ニュース番組が始まるとチャンネルを変える。そんな日が続いている。不愉快なのだ。彼の国の人たちに偏見を持っている訳ではない。上海でご一緒したYさん、Eさん、香港で一緒にビジネスを検討をしたPさん、皆が誠実で(同時に、良い意味でしたたかで)柔らかな心を持っていた。信頼できる方々だった。13億人もの人々が、全て同じ考えではないのは当然。けれど、多くの国民は抗日教育を受け、政府は戦略的に情報を操作しているのも事実。日本は得ようと思えば情報を入手でき、その情報を取捨選択し、肯定も否定も選択できるだけ幸せだと思いたい。けれど、気持がざらつくのは日本政府側の対応、姿勢。異論を声として表に出さない、行動しない(自分も含めた)日本人。
20代の頃、海上保安庁に勤める友人たちと出かける機会が多かった。友人何人かと共同購入したディンギーで海に遊び、山に登り、テニスをして、スキーに出かけた。ディンギーに乗る時は、海保の黄色いライフジャケットを借りた。正直恥ずかしかったが、外すことは許してもらえなかった。生真面目なヤツらが多かった。軟派で左系のアテネフランセの友人たちと場を共にすると、海上自衛隊と海上保安庁の違いを丁寧に説明していた。広島、新潟、舞鶴、横須賀…と、毎年のように年賀状の住所が変わった。子供が大きくなった頃、単身赴任になったと書き添えてあった。『海猿』が話題になり、彼らの仕事に少しでも陽が当たったと嬉しく思った。ところが、今回の事件だ。かつての友人たちの顔が浮かんだ。
有川浩の『阪急電車』を読んだだけでは、この良い意味で器用な作家の全貌は分からない。というよりは誤解してしまう。彼女の真骨頂はスケールの大きい構想にあり、同時にディティールの巧さにある。デビュー作『塩の街』から『空の中』『海の底』までを自衛隊三部作と呼ばれているらしい。いずれも文庫本で500P前後の大作。けれど、デビュー作にはまだ拙さが残るものの、どれも一気に読ませる。物語と文章に勢いがある。彼女自身も軍事マニアか?と思わせるほど、自衛隊や警察機構に対する情報と知識が文中に溢れている。『海の底』などは、巨大なザリガニの群れに横須賀が襲われるなどという突拍子もない設定なのに、リアリティがある。登場人物が活き活きとして物語の中を動き回り、彼女の目指す「大人のライトノベル」としても、一流のエンタテインメントとしても見事に成立している。
「巧いよねぇ」グレッグ・アイルズなどの海外作家の作品が好きな妻も珍しく絶賛。三部作を読む前に、外伝とも言える『クジラの彼』を読んでしまった彼女。三部作を読み終えた後に、わずわざ読み返したらしい。「『海の底』の最後で、望ちゃんに夏木から“はじめまして”と言わせるために、この物語の全てがあったのかもね」と妻。ザリガニから逃れるために潜水艦に閉じ込もった自衛官2人と子供たちの物語は『十五少年漂流記』のようでもあり、望という子供たちの中で最年長の女子高生と夏木三尉の恋の物語でもある。そして、陸・海・空の自衛隊を舞台にした三部作に共通するのは、愛する人たちを守るための物語であること。自衛官も恋をして、悩み、憤るフツーの日本人であり、そして真っすぐな志を持っていることが伝わってくる。
「警察や海上保安庁とか自衛隊って、国家権力の象徴のようだけど、生身の人間の集団でもあるんだよね」国家権力を振りかざされることの嫌いな妻が呟く。何も、自衛官も海上保安官も特別な人間じゃない。法治国家であるならば、一貫した信念を国は持たなければならない。一公務員が義憤に駆られ行ったことと、国の一機関が判断した(とされる)彼の国の船長に下した判断を、「国内法」に照らし合わせ、スジを通した形で収めて欲しい。「有川浩の新作が早く文庫化されないかなぁ」とすっかり有川ファンの妻。そうそう、話題はそちらの方でした。

*いずれも名作 キャラクター(登場人物)に魅力たっぷり♬
