女子の銅メダル獲得に、そしてサッカー女子「なでしこジャパン」の決勝での戦いに快哉を叫んだ。

れにしても、自分の属する国であったり、出身地であったり、卒業校のチームを応援するこの心持ちはなんだろう。いっそどのチームも自分に無関係の競技であったなら、競技そのものを楽しんだり、秀でたアスリートを賞賛したりもできる。ところが、自国のチームが出場する時点で他の全てのチームが敵になる。ひねって言えば、他国を制圧したり領土を侵犯したりする代わりに、平和的に自国の優位性を誇ることができる戦い。政治をスポーツのフィールドに持ち込むことは禁止されていることを前提としながら、間接的に利用されている。応援する我々の心理の深いところには自国愛、突き詰めれば自己愛がある。古くはナチスドイツが、現在は半島の北の国が国威を発揚する場としてオリンピックを利用した。

ーム』という作品がある。堂場瞬一が描く、箱根駅伝の物語。代表校から漏れたチームのメンバーが選抜されて、その年だけのチームを結成する。学連選抜という個の集合体であるはずのチームが、走ることへの情熱と愛情でまとまり、強豪校と競りながら優勝してしま…いそうになるストーリー。秋の予選会から、正月3日の往路ゴールまで、一気に読ませる。同じく箱根駅伝を題材にした三浦しをんの『風が強く吹いている』には現実ではあり得ないだろうからこその面白さが溢れている。それに対し、『チーム』にはもしかしたらと思わせる説得力のあるリアリティがある。そして、爽やかなエンディング、微笑ましい後日談が描かれるエピローグ。何より同じスポーツを愛するアスリートに通底する気持を信じるスタンスが心地良い。チームスポーツの魅力を余すことなく描いている。

なたがチームスポーツに向いてないっていうのは、良ぉく判るよ」と妻。ふんっ。監督なら向いてるかもしれないぜ。こっそりと独り言つ。ロンドンオリンピックも終盤。TVで総集編でも視ながら、堂場瞬一の『水を打つ』を読むか。100m×4メドレーリレーを素材に、個人競技である競泳におけるリレーとは何かを描く物語…だそうだ。読むのが今から楽しみだ。

ふるさとの街へ「温故知新の旅」

DennEnTaihouKan郷を訪ねる度に、新たに発見するものがある。例えば、着陸しようとする飛行機の窓から眺める庄内平野の緑の広がり。見渡す限りの水田の稲翠は、こんなに瑞々しく美しいものだったのかと目を見張る。例えば、鶴ヶ丘城址(鶴岡公園)のお堀の傍らに佇む大宝館。城下町の風情漂うステキな場所だ。人は日常的で身近なモノには興味や関心を示さない。ましてや高校を卒業するまでの、わずか18年間の子供の目には見えなかったモノがある。母が病に倒れ、入院した病院に見舞った日々。改めて故郷を訪ね、故郷を再発見。オトナの目線で眺める故郷の風景は美しく、地の食材は魅力に満ちていた。

FujisawaShuheiHyakkenBoriが亡くなる前、地元の食材を使ったスローフードのレストラン「アルケッチァーノ」を訪ね、和モダンの宿「湯どの庵」「亀や」などでの滞在を楽しんだ。母を見舞う旅で故郷を再発見した日々。そして、数年前に胃癌を摘出した父が、別の名前の病で再入院。やはり見舞いで訪れた故郷の街で、地元の食材を贅沢に使った絶品料理を味わった。山形は固有の在来種が豊富。夏になると当たり前に食べていた「だだちゃ豆」は、今やすっかり有名ブランド。全国的には知る人ぞ知る、鮮烈な朱色の温海の赤かぶも、鮮やかな茄子紺色の小振りな民田なすも、メロンが一般に流通する前のスターだった早田ウリも、故郷独自のものだった。知らずに育ち、新たに知った。

HakkoiRamenObakoSyokudou郷を離れて30年余り、妻を伴い故郷の街を温ねて新たに知ることもある。例えば、藤沢周平。高校時代までに作品に接した記憶はなく、ましてや同郷の作家であるという認識はなかった。映画化され、地元で撮影された「たそがれ清兵衛」「武士の一分」などの作品で知ることになった読者。数年前に完成した「藤沢周平記念館」を訪ね、その作品の背景を知り、全作品読破を老後の楽しみとすることにした。冷やし中華ではなく、冷たいラーメン「はっこいラーメン」を初めて味わった。百軒濠というお堀の傍らに建つこぢゃれたレストランで食事をした。故郷は近く遠く、古く新しい。

FactoryShopNmagashiだ古鏡って作ってるんだぁ」父の見舞いに同行した末弟が、地元ではお土産の王道である菓子を発見し、嬉しそうに呟いた。訪ねたのは完成したばかりの老舗菓子店「木村屋」のファクトリーショップ。おぉ、チョコレート饅頭もあるよ。同じパッケージだ。このマロンってパイ生地のお菓子が好きだったなぁ。うわぁ、お祝い用の生菓子もあるよ。そんな懐かし話をひとくさり。忘れていた記憶が一気に蘇る。新しい建物の中に、伝統のお菓子。こんな空間も悪くない。

義父さんも元気だったし、美味しかったし、楽しかったし、良い夏休みになったね。良かったねぇ♫」妻が珍しく殊勝なことを言う。こちらこそ、ありがとう。妻と一緒だからこそ、故郷を新たに知ることができる。「さぁて、いよいよ夏休みの本番だぁ!」と妻の本音。いよいよ来週、大切な友人の待つ街へ!

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