10年来、お気楽夫婦が応援してきたアスリートがいる。松井千夏。“元”スカッシュ日本チャンピオン。2001年の全日本スカッシュ選手権大会に初優勝して以来、優勝回数4回を数えるスカッシュのトッププレーヤー。3連覇を目指して臨んだ2009年の全日本で、当時19歳の小林海咲に敗れ、再度チャンピオンを目指す2010年。彼女のかつての恩師であり、日体大の先輩であり、お気楽夫婦のコーチでもある山ちゃんに数年振りに指導を受けていた。「IGAさん、お久しぶりです!」ある週末、レッスン帰りの千夏にホームコートで声を掛けられた。もうすぐ全日本だけど、調子は?そう尋ねると「調子は良いです」と即答。ほぉ、それは楽しみだ。じゃあ、予定していなかったけど、応援に行くよ。「日曜はレッスンですよね。土曜日だったら1試合だけで…」千夏を観に行くんだったら、決勝だよ!「分かりました。待ってます♡」
ある日曜日、全日本の会場である「さいたまスカッシュスタジアムSQ-CUBE」に向う。久しぶりの大会観戦。会場入口付近には懐かしい顔が。「あぁ〜!久しぶりぃ。スカッシュ続けてるの?」40歳を超えても年間何試合かの大会に出場し、一定の戦績を残し、しぶとく全日本選手権にも出場している仲間たち。彼女たちから見ると、大会にも参加せず会場にも顔を出さない我々は、引退したのではないかと思われても仕方ない。「私たちは“お気楽”スカッシュプレーヤーだから」妻が笑顔で答える。スカッシュに関わるスタンスはそれぞれ。お気楽夫婦が愛するスカッシュは、気持よく汗を流し、仲間たちと気軽にプレーすることができるスポーツ。そして、トップを目指すプレーヤーたちの試合を楽しむ“観る”スポーツでもある。
「IGAさん、こんにちは!」会場のあちこちで、ボランティアとして大会に参加しているスカッシュ仲間たちから声を掛けられる。聞けばボランティアスタッフの希望者が多く、途中からお断りしたという。今年は会場が小さいこともあり、観戦スペースが狭い。有料の指定席券の枚数も限られる。けれど、コートを1面つぶして大きなプロジェクターで観戦できたり、会場2階にパブリックビューイング席を設置したり、Ustreamでのインターネット配信を行ったりと、多くのファンに観てもらおうという企画がたっぷり。会場のドロー表も見やすく、外部に向けてツィッターで試合結果の速報を流したり、細部に運営側の心遣いが感じられる。気持の良い大会運営だ。
女子一般準決勝、第1試合。順当に行けば、千夏と決勝で対戦するディフェンディング チャンピオン小林海咲が登場。対戦相手は学生時代に大学選手権4連覇を達成した前川美和。ラリーが始まる。小林のキレのあるボールが前川を揺さぶる。強い。善戦して1ゲームは奪ったけれど、前川は全く歯が立たない。鋭く切れ込むクロスは男子並み。ボーストの精度も高く、ミスが少ない。千夏、勝てるか?準決勝第2試合。千夏が登場。相手は第3シードの鬼沢こずえ。危なげなく千夏が3-0で勝利。確かに調子は悪くない。けれど、前の試合で小林のプレーを見た後では、スピード感に欠ける。千夏、大丈夫か?
そして決勝。小林のショットが冴える。硬軟織り交ぜた千夏のショットも決まる。互いのプレースタイルを知り尽くしてる2人。いかにその裏をかけるか。いかに自分の持ち味を出せるか。素晴らしいラリーだ。良い試合だ。千夏の気迫籠ったプレーが、小林の動きをやや鈍らせている。けれど、小林の速く鋭いボーストに千夏が反応し切れない。接戦で1Gは小林。2Gめは千夏が奪取。3Gめは小林。このまま小林かと思った4Gに千夏が奮起。前半を5-1とリード。行け!千夏。どきどき。が、ここからが小林の真骨頂。10-10のタイブレークに追いつく。はらはら。最後は千夏をコートの隅に走らせ、マッチオーバー。笑顔でコートを出た後、会場の隅でスタッフの胸に顔を埋め、泣きじゃくる千夏。お気楽な2人が彼女に掛けることばはない。全日本での優勝を目指して、今日のこの試合のために頑張ってきたトップ アスリートたち。けれど、てっぺんに立てるのは1人だけ。目指したのがトップであるからこそ、流せる涙。
スカッシュを愛する多くの人が、自分にできるものを提供し、素晴らしい舞台を作り、てっぺんを目指すアスリートたちが、その舞台の上で最高のパフォーマンスを発揮した。そんな大会だった。
名物に旨いものなし。それは一面で正しく、誤りでもある。例えば、1軒の店が地元の名産を活かし近所で評判となり客が集まる。評判が口コミで広がり遠来の客も集まるようになる。すると周囲に同じような料理を出す店ができる。評判の店の波及効果で近所の類似店にも客が並ぶようになる。その辺りからが分岐点。2軒目以降の店も最初の店に負けずに味を追求し、ある水準に達していれば、最初の1軒だけの評判から地域の評判にステップアップする。そして、そんな店が増えれば好循環となり、地域全体の“名物”になり、一段と多くの人を集めることになる。けれど、その過程で努力を惜しみ、あるいは便乗するだけのお店が出てしまう時点で、悪循環に陥るリスクが生まれる。せっかく食べに行ったのに…という気持はマイナス方向に倍加する。
富士宮焼きそばにはじまる“B級グルメ”でのまちおこしは、そんな過程を意図的に作ることに他ならない。地域の誰かが創造したある種の知的財産を地域で共有し、地域の財産とする。地域のB級グルメブームと呼べる程になった今は、その経済効果は巨大なものになっている。情報が口コミで伝わるという過程は昔と同じでも、今はネットという口コミが爆発的に広がるインフラがある。その口コミにマスコミが乗っかり、さらに情報は日本の隅々まで広がっていく。そして、その地に行かなければ食べられなかった料理が、日本の各地で食べられるようになる。長崎ちゃんぽんの「四海楼」、宇都宮餃子の「みんみん」、仙台牛タン焼きの「味太助」、名古屋手羽先唐揚げの「風来坊」などなど。諸説あるものもあるけれど、いずれもどこかの街で、誰かが最初に考えた料理(なのだろう)。
ところで、仙台名物と言えば、牛タン。三陸のネタを使った寿司も有名だし、阿武隈川河口の亘理町が発祥だというはらこめしも人気。観光はしなくても、地元の名物料理は食べずにはいられないお気楽夫婦。ある週末、仙台を訪れた際に向ったのは、駅構内にある「すし通り 牛タン通り」というレストラン街。仙台名物の牛タン焼き、寿司屋だけを集めた分かりやすいコンセプト。牛タンの「利久」「伊達の牛タン」「喜助」、寿司の「海風土」「三陸前」など人気店を揃え、いつも行列が絶えない場所だ。はらこめしがメニューにあることを確かめ、その中の1軒に入る。さっそくいただいた「はらこめし」。輝くイクラ。見た目は期待通り。握りのネタも悪くはなさそう。はらこめしをひと口。ん〜、美味しいけど、予想の範囲内の味。驚きも、口の中に広がる喜びもない。見れば、板場の雰囲気もどんより、清潔感にもやや欠ける。
「私たちの口が驕っているのかなぁ。あんまりオイシーって感じじゃない…」妻も思わず口ごもる。「観光客向けだけで、場所が良いから人も入るからかなぁ」ちょっと残念そう。よし、だったら夕食に挽回しよう。キンキの炭火焼の「地雷也」、牛タンだったらオーソドックスに「利久」はどうだ!「ん〜、地雷也は前に行ったから、利久かなぁ」妻の期待は薄め。ふっ、見てなさい。と言うことで、宿泊先のウェスティンホテル仙台のすぐ傍にある利久一番町やなぎ町店に向う。新規開店したばかりの店らしく、店内は清潔感が溢れている。カウンタに座り、お馴染みの「牛タン炭焼き」「牛タン薫」などをオーダー。「あれ?美味しい!」と妻。あれ?ってことはないでしょう。美味しいよね。一般的な焼肉屋の“タン塩”などと比べると、圧倒的に肉厚でジューシー♬きちんと旨い。名物と呼ぶに相応しい味。
人気店の店舗展開にはいくつかのパターンがある。独自の味と料理を守り、1店だけで伝統を繋ぐ店。例えば、親子丼発祥の店と言われる人形町「玉ひで」(けれど、この店も羽田空港国際線ターミナルに支店を初めて出した。ちょっと残念)。そして、利久のように発祥の地を起点に全国に展開する店。ちなみに全国で24店、東京都内だけで3店舗もあるらしい。そこに行かなければ食べられない味と、身近にあろうとする味。どちらも一長一短あるけれど、オリジナルの味の水準がキープできるなら、どちらにもそれぞれの価値はある。けれど、“名物”と呼ばれ、その地に行かなければ食べられない味が失われるのは淋しい限り。「近所で気軽に食べられるようになったら、まぁこんなもんかって思っちゃうのかな」では、それを確かめに「玉ひで」の羽田の店に行ってみようか。「ん?香港に行くついでに?それとも台北?」妻の興味はいつも羽田の先にある。